死神の誤算と策略、私の運命はもう変わらない

陵月夜白(りょうづきやしろ)

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第十六章 最期の予約

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第十六章一話 最期の予約

 画面の端に表示された“かあちゃん”という名前。その表示を、陸翔は何度かスワイプしては戻した。
「今日じゃなきゃ、ダメなのか?」
 「いや、今日しかない」
ぽつりと落としたその言葉に、遥はそれ以上聞かなかった。
 しばらくして、陸翔は静かに立ち上がり、カフェの外へ出ていった。
電話は数分で終わった。戻ってきた彼の表情は、ほんの少しだけ和らいでいるように見えた。

 「決まった?」
「……うん。土曜に来てもらうことにした。最初はめちゃくちゃ渋られたけど、どうにか押し切った」
遥はふっと笑って頷いた。
 「じゃあ、レストランとホテル、探すね。予算と好み、教えて?」
「悪いな……でも助かる。ありがとう」
 「お礼は三回までにしといて。四回目からはコーヒー奢ってもらうから」
 そんなやり取りをしながら、遥はスマホで候補を探しはじめる。
高級な店は避けて、けれど雰囲気のある場所。予約サイトを何度もスクロールしながら、少しでも陸翔の“らしさ”に合う場所を探した。
 一時間後にはすべて決まった。駅近のこぢんまりとしたレストランと、徒歩圏内のプチホテル。
どちらも、飾りすぎない温かみのある雰囲気。
 「予約、完了」
そう告げると、陸翔は想像以上に真剣な顔で、「ありがとう」と、何度も繰り返した。

 夕暮れが近づき、二人はカフェを出た。
別れ際、遥がふと振り返る。
 「……楽しみだね、土曜」
その言葉に、陸翔は少し驚いたように瞬きをしてから、小さく頷いた。
「――ああ。楽しみだ」
その声に、少しだけ祈るような響きが混じっていたことに、遥はまだ気づいていなかった。

 その夜、陸翔は眠れなかった。
―-白浜会・三枝組。 あまりに重い。
最悪の自殺行為。 使い捨ても俺たちにはピッタリの仕事言えば仕事か…。
 運よく上手く盗み出せたとしても、白浜会総出で俺たちを追うに違いない。 
失敗すればその場で殺される。
 日曜日を待たずにづらかれば、田沼たちがとことん追ってくるんだろうな。
“八方ふさがり“だっけ、そんな言葉あったよな、それだ、それ。
 かあちゃんになにもしてあげられないまま死ぬのか…。 
“俺が守る“ってガキのころ確かに言ってたわ。 なにが”守る”だ、何もできてねえや。
 考えたって仕方ない。 俺の命はまだ二日もあるんだ。 大丈夫、寝よう。

 陸翔はそのあともまったく眠れないまま朝を迎えた。


第十六章二話 準備・三日目(土曜)

 午前11時、荻窪駅近くのカラオケボックス。
陸翔は、いつもより早く到着し、機材の電源を切った個室にメモ帳とスケッチブックを並べていた。
 数分遅れて、リョウ・ユウタ・マコトの3人が入ってくる。
 「やるの、今日?」
「やらねぇよ、バカ。打ち合わせに決まってんだろ」
 口では軽口を叩きながらも、リョウの目は昨日より緊張していた。
 マコトも無言でドリンクバーのコップを握りしめている。

 「集まってもらったのは、作戦の最終確認のためだ」
陸翔の声は、抑揚がなかった。
 スケッチブックのページをめくり、現場の図面を広げる。 

 「15時55分、配送業者が裏口に荷物を搬入する。その時間帯だけ、シャッターが手動で開く」
 「ユウタはその時刻に裏で待機。“中に入るふり”で扉を抑える」
 「マコトとリョウは、16時ちょうどに正面から突入。俺はユウタの合図で裏口からバックヤードへ侵入し、レジ裏と在庫を奪う」
 「全部で、滞在時間は“2分以内”。それを超えたら、強制的に撤退。異常があっても戻らない」

 静かに、そして確実に作戦は語られた。
だが、その空気の中には“張り詰めたもの”が漂っていた。
 「……聞いていいっすか?」
ユウタが手を挙げた。
 「これって……マジで“大丈夫”なんすか? やばい組織が絡んでるって聞いたんだけど」
陸翔は、一瞬だけ視線を落とした。
 (……バレてるのか)
「……お前らを巻き込む気はなかった。でも……もう、後戻りできない」
 「どういう意味っすか、それ」
「……逃げたい奴は逃げろ。責めない。これ以上、俺の“勝手”に巻き込めない」
 沈黙。

 数秒後、マコトがふと笑った。
「逃げるわけねぇだろ。こっちは“報酬”もらえるんだ。3分で30万。
 まともに働いたって、バイトじゃこんな金、稼げねぇよ」
 リョウも頷いた。
「それに、やるって決めたからには、最後までやりてぇし」
 ユウタは迷っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「……ビビってたけど。もう、乗ったっす」

 午後の時間は、脱出ルートと“もしもの場合”の対処法を徹底的に詰めた。
店から出たあと、1人ずつ別方向に分かれて逃げること。
 現金の分配方法。使い捨ての手袋、マスク、着替え、デコイ用のリュックの準備。
さらに陸翔は、**もし自分が捕まった場合に備えた“無線用語”**まで用意していた。
 「このワードが出たら、解散。全員バラバラに逃げろ」
マコトがぼそりと呟いた。
「お前、軍人みたいだな……」

 会議の最後、全員が無言でスケッチブックに目を落とした。
 「……質問は、もうないか?」
誰も答えなかった。

 帰り道、陸翔は年上のマコトに呼び止められた。
 「お前、ほんとは何考えてんだ?」
「……何のことだよ」
 「この作戦、キレイすぎる。手慣れて、やり慣れてる奴の動きじゃねえ。
 でもな、今日のお前の顔は……“死にそうな奴”の顔だった」
 陸翔は答えなかった。
「……まあいい。今日はゆっくり寝ろ。気張るのは当日で十分だ」
 そう言って、マコトは手を軽く挙げて歩き去った。

 
第十六章三話 遥の賭け

あの朝、目覚めた瞬間から胸の奥に何か重たいものが沈んでいた。
季節は冬。けれど、それだけが理由じゃない。空気が静かすぎて、何かを告げようとしているようで、やけに落ち着かない。
――明日。
烏牙から聞いた、「奏くんの死」の予定日。
遥は何度も、自分にできることを考えた。何かを伝えるべきか。止めるべきか。
けれどそのたびに思った。自分が奏くんに“直接”できることなんて、何ひとつないのだと。
彼の運命を変えようとすれば、他の誰かの命が代わりに失われる。
この世界は、そんな冷酷な秤のうえに成り立っている。
でも――
もしその運命の流れそのものを“揺るがす”ことができたら?
遥はひとつの“賭け”に出た。
 
それは、「奏くんを変える」のではなく――奏くんの運命に偶然関わるはずの誰か、つまり陸翔の心を揺らすという方法だった。
本来の流れでは、彼は母親に会わず、何も背負わないまま強盗に加担し、結果として奏と川原で交錯する。
だが、そこにたった一つ、“思い出”を混ぜるだけで、ほんの少しでも彼の行動がずれたなら――
未来は、微かに逸れるかもしれない。
遥は、陸翔に母親と会わせた。
自分が背中を押したわけじゃない。ただそっと、隣にいただけ。
それでも彼は、選んだのだ。土曜日に、母親に来てもらうと。ちゃんと顔を見て、話すと。
それで充分だと思えた。
いや、本当はまるで充分じゃない。けれど――不思議と、このやり方が「正しい」と、遥には思えた。
 
川原の事故。
奏くんがなぜそこにいたのか。子供がなぜ川に落ちたのか。どうして冬に、そんな場所に。
いくら考えても、答えは出なかった。
事故に理由なんてないのかもしれない。ほんの少しの運命のねじれ。偶然の重なり。
彼はきっと、何かを見て、気づいて、そして迷いなく飛び込んだのだろう。
――優しい人だから。
遥は、指先をぎゅっと握った。
このまま何もしなければ、運命はそのまま流れていく。
けれど、もう一度だけ。
もう一度だけ、会いに行こうと思った。
言葉があるわけじゃない。説得できるとも思っていない。
ただ、顔が見たい。
そして、笑ってほしい。
せめて、明日が来る前に。
遥はコートを羽織り、マフラーを巻きながら、家を出た。
冷たい風が髪を揺らす。
(――奏くん)
心のなかでその名前を呼ぶと、ほんの少しだけ、胸の中の痛みが薄れた気がした。
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