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第11話 魔王討伐出発の前夜
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婚約を白紙に戻すとアルバート様から宣言された討伐出発前夜のこと。
「ヴィオレーヌ様、アルバート殿下がお越しです。どういたしましょう」
いくら表面上は婚約者とは言え、夜も深まった時分の訪問だった。女性の部屋に訪れるには遠慮すべき時間帯だ。
王子の要求を拒絶する権限のない侍女は私にお伺いを立てる。
「こんな夜に? ……いいわ。お通しして」
まだ私に何の用があるというのだろう。不審に思ったが私は部屋に招き入れることにした。
すると。
「ヴィオレーヌ!」
部屋で二人になった途端に彼は私を強く抱きしめてきた。
「ア、アルバート様!? 何をなさるの!?」
「すまない。本当にすまなかった、ヴィオレーヌ」
「何のおつもりですか」
久しぶりに彼の温もりと香りに包まれて一瞬ほだされそうになったが、すぐに心が冷え込む。
「このまま何も告げずに苦しみ続ける君を残して行きたくはない。出発前に真実を聞いてほしいんだ」
「真実?」
頑なだった心を開こうとしていると、アルバート様は気付いたようだ。腕を解くと少し離れて私を見つめた。
「ああ。あれはティアナ嬢に向けての芝居だった」
「え?」
「話を聞いてくれるか?」
「……はい」
事情を詳しく聞くため私は殿下にソファーを勧め、私は向かい側に回ろうとしたが腕を取られて横に座ることになった。
「今回の魔王討伐だが、ティアナ嬢の協力は絶対に必要だ。それは理解してくれるだろうか」
私が頷くと、彼はありがとうと言ってさらに話を続ける。
「これまで私はティアナ嬢と共に鍛錬を行ってきたが、彼女はそのつらさから頻繁に癇癪を起こしては拒否していたんだ。故郷に帰りたいとね」
「ええ。それは耳にしたことがあります」
「そうか。彼女は、時には討伐に行きたくないとまで言い出したこともあった。私はその度に彼女をなだめていた」
なだめて。……慰めて?
「長い時間を共有するようになると、次第に彼女が私を信頼し、心酔してくるのが手に取るように分かった。私が説得すると素直に応じるようにもなってくれた。やがて」
そこで彼は重くため息をついた。
「彼女は私が常に側にいることを求めるようになったんだ。だから私は更なる信頼を得るためにやむなく応じた」
「ですが。それは分かりますが。わたくしは、アルバート様とわたくしだけの秘密の場所でお二人の逢瀬を目撃しました。そこで……」
熱い抱擁と口づけを交わしていた。
言葉にはしなかったが、彼は頷く。
「ああ。君があの場所に通っていることを知っていたから、ティアナ嬢を連れて行ったんだ。もちろんあの時、私は君がいることに気付いていたし、彼女にも君の存在を気づかせようとした。私が君ではなく、ティアナ嬢へ心変わりしたことに信憑性を持たせるために」
君を傷つけるのは分かっていたがと顔を歪ませる。
「真実の愛だとおっしゃったではありませんか」
「本当の真実の愛は、これが真実の愛だと口にするものではないだろう。私が今も昔も愛しているのは他でもないヴィオレーヌ、君だけだ」
何を今さらと拒否すればいい。傷つけておいて何の言い訳をと。
それなのに私の口から出る言葉は。
「……本当にお心変わりしたわけではないのですか」
「もちろんだ。そうでなければ誤解を解きに来ない」
そう言って手を伸ばすと、いつの間にか私の目から溢れこぼれていた涙を拭った。けれど涙はとめどなく頬に流れ落ちる。
泣いて泣いて泣いて。
自分の一生分を泣いたのではないかと思うほど泣いた。
ただ、自分でもこの涙の意味は分からなかった。
嬉しいのか、悲しいのか、情けないのか、悔しいのか、それとも可愛さ余って憎しみがさらに増したのか。
「つらい思いをさせて本当に悪かった」
アルバート様は私に顔を近づけるとまぶたから頬に口づけを落としたが、私はとっさに身を引く。
ティアナさんとの睦み合いを思い出したからだ。彼の唇には彼女の唇が重なったのだ。
「すまない。無神経だったな。これから信頼を取り返していきたい。時間をくれないか」
「アルバート様……」
一度失われた信頼を立て直すには、とても時間がかかる。
私はすぐに返事できない。
「ティアナさんは素敵な女性ですから、心変わりされてしまったのだと本気で思っていました」
「君が信じたということは、彼女もきっと信じただろうな。彼女は娼館上がりの貧民なんだ。高貴な王室に迎え入れることなんて、最初から考えもしなかったよ」
「え?」
私はアルバート様の顔をまじまじと見つめた。
「ティアナさんは娼館にお勤めだったのですか?」
「ああ。それも中流程度までの人間を相手にするしがない館でな。他の男に何度も肌を許してきた人間を王室に入れるはずがない」
清純そうな顔立ちの彼女に魔性の色気が漂っていたのは、そういった経験を積んできたからかもしれない。
「そう言えば、彼女はこの王宮でも男性と関係があったという噂を聞いたのですが」
「ああ。私も聞いたし、本当だったよ。見当をつけた討伐隊の一人を問い質してみたら白状した。それもどうやら一人や二人だけではなさそうだ」
「男性の心を巧みに揺さぶる術を身につけていらっしゃったのですね」
何気なく言うと、アルバート様は気まずそうな表情を浮かべた。
「何ですか。もうこの際ですから何でもおっしゃって。秘密はもう嫌なのです」
「……分かった。言いづらい話だが、彼女との口づけは衝動を駆り立てられ、あやうく溺れそうになったことは否定できない」
溺れそうになったとはずいぶんと生ぬるい表現だ。
庭で睦み合っていた時間は確かに彼女に堕ちていた。もしかしたら部屋に訪れて慰めていたという噂も本当なのかもしれない。これから赴く戦地でも何かあるかもしれない。
「すまない。謝って済むことではないが」
「もう……二度とお心を惑わされないでください」
「ああ、誓うよ」
私たちは既に愛を誓い合った仲ではなかったのですか。もう一度誓わなければならないのですか。
私は膝の上で拳を作ると一つ呼吸して心を整える。
「ですが、お言葉だけでは不安だわ。アルバート様、わたくしは不安です」
アルバート様は目を見張った。
ティアナさんとのやり取りを思い出したようだ。
「そうか。では君の不安を取り除かなければな」
「……はい。取り除いてください。アルバート様の愛で」
「ああ。私の愛で」
笑みをこぼすとアルバート様は顔を近づけ、私はその熱い愛を受けた。
アルバート様。
私を言葉と態度で傷つけておいて、本当にこれで許されると思っているのですか?
「ヴィオレーヌ様、アルバート殿下がお越しです。どういたしましょう」
いくら表面上は婚約者とは言え、夜も深まった時分の訪問だった。女性の部屋に訪れるには遠慮すべき時間帯だ。
王子の要求を拒絶する権限のない侍女は私にお伺いを立てる。
「こんな夜に? ……いいわ。お通しして」
まだ私に何の用があるというのだろう。不審に思ったが私は部屋に招き入れることにした。
すると。
「ヴィオレーヌ!」
部屋で二人になった途端に彼は私を強く抱きしめてきた。
「ア、アルバート様!? 何をなさるの!?」
「すまない。本当にすまなかった、ヴィオレーヌ」
「何のおつもりですか」
久しぶりに彼の温もりと香りに包まれて一瞬ほだされそうになったが、すぐに心が冷え込む。
「このまま何も告げずに苦しみ続ける君を残して行きたくはない。出発前に真実を聞いてほしいんだ」
「真実?」
頑なだった心を開こうとしていると、アルバート様は気付いたようだ。腕を解くと少し離れて私を見つめた。
「ああ。あれはティアナ嬢に向けての芝居だった」
「え?」
「話を聞いてくれるか?」
「……はい」
事情を詳しく聞くため私は殿下にソファーを勧め、私は向かい側に回ろうとしたが腕を取られて横に座ることになった。
「今回の魔王討伐だが、ティアナ嬢の協力は絶対に必要だ。それは理解してくれるだろうか」
私が頷くと、彼はありがとうと言ってさらに話を続ける。
「これまで私はティアナ嬢と共に鍛錬を行ってきたが、彼女はそのつらさから頻繁に癇癪を起こしては拒否していたんだ。故郷に帰りたいとね」
「ええ。それは耳にしたことがあります」
「そうか。彼女は、時には討伐に行きたくないとまで言い出したこともあった。私はその度に彼女をなだめていた」
なだめて。……慰めて?
