転生しました、脳筋聖女です

香月航

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16章-05

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 僕の話がだいたい終わった頃、広い部屋に落ちたのは耳が痛いほどの沈黙だった。
 ……まあ、無理もない。今の僕たちはほぼ理想的な仲間として戦っているのに、一度は不仲が原因で分裂しかけたと言ったのだから。それも、一名を除いて皆“同一人物”の集まりで。

「……討伐と言ったが、【無垢なる王】はほぼ自害の形で消滅。かつての俺たちは、あの黒い泥の……【無形の悪夢】か。あれによって全滅した、ということだな?」

 数十秒の間をおいて、一番初めに口を開いたのは、やっぱり賢者さんだった。この人は本っ当に性格が変わったと思う。
 むしろ、今を知っている僕からすれば、かつての関わらない姿勢のほうがわざとだったのだと思える。
 きっと『エルフ』という種族の立場を重んじて……あるいは、同胞の顔を立てて、そのように演じていたのだろう。

「厳密には『全滅』じゃないぞ、賢者。確かに俺たちは【無形の悪夢】に飲み込まれたが、あれは殺すために放たれたものじゃなかった。アンジェラが“現在の自分の状態”を保護し、そのまま全てを巻き戻すために使った“覆い”というのが正しいな」

「その、巻き戻しというのがよくわからんのだが」

「言葉の通りだ。アンジェラが五歳で神の加護を得てから、人間の生を手放すと決めたあの瞬間までに得た全て。それをゼロにするためには、加護を得たその時まで戻る必要があった」

「時間に干渉するなど、可能なのか!?」

 魔術師の中でも選りすぐりの実力者の二人は、そのまま真剣な表情で話し合いを始めている。
 素養が皆無な僕には、時間への干渉がどうやってやるものなのか、説明されてもサッパリわからないだろう。
 ただ、今ここに『私』を覚えている僕がいる以上、お嬢様が“それを成功させた”という結果だけは確かだ。
 ……きっと、技術的な可能・不可能の話ではない。
 アンジェラも言っていた通り、彼女が神から授かった力は奇跡なのだ。解明できないことができたとしても、おかしくはない。

「……理論で説明できるのは、ここまでだ。俺は全部覚えたまま目覚めたからな。本当だとこの身で証明するしかできん」

「疑っているわけではないが……神の加護とはそれほどなのか。おい、黒いの。お前も全部覚えているのか?」

 やがて、難しいことを話していた二人も『奇跡』で決着するしかなかったようだ。
 再び僕に向けられた白銀の目に、ゆるく首をふって返す。

「僕はアンジェラの一番傍にいたので、なんとなくは覚えていましたが。ハッキリと全部を思い出したのは、つい最近です。既視感と違和感を覚えながら、お嬢様ではないアンジェラと生きてきました」

「……そんなものか」

「まあ、覚えていないというお前たちも、全く記憶がないわけではなさそうだがな」

 ため息まじりに話す導師に、他の三人の男たちもきょとんと目を見開く。
 ……それは僕にもわかる。だって彼らは、かつてとはあまりにも違っているから。

「まず、ずっと傍観者だった王子サマとそこの騎士は、見ているだけの生き方をやめて、率先して関わるようになった。王子サマが賢者を単身で迎えに行くなんてことは、かつてなら絶対ありえなかったからな」

「傍観者……そんな生き方をしていたのか」

 真っ先に名指しされた部隊長の殿下は、驚きつつも頷いている。彼が単身で賢者さんを迎えに行ったというのは初耳だけど、それだけの行動力を示せば、後の部隊の活動など可愛いものだろう。

「……確かに、私があの時に無謀な旅を決行したおかげで、ある程度のことは許してもらえるようになったよ。否定したらまた勝手に動くだろうから、それならもう許してやれって陛下も笑ってらっしゃった」

「そりゃそうだ。騎士もそうだろ? 任務外で調査やら何やらをしたのも、少なくないんじゃないのか? 前のお前は、命令があるまで動かなかったぞ」

「それは、前のオレがおかしい気もしますけど。確かに、下調べは趣味みたいになってますよ。殿下と皆に関わることなら、立ち寄る街の特産品まで調べましたので」

 次いで質問されたダレンさんも、笑いながら肩をすくめている。
 今の彼は本当に様々なことを知っているし、不安な時は率先して偵察にも赴いてくれる。……また、導師は指摘しないようだけど、場の空気を読んで和ませてくれたり、アンジェラのズレた発言に色々言ってくれるのも今の彼ならではだ。
 かつての彼は、現場に着いてからようやく行動するような、やる気のない人だったから。

「で、賢者はもう言うまでもないだろう。人間嫌いで近寄ることも嫌がるような男だったお前が、今じゃあ世話焼きの母親みたいになってるからな。……そっちが素か?」

「誰が母親だ! ……まあ、俺はこちらが素だ。人間だのエルフだの、いちいち言うのも面倒くさいだろう」

 母親、の辺りでちょっと眉を吊り上げたけれど、賢者さんも否定はせずに返事をしている。
 本当に彼の変化は著しい。きっと、殿下が変わって関わってきたことも影響しているのだろうけど、この変化はとても喜ばしいものだ。
 聖女の時は嫌厭していたアンジェラのことも、今は進んで関わってくれるしね。恋敵にはなって欲しくないけど。

