47 / 86
第四章
□第一騎士団長からの新たな依頼
しおりを挟む
まだシュラの戻っていない部屋で素早く制服に着替え、ボルテス団長の部屋へゆくと、第一騎士団長ジェンド・フレグラントが待ち構えていた。
嫌な予感しかない。
「待っていたぞ、騎士バルザクト・アーバイツ」
「お待たせし、申し訳ありません」
平凡な顔に人好きのする笑みを浮かべて両手を広げた彼に、嫌な予感がいや増しして、かなり手前で足を止めて礼をした。
「騎士バルザクト。また、頼む」
執務机の椅子に座っているボルテス団長が、溜息交じりにそう命令した。私を名指しで、また、ということは、また女装か。
「前回使ったモノが残っているし、今回の衣装も既に手配済みだ。それに、今回はそう難しいことはない。なに、巫女にひっついて一緒にパレードするだけだ」
「衆人環視のなかを、女装で?」
確認するように復唱すると、後ろ暗いのか僅かに視線を逸らされた。
「しかも、本来それは、第一騎士団の中でも選りすぐりの騎士が務める、栄誉ある付き添い役ですよね? 間違ってもね女装した男がやるものではないと記憶しているのですが」
神祭の巫女は、乙女である貴族の令嬢がなる。神祭の巫女になるというのは、令嬢としてひとつの箔になるので、巫女となるために神殿に寄付をする貴族も多くあるということだが、寄付の多さで決まるものでもないらしい。
栄誉ある巫女のエスコート役は第一騎士団のもっとも顔のイイ男が勤めると、例年決まっていたはずだ。今年ならば、騎士ピルケス・オルドーあたりが有力だとされていたのだが。
「今年の巫女は、男嫌いなんだとよ」
「男嫌い、ですか? でしたら、私もまずいのではありませんか」
「いや、だからこそ君だ。君の女装ならば、女性相手にもバレないことは、既に実証済み。なんなら下手な女性よりも美しかったからな」
胸を張って言った第一騎士団長に、表情を消した顔を向ける。
「そう怒るな。そのくらい上手く化けていたと言いたかっただけだ。それでは、早速借りていくぞ」
「さっさと返せよ、騎士バルザクトが居ないと、仕事が滞る」
椅子にふんぞり返るボルテス団長に、第一騎士団長はたかが平の騎士に大袈裟なというような表情で肩を竦める。
「もちろんだとも、神祭が終わればすぐにお役御免にするよ」
「二日目のパレードだけの約束だったろうが」
鼻白むように第一騎士団長に抗議するボルテス団長だったが、残念なことにその抗議は受け入れられず、私は神祭の三日間、第一騎士団に貸し出されることになってしまった。
所詮第五騎士団が、第一騎士団の申し出を無碍にできるはずもなかったのだ。それでも、抗議してくれだけありがたい、それに、今すぐ連れて行こうとした第一騎士団長に、さすがにそれは酷かろうと、準備する時間を稼いでくださった。
◇◆◇
「え? は? 巫女の護衛? まさか、いや、仮面舞踏会イベもあったんだから、こういったイレギュラーもあり得るよな。本当ならヒロインが巫女として……。いや、それはいい、第一との好感度が一定以上になったってことでいいのか、これは? それなら、最終イベをクリアする確率があがるよな? でも、確か、このイベントって、第一騎士団のピルケスとの合体技を習得するはずなんだけど、護衛が女装したバルザクト様ってことは……? どうなるんだ?」
部屋に戻り、先に自主訓練から戻っていたシュラにことのあらましを説明すると、目を見開いて驚き、それからブツブツと呟きだした。
「とにかく、そういうことだから、明日から三日間行われる神祭では、ちゃんと他の騎士について、任務をこなすんだぞ? ボルテス団長には、騎士シュベルツに着けてもらうように頼んであるから、ベリルとも仲良くするんだぞ」
子供にするような注意になってしまったからか、彼は不満げに口を歪ませる。
「俺、いや自分も行きます、バルザクト様の従騎士は自分ですから。それに万が一、億が一、あのイベントなら、巫女と護衛騎士が、ハプニングちゅーしちゃうじゃないですかぁっ!」
「はぷにんぐちゅう?」
「絶対に駄目です。見ず知らずの女にバルザクト様の唇を奪われるなんて。許せるわけがないです」
