転生しました、脳筋聖女です

香月航

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17章・脳筋な少女の本当の話

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「――……ああ、そういうことだったのね」

 ぽつりとこぼれた呟きと共に、色んな疑問が解決して、胸が軽くなった気がする。
 ずっとおかしいとは思っていた。ハードモードすぎる世界の事情。他を圧倒する強すぎる仲間たち。

「強いはずだわ。転生者の私じゃなくて、彼らのほうが『強くてニューゲーム』中だったのだから」

 この世界も“二周目”だというのなら、納得の鬼畜度だ。
 私は確かに主人公だったけれど、よくあるチート主人公ではなく、巻き込まれて翻弄されるタイプだったわけだ。あーあ、元廃人プレイヤーとして、自信があったんだけどな。

 家具の少ない簡易会議室の中、仲間たちは意見を交わしながら、だんだんと明るい表情になっていく。
 全てをずっと覚えていたカールなどは、やっと肩の荷がおりた感じなのだろう。いつもよりも、笑い方が少し穏やかだ。
 誰も彼も『次は失敗しないように』と前向きに覚悟を決めていて、

 ――――ずっと部屋の中で話を聞いていた私には、ちっとも気付いてくれなかった。

「……まあ、こんな姿じゃ仕方ないか」

 ひょいと手を持ち上げれば、見えるのは肌の色ではない。
 見えるのは、ほとんど透き通った白っぽい輪郭のみだ。むしろ、向こう側の景色のほうがハッキリしている。
 どこもかしこも、ぼんやりとあやふやで、感覚すらも危うい。
 ――現在の私は、いわゆる幽霊のような状態になっていた。

「窓ガラスにも、鏡にも映らない。我ながら怖いなあ……」

 霊感のありそうな魔術師たちも気付いてくれないし、どれだけ喋っても誰にも聞こえていないみたいだ。
 信頼して戦ってきた仲間だからこそ、このスルー具合は非常に悲しいわ。というか、私を好き好き言っているジュードぐらいは気付きなさいよ、もう!!

「まあ、ジュードは魔術素養ゼロだものね。霊感もないか」

 そこは愛の力とかで乗り越えて欲しいところだけど、気付いてもらえないのなら仕方ない。
 深くため息をついてから、私はくるっと背後をふり返った。

 ――その人は、皆と一緒に私がこの部屋にきてからずっと、私の後ろに寄り添うようについてきていた。
 男か女かもわからない、ぼんやりとした白いモヤのような姿。
 悪い感じはしなかったので無視していたのだけど、ジュードたちに気付いてもらえない以上、この人(?)に話しかけるしかなさそうだ。

「……怖いから聞かなかったのだけど、貴方は本物の幽霊さん?」

[違うよ。わたしは、ヒトの魂ではない]

 意を決して声をかければ、思ったよりも穏やかな返事が聞こえてくる。
 やっぱり、男なのか女なのかいまいち判別できない声だ。ただ、おっとりとしたその声を、私は何度か夢で聞いている気がする。
 ……そう、不思議な、真っ白な夢の中で、何度か。

「この声……貴方もしかして、神様なの?」

[そうだね。この世界では、そう呼ばれている]

「うわあ」

 マジですか。アッサリ告げられた答えに、私のほうが驚いてしまったわ。
 そうか、神様ってこういう姿をしていたのか。道理で夢の中で声を聞いた時も、姿が見えなかったわけだ。

(神様も、決まった形がない存在だったのね)

 この辺りは、【無垢なる王】と一緒なのか。いや、もしかしたら、あの真っ白な夢の空間そのものが神様なのかもしれない。
 もやもやした白い塊は、空気の流れにそうように揺れている。

「ええと、いつもお世話になってます」

[こちらこそ。わたしの世界の話に巻き込んでしまってすまないね]

 天啓捏造やら何やらしているので、ひとまず挨拶から入ったところ、神様はまたおっとりとした声で答えてくれる。
 ……おっとりというか、“のっぺり”のほうが近いかしら。抑揚のない、どこまでも平坦な声だ。すまないと言ってはいるけれど、謝罪っぽい雰囲気は微塵も感じられない。
 ただただ穏やかで、優しいだけの声。

「今日は何のご用ですか? ……私に用、なんですよね?」

[うん、君にご用だよ。そろそろ体に戻って欲しいから、迎えにきたんだ]

「体に?」

 用件を聞き返せば、ゆらゆらした神様は泳ぐように移動していく。後を追いかければ、そこは私が寝かされている客間だった。

[彼らの話は、粗方聞けただろう? そろそろ体に戻ってもらわないと、わたしが守るにも限界があるからね]

 ベッドを上から覗きこむと、そこには真っ白な顔をしたアンジェラが横たわっている。
 呼吸もひどく浅くて、よくできた人形か……死体にしか見えない。

「これは……私は今、幽体離脱とかそういう状態なんですか?」

[そうだね、それが一番近い呼び方かな。アンジェラと遭遇したショックで、魂が抜け出てしまったんだよ。今はわたしが繋ぎとめているけれど、アンジェラとの繋がりのほうが強いから。これ以上お外にいると、体を取り返されてしまうよ]

「……ッ、それは困ります!!」

 神様は淡々と話してくれるけど、それは私にとっては『死』と同義の事態じゃないか!
 大慌てで死体のような体に飛びつけば、スルンと吸い込まれて、視界が一瞬真っ暗になる。

「…………あ」

 そして次の瞬間、開いた目に映るのは、客間の白っぽい天井だ。
 布団から引き出した手はきちんと肌色をしていて、向こうの景色が透けて見えることもない。

「あ、危なかった……」

 顔を触り、髪を触り、お腹や足も確認する。よかった、全部繋がっているし感覚もある。
 十一年生きてきた私……いや、アンジェラ・ローズヴェルトの体だ。
 うっかりなミスで、仲間たちの覚悟を無駄にしてしまうところだったわ。

[うん、大丈夫そうだね。アンジェラの体は、君に繋がったよ]

「それはどうも」

 再び聞こえた声に視線を巡らせるけれど、もう神様の姿は見えなくなってしまったようだ。波長とかチャンネルとか、そういうものが生きている人間とは違うのでしょうね。
 ……そもそも神様っていったら、絶世の美形とか長いひげのおじいさんとかが定番なのに、白いもやもやだとは思わないわよ。

[なるほど。じゃあ次は、絶世の美男子の姿で出てくるよ]

「人の心の中を読まないで下さいよ。……まあ、もやもやよりは話しやすいと思いますけど」

 ちょろっと不謹慎なことを考えたら、そんなことにまですぐ答えが返ってきた。
 神様って、この国ではほぼ唯一神として信仰されているのに、本人はずいぶんフレンドリーなのね。

[全ての存在に対してフレンドリーなわけではないけれど、君はわたしが巻き込んでしまった人だからね。特別サービスってやつだよ?]

「地球の言葉で話しかけられると、ますます印象軽くなりますね」

 サービスとか、神様が言ったらいけない台詞でしょうに。まあ、淑女教育を七歳で捨てた私としては、仰々しいよりはずっとやりやすいけど。
 それにしても、威厳ゼロだ。大丈夫なのかしら、この世界。

[今のところは滅んだりしないと思うから、大丈夫だよ。それより、君はもう少し眠っていたほうがいいよ。体がまだ疲れているみたいだからね。続きは夢で、お話しよう?]

 穏やかな声が子守歌のように耳に響き、途端にまぶたが重くなってくる。
 ……ああ、そうか。私を体に繋ぎとめているのは神様だものね。意識を落とすのは朝飯前か。
 起こしていた体が、鈍い音を立てて布団に倒れ込む。
 視界は一瞬だけ真っ暗に。しかし、すぐに眩しいほどの白へと変わっていく。

[君の幼馴染が答えられない質問は、わたしが答えるよ。それで君が、この戦いを終わらせられるのなら――ねえ、“     ”]

「……ッ!」

 ハッキリとは聞き取れなかったのに、神様が口にしたそれが『名前』なのだとわかってしまった。
 ウィッシュボーン王国では聞かない音の羅列。それこそが、偽者のアンジェラ・ローズヴェルトの本当の名前なのだろう。

「……教えて下さい。『私』が誰なのか」

[ああ、もちろん。わたしに答えられることならば]

 夢に吸い込まれる瞬間、悪夢せいじょと同じ青い目からこぼれた涙が、一筋だけ落ちていった。
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