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第4章:聖地アードグイ編
第90話:ニムエとヴィヴィアン=ルブラート教徒の最期=
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ミヤコたちがオワンデル遺跡に向かう少し前の事。
「ウスカーサ!ウスカーサ!」
聖地ウスクヴェサールで、キミヨは仁王立で大声をあげた。
「キミヨ殿…朝っぱらからなですか。私は疲れてるんですよ。ミヤコと愉快な仲間たちが派手にぶっ放してくれたおかげで、水脈は変わるわ、山はなくなるわ。聖地の泉が湖になってドライアドの手も借りたいくらいだというのに…」
「まああ!それしきのことで根をあげてるんじゃないわよ!私の孫娘がせっかく浄化してあげたんだから感謝なさいな」
——ええ、そりゃもう感謝はしてますがね、とウスカーサははあとため息をつきながらも、キミヨにお茶を出した。
「で、今日はどういった用件で?」
キミヨがウスカーサのもとに来る時は、何やら非常に面倒な問題を持ってくるときだけだ。ただでさえ、大きくなった泉の管理に時間を取られているというのに、隔離されていた西獄谷の半分の山が吹っ飛んで開けてしまい、代わりに森が広がった。ミヤコのふりまいた薬草は所構わず増え続け、木の精が量産された。それは本来ならば水の大精霊の管轄ではないのに、湖周辺に大量発生したものだから、水の精と喧嘩を始めたのだ。
『あたしたちの領域《ナワバリ》で大きな顔しないでほしいわ!』
『精霊王様の愛し子が、あたしたちを呼んだのよ。偉そうにしないでほしいわね!』
『何ですって!青臭い小童が』
『ふん、泥臭いおばさんのくせして!あ~、臭い、臭い!』
『何ですって!』
『何よ!』
そんな感じの言い争いが続き、便乗した光の精霊たちがキャーキャーと朝晩なく騒ぎまくるのを、とうとうウスカーサは我慢できなくなり喝を入れた。そのせいで一時湖が氾濫し、一夜にして危うく街を一つ水没させるところだったのだ。
それを何とか収め、朝日を浴びてようやく一休みしたところでキミヨに呼び出しをくらったのだ。
「あなたンとこのナイアドちゃんを使って神殿の様子を見に行ってほしいって頼んだわよね?ちょっと前」
「神殿?それは私の管轄じゃないでしょう?」
「あそこの泉、チェックしてって頼んだじゃない」
「あー……そう、でしたね。ナイアドにそういえば頼んだ気がします。……そんなものがありましたかね。泥沼というか、小さい穢れた水たまりみたいなのが」
「様子を見に行こうと思ったんだけどね、どうも結界が張られているのよ。私の歌だと神殿吹っ飛んじゃうし、人がまだ居るみたいだから干渉も難しくてね。ナイアドちゃんたち、サボってんじゃ無いのかしら?私の頼みを軽んじてない?大体あなたナナシのナイアドちゃんに頼んでなかった?ナナシの子は忘れっぽいって覚えていないの?」
「ええっと……。こちらも今、忙しくてですねぇ。それにしても、何だって今更あの神殿に?結界も昔の聖女のものでしょう?そろそろ崩れてると思ったんですがね」
「それが禍々しい結界なの。まあ当然、現聖女があそこにいるせいなんだろうけど…とにかく必要なのよ。ミヤコのためだと思って」
「ミヤコのため、ですか。それは人間のためにもつながるってことですよね」
「結果的にそうなるとしても、それはミヤコたちが何とかするのよ。ちょっと様子見ぐらい、人間のためにはならないでしょ?だいたい、あそこの泉が腐ってるのをほっとくから、こんな大袈裟になったのよ?この際、昔の汚れはきれいさっぱり落としておくべきだと思うの」
「昔の汚れって…ルビラの件ですか?」
「それより昔。ミラートよ。あの変態のせいで、私の息子だけでなく孫娘まで穢されたわ。もう黙っていられない!潰すのよ」
「いやいや、それはまずいでしょう。精霊は人間に干渉してはいけないと」
「前にもそれは聞いたわ!あなたちょっと水鏡の狭間に沈んでボケちゃったんじゃないの!?説明したでしょう!そもそもがアルヒレイトのせいだって!最初に干渉したのはあの人でしょ!いいからナイアド貸しなさいよ!木の精霊だけじゃなくて森の精霊も増やすわよ!」
