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第4章:聖地アードグイ編
第94話:妖精王アラヴェッタ
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さて、その頃。
グレンフェールの街で薬草の知識を披露したキミヨは、ミヤコのために立ち上がり、住民にハッパをかけた。この町の住民はすでにミヤコに心酔しているし、国のあり方に不満を持っている。ルノーの働きで、今はまだ自分達の生活を立て直すことに集中しているが、ここでミラートが実は神ではないと囁いたらどうなるか、いくら政治に関心のない者でもすぐにわかるだろう。このままでは遅かれ早かれ暴動が起きる。
だが、暴動を起こして無闇矢鱈に命を奪うのはキミヨのやり方に反する。うまく統制しなくては。あまりミヤコを煽っては、祭り上げられてしまうし、そうなったらミヤコの心の平穏が乱れてしまう。せっかくハルクルトがミヤコの心を癒してくれているのだから、彼らはできるだけそっとしておいてあげたい。たとえそれがほんの短い期間であったとしても。
「キミヨ様、薬草を摘み終わったの、どこに収納しますか?」
考えにふけっていたキミヨに、薬師見習いの娘が声をかけた。
「ああ、たくさん摘んできたわね。それじゃあ、そろそろ薬局を作りましょうか」
「薬局?」
「そうよ。治癒師の倉庫といってもいいわよ。薬局では薬を売るの」
「まあ」
「この間、町の中心に近い家が、半壊したでしょう。あそこにひとつ小さな泉を作ったのよ」
「泉?」
「ええ、ウスカーサ……えっと、水の大精霊に頼んだの。聖地の泉と同じ水を引いてるから」
「せ、聖水!?大精霊様って本当にいるんですか!」
「もちろんよ。彼が瘴気が溢れてこの街に流れ込むのを引き止めててくれたのよ。ミヤコが浄化してからちょっと手が空いたからね。ここの泉と、神殿の泉の浄化をお願いしたの」
「ヒエエ!そ、そんな大それたことをしていただいたのですか!」
「大それたって…そのぐらい精霊だもの、できるわよ」
「あ、あたしはこの土地は大精霊に見放されたのだと聞いておりました。だから瘴気が溢れて食物が実らないんだと。あたしたちは聖女様を殺した罪人の末裔だから、当然の罰を受けているのだと」
キミヨはびっくりして目を丸くした。
「それ、みんながそう思ってるの?」
「この町の住民は、そうですね」
「間違ってるわ!精霊はね、普通人間に干渉なんてしないのよ。ウスカーサは水の大精霊なんだけど、あれはなんだかんだ言って人間が大好きなの。瘴気を作ったのは元はと言えば人間なのよ。……詳しくは言えないけど、慢心した人間が生み出した邪念が元になってるの。恨みとか嫉妬とか、魔性植物も魔獣も、負の感情をぶつけられた精霊が腐ってしまった成れの果てなのよ」
「そ、そんな……」
「ミヤコは特別な人間でね。精霊の力を借りて瘴気を浄化したの。精霊はいつだって人間のそばにいて力を貸してくれるわ。もちろん、負の感情を強く持つ人間に感化されて魔性のものになってしまうこともあるけれど、心正しくしていれば、精霊はいつだって人間の味方なの」
「それじゃあ、あの、罪人の末裔とか、罰とかは」
「はっ、そんなもの。そんなこと精霊が気にするはずないじゃない。精霊は自然と共に永遠と呼べる時間を生きているのだから」
「じゃ、じゃあ、あたしたちが苦労してるのは」
「……残念ながら、いい指導者の下にいないからよ。長年の負の感情が積もりに積もって瘴気が溢れてしまって、それがあなたたちを圧迫する。上に立つものがしっかりしないから、それにまた負の感情が積もっていく悪循環の真っ只中に、あなた達はいるの」
「そ、そんな…」
「だからね。今からでも遅くないわ。国を立て直しましょうよ。一丸になれば、国は動くものよ。人の力が国を作るのだもの」
「で、でもあたしたちは平民で、」
「同じ人間じゃない」
「お、お金も、食べ物も、教養もないし」
「勇気と、知恵と、体力があるじゃない」
「キ、キミヨ様、」
「何よりもあなたたちには助け合う心があるじゃないの」
「!」
「瘴気に怯えないでいい生活を送りましょうよ。飢えや病気で簡単に死んだりしない世界、欲しいでしょう?」
*****
「最近、また人間界がうるさいのう」
