虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね

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第47話 クリスタルの願い

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 私の発言一つで戦況が大きく変わり、大勢の人の運命を変えてしまうかもしれない。私のたった一つの言葉だけで。

 馬車で王宮に向かう途中、隣に座ったレイヴァン様は震えている私の手をずっと握ってくれていた。大きくて温かい手だ。
 この温もりに包まれているのなら、きっと何でも乗り越えられるような気がすると思った。今もそれは変わらない。変えるべきものは私の心、そして世界。
 いつも現実の世界は私の手の届かない遠い所にあった。だから手を伸ばすことさえしなかった。文字の世界だけを追って心震わされた。けれど今こそ手を伸ばしてその世界に触れ、私が揺さぶりをかける時だ。
 私は笑顔でレイヴァン様の手に自分のもう片方の手を重ねた。――もう手は震えなかった。


 初めて入ったサンティルノ王宮は、一度だけ足を踏み入れた祖国の王宮と違って目を引き付けるような華美さはないものの、気品があってどこか人の温もりを感じた。
 それは人に権威を見せつけるような装飾過多ではなく、金を使っていても上品かつ繊細に細工されているからなのかもしれない。あるいは美術品や像の代わりに花々が飾られているからなのかもしれない。内装だけで人となりまで伝わってくるようだ。

 レイヴァン様の横を歩きながらそんな風に考えていると、前方から二人の男性がこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。一人はベンノさん、もう一人は金髪と青い瞳の気品ある男性だ。王太子殿下なのだろう。

「レイヴァン、XXて悪かったね」

 その金髪の男性がレイヴァン様に微笑みかけた。

「いや」
「そちらが?」
「ああ。クリスタル、彼がアルフォンス王太子殿下だ」

 この国の王太子殿下、アルフォンス・スコット・サンティルノ様だ。私は丁重に礼を取る。

「初めまして。お目にかかれて光栄にございます。わたくし、クリスタル・グラ――シュトラウスと申します」

 いずれ国王と謁見の機会があるだろうからと、ベンノさんから何度も練習させられた言葉だ。

「ご紹介ありがとう。僕はアルフォンス・スコット・サンティルノです。こちらこそ君にずっと会いたかったよ」

 アルフォンス殿下が私の手を取って顔を近づけたところで、レイヴァン様が咳払いする。殿下は顔を上げてレイヴァン様に苦笑いを向けた後、そっと手を離した。

「殿下はグランテーレ語をお話しになるのですか」

 あまりにもすんなりと理解できるなと思ったら、グランテーレ語でお話しいただいていた。ついグランテーレ語で返してしまう。

「ちょっとだけね。本当は先にうちの国王からご挨拶したかったんだけど、所用で今は留守をしていてね。僕が先にご挨拶させていただくよ。――それにしても」

 殿下はくすりと笑う。

「レイヴァンから話には聞いていたけど、本当に美しい人だね」
「レイヴァン様が」

 レイヴァン様が私のことを美しいと言ってくださっていたのだろうか。こんな時なのに思わず頬が熱くなる。

「レイヴァンが陥落したのも無理はないな」
「かんらくですか?」
「アルフォンス」

 会話の内容は分かっていなかったはずだけれど、レイヴァン様が少し不機嫌そうな低い声で殿下の名を呼ぶ。

「ああっと。ごめんね。この話はまた今度。今、君の父君、グランテーレ国王がこの王宮にまでわざわざ足を運んでくださっているんだ」

 殿下は笑顔だけれど、言葉には少し棘を感じる。

「状況は聞いてくれたかい?」

 再びサンティルノ語に戻った殿下の言葉はベンノさんによって通訳された。
 フェルノ騎士団長率いる革命軍が反乱を起こした。当初はすぐ制圧されるものと見られたが、思いの外、革命軍の軍力は大きく、現在は国王軍が劣勢となっている。危機感を覚えた国王軍は援軍を送ってもらえないかという話を持って来た。ただ、今はサンティルノ国王が不在でアルフォンス殿下が名代を務めているわけだが、話が少々難航している。そこでグランテーレ国王が私を呼んでほしいとのことでお越しいただいた、という流れだそうだ。

