【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

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第5章:聖地ラスラッカ編

第112話:世界の歯車と罪と罰

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「ハルクルトはそろそろ風の聖域に入るそうだ」

 ガルシアが、執務室のソファで横たわるエリカの横に座り声をかけた。アイザックからの情報で、ガルシアは火の精霊を使いアガバに連絡を取った。もしもモンファルトが海に落ちればカリプソが拾い上げ、アガバに渡すことになってはいるが、その前にドリスの娘達に拾われればおそらく海の底で永遠に封じられるだろう。とは言え、ドリスの娘たちは美しいものにしか興味はないはずだが。

 それ以上に、モンファルトが王都から消えた時見えた瘴気のような黒い靄。あれはすでに人間ではなかったかもしれん。悪しき者へと生まれ変わったか。瘴魔となり、疫を撒き散らすかと思えば消えていなくなってしまった。どこへ飛んだかと思えば、愛し子の元へだったとは。

 話では、一度か二度あったくらいだというのに、やはり引き寄せられたというのだろうか。

 出し抜かれたとはいえ、愛し子が攻撃を受けたのだ。そのことに対する怒りはおそらく半端ではなかっただろう。火の加護を受けたハルクルトの攻撃を受けたのであれば、すでに生きてはいない可能性の方が高い。

「あれはわしと同じで、執着する質だからな……」
「本当にそうよね…。あなたにそっくり」

 エリカが力なく笑い、ガルシアは思わず遠い目をした。

 王都はグレンフェールやバーズ村からの支援を得て、国民達が街の復興に力を入れ始めた。ミヤコの使役する精霊はほとんどの人には見えないが、アイザックが後ろで指示をしているらしく、早速畑が作られ、薬草や野菜が高速で育っている。ガルシアも軍の指導として駆り出されることもあるが、どうやら地の大精霊や水の大精霊も手助けをしているらしく、すでに国民に笑顔が見え始めていた。聖女となる本体がこの場にいないのにもかかわらず、精霊たちがかなり友好的で積極的に手助けしている状況に、ガルシアが戸惑いを感じていることは確かだ。

『俺の力だけではこうはいかなかったからな。嬢ちゃんには頭が下がるよ』

 そう言って、アイザックは笑ったが、時折遠くを見つめ、ここにいない聖女の帰りを待ちわびているようにも見えた。

 精霊がここにいるということはミヤコが生きていて、風の聖域も消えてはいないとわかってはいるが、日に日に弱っていくエリカを見るのは心苦しかった。なんとかしてやりたいが、火の精霊の加護では回復を促すことすら出来ない。攻撃型の浄化くらいしか出来ないガルシアには、為す術もないのだ。いかに豊富な魔力を持っていようとも、愛する妻の命を延ばすことはできない自分の不甲斐なさに、ガルシアは目を伏せる。

 王宮の地下牢に入れられた旧王制貴族はすでに解体の運びとなり、裁判の成り行きを見守っている状態だが、アイザックはハルクルト達の帰還を待ってと延期しているようだ。

『国の基盤を作り上げたのは全て愛し子の功績だからな。俺は代理の施政者でしかない。全ての聖地の浄化が終わってから、この国の行く末は愛し子である嬢ちゃんに委ねたい』

 そういったアイザックに、大多数の戦士や騎士が同意した。国民もそれに同意のようで、まずは街の立て直しだ、と張り切っている。生き生きとした国民を見るのは一体いつぶりだろうか、とガルシアは考える。

「恐ろしいまでの影響力を持つのだな。その愛し子とやらは」
「当たり前よ。私と精霊王の孫娘なんだから」

 独り言に反応されて、はっと警戒するガルシアだったが、その台詞を聞いて警戒を解いた。

「キミヨ殿か」
「久しぶりね、ガルシア。エリカ」

 開いた窓から侵入したキミヨは、酒瓶を掲げてにこりと笑った。

「エリカ。レアからの差し入れよ。少しは体に効くから一緒に飲みましょ」
「キミヨ……ごめんなさい」

 ぐたりとソファに横たわるエリカを見て、キミヨは優しく微笑みかける。
 酒瓶を見たガルシアは立ち上がり、キャビネットからグラスを3つ用意した。瓶からとくとくと琥珀色の液体がグラスに注がれる。

「ポムの地酒か?懐かしいな」
「ミヤコ仕込みよ。聖地の浄化については聞いてるわよね?」
「ああ。愛し子が三つの聖地を浄化したと聞いた」
「自慢の孫娘なのよ」
「あの精霊王からそれほどの人格者が生まれるとは、恐れ入った」
「私がいるからよ、やあね」
「確かに」

 ふふ、と三人で微笑み、酒が注がれたグラスをちんと鳴らす。大地の精霊が作った酒には回復作用がある。ポムの実の地酒は、太古の聖女が作り出した蒸留酒に大精霊レアが手を加えた、精霊のエリクサーと呼ばれる酒だ。白い魔女が居たとされる今はもうないアイザック村から、バーズの村に伝わり細々と受け継がれてきた。地の聖地が浄化され、ミヤコが持ち込んだポムの果樹を植えたことで、レアが自分で再製できるようになった。