「おや、アラヴェッタ様。お目覚めですか」
「ん。だいぶマシになったわ。おぞましい穢れで死ぬかと思ったがの」
妖精王アラヴェッタは、清浄化された妖精国の聖域で伸びをした。悪夢のような数年を水の聖地ウスクヴェサールで過ごしたアラヴェッタは、今や子供の大きさにまで復活した。後数週間もすればおそらく元の大きさに戻るであろうと思ってはいるが、毎夜毎夜、ネバネバとした瘴気に纏わり付かれた夢を見る。汗だくになって飛び起き、ぶるぶると体を震わせるが、あの感触はなかなかアラヴェッタを解放してくれなかった。
「人間の恨みつらみというものは、業が強くてかなわんの」
おかげで聖域から出ることは叶わず、アラヴェッタ自身も出たいとは思わなかった。今度あの闇に落ちれば妖精王ではなく魔王になってしまう。ウスカーサの顔は恋しくも思うが、所詮あれは精霊。妖精とは似ていて非なるものだ。この世界そのものを循環させるために生まれた精霊と、表層で季節を司るだけの妖精。その役割は似て非なるもの、交わりあってはいけないものなのだ。
だが、当時のアラヴェッタはまだ妖精王に成り立てで、夢も多く儚い人間にも憧れに近いものを持っていた。美しいものが好きな妖精王は、美しいウスカーサに恋をした。あれを手元に置いて愛でたいと欲を出してしまった。めぐる季節を引き止めるような、無謀な真似をしてしまったのだ。
「元はと言えば、あの人間の娘…。なんと言ったかな……。確かウズラ…いや、ル…ルベラ?ルピラ?いや、ルブ…ルビラ?あれと連んだのがいけなかったのじゃな」
思い返せば、可愛らしいと思った子供と出会ったのが、アラヴェッタの運の尽きだったのだ。くるりと巻いた黒髪と大きな瞳、愛らしい黄色のドレスを着た妖精のような子供。春先に咲く花のようでつい声を掛けてしまった。蓋を開けてみれば、ドロドロとした欲深い女であれこれ注文をしては、手に入らないとなると癇癪を起こし。それもまた人間なのだと可愛らしく見ていれば、増長した。癇癪を起こすたびに、黒いモヤモヤを紡ぎ出していた。あれは魔力だったと思うが、あんなに重く赤黒い魔力は見たことがなかった。負の魔力という物を初めて目にし、そして絡めとられた。
「妾のウスカーサにまで触手を伸ばすとは思わなんだし」
アラヴェッタは綺麗なものが好きだ。無機物だろうと有機物だろうと綺麗と思ったものは近くに置いておきたかった。そのためなら多少のわがままも言うし、権力も使う。どうしても手に入らないものの見極めもわかっていたつもりで。だが、人の心やあり方は、どうあがいても手に入らなかった。あの手この手で責めたり引いたりしてみたが、諦めたものも過去には幾つかあった。
その一つが、大精霊ウスカーサ。妖精王ですら手に入らなかったのに、あの穢らわしい人間の娘は、傲慢にもあれを欲しがった。ウスカーサを守りたくて、四六時中張り付いていたのも良くなかったのだと今ならわかる。被害を大きくしてしまった。アラヴェッタが瘴気に取り込まれ、ウスカーサの聖域を穢し、意識が朦朧になりながらもウスカーサにまとわりついた。最終的に、ウスカーサも囚われたと聞いた。その頃の意識はアラヴェッタは持っていない。
「嫌われてしまったかの……」
その後悔の念が今も夢に現れる。精霊王が説教に来て、彼の孫がウスカーサもアラヴェッタも救ったと言った。ウスカーサは水鏡の狭間で命を落とすところだったのを孫娘が救い上げたらしい。そしてあのルベラ(微妙に違う)とかいう女の魂も火の大精霊の住まうアーラ山に送ったと。
水鏡の狭間では魔法の干渉はできない。あそこは次元が違う。生を持つものの干渉は一切できない時空の狭間なのだ。妖精王とてあそこに落ちたら自力では這い上がれない。それは大精霊であろうと、同じだった。
それを精霊王の孫娘は、生きたままその意思を持って入り込み、そして不死の魂を浄化して、おまけに大精霊の魂も救い帰ってきた。
「人間じゃないだろう、それは。というより生き物なのか、その孫は」
異世界人だからできるのだろうか。だが、異世界人だって命はある。水鏡の狭間は異世界人だろうと、この世界人だろうと命あるものの関与はできないと思っていたが。精霊王と異世界の月巫女の子孫。人らしからぬ力が加わっているのか。
「わからんの。妾の管轄外じゃ。考えるのはやめよう」
この世にはたとえ千年の命を微睡もうと、万年の命を貪ろうと、永遠にわからないことがある。人間で言うところの神のみぞ知る、ということだ。神がいるのかどうか知らんが、宇宙巫女をアレヴェッタたち妖精は信じている。命の発端。全ての始まりだ。永遠に命を引き延ばし、作り上げている存在。その存在が気まぐれに力を与えたのかもしれない。だが想像は想像でしかない。数千年を生きている妖精王にですらわからないことはたくさんあるのだ。
アラヴェッタは自嘲して肩を竦ませた。
「あまり関わり合いにならん方が得策じゃの。もう人間はこりごりじゃ」
「それがいいですよ、アラヴェッタ様。お身体もこんな小さくなってしまわれましたしね」
「んむ。体が戻ったら、レアのところに行って酒をご馳走になるとしようかの」
「いや、酒くらい持って行ってくださいよ。迷惑かけたんだし」
「ええ~。レアには迷惑かけとらんじゃろ?」
「いや、レア様死にそうでしたよ、聖地汚されて。それもあの孫娘殿が浄化したって話ですけどねえ」
「え、そうなのか」
「ええ、今のうち媚び売っといた方がいいんじゃないですか?あと、ウスカーサ様からは用がない限り二度と近寄るなと、伝言が入っておりました」
「お、おう。そうか…厳しいの。やはり嫌われたかの。キミヨ殿に仲介に入ってもらうとするか…」
「体調がお戻りになりましたら、その精霊王さまの孫娘殿にはちゃんとお礼を言ってくださいね。妖精全般嫌われたら私たちも立場ないので」
世話役のくせに生意気な、とアラヴェッタは思うものの、やらかしてしまったことは確かだ。しょぼんとしたアラヴェッタの小さかった体は、またほんの少し縮んでしまった。
プルプル震えて小さくなったアラヴェッタに、従者の妖精たちは生暖かい視線を投げた。長年瘴魔と変わり果てた妖精王が、姿は四分の一ほどになってしまったとはいえ死なずに戻ってきたのだ。可愛らしいアラヴェッタの姿に妖精たちはキラキラした視線を向ける。本当に生きててくださってよかった。アラヴェッタが死んでしまっていたら季節が廻らず、この世界は本当の意味で均衡を崩す。そうなったら人間どころか妖精たちにも多大な影響を与える。
妖精たちのミヤコに対する賞賛度は天井を超えて高まっていった。
グレンフェールの街で薬草の知識を披露したキミヨは、ミヤコのために立ち上がり、住民にハッパをかけた。この町の住民はすでにミヤコに心酔しているし、国のあり方に不満を持っている。ルノーの働きで、今はまだ自分達の生活を立て直すことに集中しているが、ここでミラートが実は神ではないと囁いたらどうなるか、いくら政治に関心のない者でもすぐにわかるだろう。このままでは遅かれ早かれ暴動が起きる。
だが、暴動を起こして無闇矢鱈に命を奪うのはキミヨのやり方に反する。うまく統制しなくては。あまりミヤコを煽っては、祭り上げられてしまうし、そうなったらミヤコの心の平穏が乱れてしまう。せっかくハルクルトがミヤコの心を癒してくれているのだから、彼らはできるだけそっとしておいてあげたい。たとえそれがほんの短い期間であったとしても。
「キミヨ様、薬草を摘み終わったの、どこに収納しますか?」
考えにふけっていたキミヨに、薬師見習いの娘が声をかけた。
「ああ、たくさん摘んできたわね。それじゃあ、そろそろ薬局を作りましょうか」
「薬局?」
「そうよ。治癒師の倉庫といってもいいわよ。薬局では薬を売るの」
「まあ」
「この間、町の中心に近い家が、半壊したでしょう。あそこにひとつ小さな泉を作ったのよ」
「泉?」
「ええ、ウスカーサ……えっと、水の大精霊に頼んだの。聖地の泉と同じ水を引いてるから」
「せ、聖水!?大精霊様って本当にいるんですか!」
「もちろんよ。彼が瘴気が溢れてこの街に流れ込むのを引き止めててくれたのよ。ミヤコが浄化してからちょっと手が空いたからね。ここの泉と、神殿の泉の浄化をお願いしたの」
「ヒエエ!そ、そんな大それたことをしていただいたのですか!」
「大それたって…そのぐらい精霊だもの、できるわよ」
「あ、あたしはこの土地は大精霊に見放されたのだと聞いておりました。だから瘴気が溢れて食物が実らないんだと。あたしたちは聖女様を殺した罪人の末裔だから、当然の罰を受けているのだと」
キミヨはびっくりして目を丸くした。
「それ、みんながそう思ってるの?」
「この町の住民は、そうですね」
