薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね

文字の大きさ
28 / 42

第28話 薬師としての矜持が行方不明

 その後、院長から子供の年齢や体質などをまとめた資料を頂き、私たちは帰ることになった。

「アランブール伯爵、そしてご婚約者様のエリーゼ様。本日は誠にありがとうございました」

 院長にお礼を述べられたけれど、婚約者という言葉に、やはり違和感を抱いてしまう。引きつった笑顔になった気がする。

「玄関までお見送りいたしますね」
「いいえ。ご挨拶を頂きましたので、こちらで結構です」

 シメオン様がそう言って固辞すると、ロキ君が見送りに買って出てくれた。

「院長、僕が二人をお見送りします」
「そうかい? ではよろしくお願いするね。ではアランブール伯爵、エリーゼ様。お見送りはこちらで失礼いたします」
「はい。それではまた」
「またお薬もお持ちいたしますね」

 そう約束して私たちは院長室を出た。
 先導してくれているロキ君は、廊下を歩き出してすぐに私へと振り返る。

「エリーゼさ――あ。ごめんなさい。アランブール伯爵夫人……になるのかな?」
「いいえ。伯爵夫人ではなくエリーゼと呼んでくれると嬉しいわ」
「……ええっと。うん」

 少し遠慮がちにシメオン様を見る。

「じゃあ、エリーゼさん。もしかしてロザレス福祉施設を調べているの? 前に僕と会った時は、ロザレス福祉施設に寄付金を納めてきたと言っていたから院長とは会っているよね」

 施設を離れて世間の荒波に揉まれてきた経験があるからなのかもしれない。ロキ君は聡い子のようだ。そして彼の性根はとても誠実だと思う。義理堅くロザレス福祉施設を調べてみようかと言い出しかねない。駄目だ。そんなことに関わらせるわけにはいかない。
 私はにっこりと笑みを浮かべた。

「ええ。ロザレス福祉施設に寄付金を納めた後で、ロキ君が自分くらいの年齢の子は入れないと聞いたので少し心配になったの。でもロザレス福祉施設の院長も良い方みたいで安心したわ」
「そう。エリーゼさんは嘘をつくのが下手だね」
「――えっ!?」

 くすりと笑うロキ君に指摘されて思わず小さく叫んでしまう。

「危ない所かもしれないと思ったんだよね? 僕が下手に関わらないようにと思ってのことでしょ? だったら僕はエリーゼさんの思いに背くようなことはしないよ」
「……ロキ君。ありがとう」

 まだ十二、三歳と言っていたのに、本当に聡い子だ。

「ううん。エリーゼさんの気持ちは嬉しかった。だから僕から一つだけ。一緒に路上生活していた時の子に聞いたんだけど、その子は昔、ロザレス福祉施設に入っていたんだって。十歳になる頃に追い出されたらしいんだけど」
「十歳ですって!? 何てこと! 許せない……。その子は今どうしているの?」

 受け入れないのも酷いけれど、追い出すのはもっと酷いことだ。頼りになるはずの大人に裏切られて深く傷ついただろう。その子のことを思うと胸が痛む。

「うん。ありがとう。元気だよ。僕が誘って一緒にここに来たんだ」
「そうなのね。良かった」

 ほっとする私に、ロキ君は笑顔で頷くと話を続ける。

「それでね。子供たちが遊ぶ部屋に子供用の本があるんだけど、その本が小さな子供には届かない所にあったんだって。だから先生たちに頼んで取ってもらっていたそうなんだけど、今になって思うと子供用の本なのに子供が取れないようにするなんておかしいって。もしかしたら棚に院長の財産でも隠していたんじゃないかって、冗談っぽく笑っていたよ」
「……なるほど。子供用の本が置いてある棚か」

 それまで黙っていたシメオン様が低く呟いた。

「何かの役に立ちそう?」
「ああ。ありがとう――ロキ君」

 シメオン様が礼を述べると、ロキ君はどういたしましてと笑った。


 ロキ君とまた会うことを約束して別れ、馬車に乗り込んだ。ほどなくして馬車が出発する。

「ロキ君、帰って来ていて良かったです」
「ああ。君との約束だからだろうな」

 ロキ君が暮らしていた世界は、必ずという言葉はないと言っていたのに。約束は破られるものだと言っていたのに。彼はちゃんと約束を守ってくれた。

「それにしてもロキ君、すごいですね! 初めて会った時も頭の良い子だなとは思ったのですが、まさか私たちの言動一つであそこまで察するとは思わなかったです。それに相手が求めているものを過去の経験から瞬時に引き出して示せるのですもの。本当にとても聡明な子です」
「ああ、そうだな。きちんとした教育を受けさせれば、優秀な人間に成長することができるだろう。だが本当にすごいのは君のほうだ」
「え?」
「君が彼の傷を手当てして繋げた縁だ。彼は初対面の自分に対して真摯に向き合ってくれる君に胸を打たれ、信頼に足る人間だと感じたんだろう。そんな君だから話した。彼から話を引き出したのは君の力だ」

 ほ、褒められている?
 こんな程度でほだされるものかと思いつつも、ふっと表情を緩ませるシメオン様に頬が熱くなってくる。

「そ、そんな。私は目の前の自分のやるべきことをしただけで」
「君は自分の力を過小評価しすぎだ」
「そ、そうでしょうか。――では、旦那様。その言葉を証明するために、私の前で膝を折り、褒め称え崇め奉っていただけますか?」
「君は自分の力を過大評価しすぎだ……」

 やってはくれないらしい。
 シメオン様は苦笑いで顔を引きつらせた。

「ところで旦那様。先ほどのロキ君が言っていたことをどうお考えでしょうか」
「ああ。裏帳簿を隠している可能性が高いな。その辺りを捜索するよう指示する」
「捜索」

 危なくないだろうか。いくら密偵として訓練を積まれたと言っても、潜入するのは年端もいかぬ子供だ。汚い大人のために子供が傷つくのは見ていられない。

「心配ない。何名か潜入させているし、引き際も教育されている」
「そう、ですか」
「これでもし証拠をつかむことができたら、いくら貴族でも言い訳逃れはできず、何らかの処罰を下すことができる――予定だ」
「予定?」

 首を傾げて繰り返すと、シメオン様はため息をつく。

「謀反など大きなことを企てていない限り、いくら王家の力を持ってしても罪に問うのが難しい。王家は貴族らの力で支えられているからな。それに加えて裏で小遣い稼ぎする中級貴族ほど扱いにくいものはない。穏便に話が進む相手だといいが」
「穏便に話が進まない相手なら――私が進ませてみせましょう。お任せください」

 私は自分の胸に手を当てた。

「いや待て。薬師としての矜持をどこに売り渡した?」
「売り渡したのではありません。見失ったのです。後で探しに行きます」

 子供たちを悪い大人たちから守ってみせる。
 意気込む私を見てシメオン様はまた苦笑いした。
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。

ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。 俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。 そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。 こんな女とは婚約解消だ。 この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。