転生しました、脳筋聖女です

香月航

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16章-06

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 導師が放った言葉に、バッと全員の視線がディアナさんに向けられる。
 彼女は何も言わず、ただじっとその視線を受けて、緑色の目を開いた。

 かつての記憶を思い出した僕からすると、「やはり」というのが正直な感想だ。ディアナさんは以前のままでも充分強かったけれど、今の彼女はあまりにも強すぎる。
 ――何より、容姿の変貌ぶりが異常だ。
 アンジェラがいつも絶賛しているけれど、女性の身で僕よりも身長が高くなることはなかなかないだろうし、かつての彼女と比べると骨格からして違う。

 アンジェラの中身が別人になったなら、ディアナさんは外見のほうが別人になっている。……それにはやはり、鍛錬以外の原因があったということだ。

「姐さん、どうして……」

「おい、勘違いするなよ?」

 明らかに動揺した様子のダレンさんに、導師はため息交じりに制止をかける。
 ダレンさんは恐らく、彼女が他人の経験を奪い取って強くなったと思っているようだけど。

「言っておくが、他人の経験を奪ったところで、楽に強くなるなんてことはないからな。強化されることは否定しないが、自分の体の中に別の人間の『骨組み』を無理矢理埋め込むようなものだ。正直、死んだほうがマシなぐらいキツイだろう。俺なら国家予算を積まれても、絶対にやらねえ」

「ひっ!?」

 悲鳴をあげたのはウィリアムさんだろうか。ディアナさんを見ていた皆は、ますます驚愕しており、顔色も悪くなってきている。
 ただ、今導師が話したことで、僕の疑問は解決した。

 つまり、男二人分の経験を無理矢理取り込んだことで、もとの女性の体では耐えきれずに変貌してしまったのが今の姿なのだろう。それなら納得もできる。
 アンジェラには悪いけど、今のディアナさんの体は、どう見ても男にしか見えないからね。実際、男の僕たちよりはるかに立派なのだし。

「ディアナ、お前がそれを背負った、、、、のは、償いのつもりか?」

「…………そのような大した理由ではない」

 ずっと黙っていたディアナさんが、ゆっくりと口を開く。
 そう、この声もきっと、体の変貌とともに変わってしまった部分だ。声変わりをした僕たちよりも低いなんて、普通に女性として成長していたなら、ありえないだろうから。

「逆に問うが導師、そなたはクロヴィスがまた部隊にいてもよかったと思うか?」

「どうだろうな。あの偽聖女はかつてのアンジェラとは似ても似つかない性格だから、もしかしたら上手くやれたかもしれん。……だが少なくとも、俺はあいつがいなくて安心したぞ。あいつだって、魔物と戦ってるよりも父親やってるほうが似合っていたしな」

「まあ、そうだな」

 緊張した部屋の中に、二人のささやかな笑いが響く。
 確かに、お嬢様といがみあっているよりも、父親をしているほうがクロヴィスさんには似合っていたな。赤ちゃんも可愛かったし、何より、ディアナさんがそうしていなければ、奥さんにもサリィさんにも会うことはなかっただろう。
 そう考えれば、彼の今の幸せは、戦いから遠ざけたディアナさんのおかげというわけだ。

「クロヴィスについては、なんとなく理由もわかる。だが、お前の幼馴染からも経験を食ったのは何故だ? あいつなら、この世界の部隊に参加しても問題はなかっただろう」

「ハルトに関しては、それこそ我の我が侭というもの。あの男には、かつての我……いや、『私』がずいぶん苦労をかけたので、もう迷惑はかけたくなくてな」

「ハルトさんが迷惑だと感じていたことなんて、なかったと思いますけど」

 彼を思い出しながら訊ねてみるも、ディアナさんはどこか寂しそうに笑うだけだ。
 ハルトさんは今回部隊に加わらなかったけれど、僕が知りうる限り、前も今もほとんど性格が変わっていない。穏やかで、影から皆を支えてくれる人というのだろうか。
 あとはそう、ディアナさん以外のものをどうでもよく思っているところは、僕に似ていると思う。
 だからこそ、ディアナさんのことを迷惑に思うことなんて、まずないだろう。