「わ、わかりましたよ!私はハーレムを目指してるわけじゃないんで、これ以上無名の精霊は勘弁してください!ニムエ、ヴィヴィアン!神殿の泉を見てきてください」
精霊の世界は、奥が深い。細かい種族を指したらものすごい種類になり、小さな光の精霊たちもいくつかに分類されてしまうくらいだ。その中でも、森の精霊、木の精霊、水の精霊は妖精たちと交流があるためか、人の形をとることが多く、それぞれの性格も異なる。そしてなぜか皆女性を型取り、性格もそれに追随されるように派閥を作る。一人二人の分には問題はないのだが、数が増えるとネチネチとウザい。それが先の縄張り争いに発展したのだ。
ウスカーサはそれはそれはうんざりしていた。
大精霊に呼ばれたニムエとヴィヴィアンは、いやーな顔をしたものの「はあい」と言って、出かけて行った。
*****
「キミヨさまもひどいわよねー」
「あそこの水、汚いのよねー行きたくないわあ」
ニムエとヴィヴィアンは水脈をたどって神殿近くまで来ていた。精霊にとって、神殿とウスクヴェサールなど「ちょっとそこまでお使い」程度の距離なのだが、ここのところのお家騒動で長らく聖地を出ていなかったのだ。久しぶりの外出に、すっかりだらけて怠け者なっていた二人は、ぶつぶつ文句を言いながら口を尖らせた。
「ねえ、ちょっと臭くない?」
「ちょっとじゃないわよう。何あれ?あれでも泉なの?」
「ウスカーサ様も水たまりって言ってなかった?うう、臭過ぎる」
「あんなとこ行ったら私たちも腐りそうだわ~」
「どうする?」
「入れなかったなんて言ったら、キミヨ様にブッ飛ばされるわよねぇ……」
「キミヨ様があそこを破壊してくれた方が早いと思うんだけど、ダメなのかしら」
「ちょっと歌って更地にしてくれればいいのにぃ」
「ああほら、あのちんくしゃな人間にやらせればいいのよねえ」
「ちょっと、あのちんくしゃってキミヨ様の孫でしょう?ダメよぅ悪口言っちゃ消されちゃうわよぅ」
「ちんくしゃはちんくしゃでしょ。……まあでも、あの子、私たちも結局助けてくれたし。仕方ないわね」
二人は鼻をつまんで、できる限り近くまで行ってみたが、泉はすでに水脈から断たれ、本当にただの水たまりと化していた。せめて水脈が繋がっていれば、清浄な水を流せたのだが、それもできそうもない。滞って緑色になった「聖なる泉」には水藻が溢れ、ミジンコがピコピコ踊っていそうだ。
「これ~、あまりにも汚くて、水源が詰まってるんだわ~」
「なんて罰当たりなのかしら」
「大地のレア様に聞いてみるぅ?レア様の聖地の水辺にエレインがいたわよねぇ?」
「まずは神殿の土から浄化してもらわないと」
面倒臭い事は人任せ、とばかりに二人は聖地ソルイリスへ向かった。
「レア様~」
「お願いがありますぅ」
大地の大精霊は、ウキウキとポムの酒を作っている最中だった。ミヤコの植えたポムの木が育ち、精霊たちと共に木のうろに熟れた木の実とフルーツを入れ、今か今かと熟成するのを待っているところで、ナイアドたちが顔を出したのだ。
「神殿の泉?」
「そうなんです~。キミヨ様がいらして、泉の様子を見てこいって」
「でもダメなんですよぅ。源泉が穢れで詰まってて、あの辺の大地もかなり穢れてるみたいでぇ。近寄れないんですよぅ」
「そう、キミヨが。とうとう動くのね。可愛いミヤコの役に立つなら、私もちょっと手を貸そうかねえ」
大地の大精霊レアは、ちょっと考えてからすうっと大地に潜り込んだ。
地脈に根を張るように意識を伸ばすと、すぐピクリと眉をしかめた。
「まあ、これはひどいねえ……」
神殿のある森に囲まれた聖地ヴュールは、初代聖女が現れた森だった。もともと薬草が豊富で小さいながらも聖なる泉があり、神聖な空気に囲まれていたはずなのだが、時代を経て穢され、ルブラート教によって泉の周辺に毒花であるカソリが植えられた。カソリの花は血のように赤く美しいが、その蜜は毒を持ち、長い年月をかけて地を枯らしていった。神殿を囲む森も、カソリの毒を吸い上げ、毒の森へと変化を遂げたが、緩やかに毒された森に人間たちは気がつかず、神殿に住む神官たちはその泉の水を『聖なる水』と称し、飲み続けた。