 最近バーズの村から人々が流れてきて、地の聖地の近くにあったアイザック村を再度蘇らせようと小さな部落ができ始めていた。それを見てキミヨが彼らを手助けし、薬草や果樹園の育成を促したため、レアの聖地は果樹や薬草に囲まれ森のようになっていた。野生動物もそれに伴って増え、レアは生き生きと蘇り大精霊としての力も強くなっていった。

 地酒はまだ若い酒ではあるが、今晩のような月夜の光はその味を深めることができる。今にも消えそうなエリカにとっては命の水のようなものだった。

「ああ……おいしい。生き返るようだわ」
「ふふ。レアの特製だもの。エリカにはテキメンのはずよ」

 ボロボロだったエリカの顔に生気が戻り、ソファに座り直した妻を見てガルシアは目を見開いた。もしかしたら、という希望が心に差し込む。

「さて」

 キミヨは窓枠に腰掛け、グラスを傾ける。二人の顔を順番に見つめてにっこりと微笑んだ。その瞳は笑っておらず、不敵な笑顔から深刻さが伺える。一体どんな情報を持ってきたのやら。ガルシアはごくりと喉を鳴らし、キミヨが語り始めるのを待つ。

「まずは現状について聞いてもらえるかしら。その上であなたたちの意見を聞きたいの」

 エリカが頷き、ガルシアもそれに追随した。

「一つ目。あなたたちの息子ハルクルトと私の孫娘ミヤコが風の聖地に向かっている、というのは知っているわね?」
「あ、ああ。アイザックがそう言っていたが…。風の聖地が汚されたがために、エリカがここにいるのだろう?」

 聖地さえ浄化されればエリカも元に戻るのに違いない、とガルシアは信じているようだ。
 だが、キミヨは頭を横に振った。

「風の聖地が消えそうなのは、エリカと繋がっているからよ」

 つまり、とキミヨが続ける。

「エリカはあなたと契りを交わした時に、精霊としての生を捨てたの。エリカは人であるあなたを選び、有限の命を得た。それが、人と混じり合った精霊の罪。掟を破った罰なの」

 ガルシアは目を見張って、エリカを見た。

「現大精霊であるエリカの命が消えようとする今、聖地は新たな大精霊を選ぶのよ。それが今、ハルクルトを引き寄せている理由」
「エ、エリカ?ハルクルトは人として生かすために、と聖地と君から離したんじゃないか!そのためにあの子には君のことを何も教えず、聖地から引き離すようにして僕が育てたのだ。何を今更…!」

 エリカは泣きそうな顔になり、顔を両手で隠した。

「だって!私だって知らなかったんだもの!まさかこんな事態を引き起こすなんて!」

 今あるこの世界は、次元を別にして精霊と人が共有して生きてきた。大前提として、人の世界に精霊が関与しないこと。けれど、精霊王がその掟を破り、風の大精霊がそれに続いたことで精霊の世界と人の世界が入り乱れ、時空の壁を歪めてしまった。その歪みから別世界が混じり合い、聖女が落ちてきた。そしてその歪みは次第に大きくなり、この世界は崩壊寸前まで来てしまったのだ。

 それを正すには、全ての精霊がこの地を去り人に明け渡すか、四大精霊の力を持って人間界と精霊界を分け、時空の壁を作り直すしか方法はない。

 聖地が浄化されたからといって世界の崩壊は止まらないの、とキミヨは続ける。何度も穢れを払おうと試みたのだ。穢れの元がミラートの娘ルビラであることまではつきとめ排除したけれど、崩壊は既に救えないところまで来ていた。

「ならば、どうするというのだ?ハルクルトがもしも大精霊に選ばれたとしたらどうなると?」
「ハルクルトは、人間としての生を失うことになるわ。私と同じように、体を捨てる。人間の世界でいう死が訪れる」
「な…」
「それはそうだけど!精神は精霊として生まれ変わるから、本当の意味での死ではないでしょ」

 エリカがキミヨの言葉を遮るように弁解する。

「ハルクルトはそうね。大精霊になるから、聖地で生き続けることはできる。だけど、世界は混沌に包まれてしまった。精霊界と人間界が入り混じり、時空の裂け目はどんどん大きくなる。このまま放っておけば、たとえ大精霊が戻っても世界の崩壊は止められないのよ」

 その前になんとかしようと、色々試した結果。

「私はミヤコを巻き込んでしまった。これは私の責でもある。世界を元に戻そうと後先をよく考えず、闇雲に動いてしまったから、ミヤコとハルクルトは出会ってしまった。そして運命の歯車が動き出した。……ハルクルトはね、ミヤコを心の底から愛しているの。そしてもミヤコも気持ちは同じ。二人ともお互いのためなら命をも投げ出すほど」

 ガルシアは目を瞬いた。ハルクルトが愛し子を守っているというのは聞いた。かなりご執心だとルノーもアイザックも呆れたように語っていた。だが、愛し子の方もそうなのか。

「けれど、二人はどうしたって結ばれない」

 ハルクルトが大精霊になれば、ミヤコは精霊を助けようと人柱になるだろう。そしてハルクルトはミヤコがそうする前に精霊界をこの世界から引き離し、ミヤコを元の世界へと送り返し助けようとするに違いない。だが、どちらを選んでも二人がともに生きられる道はない。

 ただ一つの方法を除いては。
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