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第六章

□休日は冒険者ギルドで実戦訓練1

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「よぉ、バ……ファーネ! 久し振りだな」
「ベルツか、奇遇だな」

 ギルドの掲示板を見ていた私の肩を叩いて、騎士シュベルツが気安く声を掛けてきた。珍しく休日が合ったのだな、他人の休日はあまり気にしていないから知らなかった。

「どうだ、ランクは上がったか?」
「いや。最近依頼を受けられなくてな、てんで上がらん。まぁ、低ランクでも、害獣駆除の依頼は受けられるから、問題はないが」

 ランクが上がると信頼も上がり、もっと割のいい依頼、護衛や輸送といったものが受けられるようになるのだが。王都を離れることのできない私には、旨味を感じられないので気にはならない。

「あんたは本当に、駆除系の依頼が好きだな。そんな細っこいのに、血の気が多いよなぁ」

 会話が耳に入ったらしい男が、そう言って笑う。何度かここで見かけたことがある顔だ。

「薬草採集が苦手なだけだ。間違って、毒草を持ってくるわけにもいかんから、必然的にできる仕事が決まってしまう」
「そりゃ、慣れもあるだろうよ。まぁ、採集が好きな奴もいるから、そう気にすんな」

 男は依頼票をひとつ取ると、肩を落として見せた私の肩を慰めるように叩いて離れていった。

 シュベルツは苦笑してから私を空いているテーブルに誘った。

「そういや、聞いてるか? 最近魔獣の出没が頻繁になってるんだとよ」
「魔獣の? そういえば、討伐の依頼も増えている気がしていたが。あまり多くなると、騎士団が出てくるんだろう?」
「ああ、八か七が出てきそうだって噂だ」

 七、八なのか、九、十までは出てこないのか。もしかすると、迷宮暴走(スタンピード)の前兆ではないのか。
 ぞわりと胸を這う嫌な予感を、意識して手放す。

「どうした、ファーネ。顔色が悪いぞ」

 シュベルツが手を伸ばし、うつむいた私の前髪を払う。

「昨日は早く寝たんだがな、最近慌ただしくて、疲れが出てるのかもしれん」

 彼の手を避けて、わざとらしくため息を吐く。

「ああ、そういや、そうだな」

 私が女装して豊穣の巫女の護衛をしていたことを知っているであろう彼が、なんとも言えない顔で同意する。
 もしかしたら、あの格好を見られたのかもしれない。

 視線が泳いだ彼に、それは確信になる。
 もう一度ため息を吐いて、投げやりな気分で椅子に背を預けて足を組んだ。

「まぁ、(女装だと)バレなかったんだから、いいじゃねぇか」
「当然と言えば当然だが、上は知ってたぞ」

 王族の一握りの人々には、私が女装しているのだと知られていた。もう、本当にもう、王宮には行きたくないと心から思う。

「ああ……そうか。なんつーか、気を落とすなよ、お前が男らしいのは、わかってるやつはちゃんとわかってるからよ」
「…………はぁ……」

 慰めはありがたいが、慰められた気がしない。

「気分転換に、強いのを狩りに行きたいな」
「無茶をするのはやめておけよ、お前ひとりだけの体じゃないんだからな」

 彼の言葉に周囲の視線が集まるのを感じ、がっくりと肩を落として片手で顔を覆う。

「その言い方は、果てしなく誤解を生むからやめてくれ」
「お前の養い子が独り立ちするまでは、ちゃんとしねぇと駄目だぞ」

 養い子がシュラを指しているのだとわかるが、ますます周囲に誤解を招いている。もう、誤解を解くのは諦めて、そのまま話を続ける。

「あれはもう、私の手など必要としないさ。――私が導くよりも、もっと適任な人間を、ちゃんと自分で見つけ出しているからな……。私の元に置いておくのは、勿体ないんだよ。もう、自由にしてやるべき、なんだろうな」