結果、レアが伸ばした意識の先にみたものは、毒の末期症状で涎を垂らし虚ろになった現聖女とミラート神国の現王の姿だったのだ。とはいえ、レアから見てこの二人がいなくなったところでミヤコたちには影響はないだろうと考えた。それどころか、余計な手間が省けていいのではないかとすら。
「……ひとまず、浄化しておこうかね」
この程度の森と土地なら、力を取り戻した今のレアならば問題なく浄化できる。あとでキミヨに酒かつまみを要求しよう。そういえばここしばらく干し柿を食べていなかった。アレがいい。ククク、と含み笑いをしてレアはきゅっと拳を握りしめた。
カソリの花が急速に枯れ始め、森にも広がっていく。毒々しい緑で囲まれていた神殿があらわになっていき、木々が枯れ果て次々に朽ち、ボロボロと崩れていく。その落ちた枯葉や幹が地に落ち、地中からワラワラと現れた微生物や小虫が一斉に消化して行った。毒は早々に抜けることはないが、地中に棲む精霊達がゆっくりと消化してくれることだろう。腐葉土となった森は、いずれ豊かな大地を約束する。
そうしてそこに残ったのは、枯れた泉と古びた神殿だけ。その神殿にだらりと横たわり、うわ言を繰り返す王と、すでに意識のない聖女が見つかった。
レアはその二人も土に返そうかと考えたが、やめた。
「人間もこの二人には思うところがありそうだしねえ。神を騙り大地を汚した人間を、無に返す必要はなさそうね。後は水のと火のに任せようかねぇ」
しかし、その聖女から細い糸のように毒の軌跡をつけた数人の人間が北西に向かって伸びて行くのが目に入り、レアは目を細めた。跡を追いオワンデル遺跡に誘う様に土の精霊たちに頼む。
「私の家に土足で入り込むような輩は、愛し子達に排除してもらおうかね」
直接手を下さなければ問題はないのだから、人間の後始末は人間に任せれば良い。まあ、あそこに行き着く頃には人ではないかも知れないが。
********
百年計画。
ルブラート教が綿密に練り上げたミラート神国の滅亡計画は、いよいよ以って最終段階に入るはずだった。本来なら、東の魔の森の暴走《スタンピード》で弱ったミラート神国を叩きのめす予定で今か今かと待っていたのが、なぜか浄化され森が再生された。
ルブラート教徒は狼狽えたものの、それならばと西獄谷の暴発を期待し、聖地ウスクヴェサールの泉にもカソリの毒を流しこんだのだが、凄まじい暴発によって聖地に潜んでいた仲間を失ってしまった。誰一人、骨すらも残らなかったのか、爆発的に増えた草木に呑まれてしまったのか。しかも穢したはずの聖地の泉が湖になり、より強化された聖地になってしまった。
ミラート神は信じていなかったものの、精霊に対しては半信半疑だった教徒たちはますます狼狽え、何人かは既に逃げ出し、過去を捨てウスクヴェサールの町民になっていた。東の魔の森が出来上がったのも精霊の怒りからではないかと疑っていたし、今回の西獄谷に関しても精霊が絡んでいると信じたせいだ。山が吹き飛んで森が一夜にして出来上がるなんて、精霊の技以外何者でもない。神よりも精霊の方が恐ろしいと肌で感じていたのだ。
随分前に教から送り込んだ偽聖女を使って、神殿の泉を利用し聖水と偽り、ゆっくり毒餌を与え続けてきたミラート神国の王侯貴族に神殿の関係者たち。何人かは死に追いやり、残りはすでにカソリ中毒になっている。王侯貴族を排除し、国内の混乱に乗じてミラート神国を潰そうと画策したものの、あと一押しというところで、東西の計画が大幅に狂ってしまった。
そこへ新しく出てきた聖女だか女神だかの噂。
このままではこの神殿も危ない、と危機感を覚えた神官に扮したルブラート教徒たちは、すでに毒に侵され役立たずになった聖女も含めて、国王殺害へ計画を移した。カソリの毒を直接体内へ流し込んだ後、姿をくらました。
「あとはルビラ様がカタをつけてくれるはずだ。内乱が起きた時を狙おう」
