虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね

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第16話 侍女たちのお喋り

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「ミレイさん、ミレイさん! レイヴァン様をお迎えした時のクリスタル様のお顔を見ました? 普段のお澄まし顔を青ざめていらしたわよ。おかしいったら!」

 私がクリスタル様のお茶を用意する背中越しに聞こえてきたのは、侍女のルディーさんがクリスタル様を嘲笑う声だ。彼女はここでは最年少の十七歳らしい。最初、侍女長であるローザさんにすべての侍女を紹介されたが、ルディーさんが一番気安く私に声をかけてきた。若さゆえか、経験者風でも吹かせたかったのか。

「ルディー」

 ルディーさんを静かにたしなめるのはミレイさんの声だ。年齢は十九歳の私より二つ上だと言う。彼女は当初、クリスタル様の専属侍女になる予定だった。しかし言葉が理解できないことに気付いたレイヴァン様が、私を臨時的に王宮から引き抜かれたのだ。現在、彼女は私の補助に回っている。

 侍女長であるローザさんはレイヴァン様の専属侍女として就かれていて、クリスタル様の専属侍女となると侍女の位としては二番目の位置に当たる。当然、立場も手当も変わってくるのだ。それが突如変更させられ、位置を下げられたことに対して、内心面白くなく思っているのではないかと少し不安に駆られる。
 しかし今のところ、彼女からはそういった言動が見られないので真意は分からないが。

「夕食時も居心地が悪そうでしたでしょ。終始、浮かないお顔をしていらしたもの。当然ですよ。ホントざまあないですね! いえ。最初から礼儀作法も知らぬようでしたよ」

 クリスタル様はレイヴァン様の妻であり、この家の女主人でもある。もしクリスタル様が彼女の言葉を耳にしたら、その言葉を理解することができたら、簡単に首にできる立場でもある方だ。クリスタル様がここにおらず、サンティルノ語を理解できないとは言え、よくそんな声高らかに悪口を言えるものだと思う。

「ルディー、口を慎みなさい。クリスタル様は私どもの主、レイヴァン・シュトラウス様の奥様です」
「だとしてもあの蛮族のグランテーレ国の王女ですよ! あの敵国の!」

 ルディーさんはずいぶんとグランテーレ国を敵視しているようで、憎々しそうな口ぶりだ。ほんの少しまで交戦していた相手だから当然と言えば当然ではある。もしかしたら親兄弟や親戚が先の戦いに身を投じていたのかもしれない。

「今はそうじゃないわ。和平条約を結んだの。同盟国とは言わなくても今は敵対している国ではないわ」
「その和平ために旦那様は強引に王女を押し付けられたというお話じゃないですか」
「たとえそうだとしても、旦那様は最終的にこの婚姻を受け入れられたの。そしてそれはおそらくクリスタル様もよ。個人と個人の関係では済まない。互いの国の平和のためによ。それがすべてでしょう。私たち使用人が口出せる次元のことではないわ」
「そ、そうですけどっ。でもあの蛮族とですよ!」

 ――タンッ。
 ミレイさんはとうとう痺れを切らしたのか、テーブルを一つ叩いた。

「いい加減にしなさい、ルディー。あなたは今ここにいるマノンさんをも侮辱していることに気付かないの?」

 貝になって無言を決め込んでおくつもりだったのに自分の名が出て、私はとうとう振り返ってしまう。すると気まずそうなルディーさんの顔が目に入った。

「そ、それは。マノンさんがグランテーレ国出身なのは知っていますけど。でもだってマノンさんは戦争が始まる前に移住してきて、サンティルノ国に忠誠を誓う民の一員となったわけですし」

 彼女らには私がグランテーレ国出身であることは最初に説明している。下手に隠してしまえば私の事情が明らかになった時、彼女らにいらぬ警戒心を抱かせると思ったからだ。

「……申し訳ありません。レイヴァン様のお出迎えの件は私の落ち度です。クリスタル様にきちんとお教えできていなかったから」

 私は自分の不手際を詫びた。

「クリスタル様は、私が最初クリスタル様をお呼びした時の呼びかけで覚えられたのでしょうね。ご自分で一つでも学んでいこうとされた努力ゆえのすれ違いが原因です。クリスタル様にも、もちろんあなたにも何ら落ち度はありません」
「ありがとうございます」

 淡々と正論だけを述べるミレイさんには感情の揺れが一切見られない。正直……恐ろしく感じる。

「ルディー。あなたはそんなにクリスタル様にお仕えするのが苦痛ならば、旦那様にお暇を頂きなさい。あなたから旦那様に言えないのなら私が代わりに伝えましょう」
「そ、そんなことまで思っては――おりませんけどっ」

 そう言いながらもルディーさんは不満そうに唇を尖らせている。感情が分かりやすい子だ。それに何だかんだ言いつつも、ミレイさんを慕っているというか甘えているのかもしれない。

「けど、ミレイさんも人が良いというか、真面目というか。グランテーレ国との先の戦争のせいで、ご自分の婚約が解消されたというの――」
「ルディー。それ以上は本当に許さないわよ」
「も、申し訳ありません」

 ミレイさんが冷たく放った言葉にルディーさんは身を縮めた。
 ルディーさんは今、何と言った? グランテーレ国との戦いのせいで婚約が解消されたと言った? まさか。婚約者がそれで戦死なさったとか……なのだろうか。

「あなたもね」

 ルディーさんから私に視線を移したミレイさんが、私の思考を遮る。相変わらずその瞳の奥は静かだ。

「クリスタル様のお心を煩わせる言葉を耳に入れないようにしてください。ですからここで聞いたことは他言無用です。分かっていると思いますけれど」
「……はい。かしこまりました」

 まだ明け透けに文句や愚痴を言う人間は分かりやすくていい。危険なのは、心を人から悟らないように奥の奥に仕舞いこむタイプの人間、ミレイさんのような方だ。
 ミレイさんをできるだけクリスタル様に近づけないほうがいいのかもしれないと思った。
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