「君の考えを聞かせてもらいたいな」
「殿下はどうおかんがえでしょうか」

 質問に質問で返すと殿下は少し笑った。

「そうだね。国王軍につく欠点も利点もあると僕は思っている」

 殿下は明確な答えは出さない。柔和な顔立ちのお方だけれど、計算高さも見て取れる。才知に長けたお方なのだろう。

「しょちいたしました」
「心は決まったかな? では行こう」


「お久しぶりでございます、国王陛下」

 私は部屋で待っていた祖国の国王へと礼を取る。彼と会うのは人生で二度目だ。

「お、おぅ! 我が愛しき娘クリスタル! 国王陛下などよそよそしい。父と呼んでおくれ!」

 立ち上がって抱きしめて来ようとする姿に思わず身を引く。するとレイヴァン様がすぐさま私の肩を抱いて向かい側のソファーへと誘導してくださった。そのまま殿下に勧められてレイヴァン様とともに腰掛けると、国王は諦めたように自身も腰を下ろす。

「火急のご用件だとお聞きしました」
「そ、そうだ。聞いてくれたか。実はアルフォンス殿下からはまだ少し渋られていてな。見たところ、レイヴァン殿には大切にされているようではないか。お前から働きかけてくれないか。お前の後押しがあればきっと援軍を送ってくださる」
「結論から申し上げます。わたくしはサンティルノ国からの援軍は望みません」
「なっ!」

 彼は驚きで目を見開いた。

「国王軍が劣勢ということは、それだけ民からの信頼がなかったゆえのことでしょう。わたくしは民が幸せでいられる未来を望みます」
「だが、お前はグランテーレ国の繁栄を祈るとも言ったそうじゃないか!」

 革命を起こしたフェルノ騎士団長は、国王になぜその言葉を伝えたのだろう。皮肉の意味が入っていたのか、それとも私の意思を伝えたかったのか。

「ええ。確かに申しました。だからこそでございます。もし援軍をお願いすれば」

 私はアルフォンス殿下に一瞬だけ視線を流した後、顔を正面に戻す。

「革命軍を制圧できたとしても、次にサンティルノ軍に制圧されるのは脆弱な国王軍。きっとグランテーレ国は取り込まれて消滅してしまうことでしょう」
「それは……」

 サンティルノ国としては本来なら流さなくていい騎士の血を流すことになる。一方で、弱体化したグランテーレ国へ攻め入ることができる。それが殿下の言う欠点と利点だろう。ただし、殿下がこれを機に攻め入ることを本気で望んでいるのかと言えば、それは定かではない。

 一つ言えることは、殿下が見極めようとしているのはグランテーレ国内の戦況でもなく、国王の思惑や取引でもなく、私という人間だ。サンティルノ国の益となる者か、あるいは害となる者なのか。
 ただし私はサンティルノ国のレイヴァン様の妻であると同時に、グランテーレ国の王族の一人として民の命と生活を守る責務がある。これ以上、戦争を長引かせてはならない。
 
「陛下。本当に国の行く末を憂うのであれば、革命軍に対して降伏してください」
「何を申す! 私は最後まで戦う所存だ!」
「――っ。何をおっしゃっているのですか! 戦っているのは民。血を流しているのは民なのです。今ここにいるあなたではありません!」
「っ!」

 久しぶりに憤ったせいか、心臓がばくばくと激しく打つ。レイヴァン様がなだめるように私の手に自分の手を置いてくれた。私は一つ息を吐く。

「このまま戦いを続けたとしても、遅かれ早かれ国王軍が敗北するでしょう。これ以上、無益な戦いを続けるべきではありません。何より敗北の先に待ち受けているのは王族の――処刑。今ならば命の保障を条件に交渉することができます」

 マノンさんが言った通り、私は無知だ。私はマノンさんの言葉以上の民の苦しさや怒りを知らない。書物以上の戦争の惨さと人々の悲しみを知らない。けれど今のこの穏やかな日々を壊したくない、大切な人を失いたくない。遠征のためのハンカチを大切な人に――レイヴァン様に贈りたくはない。その気持ちだけは身をもって知った。

「わたくしが望むのは国王軍が引き、戦いをひと時でも早く終わらせて民の手に安寧な日々をお返しすることだけです。レイヴァン様に援軍を派遣していただくことは決して願いません。決して」

 きっぱりと言い切ると国王は憔悴したように項垂れた。
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