ニヤリと笑い、闇に姿を消すルブラート教の使者は、ルビラの魂がすでに浄化されたことをまだ知らず、土の精霊たちに後を追われて、オワンデルの屋敷へと導かれていることにも当然気づいていなかった。
その命も、持って数日。恐らくオワンデールの魑魅魍魎達と共に浄化されるに違いない。あの魂達は、水のより火のに頼んでしっかり昇華してもらおう、とレアは精霊達に伝言を頼むことにした。
これにより、ルビラの狂信派はほぼ全滅となるだろう。
********
「まあ、レア様に頼んで正解だったわねえ~」
「もう随分おばあちゃんになって、力もないかと思いきや」
「もう。ニムエったら~。そんなこと言ってると、ばれた時どうなるか分かってるぅ?」
「ばれないってば。聞こえちゃいないわよ。さあて、それじゃ帰ろっか」
「知らないわよぅ。レア様もキミヨ様も地獄耳なんだから」
ふふふ、と黒く笑う地獄耳のレアはもちろん二人の会話を聞いていた。
「さあて、どうしてやろうかねえ」
二人がウスカーサの元へ帰るまでに何年もかかり、その間小さな水路やドブを彷徨い、ネズミやボウフラにかじられそうになるなど、ひどい目にあったことは言うまでもなかった。
「レア様、キミヨ様、ごめんなさい~~!」
「許してくださいよう~!ニムエが悪いんですぅ!」
キミヨは全く関与していなかったが、ますます恐れられることになったのは、本人は全く素知らぬ話である。
「ウスカーサ!ウスカーサ!」
聖地ウスクヴェサールで、キミヨは仁王立で大声をあげた。
「キミヨ殿…朝っぱらからなですか。私は疲れてるんですよ。ミヤコと愉快な仲間たちが派手にぶっ放してくれたおかげで、水脈は変わるわ、山はなくなるわ。聖地の泉が湖になってドライアドの手も借りたいくらいだというのに…」
「まああ!それしきのことで根をあげてるんじゃないわよ!私の孫娘がせっかく浄化してあげたんだから感謝なさいな」
——ええ、そりゃもう感謝はしてますがね、とウスカーサははあとため息をつきながらも、キミヨにお茶を出した。
「で、今日はどういった用件で?」
キミヨがウスカーサのもとに来る時は、何やら非常に面倒な問題を持ってくるときだけだ。ただでさえ、大きくなった泉の管理に時間を取られているというのに、隔離されていた西獄谷の半分の山が吹っ飛んで開けてしまい、代わりに森が広がった。ミヤコのふりまいた薬草は所構わず増え続け、木の精が量産された。それは本来ならば水の大精霊の管轄ではないのに、湖周辺に大量発生したものだから、水の精と喧嘩を始めたのだ。
『あたしたちの領域《ナワバリ》で大きな顔しないでほしいわ!』
『精霊王様の愛し子が、あたしたちを呼んだのよ。偉そうにしないでほしいわね!』
『何ですって!青臭い小童が』
『ふん、泥臭いおばさんのくせして!あ~、臭い、臭い!』
『何ですって!』
『何よ!』
そんな感じの言い争いが続き、便乗した光の精霊たちがキャーキャーと朝晩なく騒ぎまくるのを、とうとうウスカーサは我慢できなくなり喝を入れた。そのせいで一時湖が氾濫し、一夜にして危うく街を一つ水没させるところだったのだ。
それを何とか収め、朝日を浴びてようやく一休みしたところでキミヨに呼び出しをくらったのだ。
「あなたンとこのナイアドちゃんを使って神殿の様子を見に行ってほしいって頼んだわよね?ちょっと前」
「神殿?それは私の管轄じゃないでしょう?」
「あそこの泉、チェックしてって頼んだじゃない」
「あー……そう、でしたね。ナイアドにそういえば頼んだ気がします。……そんなものがありましたかね。泥沼というか、小さい穢れた水たまりみたいなのが」
「様子を見に行こうと思ったんだけどね、どうも結界が張られているのよ。私の歌だと神殿吹っ飛んじゃうし、人がまだ居るみたいだから干渉も難しくてね。ナイアドちゃんたち、サボってんじゃ無いのかしら?私の頼みを軽んじてない?大体あなたナナシのナイアドちゃんに頼んでなかった?ナナシの子は忘れっぽいって覚えていないの?」
「ええっと……。こちらも今、忙しくてですねぇ。それにしても、何だって今更あの神殿に?結界も昔の聖女のものでしょう?そろそろ崩れてると思ったんですがね」