「長い時間を共有するようになると、次第に彼女が私を信頼し、心酔してくるのが手に取るように分かった。私が説得すると素直に応じるようにもなってくれた。やがて」
そこで彼は重くため息をついた。
「彼女は私が常に側にいることを求めるようになったんだ。だから私は更なる信頼を得るためにやむなく応じた」
「ですが。それは分かりますが。わたくしは、アルバート様とわたくしだけの秘密の場所でお二人の逢瀬を目撃しました。そこで……」
熱い抱擁と口づけを交わしていた。
言葉にはしなかったが、彼は頷く。
「ああ。君があの場所に通っていることを知っていたから、ティアナ嬢を連れて行ったんだ。もちろんあの時、私は君がいることに気付いていたし、彼女にも君の存在を気づかせようとした。私が君ではなく、ティアナ嬢へ心変わりしたことに信憑性を持たせるために」
君を傷つけるのは分かっていたがと顔を歪ませる。
「真実の愛だとおっしゃったではありませんか」
「本当の真実の愛は、これが真実の愛だと口にするものではないだろう。私が今も昔も愛しているのは他でもないヴィオレーヌ、君だけだ」
何を今さらと拒否すればいい。傷つけておいて何の言い訳をと。
それなのに私の口から出る言葉は。
「……本当にお心変わりしたわけではないのですか」
「もちろんだ。そうでなければ誤解を解きに来ない」
そう言って手を伸ばすと、いつの間にか私の目から溢れこぼれていた涙を拭った。けれど涙はとめどなく頬に流れ落ちる。
泣いて泣いて泣いて。
自分の一生分を泣いたのではないかと思うほど泣いた。
ただ、自分でもこの涙の意味は分からなかった。
嬉しいのか、悲しいのか、情けないのか、悔しいのか、それとも可愛さ余って憎しみがさらに増したのか。
「つらい思いをさせて本当に悪かった」
アルバート様は私に顔を近づけるとまぶたから頬に口づけを落としたが、私はとっさに身を引く。
ティアナさんとの睦み合いを思い出したからだ。彼の唇には彼女の唇が重なったのだ。
「すまない。無神経だったな。これから信頼を取り返していきたい。時間をくれないか」
「アルバート様……」
一度失われた信頼を立て直すには、とても時間がかかる。
私はすぐに返事できない。
「ティアナさんは素敵な女性ですから、心変わりされてしまったのだと本気で思っていました」
「君が信じたということは、彼女もきっと信じただろうな。彼女は娼館上がりの貧民なんだ。高貴な王室に迎え入れることなんて、最初から考えもしなかったよ」
「え?」
私はアルバート様の顔をまじまじと見つめた。
「ティアナさんは娼館にお勤めだったのですか?」
「ああ。それも中流程度までの人間を相手にするしがない館でな。他の男に何度も肌を許してきた人間を王室に入れるはずがない」
清純そうな顔立ちの彼女に魔性の色気が漂っていたのは、そういった経験を積んできたからかもしれない。
「そう言えば、彼女はこの王宮でも男性と関係があったという噂を聞いたのですが」
「ああ。私も聞いたし、本当だったよ。見当をつけた討伐隊の一人を問い質してみたら白状した。それもどうやら一人や二人だけではなさそうだ」
「男性の心を巧みに揺さぶる術を身につけていらっしゃったのですね」
何気なく言うと、アルバート様は気まずそうな表情を浮かべた。
「何ですか。もうこの際ですから何でもおっしゃって。秘密はもう嫌なのです」
「……分かった。言いづらい話だが、彼女との口づけは衝動を駆り立てられ、あやうく溺れそうになったことは否定できない」
溺れそうになったとはずいぶんと生ぬるい表現だ。
庭で睦み合っていた時間は確かに彼女に堕ちていた。もしかしたら部屋に訪れて慰めていたという噂も本当なのかもしれない。これから赴く戦地でも何かあるかもしれない。
「すまない。謝って済むことではないが」
「もう……二度とお心を惑わされないでください」
「ああ、誓うよ」
私たちは既に愛を誓い合った仲ではなかったのですか。もう一度誓わなければならないのですか。
私は膝の上で拳を作ると一つ呼吸して心を整える。
「ですが、お言葉だけでは不安だわ。アルバート様、わたくしは不安です」
アルバート様は目を見張った。
ティアナさんとのやり取りを思い出したようだ。
「そうか。では君の不安を取り除かなければな」
「……はい。取り除いてください。アルバート様の愛で」
「ああ。私の愛で」
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