転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE14-05

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 ――時刻は、間もなく日付が変わろうとしている深夜。
 なんとなくぎこちない夕食を終えた後、ジュードと別れた私は一度客間へ戻り、寝る支度を済ませてから――廊下でずっと人を待ち続けていた。

 お屋敷から借りた物語の本は、すでに読破済み。使用人さんが気を利かせて持ってきてくれたホットミルクも、そろそろ二杯目が空になる。
 ……だいたいそれぐらいの時間を待ったところで、

「……あ、ディアナ様!」

 私の待ち人は、ようやく会議室と思しき大きな部屋から姿を現したのだった。

「アンジェラ殿? こんな時間までどうしたのだ?」

「ディアナ様を待っていたのです」

 コキコキと関節を鳴らしながら登場したディアナ様は、私を見るなり鋭い緑眼をきょとんと見開いた。
 普段の重い鎧とは違い、男物のシャツとパンツのみのラフな格好は、夕食時よりも着崩されている。あの部屋の中では、彼女がそうしてしまうほど熱い会議が繰り広げられていたのだろう。

「おや、待たせてしまったかな。ごめんね、アンジェラ殿」

「今後のことも色々話してたからなあ……とりあえず、オレたちは退散するよ。じゃあね、アンジェラちゃん」

 すぐ背後から続いて出てきた王子様とダレンは、私たちの姿を見るとすぐに空気を読んでくれたらしい。二人ともに軽く手をふりながら、会議室から早足で去っていく。

「お待ち下さい、殿下。お部屋まで我が護衛を」

「君の実家でそんなものはいらないよ。ダレンもいるしね。それじゃあまた明日。あまり夜更かししないようにね」

 一応ディアナ様が引き留めるものの、王子様はふり返ることもなく行ってしまった。二人で話がしたかった私としては、大変ありがたい心遣いだ。明日の朝にお礼を言っておかなくちゃね。

「……気を遣われてしまったか。してアンジェラ殿、我に何用か? 足りぬものがあるなら、屋敷の者に伝えてくれればすぐに用意できるが」

「いえ、実はハルトさんに一つ頼まれごとをしていたのです。できれば、二人きりでお話ししたいのですけれど」

「……ハルトに?」

 ディアナ様の太い眉が、訝しげに歪んだ。
 そう、あの大群に気を取られたせいですっかり遅くなってしまったけど、この街でハルトと出会ってすぐに、私は一つ頼まれごとをしていたのだ。
 彼はもちろん、私にとっても大変重要なことを。

「…………」

 悪感情は一切ないことを全身で表しながら、じっとディアナ様の目を見つめる。しばらくの間疑うような顔をしていた彼女も、やがて私の熱意に折れたのか。目を閉じ、小さくため息を吐いた。

「アレが何を言ったのかは知らぬが、そなたに害を及ぼすものではなさそうだな。ふむ、ここならば客間のほうが近いか。アンジェラ殿、そちらの部屋に邪魔をしても?」

「もちろんです! ってお借りしているのは私のほうですが」

 途端に喜び一色に染まった私の顔を、ディアナ様が眩しそうに見つめてくれる。顔立ち自体はとても凛々しいけれど、ディアナ様は笑うと目が優しいのだ。
 その目に映る幸せにうっかり吹き出しかけた鼻血を押さえながら、とにかく彼女を私の客間へと案内する。
 本当は叶うなら何時間でもお話したいところだけど、明日出発することを考えればそうもいかない。気持ち足を速めながら、うきうきと廊下をすぎていく。

 ほどなくして、一人用にしては広めな客間へたどりつくと、二人で並んでベッドに腰を下ろした。
 並んだ彼女の体は私の何倍も厚くて大きく、いつ見ても惚れ惚れするような筋肉量だ。ああ、いつか私も、こんな素晴らしい筋肉をまとってみたいものだわ……!

「それでアンジェラ殿、あやつに何を頼まれたのだ?」

「はっ!? すみません、つい見惚れてしまいました。実は……」

 苦笑するディアナ様に頭を下げてから、昨日ハルトに聞いた話を簡単に説明する。……お墓参りを邪魔してしまったし、彼女も薄々は気付いていたのだろう。
 ハルトの顔の傷についてだけは表情を曇らせたけれど、それ以外は終始静かに私の話を聞いて下さった。

「……神聖魔法で古傷の治療も可能とは。さすがは神の愛し子たるアンジェラ殿。素晴らしい腕前よな!」

「いえ、実はまだ試せてはいないのです。ですが、必ずや貴女様の傷を消してみせます! 失礼なことは重々承知しておりますが、どうか私に貴女様の傷を治療させてはいただけませんか?」

「傷を見せること自体は構わぬが……すまぬな、アンジェラ殿。治療については、辞退をさせてもらいたい」

「え……ええっ!?」

 ハルトからの話も踏まえて、私はこの上ないほど真剣にお願いをした。本当に、心から彼女の傷を消したいのだと願って話をした。
 ……しかし、ディアナ様から返されたのは、無常にも断りだった。

「な、何故ですか? やはり、私などの腕は信用できませんでしょうか?」

「いや、そなたの腕は昨夜の戦いでも充分見せてもらっているし、信頼もしている。だが、すまぬ。たとえどんなに醜い傷でも、これは亡き友との繋がりなのだ。かたきを討ったからといって、消すわけにはいかぬ」