「それが禍々しい結界なの。まあ当然、現聖女があそこにいるせいなんだろうけど…とにかく必要なのよ。ミヤコのためだと思って」
「ミヤコのため、ですか。それは人間のためにもつながるってことですよね」
「結果的にそうなるとしても、それはミヤコたちが何とかするのよ。ちょっと様子見ぐらい、人間のためにはならないでしょ?だいたい、あそこの泉が腐ってるのをほっとくから、こんな大袈裟になったのよ?この際、昔の汚れはきれいさっぱり落としておくべきだと思うの」
「昔の汚れって…ルビラの件ですか?」
「それより昔。ミラートよ。あの変態のせいで、私の息子だけでなく孫娘まで穢されたわ。もう黙っていられない!潰すのよ」
「いやいや、それはまずいでしょう。精霊は人間に干渉してはいけないと」
「前にもそれは聞いたわ!あなたちょっと水鏡の狭間に沈んでボケちゃったんじゃないの!?説明したでしょう!そもそもがアルヒレイトのせいだって!最初に干渉したのはあの人でしょ!いいからナイアド貸しなさいよ!木の精霊だけじゃなくて森の精霊も増やすわよ!」
「わ、わかりましたよ!私はハーレムを目指してるわけじゃないんで、これ以上無名の精霊は勘弁してください!ニムエ、ヴィヴィアン!神殿の泉を見てきてください」
精霊の世界は、奥が深い。細かい種族を指したらものすごい種類になり、小さな光の精霊たちもいくつかに分類されてしまうくらいだ。その中でも、森の精霊、木の精霊、水の精霊は妖精たちと交流があるためか、人の形をとることが多く、それぞれの性格も異なる。そしてなぜか皆女性を型取り、性格もそれに追随されるように派閥を作る。一人二人の分には問題はないのだが、数が増えるとネチネチとウザい。それが先の縄張り争いに発展したのだ。
ウスカーサはそれはそれはうんざりしていた。
大精霊に呼ばれたニムエとヴィヴィアンは、いやーな顔をしたものの「はあい」と言って、出かけて行った。
*****
「キミヨさまもひどいわよねー」
「あそこの水、汚いのよねー行きたくないわあ」
ニムエとヴィヴィアンは水脈をたどって神殿近くまで来ていた。精霊にとって、神殿とウスクヴェサールなど「ちょっとそこまでお使い」程度の距離なのだが、ここのところのお家騒動で長らく聖地を出ていなかったのだ。久しぶりの外出に、すっかりだらけて怠け者なっていた二人は、ぶつぶつ文句を言いながら口を尖らせた。
「ねえ、ちょっと臭くない?」
「ちょっとじゃないわよう。何あれ?あれでも泉なの?」
「ウスカーサ様も水たまりって言ってなかった?うう、臭過ぎる」
「あんなとこ行ったら私たちも腐りそうだわ~」
「どうする?」
「入れなかったなんて言ったら、キミヨ様にブッ飛ばされるわよねぇ……」
「キミヨ様があそこを破壊してくれた方が早いと思うんだけど、ダメなのかしら」
「ちょっと歌って更地にしてくれればいいのにぃ」
「ああほら、あのちんくしゃな人間にやらせればいいのよねえ」
「ちょっと、あのちんくしゃってキミヨ様の孫でしょう?ダメよぅ悪口言っちゃ消されちゃうわよぅ」
「ちんくしゃはちんくしゃでしょ。……まあでも、あの子、私たちも結局助けてくれたし。仕方ないわね」
二人は鼻をつまんで、できる限り近くまで行ってみたが、泉はすでに水脈から断たれ、本当にただの水たまりと化していた。せめて水脈が繋がっていれば、清浄な水を流せたのだが、それもできそうもない。滞って緑色になった「聖なる泉」には水藻が溢れ、ミジンコがピコピコ踊っていそうだ。
「これ~、あまりにも汚くて、水源が詰まってるんだわ~」
「なんて罰当たりなのかしら」
「大地のレア様に聞いてみるぅ?レア様の聖地の水辺にエレインがいたわよねぇ?」
「まずは神殿の土から浄化してもらわないと」
面倒臭い事は人任せ、とばかりに二人は聖地ソルイリスへ向かった。
「レア様~」
「お願いがありますぅ」
大地の大精霊は、ウキウキとポムの酒を作っている最中だった。ミヤコの植えたポムの木が育ち、精霊たちと共に木のうろに熟れた木の実とフルーツを入れ、今か今かと熟成するのを待っているところで、ナイアドたちが顔を出したのだ。