「間違ってるわ!精霊はね、普通人間に干渉なんてしないのよ。ウスカーサは水の大精霊なんだけど、あれはなんだかんだ言って人間が大好きなの。瘴気を作ったのは元はと言えば人間なのよ。……詳しくは言えないけど、慢心した人間が生み出した邪念が元になってるの。恨みとか嫉妬とか、魔性植物も魔獣も、負の感情をぶつけられた精霊が腐ってしまった成れの果てなのよ」
「そ、そんな……」
「ミヤコは特別な人間でね。精霊の力を借りて瘴気を浄化したの。精霊はいつだって人間のそばにいて力を貸してくれるわ。もちろん、負の感情を強く持つ人間に感化されて魔性のものになってしまうこともあるけれど、心正しくしていれば、精霊はいつだって人間の味方なの」
「それじゃあ、あの、罪人の末裔とか、罰とかは」
「はっ、そんなもの。そんなこと精霊が気にするはずないじゃない。精霊は自然と共に永遠と呼べる時間を生きているのだから」
「じゃ、じゃあ、あたしたちが苦労してるのは」
「……残念ながら、いい指導者の下にいないからよ。長年の負の感情が積もりに積もって瘴気が溢れてしまって、それがあなたたちを圧迫する。上に立つものがしっかりしないから、それにまた負の感情が積もっていく悪循環の真っ只中に、あなた達はいるの」
「そ、そんな…」
「だからね。今からでも遅くないわ。国を立て直しましょうよ。一丸になれば、国は動くものよ。人の力が国を作るのだもの」
「で、でもあたしたちは平民で、」
「同じ人間じゃない」
「お、お金も、食べ物も、教養もないし」
「勇気と、知恵と、体力があるじゃない」
「キ、キミヨ様、」
「何よりもあなたたちには助け合う心があるじゃないの」
「!」
「瘴気に怯えないでいい生活を送りましょうよ。飢えや病気で簡単に死んだりしない世界、欲しいでしょう?」
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「最近、また人間界がうるさいのう」
「おや、アラヴェッタ様。お目覚めですか」
「ん。だいぶマシになったわ。おぞましい穢れで死ぬかと思ったがの」
妖精王アラヴェッタは、清浄化された妖精国の聖域で伸びをした。悪夢のような数年を水の聖地ウスクヴェサールで過ごしたアラヴェッタは、今や子供の大きさにまで復活した。後数週間もすればおそらく元の大きさに戻るであろうと思ってはいるが、毎夜毎夜、ネバネバとした瘴気に纏わり付かれた夢を見る。汗だくになって飛び起き、ぶるぶると体を震わせるが、あの感触はなかなかアラヴェッタを解放してくれなかった。
「人間の恨みつらみというものは、業が強くてかなわんの」
おかげで聖域から出ることは叶わず、アラヴェッタ自身も出たいとは思わなかった。今度あの闇に落ちれば妖精王ではなく魔王になってしまう。ウスカーサの顔は恋しくも思うが、所詮あれは精霊。妖精とは似ていて非なるものだ。この世界そのものを循環させるために生まれた精霊と、表層で季節を司るだけの妖精。その役割は似て非なるもの、交わりあってはいけないものなのだ。
だが、当時のアラヴェッタはまだ妖精王に成り立てで、夢も多く儚い人間にも憧れに近いものを持っていた。美しいものが好きな妖精王は、美しいウスカーサに恋をした。あれを手元に置いて愛でたいと欲を出してしまった。めぐる季節を引き止めるような、無謀な真似をしてしまったのだ。
「元はと言えば、あの人間の娘…。なんと言ったかな……。確かウズラ…いや、ル…ルベラ?ルピラ?いや、ルブ…ルビラ?あれと連んだのがいけなかったのじゃな」
思い返せば、可愛らしいと思った子供と出会ったのが、アラヴェッタの運の尽きだったのだ。くるりと巻いた黒髪と大きな瞳、愛らしい黄色のドレスを着た妖精のような子供。春先に咲く花のようでつい声を掛けてしまった。蓋を開けてみれば、ドロドロとした欲深い女であれこれ注文をしては、手に入らないとなると癇癪を起こし。それもまた人間なのだと可愛らしく見ていれば、増長した。癇癪を起こすたびに、黒いモヤモヤを紡ぎ出していた。あれは魔力だったと思うが、あんなに重く赤黒い魔力は見たことがなかった。負の魔力という物を初めて目にし、そして絡めとられた。
「妾のウスカーサにまで触手を伸ばすとは思わなんだし」
