婚約者から「君のことを好きになれなかった」と婚約解消されました。えっ、あなたから告白してきたのに? 

四折 柊

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17.帰国命令(ヴァンス)

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 留学中のヴァンスはすでに帰国の準備をある程度済ませていた。残るはいくつかのお別れ会的な行事をこなすだけ。ところがあと二週間で帰国するというタイミングで、父から急ぎの手紙が届いた。

『婚約者決定。早急に帰国せよ』

「はっ? 婚約者とは? 私の? え……相談もなく、相手が誰なのかも教えないで決定? いくらなんでも酷くないか? 私の意思は? はあ、せめて名前くらい教えてくれよ」

 端的な内容に唖然とする。ヴァンスはソファーにどかりと座ると机に手紙を放った。髪をかきあげながら大きく溜息を吐いた。

 私はオルブライト公爵家嫡男ヴァンス。婚約者はまだいない。妹は自国の王太子ワイアット殿下の婚約者で、私自身は王太子殿下の側近をしている。元々大きな権力を持つ家がさらに王家と近しい間柄になる。そうなると私の結婚相手は慎重に決めなければならない。

 女性の親が野心家でも困るし、女性本人が立場に驕るような性格でも困る。可能ならば身分は低すぎない方がいい。だがそれ以上に譲れない条件が私にあった。
 それは――私が嫌悪感を抱かない女性。これが最重要なのだが、その条件をクリアする女性がいない。

 両親はその理由を理解し、婚約者を決めるのを急かさなかった。結婚するなら好いた女性を見つけなさいとおおらかに構えてくれていた。
 それなのに断りもなく勝手に婚約者を決めてしまった。当然その女性の身辺調査はしているはずで、慎重な父が選んだのなら大丈夫だとは思う。きっとまともな女性なのだろう。切にそうであってくれと祈った。もちろん父の決定なら受け入れるが、相談くらいしてほしい。
 私は再び溜息を吐くと、ワイアットに先に帰国する旨を伝えた。

「それなら私も一緒に帰ろう」

 ワイアットは嬉々とした笑みを浮かべ、予定変更の連絡を従者に指示した。

(露骨に嬉しそうだな。その気持ちも、まあ分かるが)

 ワイアットは滞在先の国の公爵令嬢に言い寄られて辟易していた。とはいえこちらの身分が上なので適当にあしらっても文句は言われないが、だからと言って雑にも扱えない。その件は滞在先の王家にも自国の王家そして我が家にも報告してある。だから帰国を切り上げても問題ない。

「ワイアットは別に後から帰国してもいいんだぞ。送別会が予定されているのにいいのか?」
「すでに先週から何度も送別会をしてもらっている。私の愛人狙いの女もいていささかうんざりしていた。それにアイリーンに一刻も早く会いたいから助かる。さあ、急いで準備をしよう」

 ワイアットはそういうと私の背中を上機嫌でバンバンと強く叩いた。アイリーンを溺愛しているので帰国できるのが嬉しくてたまらないのだ。背中が痛むが黙って頷いておいた。
 ワイアットとは主従の関係だが幼馴染でもあるので公の場以外では親友として気安く話をする。
 
 ワイアットは六歳の時に三歳年下の私の妹アイリーンに、一目惚れしたと求婚したが父は反対した。目に入れても痛くないほど可愛い娘を王家に嫁がせたくなかったからだ。それでもワイアットは幼いながらに諦めずに求婚を続け、父に認められるだけの実績を作り婚約を認めさせた。一途というか、執念というか。

 父が最終的に許したのはワイアットが王子の権力を行使して命令しなかったことと、アイリーンもワイアットを好いていたからだ。
 父は最後の抵抗として結婚前にワイアットを他国へ留学させるように王に進言した。ワイアットとアイリーンがイチャイチャできないように物理的に離したかったようだ。それに私も同行することになった。
 これは父のワイアットに対する嫌がらせでもあったが、同時に私への配慮でもあった。
 当時の私は酷い女性嫌悪に陥っていたのだ。

 私は子供の頃から女性運が悪かった。
 私たちの年代は女性が多く生まれた。女の子を持つ家は早い段階から婚約者探しをしていた。もちろんワイアットの妃を望む家も多かったが、王太子妃では責任が重すぎると考える家が私を狙った。
 子供の頃の私は子供なりにではあるが、貴族らしく爽やかな微笑みで社交をこなしていた。父親似の顔は女性に受けてキャーキャー言われて煩わしかったがそれも仕方がないと受け入れていた。
 ところがある事件が起こった。 

 その事件は私が十歳の時にある侯爵家のお茶会に出席した時のこと。
 主催者の侯爵令嬢に「そのドレス似合っていますね。可愛いですよ」と誉めた。本心は派手な真っ赤なドレスで金魚に見えると思ったが社交辞令だ。貴族であれば礼儀の一環で問題はない。
 ところがその令嬢は頬を染めると「ヴァンス様と結婚します!」と叫んだ。その意味が理解できず「は?」と私の口から間抜けな声が出た。令嬢は嬉しそうに「可愛い」イコール「好き」で、すなわち私が令嬢にプロポーズをしたという恐ろしい解釈をした。

(そんな馬鹿な解釈、聞いたことがない)