「神殿の泉?」
「そうなんです~。キミヨ様がいらして、泉の様子を見てこいって」
「でもダメなんですよぅ。源泉が穢れで詰まってて、あの辺の大地もかなり穢れてるみたいでぇ。近寄れないんですよぅ」
「そう、キミヨが。とうとう動くのね。可愛いミヤコの役に立つなら、私もちょっと手を貸そうかねえ」
大地の大精霊レアは、ちょっと考えてからすうっと大地に潜り込んだ。
地脈に根を張るように意識を伸ばすと、すぐピクリと眉をしかめた。
「まあ、これはひどいねえ……」
神殿のある森に囲まれた聖地ヴュールは、初代聖女が現れた森だった。もともと薬草が豊富で小さいながらも聖なる泉があり、神聖な空気に囲まれていたはずなのだが、時代を経て穢され、ルブラート教によって泉の周辺に毒花であるカソリが植えられた。カソリの花は血のように赤く美しいが、その蜜は毒を持ち、長い年月をかけて地を枯らしていった。神殿を囲む森も、カソリの毒を吸い上げ、毒の森へと変化を遂げたが、緩やかに毒された森に人間たちは気がつかず、神殿に住む神官たちはその泉の水を『聖なる水』と称し、飲み続けた。
結果、レアが伸ばした意識の先にみたものは、毒の末期症状で涎を垂らし虚ろになった現聖女とミラート神国の現王の姿だったのだ。とはいえ、レアから見てこの二人がいなくなったところでミヤコたちには影響はないだろうと考えた。それどころか、余計な手間が省けていいのではないかとすら。
「……ひとまず、浄化しておこうかね」
この程度の森と土地なら、力を取り戻した今のレアならば問題なく浄化できる。あとでキミヨに酒かつまみを要求しよう。そういえばここしばらく干し柿を食べていなかった。アレがいい。ククク、と含み笑いをしてレアはきゅっと拳を握りしめた。
カソリの花が急速に枯れ始め、森にも広がっていく。毒々しい緑で囲まれていた神殿があらわになっていき、木々が枯れ果て次々に朽ち、ボロボロと崩れていく。その落ちた枯葉や幹が地に落ち、地中からワラワラと現れた微生物や小虫が一斉に消化して行った。毒は早々に抜けることはないが、地中に棲む精霊達がゆっくりと消化してくれることだろう。腐葉土となった森は、いずれ豊かな大地を約束する。
そうしてそこに残ったのは、枯れた泉と古びた神殿だけ。その神殿にだらりと横たわり、うわ言を繰り返す王と、すでに意識のない聖女が見つかった。
レアはその二人も土に返そうかと考えたが、やめた。
「人間もこの二人には思うところがありそうだしねえ。神を騙り大地を汚した人間を、無に返す必要はなさそうね。後は水のと火のに任せようかねぇ」
しかし、その聖女から細い糸のように毒の軌跡をつけた数人の人間が北西に向かって伸びて行くのが目に入り、レアは目を細めた。跡を追いオワンデル遺跡に誘う様に土の精霊たちに頼む。
「私の家に土足で入り込むような輩は、愛し子達に排除してもらおうかね」
直接手を下さなければ問題はないのだから、人間の後始末は人間に任せれば良い。まあ、あそこに行き着く頃には人ではないかも知れないが。
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百年計画。
ルブラート教が綿密に練り上げたミラート神国の滅亡計画は、いよいよ以って最終段階に入るはずだった。本来なら、東の魔の森の暴走《スタンピード》で弱ったミラート神国を叩きのめす予定で今か今かと待っていたのが、なぜか浄化され森が再生された。
ルブラート教徒は狼狽えたものの、それならばと西獄谷の暴発を期待し、聖地ウスクヴェサールの泉にもカソリの毒を流しこんだのだが、凄まじい暴発によって聖地に潜んでいた仲間を失ってしまった。誰一人、骨すらも残らなかったのか、爆発的に増えた草木に呑まれてしまったのか。しかも穢したはずの聖地の泉が湖になり、より強化された聖地になってしまった。
