海のモグラ

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

文字の大きさ
28 / 49

《神々の仕組みと逆鱗》

しおりを挟む
 モグラと火実の喧嘩をやめさせた海月は息を切らしている火実へ問いかける。「人間の姿に戻して欲しかったら、――俺に神の存在を教えてください」
「なんだとっ?」
 モグラは普段とは違う海月の真剣さと優しい微笑みに気づきつつも人間の姿に戻って火実へわざとにやりと笑い、ミミズを摘まんだ。……火実が身体を震わせて怒りを露わにした。
「モグラのくせに……。貴様も名付けられろっっ!!」
「俺はモグラで通っているから良いんだよ、バーカ」
「なんだとこの――」
「いいから話してください」
 海月の冷めた命令に口を噤んだ火実ではあったが、仁田たち家族にも視線を向けられて一声鳴いた。
「まぁいい。神々の仕組みについて教えてやる。……もとより、神は人間たちに創造される前から海として始まり、島が作られ、そこに水や土、火や木、そして富を継承する金を授けて生きてきたのだ。だが人々がつくられるとき、人間は神にある約束をした。――平和な世の中を生きる為に、私たちを平穏に導いて欲しい、と。それを海の神に向けて約束を交わしたのだ」
 海月たちが黙っているさなか、火実は器用に両翼でグラスを傾けてウーロン茶を飲んでいく。そして汗を掻いたグラスを元の位置に戻した。
「海の神は人間たちの約束を果たす為に、供物を捧げるのを条件に平穏な世を作り上げた。だから人間たちは初めの頃だと果物や魚や野菜といった供物を捧げ、喜び勇んで神社を造り、海の神やほかの神々に誓って崇めたのだ。……俺も今よりかは讃えられたものだしな」
「でも最近はそういうの聞かないよな。それが原因ってことか?」
「よくぞ聞いた茶髪のツリ目」
「俺は三重だ」
 間が空いたのち、火実は舌打ちしそうになって――やめた。
「……三重、よくぞ聞いた。人間たちは時が経つにつれて信仰心というものが無くなった。人間たちは卑しいものだ。供物を捧げずに平穏を望んでいるのだからな。――だから海の神は……いや、我々は人間たちに厄災を払った。人間のなかに闘争心を孕ませ、戦争を生ませたのだ。そして戦争で怯えた人間たちへ再び供物を捧げさせようとしたが……失敗し、世界は第二次世界大戦を遂げ、原爆が投下され……めちゃくちゃになってしまったのだ」
「世界大戦にまで発展してしまったんですか!? そんな……供物が出せないだけで?」
「お前は甲斐だったな。我々は闘争心を生ませたが戦争を起こしたのは人間たちだ。だから神だけが悪だというのはいささか問題がある」
「でも……、闘争心なんて生んだから人間が戦争を起こして多くの人々が亡くなってしまったじゃないですか!」
 すると火実は甲斐へ鋭利な視線を向けた。甲斐がたじろいだ。
「闘争心は悪いことではない。そのおかげで科学というものが発展し、人間たちが豊かになったではないか。――それでも否定をするか?」
 甲斐のタレ目が余計に下がり、なにも言えなくなってしまった。だが仁田はウーロン茶を口に含んで飲み込んでから冷静な目つきになる。
 「そして神は、供物を賄えない代わりに人間を差し出せと?」仁田の言葉に火実は首肯した。
「海の神に捧げられるのは特別な人間だ。それが先ほど言った金の加護を受けた人間。四柱推命によると、海……いや、水は金と波長が合いやすい。そして、金という加護は我ら神にも恩恵をくれるのだ。だから海の神は条件を変えて毎年、金の加護を受けた人間を捧げるように命じたのだが……」
 火実が素知らぬ顔を見せるモグラへ目を向けた。モグラはなにも知らぬという顔を見せてウーロン茶を飲んだ。
「その契約を阻む者が居た。そいつは――そこの神もどきが海の神に背いて、神々を裏切って金の加護の人間を生かしてしまった。本来であれば、海の神の供物として捧げるはずだったのにな」
「それが嫌だから裏切ってやったんだ。海月は一人の人間だ。神々のエゴ、人間たちの都合で生き死を定められたくないんだよ」
「海を統べるモグラよ。お前がどうして海さえも支配下に置け、土さえも味方に付けられるほどの力を持つというのに神になるのを拒絶した? どうして海の神を裏切り、海の供物を育てた? ……なんの為に、供物を生かした?」
 鋭い視線を向けるニワトリにモグラは優雅に微笑んだ。供物の海月はその意図はわからない。
「海月にも何度も言ったけれど、俺は何度でも言うよ。俺が海を統べられたのも、土を司れたのも、海月のご先祖様が俺を生かしてくれたからだ。そして約束した。……自分たちの子孫になにか不吉なことが襲い掛かることがあれば、助けて欲しい――と。俺は恩恵に預かった海月のご先祖さまの言いつけを守る為に、俺は生きてここに居る」
 だから神になるのを拒んだなどと言っては海月に向けてウィンクをした。モグラの余裕そうな雰囲気を醸し出す様には呆れるばかりだ。
「まったく……。それだけ力説されじゃあ、俺は死ぬに死ねないじゃないですか」
「お前は俺が生きている限り死なせないし供物として捧げることはないよ。そう約束するさ」
 にっこりと微笑んで肩に手を乗せたモグラの姿に海月もぎこちなく笑い返した。「ちゃんと笑え~」そう言って口端を引っ張られてしまう海月に周囲は微笑む。――だが火実は違った。
「海を統べるモグラよ、貴様は判断を誤った。……俺が供物である海月に組み敷かれれば、神々の逆鱗げきりんに触れる。供物として生きた方が幸せであっただろうに」
 火実は茶を飲み干せばモグラは不敵に笑んだ。「幸せは海月自身が決めるんだ。――お前に決められる筋合いはないよ」
「……そうか」
 モグラと火実が睨んだかと思えば、互いにそっぽを向いてしまう。そんな一人と一匹に海月は己の運命はどうなってしまうのだろうかと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

処理中です...