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《迫る歯車》
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モグラは瞬く星々を見て虚ろげになる。「俺は情けない奴なんだ」そして続ける。
「兄貴の方が見てくれも良いし、能力だってあるし、それに泳げる。俺は泳げなかったし、その分、複数の加護を持ち併せていたせいで皆から疎まれていた」
「……そうか」
「それに海を統べるモグラなんておかしいだろう? ……モグラは海など泳げないのに」
自嘲する笑みを見せるモグラに海月は拳を握る。そんなことないと言いたかった。自分を助けてくれたのはあなたじゃないですか、そう言葉を発したい気持ちをぐっと抑える。
海月に気づいていない火実は少し鳴き声を上げた。「じゃあお前は泳げないのか?」
「それは違うね。……月影。――海月のご先祖様に助けられたんだ」
夜空を見上げるモグラに海月は密かに傾聴する。それから美波に顔を近づけて海月は自身の唇に差した。
「ごめんね、少し待っててね」
「うん、大丈夫」
美波は屈みこんでいる海月に頷いて一緒に聞いていた。モグラは冷酒を口元に引き寄せた。
「俺は異端児だったから海の神に見放されたんだ。海の中を溺れていて、もがきながら、あがきながら彷徨い続けていたんだ。……そして気づいたら浜辺に打ち上げられていた。そしたら隣に人間が居たんだ。それが月影だ。月影は漁師で俺に泳ぐ術を教えてくれたんだ」
「お前が堕落した神だというのにか?」
「そう。俺を神だと知らずに、ただの可愛いモグラとして、話せるモグラとして、――友として傍に置いて……生かせてくれた」
モグラは顔を綻ばせた。その顔は今まで見たモグラの表情の中で感懐に満ち足りたものであった。
「月影が女を娶った時にも、子供が産まれた時にも……傍でずっと見ていたよ。子供たちと一緒に遊んで、笑いあったもんね。月影の奥さんが早くに亡くなった時は、一緒に酒を呑みながら涙を流したし……月影が最期の遺言で自分の子供たちを守ってくれなんて言われた時も泣いたね。あぁ……、人間の命は短くて儚いけれど、そのなかでも懸命に生きるんだなってさ」
モグラは月影との思い出に想いを馳せている。海月が自分の先祖である月影を疎んでしまうほどに。モグラはそれだけ月影が大事な存在であったのかを確かめるように。労わるように。
モグラは息を吸って言葉を乗せた。「だから約束した。――月影の子孫を守る、と」
その満ち足りた表情を海月は一生忘れられないだろう。先ほどの醜悪な気持ちなど打ち消してしまうほどに。
モグラがふと後ろを向けば、呆気に取られている海月の姿がそこにあった。
「なぁ海月。俺はお前を含めた子孫たちを末代守る為に修行して、水も土をも司る神……いや、神ではないね。神もどきになったんだ。それから時が流れて……海をも統べるモグラになれた」
「……モグラ、さん」
海月は月影に感謝をしたくなった。だがモグラの苦悶の表情が気になってしまう。
モグラは険しい顔つきでグラスを置いた。
「ただ、俺には時間がない。勘当された身だからだ。兄貴を俺が殺さない限り、兄貴は海月を食べようとする」
すると火実を持ち上げたモグラが哀愁を漂わせる笑みを零した。なんと儚げな笑みであろうか。海月はふと思ってしまう。たとえ勘当された身であっても肉親と殺し合う運命にはさせたくないと海月は決した。構わずにモグラは話を続ける。
「でも俺はそれでも、お前を……海月を守りたい。海月も月影と同じで奥さんを貰って子供たちに囲まれた、そんな幸せな生活を送って欲しい」
「俺は別に、そんなの……」
「それが俺の一番の望みだ」
海月は自分をじっと見つめるモグラの姿に目を奪われた。そしてモグラは普段のように微笑んだ。
「じゃあ食べに行こうか。火実はキビとアワね」
「なにを言う。俺も食べるぞ」
「ニワトリが人間様のご飯を食べられるかね?」
「俺は神だ!」
痴話喧嘩をする二人に海月は立ち尽くしなにも言えずにいたのだ。
食事を終えてバスで帰り自宅へと帰る。楓は蝶の姿にして眠らせた。火実はニワトリの姿だ。