「なにを言ってるんだ? なぜ、護衛しているだけで、唇がどうのという話になる。それに、私は護衛といえど、女装していくのだぞ」
ごねる彼をなだめる過程で、どうしてそうなったのか、顔半分に紗を掛けて顔出ししないことを約束させられた。
「これを使ってください。高性能の認識阻害が発動しますから。そこにいるのは理解しても、顔とか覚えることができなくなるんです」
そう言って取り出した、黒地に金の縁取りがされた繊細な紗の覆いを、私が装備することはできなかった。
「ああああっ! 好奇心で使ったの忘れてたっ、使用者固定されちゃってる……。スペアも買ってないぃぃ」
絶望を前面に出した表情で、地面に両手両膝をついて項垂れる彼に、普通のものを借りるから大丈夫だと慰めを言い置いて、自室に入り着替えをする。
あの時は、随分膨らんでいるように感じた胸だったが、実際に見てみると、筋肉質な騎士たちの胸板にすら劣る程度だった。これならば、バレることはないだろうと、胸をなで下ろす。
騎士服を脱ぎ、目立たぬ服に着替えて部屋を出ると、両手を胸の前に組んで上目遣いに私を見る彼が立っていた。……私より長身なのに、上目遣いに見るとは、器用なことをするな。
「バルザクト様、お願い。ボクもついていったら駄目ですか?」
目をパチパチと瞬かせ、目を潤ませる彼に、ハッとする。
「目が潤んでいるぞ、風邪のひきかけかもしれん、早く寝なさい!」
問答無用で彼を担ぎ上げ、彼の部屋のベッドへと放り込み、着衣のままでは寝にくかろうと、ズボンと上着を脱がせ。上掛けをしっかり肩まで掛けて、上からポンポンと叩く。
「今日も、カロル団長と訓練してきたのだろう? 無理ばかりしていると、体が参ってしまうぞ。ゆっくりおやすみ、シュラ」
「違っ、これは――」
起き上がろうとする彼の額に顔を近づけて口づけを落とし、眠りの魔法を掛ける。この魔法自体は睡眠の導入を助ける程度のものだが、体が疲れ切っているであろう彼には、覿面に効果があったようだ。
「留守を頼んだぞ」
穏やかな寝顔を見下ろし、そっと部屋の灯りを消して最低限の荷を持って部屋を後にした。
嫌な予感しかない。
「待っていたぞ、騎士バルザクト・アーバイツ」
「お待たせし、申し訳ありません」
平凡な顔に人好きのする笑みを浮かべて両手を広げた彼に、嫌な予感がいや増しして、かなり手前で足を止めて礼をした。
「騎士バルザクト。また、頼む」
執務机の椅子に座っているボルテス団長が、溜息交じりにそう命令した。私を名指しで、また、ということは、また女装か。
「前回使ったモノが残っているし、今回の衣装も既に手配済みだ。それに、今回はそう難しいことはない。なに、巫女にひっついて一緒にパレードするだけだ」
「衆人環視のなかを、女装で?」
確認するように復唱すると、後ろ暗いのか僅かに視線を逸らされた。
「しかも、本来それは、第一騎士団の中でも選りすぐりの騎士が務める、栄誉ある付き添い役ですよね? 間違ってもね女装した男がやるものではないと記憶しているのですが」
神祭の巫女は、乙女である貴族の令嬢がなる。神祭の巫女になるというのは、令嬢としてひとつの箔になるので、巫女となるために神殿に寄付をする貴族も多くあるということだが、寄付の多さで決まるものでもないらしい。
栄誉ある巫女のエスコート役は第一騎士団のもっとも顔のイイ男が勤めると、例年決まっていたはずだ。今年ならば、騎士ピルケス・オルドーあたりが有力だとされていたのだが。
「今年の巫女は、男嫌いなんだとよ」
「男嫌い、ですか? でしたら、私もまずいのではありませんか」
「いや、だからこそ君だ。君の女装ならば、女性相手にもバレないことは、既に実証済み。なんなら下手な女性よりも美しかったからな」
胸を張って言った第一騎士団長に、表情を消した顔を向ける。
「そう怒るな。そのくらい上手く化けていたと言いたかっただけだ。それでは、早速借りていくぞ」
「さっさと返せよ、騎士バルザクトが居ないと、仕事が滞る」
椅子にふんぞり返るボルテス団長に、第一騎士団長はたかが平の騎士に大袈裟なというような表情で肩を竦める。
「もちろんだとも、神祭が終わればすぐにお役御免にするよ」
「二日目のパレードだけの約束だったろうが」