 言いながら、それが真実なのだと思い知り、胸がギシギシと軋む。

 シュラは第一や第十の団長とも親しく、頻繁に稽古を受けている。もう私が教えることなどないばかりか、むしろ私の方が彼の足を引っ張っているのだ。

 それに彼は私に惜しむことなく国宝級の導具を与える、私にはなにも返すことができないのに。

「おいおい、本気で言ってるわけじゃないだろうな」

 焦ったように身を乗り出すシュベルツに、私は苦笑して首を緩く振った。

「いや、真実なんだ。私は、もう……あれに与えるものがないんだ」
「お前、本気で言ってるのか?」

 シュベルツの低い声に、視線を上げて射貫くような彼の目を見る。

「本気だよ」

 自嘲を唇に乗せれば、彼は何か言いたげに口を動かしたが、苛立たしげに片手で髪の毛をかき回すだけだった。

「……っ。ほんっと、お前は、自分をわかってねぇよなぁ……っ」

 なぜ悔しそうな顔で、そんなことを言うのだろう。

「あいつは、お前だけをずっと追いかけてるだろうがよ、お前の背中を見て、お前の隣に立とうと、足掻いてんじゃねぇかよ。見てやれよ、ちゃんと」

 テーブルに置いた握りしめた手を見つめて、私だけに聞こえる低い声で吐き出すように言った言葉はあまりに荒唐無稽だ。

「ちゃんと見てるから、だ」
「あのな、ソレは、お前のエゴだ。お前が言ってるのは、損得だけの話じゃねぇか? 人間てぇのは、そうじゃないだろうが。ちゃんと話をしろよお前ら」

 うつむいたまま懇願する声音を吐く彼を、まじまじと見つめる。

 こんなに、熱い人だっただろうか。親身に話をすることなんて、そういえば、誰ともしてこなかったと思い至る。
 これが腹を割って話すということなんだろうか。なんだか、胸が熱くなる。

「おい、聞いて……」

 顔を上げた彼は、私の顔を見て変な顔をした。

「泣きそうな顔で笑ってんじゃねぇよ、馬鹿」
「泣いてなんかいないだろう。いや、ちょっと感動したんだ――ありがとう、ちゃんと話し合ってみるよ、必ず」

 まなじりの湿り気に気付かないふりで、今度こそ笑うと、彼の硬い手が乱暴に私の髪をかき混ぜた。

「あいたたたっ、強い、強いっ」
「ああくそっ、お前ってこんなに素直だったのかよ」

 最後に軽くひとつ叩いてから、手が離れてゆく。乱れた髪を手ぐしで整えていると、テーブルに肘をついて手の上に顎を乗せた彼が目を細めて私を見ていた。

「あと一年もないんだったか」

 それが、私が退団までの時間だとわかり肯定すると、彼は、そうかと呟いたきり口を閉じてしまった。

 ほんの少し前までなら、何の感慨もなかったのに、いまはどうしてこんなに惜しいのだろう。

 第五騎士団を離れることが、惜しい。あと少しだけ、もう少しだけ長くすることはできないかなんて……考えてはいけないのに。


 ああ、男として生まれることができていればよかったのに。

 それが、どうしようもなく、無価値な『もしも』だとわかっているのに考えずにはいられない。
 私が男ならば、こうして騎士団に入ることもなかったのだから。いまの私だから、生まれてくる感情であって、男として生まれていればこれほどに愛しい感情を知ることもなかったかもしれない。

「さて、そろそろ狩りに行くよ。ベルツはどうするんだ?」

 立ち上がった私に続き立った彼に声を掛ければ、彼は驚いたような顔をして、それから崩れた笑みになり、肩を組んできた。

「ベルツってぇのは、俺の本当の名前でよ。いまの家に引き取られて、かっこつけるために長くされちまったんだよな……俺は、ずっとベルツでいたかったのに」

 だから、お前はベルツと呼んでくれと請うた声に、快諾を返す。

「では、私のことはファーネと呼んでくれ。じゃぁな」
「え? おい」



 受付に依頼書を持っていく私を追ってくることをしない彼に感謝しながら、すこしだけ浮ついた心を押し隠した。
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