だが、風呂に入り終えて眠ろうとした海月ではあったが……眠れずにいた。
「俺の、幸せ……か」
幸せなんて考えたことなかった。というよりも、今が十分幸せなのだ。
モグラと居られるだけで幸せなのだ。
だが口ぶり的に、モグラと離れる運命なのかもしれない。――もしかしたら、モグラが大罪を犯すかもしれないというのに。……大罪を犯さずとも離れる運命なのかもしれないのに。
「そんなの、……嫌だ」
海月は起き上がりモグラの部屋をノックした。ノックをしたが返事がない。
「モグラさん」
堪らなくなってドアを開ければ……モグラは窓を開けて月を眺めていた。今夜の月は天に誘われそうな、吸い込まれそうなほど美しく奇麗であった。
「あぁ、海月か。なに、急に――」
だが、海月はその運命に反論する。天のみ使いにモグラを行かせはしない。
「モグラさんの居ない世界なんて、俺は受け入れられません」
モグラは目を見開いた。それでも海月は続ける。
「俺は今が一番幸せです。でも、俺を幸せにしてくれたのはモグラさんのおかげです。モグラさんが離れるか、大罪を犯してしまうぐらいなら……」
海月は意を決した。「俺を死ぬまで守ってください。ずっと、……傍で」
「……ははっ、死ぬとか言うと思ったよ。俺は」
「モグラさんの不幸せは俺の不幸ですから」
「惚れられているね~、俺も」
月夜を見上げる二人は同時に微笑んだのだ。満月は二人を照らすように寄り添ったのだ。
海の神は立ちあがったかと思えば、下界を見下ろした。木風が来ないということは計画が失敗したのだろう。もともと期待もしていなかったのでそこまでダメージを負っていない。
「ふん。まぁ良いだろう。だったら私が行けばいいんだ。……海の供物は育ちつつあるのだからな」
すると海の神は鏡の姿身を見て、自身の弟を想起する。そうだ。これを利用すればいい。自分があの卑怯で下劣で下等な存在に似て良かったなといの一番に思い、口元を綻んだ。
「ふふっ。まぁ、会うのが楽しみだな、――海の供物よ。貴様は私に食われる運命なのだからな」
海の神は笑んで下界を眺めてから、ふわりと宙に浮いて降り立つ。その優雅な降り立った様は月をも、海をも祝福するのだ。
「さて、行くか」
下界に降りた海の神はモグラと相似した服装で占いの館に向かうのであった。
「兄貴の方が見てくれも良いし、能力だってあるし、それに泳げる。俺は泳げなかったし、その分、複数の加護を持ち併せていたせいで皆から疎まれていた」
「……そうか」
「それに海を統べるモグラなんておかしいだろう? ……モグラは海など泳げないのに」
自嘲する笑みを見せるモグラに海月は拳を握る。そんなことないと言いたかった。自分を助けてくれたのはあなたじゃないですか、そう言葉を発したい気持ちをぐっと抑える。
海月に気づいていない火実は少し鳴き声を上げた。「じゃあお前は泳げないのか?」
「それは違うね。……月影。――海月のご先祖様に助けられたんだ」
夜空を見上げるモグラに海月は密かに傾聴する。それから美波に顔を近づけて海月は自身の唇に差した。
「ごめんね、少し待っててね」
「うん、大丈夫」
美波は屈みこんでいる海月に頷いて一緒に聞いていた。モグラは冷酒を口元に引き寄せた。
「俺は異端児だったから海の神に見放されたんだ。海の中を溺れていて、もがきながら、あがきながら彷徨い続けていたんだ。……そして気づいたら浜辺に打ち上げられていた。そしたら隣に人間が居たんだ。それが月影だ。月影は漁師で俺に泳ぐ術を教えてくれたんだ」
「お前が堕落した神だというのにか?」
「そう。俺を神だと知らずに、ただの可愛いモグラとして、話せるモグラとして、――友として傍に置いて……生かせてくれた」
モグラは顔を綻ばせた。その顔は今まで見たモグラの表情の中で感懐に満ち足りたものであった。
「月影が女を娶った時にも、子供が産まれた時にも……傍でずっと見ていたよ。子供たちと一緒に遊んで、笑いあったもんね。月影の奥さんが早くに亡くなった時は、一緒に酒を呑みながら涙を流したし……月影が最期の遺言で自分の子供たちを守ってくれなんて言われた時も泣いたね。あぁ……、人間の命は短くて儚いけれど、そのなかでも懸命に生きるんだなってさ」