「そ、それは……ですがその、貴女様は女性ですから。ハルトさんも、将来のことを考えて心配していたようなのですが」

「女? ……ああ、なるほど! あやつはまた、いらぬ心配をしおってからに」

 言うかどうか迷いつつも、ハルトが心配していたことをそのまま告げてみる。
 跡取りの弟がいる私とは違い、一人娘のディアナ様はトールマン伯爵家を継ぐはずだ。となれば、当然結婚や子どもを産むことが義務づけられる。
 ハルトが相手なら傷があっても問題はないだろうけど、もし他に婿をとるのなら、懸念要素は消しておいたほうがいい。

(……ハルトと結ばれてくれればいいのだけど、本人はそのつもりはないような態度だったものねえ)

 部外者である私からは、この辺りは口出しのできない世界だ。だからこそ、少しでも力になれるところは協力したかったのだけど……呆れたように眉を下げたディアナ様は、軽くかぶりをふった後に微笑んだ。

「大方、ハルトは家のことを案じてアンジェラ殿に頼みごとをしたのだろう。……うむ、そなたには伝えておこうか。確かに我はこの家の唯一の子であるのだが、実は伯爵家を継ぐつもりはないのだ。すでに父とも話は済んでいる」

「えっ!? そ、そうなんですか!?」

 まさかの返答に、思わず声が裏返ってしまった。
 貴族の家において、実子がいるのに家督を継がないなんてことは、よほどの理由がなければ聞かない話だ。
 それが醜聞なら納得もできるけど、ディアナ様は誰にも誇れるとても立派な騎士である。代々騎士を輩出してきたトールマン伯爵家を継ぐとしたら、彼女ほど相応しい跡取りもいないだろうに。

「……ディアナ様ほど素晴らしい騎士もいないと思うのですが。あの、理由をお聞きしても大丈夫ですか?」

「なに、簡単なことだ。……我には、もう十年近く月のさわりがなくてな。婿をとっても血を残せぬのだ」

「月の…………あ、えっ!?」

 彼女の指したものに気付いて、また変な声が出てしまった。
 女の月のモノがわからないほど、私だって子どもではない。旅をしている今など、厄介以外の何ものでもない現象だけど……血筋を残していく上では必要不可欠だ。

「……もしかして、ご病気を?」

「いや、体を鍛えすぎたのか、ある時から止まってしまってな。そのままなのだ。子を持てぬことは少々残念ではあるが、我は騎士として生き、戦場で死ぬと決めた者。何より、今は大義ある旅の最中さなか。このような些事さじを気にかけるつもりもない。アンジェラ殿も、気にしないでくれ」

「ディアナ様……」

 ドンと彼女が胸を叩けば、奥からは筋肉の重たい音が響く。
 誰もが知る通り、ディアナ様の体は男性と比べてもはるかに立派だ。この素晴らしい筋肉を手に入れるためには、やはり過酷な訓練を強いてきたのだろう。体の機能を止めてしまうほどに。

「……わかりました。貴女様がそうおっしゃるのであれば、無理強いはいたしません。ですが、もし気が変わったらいつでもお声をおかけ下さいませね! あと、いつか一緒にお、お風呂にも入って下さいますか!?」

「ははっ! 了解した。我でよければいつでも付き合おう。アンジェラ殿は本当に愉快な女性よな!」

 女性の体に関することはデリケートな問題だ。本人がそれでよしと言っている以上、傷の件も含めて口を挟むのは無粋だろう。
 ……だけど、ちょっとだけ残念なので私情を挟んでみたら、ディアナ様はカラッと笑って受け入れて下さった。だ、だって私、元日本人だもの! 裸の付き合いに憧れを持っちゃう人種だもの!
 普段は鎧に押し込められている筋肉を生で見たいと思って何が悪いのよー!!

「……しかし、幼馴染というのは、なかなか難儀なものだな。ハルトもアンジェラ殿のような女性を見つけて、早く身を固めればよいものを」

「それ、ハルトさんには言わないであげて下さいね? ディアナ様本人から言われたら、多分落ち込んでしまうでしょうから」

「我らは同じ戦いを生き延びた同胞であって、そなたとジュード殿とは違うぞ?」

「私たちだって、まだただの幼馴染ですよ。もしくは運命共同体」

「まだ、な。エルドレッド殿下は止めておられたが、我はそなたらの子作りを歓迎するぞ? さぞ可愛いやや子が産まれることだろう」

「私も赤ちゃんを見るのは好きですけど、大事な旅の間に産んだりしませんからね!?」

 くすくすと、互いの口から柔らかな笑い声がこぼれる。
 周囲は真っ暗な時間だというのに、ディアナ様との会話は楽しくて、真昼の太陽の下にいるように心が躍ってしまう。

「…………ああ、そうか。そなたとは、このようなたわいない話もできたのだな」

「そりゃそうですよ。私たちは仲間ですもの!」

「仲間、か。……良い響きだ」

 ディアナ様はゆったりとまた笑って、目を伏せる。
 まるでこの一時を噛み締めるように、ゆったりと。
 ――優しく、穏やかな夜の終わりを惜しむように。


「――――あの時も、こうして“貴女”とすごせていたら。何かが変わっていたのだろうか」

************************************************
≪提案≫
アンジェラのような女性を見つけて、早く身を固めればいいじゃないか。

【ハルト】
「ディアナ、APP18はその辺にはいないから。たとえのハードル高すぎて泣くから」

【ダレン】
「内面のことじゃないの?」

【ジュード】
「内面もそうそういないと思いますよ」
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