「……そこはやっぱり、男と女の捉え方の違いかもな。案外あの偽聖女も、お前に迷惑をかけていると気にしているかもしれんぞ」

「似たようなことを言われる度に、全部否定してますよ。僕はアンジェラが好きだから、僕が望んで傍にいるんです。たとえそれで何を失おうと、行き先が地獄であろうと、彼女の隣にいられるのならそれが一番幸せなので」

「ハッハッハ! いつも思うが、実に清々しいなジュード殿! 我もそのように生きられたら、こんな手は取らなかったかもしれぬな」

 ディアナさんが大きな声を出して笑うのも、なんだか久しぶりに聞いた気がする。
 アンジェラが言っていた通り、軍の士気が上がりそうな勇ましい声だけど……何故だろうか。どこかもの悲しい雰囲気を感じてしまうのは。

「……やめとけばよかったと思ってるか?」

「いや、後悔はない。かつての我では、決して届かなかった場所に辿りついたのだ。我はジュード殿のように寄り添って生きることはできぬが、ならば全てを守る盾となるまで。……たとえ、この身がもはや女とは呼べぬ体でもな」

 続けて導師が問いかければ、彼女はとても穏やかな顔で微笑んだ。
 ディアナさんが選んだのは、僕とは違う生き方だ。……ひどく、痛々しい生き方だと思う。

(誤らないように対話をするのではなく、脅威を寄せ付けないように守る。それも間違いではないだろうけど、ディアナさんの負担が大きすぎるのはわかっているんだろうか)

 それとも、心が傷付くぐらいなら体が傷付いたほうがマシだと思ったのだろうか。
 導師をもってしても『死んだほうがマシ』と評するようなことを超えるほうが、まだいいと。

 ――もし、聖女がアンジェラではない別の誰かだったなら、僕はどうしただろうか。
 ディアナさんと同じ試練を超えろと言われて、同じことができるだろうか。

(……いや、もしもを考えても仕方ないか)

 全てはもうここにある。
 かつての『私』には戻れないし、僕はこの世界で出会ったアンジェラのことが好きだ。
 ディアナさんも、もうかつての彼女には戻らない。
 ……ただ、一つ。今の彼女にとって幸運なことを上げるとしたら、

「少なくとも、この世界にいるアンジェラは、今のディアナさんを『理想の女性』と思って憧れていますよ。貴女が、今のご自身をどう思っていたとしても」

「は……はは、ハハハハハ!! …………ああ、そうだ。アンジェラ殿は、そういう女性であったな」

「ええ、そうですよ」

 ……ついでに、きっと今の世界にいるハルトさんも、かつてとは全然変わっていないだろうけど。
 僕らは色々と変わったけれど、彼の場合は変わる必要がなかったからね。

「ああ、こうして戦い続けてきた甲斐があったな。かつて聖女を守ることはできなかったが……今度こそ、必ずやアンジェラ殿を守ろう。それが、あの黒い泥と化してしまった聖女への礼儀でもあるな」

「ええ、ディアナさん」

 ひとしきり笑って、額を押さえていた彼女だけど――再び顔を上げた時、その目にはもう寂しさはなかった。
 ここにいるのは、アンジェラが『筋肉の女神』だなんて崇拝している、勇ましい騎士だ。

(僕らは確かに一度失敗してしまった。だけど、今度は大丈夫だ。きっとそのために、もう一度この街へ戻って来たのだろうから)




「…………疎外感がすごい。ああもう、どうしてオレたちは覚えてないんだよ!」

「覚悟の違いなんだろうね。残念だけど、私はディアナと同じことはできないよ」

「……だとしても、以前の俺たちよりは良い関係を築けているのだろう」

「なら、負ける要素はないはずです。アンジェラさんが目を覚ましたら、ちゃんと戦いましょう。かつてぼくたちが傷付けてしまった、聖女様と」

 日が落ち、暗くなっていく空とは逆に、部屋の中の空気は徐々に明るさを取り戻していく。
 その姿を、ずっと眺めている少女がいることも知らずに。
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