鼻白むように第一騎士団長に抗議するボルテス団長だったが、残念なことにその抗議は受け入れられず、私は神祭の三日間、第一騎士団に貸し出されることになってしまった。
所詮第五騎士団が、第一騎士団の申し出を無碍にできるはずもなかったのだ。それでも、抗議してくれだけありがたい、それに、今すぐ連れて行こうとした第一騎士団長に、さすがにそれは酷かろうと、準備する時間を稼いでくださった。
◇◆◇
「え? は? 巫女の護衛? まさか、いや、仮面舞踏会イベもあったんだから、こういったイレギュラーもあり得るよな。本当ならヒロインが巫女として……。いや、それはいい、第一との好感度が一定以上になったってことでいいのか、これは? それなら、最終イベをクリアする確率があがるよな? でも、確か、このイベントって、第一騎士団のピルケスとの合体技を習得するはずなんだけど、護衛が女装したバルザクト様ってことは……? どうなるんだ?」
部屋に戻り、先に自主訓練から戻っていたシュラにことのあらましを説明すると、目を見開いて驚き、それからブツブツと呟きだした。
「とにかく、そういうことだから、明日から三日間行われる神祭では、ちゃんと他の騎士について、任務をこなすんだぞ? ボルテス団長には、騎士シュベルツに着けてもらうように頼んであるから、ベリルとも仲良くするんだぞ」
子供にするような注意になってしまったからか、彼は不満げに口を歪ませる。
「俺、いや自分も行きます、バルザクト様の従騎士は自分ですから。それに万が一、億が一、あのイベントなら、巫女と護衛騎士が、ハプニングちゅーしちゃうじゃないですかぁっ!」
「はぷにんぐちゅう?」
「絶対に駄目です。見ず知らずの女にバルザクト様の唇を奪われるなんて。許せるわけがないです」
「なにを言ってるんだ? なぜ、護衛しているだけで、唇がどうのという話になる。それに、私は護衛といえど、女装していくのだぞ」
ごねる彼をなだめる過程で、どうしてそうなったのか、顔半分に紗を掛けて顔出ししないことを約束させられた。
「これを使ってください。高性能の認識阻害が発動しますから。そこにいるのは理解しても、顔とか覚えることができなくなるんです」
そう言って取り出した、黒地に金の縁取りがされた繊細な紗の覆いを、私が装備することはできなかった。
「ああああっ! 好奇心で使ったの忘れてたっ、使用者固定されちゃってる……。スペアも買ってないぃぃ」
絶望を前面に出した表情で、地面に両手両膝をついて項垂れる彼に、普通のものを借りるから大丈夫だと慰めを言い置いて、自室に入り着替えをする。
あの時は、随分膨らんでいるように感じた胸だったが、実際に見てみると、筋肉質な騎士たちの胸板にすら劣る程度だった。これならば、バレることはないだろうと、胸をなで下ろす。
騎士服を脱ぎ、目立たぬ服に着替えて部屋を出ると、両手を胸の前に組んで上目遣いに私を見る彼が立っていた。……私より長身なのに、上目遣いに見るとは、器用なことをするな。
「バルザクト様、お願い。ボクもついていったら駄目ですか?」
目をパチパチと瞬かせ、目を潤ませる彼に、ハッとする。
「目が潤んでいるぞ、風邪のひきかけかもしれん、早く寝なさい!」
問答無用で彼を担ぎ上げ、彼の部屋のベッドへと放り込み、着衣のままでは寝にくかろうと、ズボンと上着を脱がせ。上掛けをしっかり肩まで掛けて、上からポンポンと叩く。
「今日も、カロル団長と訓練してきたのだろう? 無理ばかりしていると、体が参ってしまうぞ。ゆっくりおやすみ、シュラ」
「違っ、これは――」
起き上がろうとする彼の額に顔を近づけて口づけを落とし、眠りの魔法を掛ける。この魔法自体は睡眠の導入を助ける程度のものだが、体が疲れ切っているであろう彼には、覿面に効果があったようだ。
「留守を頼んだぞ」
穏やかな寝顔を見下ろし、そっと部屋の灯りを消して最低限の荷を持って部屋を後にした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
248
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる