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第4章:聖地アードグイ編
第88話:オワンデル屋敷の魍魎
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「うう…臭い……」
ミントオイルを染み込ませたスカーフを巻いて顔半分隠して対処しているミヤコだが、それでも瘴気の臭いがしみ込んでくる。ほとんど涙目だ。クルトが結界魔法を使おうかと提案したが、それではいざという時に動きづらいということで、丁寧に辞退した。
「不思議なものだな。瘴気が匂うなんて」
ガーネットが呆れたようにつぶやくが、その目は周囲を警戒して油断がない。
四人がオワンデル領域に入って小一時間。時折飛び出してくる魔性植物以外、これといった魔物は出てきていないが、ピースリリーやミントなどの植物でも浄化しきれないほどの瘴気が溢れ出てきている。
「見えたぞ」
ぼそりと、クルトが緊張した面持ちで合図をした。前方に見えてきた黒い塊は、とぐろを巻く蛇のように蠢いていた。
「ウワァ……」
「すごいな…。瘴気というより、レヴィみたいだ」
「レヴィ?」
「ああ。海を司る海人の聖獣で恐ろしい海竜の姿をした怪物だ」
「あー…リヴァイアサンかぁ」
「そちらにもいるのか?」
「ううん、いない。宗教上の架空の生き物。世紀末に現れるっていうやつ。聖獣というより魔獣かな」
「そうか。まあこっちのも似たようなもんだ。実在するけどね」
「ええ!実在するの?」
ガーネットとミヤコがぼそぼそと会話をする間、アイザックは斥候として、先にマロッカを走らせていた。さすがに経験があるらしく、砂埃一つ立っておらず、ミヤコにはアイザックがどこにいるのか全く見当もついていない。クルトは黙ってにアイザックの方を見つめていたが、突然シロウが嘶いた。
「動いた!」
クルトが鋭く叫び、シロウの脇腹を蹴った。
「ミヤ、体を前方に倒してしっかり掴まってろ!」
「ん!」
突然走り出したシロウに仰け反り気味になったミヤコだったが、体勢を立て直し、競馬のジョッキーのようにシロウの首にひしっとしがみついた。ガーネットは聖剣を引き抜き、いつでも戦えるようにミヤコたちのすぐ後ろからマロッカを走らせる。
ミヤコはしがみ付きながらも、いつでも歌えるようにスカーフを顔から取り除いた。瘴気の匂いに吐きそうになるが、そんなことも言っていられない。グッと息を止めた。
そこで、アイザックの聖魔法の攻撃が、天を割くように光の柱を作り上げた。
「オラオラオラーーーーー!!!」
次いで、アイザックの大剣が空を切る音が響き、瘴気の塊が布のように裂けるのが見えた。アイザックがマロッカにまたがり、大剣を振り上げた姿がシルエットで浮かぶ。
「シロウ!ミヤを頼むぞ!」
そう言うが早いか、クルトがふわりとシロウの背から飛び上がり、ごうっという音と共に突風が舞い上がる。ミヤコが気づいた時には、クルトはすでにアイザックに参戦していた。光が差し込み、風が舞う中で戦う男たちの姿は、まるでルーベンスの絵画のようで、ミヤコの目は釘付けになった。
「す、すごい…!」
だが、負けん気の強いガーネットがマロッカを促し、ミヤコも身を引き締めた。
「私たちも負けてはおれん!行くぞ!」
「ん!行くよ!洗礼!!」
ミヤコがフリスビーを投げるように両手を振り払うと、洗礼の言霊は、衝撃波になってアイザックとクルトの方角へ向かった。キンッとグラスを叩くような音が鼓膜を打ち付け、張り詰めた空気が弾け飛んだ。アイザックに絡み付いていた瘴気が一瞬にして浄化される。クルトも応戦しており、魔法は有効なようだ。
「悪ぃ!助かった、嬢ちゃん!」
「み、耳が!なんだ今のは!」
「言霊!私の持ってる浄化の言葉の一つ!邪霊にしか効かないから大丈夫!」
「それが聖女の力…」
「聖女じゃないってば!!【浄化】!」
そう言いながら、今度は鎮魂歌を紡ぐ。いつものような優しい歌ではなく、力強く叫ぶように歌い上げる声は、うねりを上げていたレヴィのような瘴気の塊に届いた。
ギョエアアアァァ!
ギギィィグァアアァァァーーーーー!!!!
その叫びのあまりの大音量に全員耳をふさいだ。大海蛇のような悪霊は散り散りになり、個体へと姿を変えた。
「全部死霊……!」
一つ一つの魂に分離したうねりは相当数ある。それぞれに怨念や未練を引きずっているのだろう。実験に使われた獣や、奴隷、孤児の子供たち、討伐隊員に戦士たちもおそらくあの中に入っている。のたうち回り、苦しんでいた死霊は一斉にミヤコに殺気を向けた。
「くるよ!シロウ!」
『ブル!』
グッとシロウの首筋に掴まるミヤコに対し、シロウは『任せろ!』とでも言うように鼻息を荒くした。
「チッ!数が多すぎる…!」
アイザックは大剣を振るい、襲いかかってくる死霊を断ち切るが、いかんせん数が多い。ミヤコを守るまで時間が足りない。
「シロウ!ミヤを連れて逃げろ!ここは僕が抑える…!!」
ミヤコに向けた魂の殺気を感じ取ったクルトがシロウに指示を出すが、シロウはその場を動かず、逆に上体を下げて戦闘態勢に入った。
「シロウ!戻れ!」
クルトが青ざめて叫ぶ。
「大丈夫、シロウ!いける!」
ミヤコの確固とした言葉に頷くように、シロウが上体を振り上げて、どんっと前足を地に鳴らした。
ドゴオオオォォォォーーーーーーン!!
地に走った衝撃波が、ビリビリと体に響く。山のように押し寄せた悪霊の大半が、衝撃で吹っ飛んだ。
「うぉっ!い、今の【神聖衝撃波】か!?」
「さすが聖獣…信じられん圧力だ……」
アイザックとガーネットが一瞬あっけにとられて、シロウの一撃を理解した。自分たちに纏わり付いた悪感情や疲労も一瞬にして消え去ったからだ。
神聖衝撃波は、最上級の聖魔法で、存在は理解しているものの、使える人間を今までに見たことがない。魔力消費量が普通の人間では伴わないからだ。過去使えることができたのは初代聖女のみ。
その後聖女が消え失せた理由は、魔力を使い果たしたせいなのかもしれない。
衝撃波の効果が薄れると同時に、ミヤコはシロウから飛び降りて、片手に握った種を地面に投げ捨てる。
「よし、シロウ上出来だよ!次は精霊ちゃん達!行くよ!【植栽】!」
『キャーーーーー!』
「【成長】!」
『キャーーーーー♡』
「【吸収】!!」
『キャーーーーー♪』
「最後に【浄化】!」
『キャーーーーーーーー!!』
ミヤコの掛け声とともに、精霊達がピースリリーとサンスベリアを一気に増やしていく。その後に、【成長】と続き、【吸収】を叫ぶと、近辺の瘴気が一斉に植物に引き寄せられ、轟音とともに正常は空気が吐き出された。
浄化されたのだ。空気が和らぎ、ミヤコは大きく息を吸った。
だが次の瞬間、オワンデルの屋敷の門が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。衝撃で門に貼られていた結界までもが崩れ去ったのだ。不浄なものや悪しきものにしか反応しない浄化の言霊に反応したとあれば、結界も不浄のものだったのかも知れない。なにしろ魔獣やら瘴魔の心臓から作られていたのだから。
「ルノーのやつ、呪いの結界を張り巡らせたのか!?」
と、同時に、屋敷の中から獣人が這い出してきた。いや、獣人の姿をした瘴気そのものだった。
『ゴォルルル……』
『コロス……コロセ』
「……瘴魔っ!!」
「グロテスクな…」
「ぞ、ゾンビ…っ!?」
其々は小さくとも、その数は百体を下らない。人間に近い姿の者もいれば、獣のように四つ足の者もいる。中には赤黒く血が滴るような状態の者もおり、身体が腐る前に瘴魔になったのだろう。おそらくは無謀な冒険者や戦士も含まれているのかもしれない。ほとんど腐りきった体の獣から、まだ人間とわかり得る冒険者の姿までそれぞれだ。だがどれも、精神はなく、誰彼構わず食いついていく。
まるで、空腹を満たすように食らいつくが、瘴魔同士では腹も満たされない。憎々しそうに、肉体を持つクルトたちを見つめるその眼に浮かぶのは狂気だった。
「【紅蓮】」
クルトが上級火炎魔法を唱え、両刀に浄化の炎を這わせた。そのまま体を風に乗せ、瘴魔に向かって剣舞を振るう。その動きの無駄のなさと、炎の浄化力を前に、瘴魔はなすすべもなく倒されていく。
『タイ、チョウ…ニゲ…イタ、イ』
『タスケ、テ、ニクイ、ニク、イ』
「お、お前たち…!」
アイザックの目の前に、15年前に亡くした隊員達が集まってくる。その姿は辛うじて人とわかる程度のものだが、ボロボロになっていても隊服は見間違えようがない。
『タイ、チョ、……タス、ケ。クル、シ、イ』
「あ、ああ……コール、ライルス、マーロ…みんな。俺は」
がくがくと震え、迫り来るゾンビ状態の隊員たちに後ずさるアイザック。すでに一度見殺しにした仲間に対して、アイザックは剣を向けることができなかった。
「カタルシス」
『グアアアアァァァ……ッ』
ジュッと焼ける音がして、隊員の一人が崩れ落ちる。はっと顔を上げると、横にはガーネットが、青白い炎を這わせた剣を振り下ろしていた。
「これは死霊だ。死にたくなければ、闘え」
「ガーネット…」
「お前には生きてミヤ嬢を守る使命があるんだろう?」
それだけ言うと、ガーネットは次の瘴魔に向かって聖剣を振り上げていく。それを見て、アイザックは一度だけ固く目を瞑り、ぐっと剣を持つ手に力を込めた。耳に響くのは助けを求める隊員達の声。
「……ああ。またせたな。お前たちは、俺が浄化してやる」
顔を上げたアイザックの瞳には、もう後悔も戸惑いもなかった。
「バニッシュ」
カタルシスに並ぶ上級聖魔法の一つでもあるバニッシュを唱えると、アイザックは迷うことなく瘴魔をなぎ払っていった。
シュウシュウと音を立てて浄化していく魂と、クルトたちの戦う様子をさっと見回したミヤコはすうっと息を吸う。両手を天に向けて広げ、空を抱きしめるように両の腕をピンと伸ばした。
「【慈愛の雨】」
キミヨから教わった天空の歌。聖なる雫によって、穢れた魂を癒し、水の大精霊の守る浄化の泉、シェリオルの水辺へと誘う歌。浄化される魂から瘴気が抜け、空気が晴れ渡っていく。慈愛の雨によってクルトやアイザック、ガーネットの疲れも穢れも癒えていく。心が落ち着きを取り戻し、そして無へ帰る。
全てが終わる頃に、ミヤコの歌は止んだ。
数百年あまりの時を、魑魅魍魎と共に経たオワンデルの屋敷はすでに精気なく、疲れ果てた姿で立ちすくんでいた。
土地にもレア様のために浄化をかけておこうかな、とミヤコが考えていると、クルトがふわりと舞い降りてミヤコを抱きしめる。
「怪我はない?」
「うん……大丈夫。クルトさんは?」
「ミヤとシロウに助けられたからね。大丈夫だったよ」
浄化した仲間たちのボロボロになった隊服の前に跪き頭を垂れているアイザックに近づき、ガーネットが肩に柔らかく手を置く。
「借りを作っちまったな」
「……大したことじゃない」
精霊たちがミヤコの鎮魂歌をハミングしながら、やさしく薬草を張り巡らせていく。ガーネットにその声は聞こえないが、ハーブの香りと共に欺瞞に凝り固まった自分の心が解けていくのが分かり、静かに目を閉じた。
ミントオイルを染み込ませたスカーフを巻いて顔半分隠して対処しているミヤコだが、それでも瘴気の臭いがしみ込んでくる。ほとんど涙目だ。クルトが結界魔法を使おうかと提案したが、それではいざという時に動きづらいということで、丁寧に辞退した。
「不思議なものだな。瘴気が匂うなんて」
ガーネットが呆れたようにつぶやくが、その目は周囲を警戒して油断がない。
四人がオワンデル領域に入って小一時間。時折飛び出してくる魔性植物以外、これといった魔物は出てきていないが、ピースリリーやミントなどの植物でも浄化しきれないほどの瘴気が溢れ出てきている。
「見えたぞ」
ぼそりと、クルトが緊張した面持ちで合図をした。前方に見えてきた黒い塊は、とぐろを巻く蛇のように蠢いていた。
「ウワァ……」
「すごいな…。瘴気というより、レヴィみたいだ」
「レヴィ?」
「ああ。海を司る海人の聖獣で恐ろしい海竜の姿をした怪物だ」
「あー…リヴァイアサンかぁ」
「そちらにもいるのか?」
「ううん、いない。宗教上の架空の生き物。世紀末に現れるっていうやつ。聖獣というより魔獣かな」
「そうか。まあこっちのも似たようなもんだ。実在するけどね」
「ええ!実在するの?」
ガーネットとミヤコがぼそぼそと会話をする間、アイザックは斥候として、先にマロッカを走らせていた。さすがに経験があるらしく、砂埃一つ立っておらず、ミヤコにはアイザックがどこにいるのか全く見当もついていない。クルトは黙ってにアイザックの方を見つめていたが、突然シロウが嘶いた。
「動いた!」
クルトが鋭く叫び、シロウの脇腹を蹴った。
「ミヤ、体を前方に倒してしっかり掴まってろ!」
「ん!」
突然走り出したシロウに仰け反り気味になったミヤコだったが、体勢を立て直し、競馬のジョッキーのようにシロウの首にひしっとしがみついた。ガーネットは聖剣を引き抜き、いつでも戦えるようにミヤコたちのすぐ後ろからマロッカを走らせる。
ミヤコはしがみ付きながらも、いつでも歌えるようにスカーフを顔から取り除いた。瘴気の匂いに吐きそうになるが、そんなことも言っていられない。グッと息を止めた。
そこで、アイザックの聖魔法の攻撃が、天を割くように光の柱を作り上げた。
「オラオラオラーーーーー!!!」
次いで、アイザックの大剣が空を切る音が響き、瘴気の塊が布のように裂けるのが見えた。アイザックがマロッカにまたがり、大剣を振り上げた姿がシルエットで浮かぶ。
「シロウ!ミヤを頼むぞ!」
そう言うが早いか、クルトがふわりとシロウの背から飛び上がり、ごうっという音と共に突風が舞い上がる。ミヤコが気づいた時には、クルトはすでにアイザックに参戦していた。光が差し込み、風が舞う中で戦う男たちの姿は、まるでルーベンスの絵画のようで、ミヤコの目は釘付けになった。
「す、すごい…!」
だが、負けん気の強いガーネットがマロッカを促し、ミヤコも身を引き締めた。
「私たちも負けてはおれん!行くぞ!」
「ん!行くよ!洗礼!!」
ミヤコがフリスビーを投げるように両手を振り払うと、洗礼の言霊は、衝撃波になってアイザックとクルトの方角へ向かった。キンッとグラスを叩くような音が鼓膜を打ち付け、張り詰めた空気が弾け飛んだ。アイザックに絡み付いていた瘴気が一瞬にして浄化される。クルトも応戦しており、魔法は有効なようだ。
「悪ぃ!助かった、嬢ちゃん!」
「み、耳が!なんだ今のは!」
「言霊!私の持ってる浄化の言葉の一つ!邪霊にしか効かないから大丈夫!」
「それが聖女の力…」
「聖女じゃないってば!!【浄化】!」
そう言いながら、今度は鎮魂歌を紡ぐ。いつものような優しい歌ではなく、力強く叫ぶように歌い上げる声は、うねりを上げていたレヴィのような瘴気の塊に届いた。
ギョエアアアァァ!
ギギィィグァアアァァァーーーーー!!!!
その叫びのあまりの大音量に全員耳をふさいだ。大海蛇のような悪霊は散り散りになり、個体へと姿を変えた。
「全部死霊……!」
一つ一つの魂に分離したうねりは相当数ある。それぞれに怨念や未練を引きずっているのだろう。実験に使われた獣や、奴隷、孤児の子供たち、討伐隊員に戦士たちもおそらくあの中に入っている。のたうち回り、苦しんでいた死霊は一斉にミヤコに殺気を向けた。
「くるよ!シロウ!」
『ブル!』
グッとシロウの首筋に掴まるミヤコに対し、シロウは『任せろ!』とでも言うように鼻息を荒くした。
「チッ!数が多すぎる…!」
アイザックは大剣を振るい、襲いかかってくる死霊を断ち切るが、いかんせん数が多い。ミヤコを守るまで時間が足りない。
「シロウ!ミヤを連れて逃げろ!ここは僕が抑える…!!」
ミヤコに向けた魂の殺気を感じ取ったクルトがシロウに指示を出すが、シロウはその場を動かず、逆に上体を下げて戦闘態勢に入った。
「シロウ!戻れ!」
クルトが青ざめて叫ぶ。
「大丈夫、シロウ!いける!」
ミヤコの確固とした言葉に頷くように、シロウが上体を振り上げて、どんっと前足を地に鳴らした。
ドゴオオオォォォォーーーーーーン!!
地に走った衝撃波が、ビリビリと体に響く。山のように押し寄せた悪霊の大半が、衝撃で吹っ飛んだ。
「うぉっ!い、今の【神聖衝撃波】か!?」
「さすが聖獣…信じられん圧力だ……」
アイザックとガーネットが一瞬あっけにとられて、シロウの一撃を理解した。自分たちに纏わり付いた悪感情や疲労も一瞬にして消え去ったからだ。
神聖衝撃波は、最上級の聖魔法で、存在は理解しているものの、使える人間を今までに見たことがない。魔力消費量が普通の人間では伴わないからだ。過去使えることができたのは初代聖女のみ。
その後聖女が消え失せた理由は、魔力を使い果たしたせいなのかもしれない。
衝撃波の効果が薄れると同時に、ミヤコはシロウから飛び降りて、片手に握った種を地面に投げ捨てる。
「よし、シロウ上出来だよ!次は精霊ちゃん達!行くよ!【植栽】!」
『キャーーーーー!』
「【成長】!」
『キャーーーーー♡』
「【吸収】!!」
『キャーーーーー♪』
「最後に【浄化】!」
『キャーーーーーーーー!!』
ミヤコの掛け声とともに、精霊達がピースリリーとサンスベリアを一気に増やしていく。その後に、【成長】と続き、【吸収】を叫ぶと、近辺の瘴気が一斉に植物に引き寄せられ、轟音とともに正常は空気が吐き出された。
浄化されたのだ。空気が和らぎ、ミヤコは大きく息を吸った。
だが次の瞬間、オワンデルの屋敷の門が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。衝撃で門に貼られていた結界までもが崩れ去ったのだ。不浄なものや悪しきものにしか反応しない浄化の言霊に反応したとあれば、結界も不浄のものだったのかも知れない。なにしろ魔獣やら瘴魔の心臓から作られていたのだから。
「ルノーのやつ、呪いの結界を張り巡らせたのか!?」
と、同時に、屋敷の中から獣人が這い出してきた。いや、獣人の姿をした瘴気そのものだった。
『ゴォルルル……』
『コロス……コロセ』
「……瘴魔っ!!」
「グロテスクな…」
「ぞ、ゾンビ…っ!?」
其々は小さくとも、その数は百体を下らない。人間に近い姿の者もいれば、獣のように四つ足の者もいる。中には赤黒く血が滴るような状態の者もおり、身体が腐る前に瘴魔になったのだろう。おそらくは無謀な冒険者や戦士も含まれているのかもしれない。ほとんど腐りきった体の獣から、まだ人間とわかり得る冒険者の姿までそれぞれだ。だがどれも、精神はなく、誰彼構わず食いついていく。
まるで、空腹を満たすように食らいつくが、瘴魔同士では腹も満たされない。憎々しそうに、肉体を持つクルトたちを見つめるその眼に浮かぶのは狂気だった。
「【紅蓮】」
クルトが上級火炎魔法を唱え、両刀に浄化の炎を這わせた。そのまま体を風に乗せ、瘴魔に向かって剣舞を振るう。その動きの無駄のなさと、炎の浄化力を前に、瘴魔はなすすべもなく倒されていく。
『タイ、チョウ…ニゲ…イタ、イ』
『タスケ、テ、ニクイ、ニク、イ』
「お、お前たち…!」
アイザックの目の前に、15年前に亡くした隊員達が集まってくる。その姿は辛うじて人とわかる程度のものだが、ボロボロになっていても隊服は見間違えようがない。
『タイ、チョ、……タス、ケ。クル、シ、イ』
「あ、ああ……コール、ライルス、マーロ…みんな。俺は」
がくがくと震え、迫り来るゾンビ状態の隊員たちに後ずさるアイザック。すでに一度見殺しにした仲間に対して、アイザックは剣を向けることができなかった。
「カタルシス」
『グアアアアァァァ……ッ』
ジュッと焼ける音がして、隊員の一人が崩れ落ちる。はっと顔を上げると、横にはガーネットが、青白い炎を這わせた剣を振り下ろしていた。
「これは死霊だ。死にたくなければ、闘え」
「ガーネット…」
「お前には生きてミヤ嬢を守る使命があるんだろう?」
それだけ言うと、ガーネットは次の瘴魔に向かって聖剣を振り上げていく。それを見て、アイザックは一度だけ固く目を瞑り、ぐっと剣を持つ手に力を込めた。耳に響くのは助けを求める隊員達の声。
「……ああ。またせたな。お前たちは、俺が浄化してやる」
顔を上げたアイザックの瞳には、もう後悔も戸惑いもなかった。
「バニッシュ」
カタルシスに並ぶ上級聖魔法の一つでもあるバニッシュを唱えると、アイザックは迷うことなく瘴魔をなぎ払っていった。
シュウシュウと音を立てて浄化していく魂と、クルトたちの戦う様子をさっと見回したミヤコはすうっと息を吸う。両手を天に向けて広げ、空を抱きしめるように両の腕をピンと伸ばした。
「【慈愛の雨】」
キミヨから教わった天空の歌。聖なる雫によって、穢れた魂を癒し、水の大精霊の守る浄化の泉、シェリオルの水辺へと誘う歌。浄化される魂から瘴気が抜け、空気が晴れ渡っていく。慈愛の雨によってクルトやアイザック、ガーネットの疲れも穢れも癒えていく。心が落ち着きを取り戻し、そして無へ帰る。
全てが終わる頃に、ミヤコの歌は止んだ。
数百年あまりの時を、魑魅魍魎と共に経たオワンデルの屋敷はすでに精気なく、疲れ果てた姿で立ちすくんでいた。
土地にもレア様のために浄化をかけておこうかな、とミヤコが考えていると、クルトがふわりと舞い降りてミヤコを抱きしめる。
「怪我はない?」
「うん……大丈夫。クルトさんは?」
「ミヤとシロウに助けられたからね。大丈夫だったよ」
浄化した仲間たちのボロボロになった隊服の前に跪き頭を垂れているアイザックに近づき、ガーネットが肩に柔らかく手を置く。
「借りを作っちまったな」
「……大したことじゃない」
精霊たちがミヤコの鎮魂歌をハミングしながら、やさしく薬草を張り巡らせていく。ガーネットにその声は聞こえないが、ハーブの香りと共に欺瞞に凝り固まった自分の心が解けていくのが分かり、静かに目を閉じた。
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(※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)
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