「それから、ウィル。お前も覚えていない割には顕著に出てるぞ。俺はやり直しを始めてから、お前の良い師であるように口調も態度も全部変えて接してきた。叱るよりも、褒めることのほうが多かったはずだ。なのに……お前はいつも“誰に謝っているんだ?”」

「…………あ!!」

 それまでの和やかなものとは違う指摘に、ウィリアムさんの赤い目が見開かれた。
 言われてみればその通りだ。謝るような癖というのは、怒られたり罵倒されたりという経験が多くないとでないものだろう。
 けれど、もし図書館で会った導師の態度が『やり直し後の普通』だったというのなら、彼は口調も優しかったし、罵倒するような人には見えなかった。ウィリアムさんも、かつてよりも穏やかな気性になっている。
 ……それなのに、謝罪が癖になるということは。

「……ぼくはもしかして、かつてのアンジェラさんに謝っていたということなんでしょうか?」

「さあな。だが、無意識の中に後悔が残っていた可能性はあるかもしれねえな。赤い騎士野郎ほどではなかったが、お前もアンジェラに対して優しいとは言えない態度で接していたから」

「ご、ごめんなさい……あ」

 早速口をついて出た謝罪に、ウィリアムさんは唇を塞いで……静かに俯いた。
 かつての彼は気性も荒く、正論を語るお嬢様に八つ当たりのような態度をとることもままあった。
 『私』も咎めなかったのは問題だけど……彼も彼なりに、それを悔いていたということなのか。

「……まだ信じられないけど。本当にオレたちは、二度目なんだな」

「それは間違いないですよ、ダレンさん。だって僕たちは――『あの瞬間までの十一年』を持ったまま生きてきたはずですから」

「は?」

 ぼんやりと質問してきたダレンさんに、気付いていないであろう事実を告げる。
 ――そう、お嬢様が全てを持って時間を巻き戻した時、その覆いの中に僕たちは全員入っていた。
 お嬢様は得たもの全てを神に返したけれど、返す相手のいない僕たちは、それを持ったままやり直しの生を始めることになったのだ。
 ……十一年分の経験の、全てを。

「おかしいと感じたことはありませんか? 習っていないはずの知識があったり、訓練量の割りには技術の習得が早かったり。……自分はもしかして天才なのでは、と感じたことは?」

「…………ごめん、あるわ。オレは才能があるって思ってた」

 呆然とした様子で頷くダレンさんに、すぐ横で聞いていた殿下やウィリアムさんも同じ様子で首肯している。
 アンジェラがたまに僕たちの強さに驚いていたけど、タネがわかれば何てことはない。
 ――僕たちは、普通に生きている人々よりも十一年分多く経験させてもらっていただけだ。
 七歳に戻った僕は、あの瞬間からもう『かつての十八歳の私』と同等の能力があったのだから。

 もっとも、体が七歳に戻ってしまっている以上、大剣を持つなんてとても無理だったし。アンジェラと合わせるために今回は戦い方を変えたから、技術的には学び直しになったのだけど。
 それでも、ゼロから習った一度目の『私』よりも、はるかに習得が早かったのは確かだ。

「最初から全部覚えていた導師や、年齢的にあまり変わらない賢者さんは実感が薄いかもしれませんね。ですが、僕たち普通の人間は、そう感じたことが一度はあるはずですよ」

「私もあるな。自分に戦う才能があると思えたからこそ、単身でノアを迎えに行くなんて暴挙に出られたんだ。……そうか、十一年分の蓄積をそのまま得ていたのか」

「ぼ、ぼくもです。両親に色々言われたのは嫌でしたけど、いざとなったら家を出られるぐらいの魔術は最初から使えたので……捨てられたら困るとは一度も考えませんでした。思い返すと、確かに普通ではなかったですね」

 二度目の生のこれまでを思い出して、皆は今ようやく違和感に気付いたらしい。
 実は最前線で戦っているアンジェラだけが、ゼロから鍛えなければいけない大変な立場だったとは、本人は気付いていないのだろうな。
 ……だからこそ、彼女の努力と成長は素晴らしいのだけど。

「……ん? ちょっと待ってくれ、ジュード君。一度目に泥に呑まれた全員がそうなのなら、おかしいぞ。こう言っちゃ悪いが……クロヴィスは目を見張るほど強くはなかったからな」

「ああ、それなら。あの森と戦った時の水色の魔術師もそうだな。器用な者だとは思ったが、少なくともウィリアムよりはるかに劣っていた」

 ふと、その現象が適用されていない人物に気付いた二人が、そろって首をかしげた。
 クロヴィスさんとハルトさん。彼ら二人は、共に今回の部隊には参加しなかった人物でもある。

「それについては、聞く相手が違うな。……そうだろう、ディアナ」

 僕が答えようとしたところで、それを遮るように導師が立ち上がった。
 集まってからこれまでほとんど口を開かなかったディアナさんは、誘導で向けられた視線を受けながら、静かに目を伏せている。

「ディアナ、お前は――あの二人の経験を食ったな?」
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