アラヴェッタは綺麗なものが好きだ。無機物だろうと有機物だろうと綺麗と思ったものは近くに置いておきたかった。そのためなら多少のわがままも言うし、権力も使う。どうしても手に入らないものの見極めもわかっていたつもりで。だが、人の心やあり方は、どうあがいても手に入らなかった。あの手この手で責めたり引いたりしてみたが、諦めたものも過去には幾つかあった。
その一つが、大精霊ウスカーサ。妖精王ですら手に入らなかったのに、あの穢らわしい人間の娘は、傲慢にもあれを欲しがった。ウスカーサを守りたくて、四六時中張り付いていたのも良くなかったのだと今ならわかる。被害を大きくしてしまった。アラヴェッタが瘴気に取り込まれ、ウスカーサの聖域を穢し、意識が朦朧になりながらもウスカーサにまとわりついた。最終的に、ウスカーサも囚われたと聞いた。その頃の意識はアラヴェッタは持っていない。
「嫌われてしまったかの……」
その後悔の念が今も夢に現れる。精霊王が説教に来て、彼の孫がウスカーサもアラヴェッタも救ったと言った。ウスカーサは水鏡の狭間で命を落とすところだったのを孫娘が救い上げたらしい。そしてあのルベラ(微妙に違う)とかいう女の魂も火の大精霊の住まうアーラ山に送ったと。
水鏡の狭間では魔法の干渉はできない。あそこは次元が違う。生を持つものの干渉は一切できない時空の狭間なのだ。妖精王とてあそこに落ちたら自力では這い上がれない。それは大精霊であろうと、同じだった。
それを精霊王の孫娘は、生きたままその意思を持って入り込み、そして不死の魂を浄化して、おまけに大精霊の魂も救い帰ってきた。
「人間じゃないだろう、それは。というより生き物なのか、その孫は」
異世界人だからできるのだろうか。だが、異世界人だって命はある。水鏡の狭間は異世界人だろうと、この世界人だろうと命あるものの関与はできないと思っていたが。精霊王と異世界の月巫女の子孫。人らしからぬ力が加わっているのか。
「わからんの。妾の管轄外じゃ。考えるのはやめよう」
この世にはたとえ千年の命を微睡もうと、万年の命を貪ろうと、永遠にわからないことがある。人間で言うところの神のみぞ知る、ということだ。神がいるのかどうか知らんが、宇宙巫女をアレヴェッタたち妖精は信じている。命の発端。全ての始まりだ。永遠に命を引き延ばし、作り上げている存在。その存在が気まぐれに力を与えたのかもしれない。だが想像は想像でしかない。数千年を生きている妖精王にですらわからないことはたくさんあるのだ。
アラヴェッタは自嘲して肩を竦ませた。
「あまり関わり合いにならん方が得策じゃの。もう人間はこりごりじゃ」
「それがいいですよ、アラヴェッタ様。お身体もこんな小さくなってしまわれましたしね」
「んむ。体が戻ったら、レアのところに行って酒をご馳走になるとしようかの」
「いや、酒くらい持って行ってくださいよ。迷惑かけたんだし」
「ええ~。レアには迷惑かけとらんじゃろ?」
「いや、レア様死にそうでしたよ、聖地汚されて。それもあの孫娘殿が浄化したって話ですけどねえ」
「え、そうなのか」
「ええ、今のうち媚び売っといた方がいいんじゃないですか?あと、ウスカーサ様からは用がない限り二度と近寄るなと、伝言が入っておりました」
「お、おう。そうか…厳しいの。やはり嫌われたかの。キミヨ殿に仲介に入ってもらうとするか…」
「体調がお戻りになりましたら、その精霊王さまの孫娘殿にはちゃんとお礼を言ってくださいね。妖精全般嫌われたら私たちも立場ないので」
世話役のくせに生意気な、とアラヴェッタは思うものの、やらかしてしまったことは確かだ。しょぼんとしたアラヴェッタの小さかった体は、またほんの少し縮んでしまった。
プルプル震えて小さくなったアラヴェッタに、従者の妖精たちは生暖かい視線を投げた。長年瘴魔と変わり果てた妖精王が、姿は四分の一ほどになってしまったとはいえ死なずに戻ってきたのだ。可愛らしいアラヴェッタの姿に妖精たちはキラキラした視線を向ける。本当に生きててくださってよかった。アラヴェッタが死んでしまっていたら季節が廻らず、この世界は本当の意味で均衡を崩す。そうなったら人間どころか妖精たちにも多大な影響を与える。
妖精たちのミヤコに対する賞賛度は天井を超えて高まっていった。
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