ミラート神は信じていなかったものの、精霊に対しては半信半疑だった教徒たちはますます狼狽え、何人かは既に逃げ出し、過去を捨てウスクヴェサールの町民になっていた。東の魔の森が出来上がったのも精霊の怒りからではないかと疑っていたし、今回の西獄谷に関しても精霊が絡んでいると信じたせいだ。山が吹き飛んで森が一夜にして出来上がるなんて、精霊の技以外何者でもない。神よりも精霊の方が恐ろしいと肌で感じていたのだ。
随分前に教から送り込んだ偽聖女を使って、神殿の泉を利用し聖水と偽り、ゆっくり毒餌を与え続けてきたミラート神国の王侯貴族に神殿の関係者たち。何人かは死に追いやり、残りはすでにカソリ中毒になっている。王侯貴族を排除し、国内の混乱に乗じてミラート神国を潰そうと画策したものの、あと一押しというところで、東西の計画が大幅に狂ってしまった。
そこへ新しく出てきた聖女だか女神だかの噂。
このままではこの神殿も危ない、と危機感を覚えた神官に扮したルブラート教徒たちは、すでに毒に侵され役立たずになった聖女も含めて、国王殺害へ計画を移した。カソリの毒を直接体内へ流し込んだ後、姿をくらました。
「あとはルビラ様がカタをつけてくれるはずだ。内乱が起きた時を狙おう」
ニヤリと笑い、闇に姿を消すルブラート教の使者は、ルビラの魂がすでに浄化されたことをまだ知らず、土の精霊たちに後を追われて、オワンデルの屋敷へと導かれていることにも当然気づいていなかった。
その命も、持って数日。恐らくオワンデールの魑魅魍魎達と共に浄化されるに違いない。あの魂達は、水のより火のに頼んでしっかり昇華してもらおう、とレアは精霊達に伝言を頼むことにした。
これにより、ルビラの狂信派はほぼ全滅となるだろう。
********
「まあ、レア様に頼んで正解だったわねえ~」
「もう随分おばあちゃんになって、力もないかと思いきや」
「もう。ニムエったら~。そんなこと言ってると、ばれた時どうなるか分かってるぅ?」
「ばれないってば。聞こえちゃいないわよ。さあて、それじゃ帰ろっか」
「知らないわよぅ。レア様もキミヨ様も地獄耳なんだから」
ふふふ、と黒く笑う地獄耳のレアはもちろん二人の会話を聞いていた。
「さあて、どうしてやろうかねえ」
二人がウスカーサの元へ帰るまでに何年もかかり、その間小さな水路やドブを彷徨い、ネズミやボウフラにかじられそうになるなど、ひどい目にあったことは言うまでもなかった。
「レア様、キミヨ様、ごめんなさい~~!」
「許してくださいよう~!ニムエが悪いんですぅ!」
キミヨは全く関与していなかったが、ますます恐れられることになったのは、本人は全く素知らぬ話である。
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子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
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転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
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思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
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薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました
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かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。
(※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)
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