 今までだって他の令嬢に「可愛い」くらいは言った。それがプロポーズになるのなら節操なく大勢の女性にプロポーズをしていることになる。あきらかにこじつけだ。

 私は令嬢の思い込み呆れながらも「そんな意図はありません」と優しく断った。
それで終わると思っていた。
 だが令嬢は聞く耳を持たない上に、その親も娘をその気にさせた責任を取れと結婚を迫った。大の大人が十歳になったばかりの私を怒鳴りつけたのだ。私を子供だと思って侮っていた。
 両親を通さなくても私の言質を取れば娘を公爵家に嫁がせることができると浅はかに考えているのが見え見えだ。私が「うん」というまで監禁しそうな勢いだったので、隙をついて屋敷の外に逃げると待機していた護衛に事情を伝え急いで帰宅した。
 すぐに両親に説明すると父と母は目を見合わせ、二人同時に意味ありげに深い溜息を吐いた。

「父上……大丈夫でしょうか?」

 その態度に不安が増し恐る恐る問いかけた。両親がこの話を笑い飛ばしてくれれば、私の心配し過ぎだと思えた。でも二人の反応に嫌な予感を覚える。さっきの侯爵と侯爵令嬢の鬼気迫る表情を思い出すとぞっとする。

「何か言ってきても私がきちんと対処する。お前のことは守るから心配するな」
「はい。お願いします」

 父の言葉にとりあえず安堵したが、このまま終わってほしいという私の願いは叶わなかった。

 翌日、侯爵が我が家に押しかけて来て私と自分の娘との婚約を迫ったのだ。あくまでも私が娘に求婚したと言い張った。父は一蹴するとすぐに手を打ってくれた。
 おかげでそれ以降その侯爵家の人間は私に接近しなくなった。母も自分が主催のお茶会で今回の顛末を語り広め、私に軽々しく近づけさせないために周囲を牽制した。その結果、その侯爵家は貴族たちから遠巻きにされ貴族内で影の薄い存在になった。
 
 実はこの頃、跡継ぎ教育が厳しすぎてちょっと反抗期になりかけていたが、反省しこれからは両親の言うことをよく聞こうと心に誓った。そして私は同じ轍を踏まないためにむやみに女性を誉めないことにした。

 あの事件後、私は平穏な生活を送っていた。だから油断していたのかもしれない。二回目の事件は十五歳になり、学園に入学して間もない頃だった。

「ヴァンス様は私に微笑んでくれましたよね? その瞬間あなたの心が聞こえたのです。私を好きだと! 私もあなたが好きです。相思相愛ですね」

 悪夢再び……。思い込みが激しすぎる。心の声ってなんだよ。確かに笑った。でもそれは好意的な笑いではない!
 女生徒の頭にトカゲが付いているので教えてあげようとしたのだが、よく見たら髪飾りだった。水牛の角で作られたそれは、ぱっと見本物のトカゲに見えるほど、精巧なものだった。変わった趣味だなと思わず笑っただけなのに勝手に私が自分を好きだと言い出した。
 みんな婚約者探しに躍起になって精神を病んでいるのではないのか? この国にはおかしな思考の女性しかいないのかと密かに戦慄した。

 その後もこのような発言をする女性が現れるようになった。私が笑うと勝手に意味を見出そうとする。笑みを向けられた自分を特別だと思い込む。その度に両親に報告して対処してもらった。持つべきものは身分と権力と財力のある親だとしみじみ思った。

(もしも私の身分が低く相手の女性の身分が高ければ、横暴な申し出を撥ねつけられなかった。想像するだけで恐ろしい)

 私はこれが決定打となりすっかり女性が苦手になった。母やアイリーンは家族なので問題ないがそれ以外の女性と話をしようとすると気分が悪くなる。だからといってすべての女性を避け続けるのは立場的に不可能だ。

 ある時、気が付くと誰と話をしても顔が固まって笑えなくなっていた。トラウマになったのだ。だが笑えなくなったことで、これ以上女性に誤解されることもなくなると安堵した。だから身を守るためにあえて笑えるようになる努力をしなかった。その結果『難攻不落の貴公子』という恥ずかしい渾名がついた。
 ある日、すっかりと無表情になった私を見ながら母が笑いながら言った。笑い事じゃないと思うが……。

「懐かしいわね。お父様も散々苦労したのよ。それでヴァンスと同じように無表情になっていたわね」
「そうだったな。でも私に言い寄る令嬢をフローレンスが撃退してくれたおかげで、いつの間にか笑えるようになったよ」

 父は口元を綻ばせると懐かしそうに目を細めた。

「当然よ。私は私の婚約者に手を出す人を絶対に許さないわ」

 父と母は家同士の仕事の関係で婚約を結んだ、いわゆる政略結婚なのだが最初からお互いが一目惚れをして相思相愛だった。幸いにも母は権力のあるアップトン公爵家の娘で堂々と力を使って父に言い寄る令嬢を蹴散らしたらしい。経験があるのなら教えてほしかった。知っていればもっと警戒したのに――。

 ちなみに父の渾名は『沈黙の貴公子』だったそうで、黒歴史だとぼやいた。

「それなら父上に顔が似ているせいで私はこんな目に……」

 恨めしそうに父を見るとふいっと目を逸らされた。
 その後、何とか無事に学園を卒業したものの、精神を疲弊した私はとても婚約者を探す気になれなかった。だが私はオルブライト公爵家の嫡男なので、いずれは結婚せねばならない。
 考えるだけで憂鬱だった。密かにワイアットとアイリーンとの子供を養子にもらうことまで考えるほど追い詰められていた。

 そのタイミングでワイアットと留学することになった。
 果たして留学することで女性嫌悪が改善するだろうか? 想像できない。いや、悲観的になってはいけない。運が良ければ、まともな……いや素敵な女性と出会えるかもしれない。
 私は笑うことができるようになるのだろうか?

 私は祈るような気持ちで留学先に赴いた。







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