モグラは月影との思い出に想いを馳せている。海月が自分の先祖である月影を疎んでしまうほどに。モグラはそれだけ月影が大事な存在であったのかを確かめるように。労わるように。
モグラは息を吸って言葉を乗せた。「だから約束した。――月影の子孫を守る、と」
その満ち足りた表情を海月は一生忘れられないだろう。先ほどの醜悪な気持ちなど打ち消してしまうほどに。
モグラがふと後ろを向けば、呆気に取られている海月の姿がそこにあった。
「なぁ海月。俺はお前を含めた子孫たちを末代守る為に修行して、水も土をも司る神……いや、神ではないね。神もどきになったんだ。それから時が流れて……海をも統べるモグラになれた」
「……モグラ、さん」
海月は月影に感謝をしたくなった。だがモグラの苦悶の表情が気になってしまう。
モグラは険しい顔つきでグラスを置いた。
「ただ、俺には時間がない。勘当された身だからだ。兄貴を俺が殺さない限り、兄貴は海月を食べようとする」
すると火実を持ち上げたモグラが哀愁を漂わせる笑みを零した。なんと儚げな笑みであろうか。海月はふと思ってしまう。たとえ勘当された身であっても肉親と殺し合う運命にはさせたくないと海月は決した。構わずにモグラは話を続ける。
「でも俺はそれでも、お前を……海月を守りたい。海月も月影と同じで奥さんを貰って子供たちに囲まれた、そんな幸せな生活を送って欲しい」
「俺は別に、そんなの……」
「それが俺の一番の望みだ」
海月は自分をじっと見つめるモグラの姿に目を奪われた。そしてモグラは普段のように微笑んだ。
「じゃあ食べに行こうか。火実はキビとアワね」
「なにを言う。俺も食べるぞ」
「ニワトリが人間様のご飯を食べられるかね?」
「俺は神だ!」
痴話喧嘩をする二人に海月は立ち尽くしなにも言えずにいたのだ。
食事を終えてバスで帰り自宅へと帰る。楓は蝶の姿にして眠らせた。火実はニワトリの姿だ。
だが、風呂に入り終えて眠ろうとした海月ではあったが……眠れずにいた。
「俺の、幸せ……か」
幸せなんて考えたことなかった。というよりも、今が十分幸せなのだ。
モグラと居られるだけで幸せなのだ。
だが口ぶり的に、モグラと離れる運命なのかもしれない。――もしかしたら、モグラが大罪を犯すかもしれないというのに。……大罪を犯さずとも離れる運命なのかもしれないのに。
「そんなの、……嫌だ」
海月は起き上がりモグラの部屋をノックした。ノックをしたが返事がない。
「モグラさん」
堪らなくなってドアを開ければ……モグラは窓を開けて月を眺めていた。今夜の月は天に誘われそうな、吸い込まれそうなほど美しく奇麗であった。
「あぁ、海月か。なに、急に――」
だが、海月はその運命に反論する。天のみ使いにモグラを行かせはしない。
「モグラさんの居ない世界なんて、俺は受け入れられません」
モグラは目を見開いた。それでも海月は続ける。
「俺は今が一番幸せです。でも、俺を幸せにしてくれたのはモグラさんのおかげです。モグラさんが離れるか、大罪を犯してしまうぐらいなら……」
海月は意を決した。「俺を死ぬまで守ってください。ずっと、……傍で」
「……ははっ、死ぬとか言うと思ったよ。俺は」
「モグラさんの不幸せは俺の不幸ですから」
「惚れられているね~、俺も」
月夜を見上げる二人は同時に微笑んだのだ。満月は二人を照らすように寄り添ったのだ。
海の神は立ちあがったかと思えば、下界を見下ろした。木風が来ないということは計画が失敗したのだろう。もともと期待もしていなかったのでそこまでダメージを負っていない。
「ふん。まぁ良いだろう。だったら私が行けばいいんだ。……海の供物は育ちつつあるのだからな」
すると海の神は鏡の姿身を見て、自身の弟を想起する。そうだ。これを利用すればいい。自分があの卑怯で下劣で下等な存在に似て良かったなといの一番に思い、口元を綻んだ。
「ふふっ。まぁ、会うのが楽しみだな、――海の供物よ。貴様は私に食われる運命なのだからな」
海の神は笑んで下界を眺めてから、ふわりと宙に浮いて降り立つ。その優雅な降り立った様は月をも、海をも祝福するのだ。
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