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19.デート
空が青く、日差しは強すぎず爽やかな暖かさをもたらしている。頬を撫でる風が気持ちいい。馬もきっと同じ気持ちで駆けている気がする。
ジョゼフィーヌはリックと遠乗りに出ていた。今日は領内を案内してくれると声をかけてくれたのだ。ジョゼフィーヌは体をリズミカルに揺らしながら上手に手綱を操る。
子供の頃は馬が怖いと怯えていたが、リックがお馬さんと友達になろうと馴らしてくれたおかげで恐怖はなくなり乗馬の楽しさを知った。すなわちお手の物なのだ。
「ジョゼ、ここ一面は小麦畑で当分景色は変わらないよ」
「ええ、そうみたいね」
この国の貴族からは辺鄙な田舎と揶揄されているそうだが、広範囲の緑色の小麦畑が圧巻で、この景色を純粋に美しいと思う。収穫するころにはこの畑は金色に輝くはずだ。
ジョゼフィーヌはこの景色が好きだ。アルバンと婚約してからは王都で暮らしていたが、それより以前はシャレット公爵領で暮らしていた。
シャレット公爵領も畑が多いので、バシュラール公爵領と似たような景色が広がっている。隣接している土地同士なので気候も似ている。
小麦畑を抜けるととうもろこし畑が続いていた。
「ここを抜けると街に着くから」
「楽しみね」
街に入ったところで馬を下りた。馬はリックが人に預けている。そのあとは二人で街を歩く。少し離れたところに護衛はいるが気を利かせて距離を空けてくれているので二人でいる気分が味わえている。
リックが手を差し出すとジョゼフィーヌは反射的にその手を握った。小さな頃によくそうしてもらっていたので無意識だった。リックはジョゼフィーヌが転ばないようにと歩くときは手をつないでくれていたのだ。
街は活気に溢れて賑やかだった。人々が笑顔で道を行き交う。ついキョロキョロしてしまうが、リックと手を繋いでいるので安心している。
「ふふふ」
実はこれ、ドキドキのデートである。
屋敷のインテリアを引き受けておきながら、遊び歩くなと思われるかもしれないが問題ない。すでに各部屋のイメージは固まっており、必要な物の注文は済ませてある。今は頼んである品が届くのを待つ状態だ。
ジョゼフィーヌはこういうことを決めるにあたりあまり悩まない。最初に感じたイメージをもとに直感に従って、どんどん決めていく。だから心置きなく遠乗りと街歩きを楽しんでいいのだ!
舗装されたレンガ道が可愛くて浮かれた気持ちと合わさってスキップしたくなる。
「ジョゼ。こっちに」
リックに促されて立ち寄った場所は果物屋さんだった。リックはジョゼフィーヌの手を離すと店主に声をかけてお金を払っている。待っている間は店先に並んでいる果物を眺めることにした。
「すごい。種類が多いのね」
我が国の王都の果物専門店よりも多いかもしれない。しかも季節じゃない果物もある。よく熟れていてどれも美味しそう。
「ジョゼ、お待たせ。喉が渇いただろう? どうぞ」
「ありがとう!」
リックがコップを二つ手に持っていて、一つをジョゼフィーヌに差し出した。結構な距離を馬で移動したので喉が渇いていた。ありがたくいただくことにした。コップの中は混濁した林檎ジュースだった。口に入れると甘みと酸味がちょうどよく美味しい。喉が渇いていたこともあってごくごくと飲んだ。
「?!」
ジュースを飲み干すと底に小さく角切りにした林檎があった。コップを傾け口に入れ、シャクシャクと咀嚼する。
「美味しい!!」
リックも同じようにジュースを飲み干した後、林檎を食べている。
「そうだろう? ここの店で果物のジュースを頼むとその果物を小さく切ったものが入っているんだ」
「二度おいしい、というか果物の美味しさが満遍なく味わえるわね!」
「果肉の味もしっかりと味わってほしいという店主のこだわりだ」
値段は平均のジュースより高いそうだが、これだけ美味しいのなら納得だ。そのあとはパンを買って噴水のある公園のベンチで食べた。
「さすがに外でこんなふうに食事を摂るのは初めてだわ」
「でもここではジョゼの正体を知っている人はいない。誰にも咎められないよ」
「そうよね。じゃあ、いただきます!」
公爵令嬢が外でパンを食べる……。初めての経験だった。人に見られたらはしたないと思われると思ったが、リックの言う通り公園にいる人たちはジョゼフィーヌの正体を知らない。ドキドキしながらぱくりと一口かぶりついた。
「?! このパンも美味しい」
ジョゼフィーヌが選んだのは丸パンの中にチーズクリームが入ったもの。パンは柔らかいしチーズクリームは濃いめの味で食べやすい。屋敷で料理人が作るパンとは違った美味しさがある。
「だろ?」
リックも頬張りながら自慢げに言った。食べ終わると、リックは通りを歩きながらそれぞれのお店について説明をしてくれた。お店がなくなるところまで二人で歩いた。さすがに歩き通しで疲れたと思ったら、行き止まりの場所に馬車が止まっていた。
「帰りは馬車だよ」
さすがリック。もう一歩も歩けないかもと思っていたので助かった。来た道を戻って馬で帰るのは厳しそうだった。自分では体力があると思っていたけど、所詮貴族令嬢の体力しかなかったようだ。
リックの手を借りて馬車に乗り込むと、座席にはクッションが置かれていた。それにもたれかかると疲れがどっと出た。リックは全く疲れを見せず爽やかな表情をしている。
「どうだった?」
「素敵な街ね。畑の景色も好きよ」
「それはよかった。住んでみたいと思った?」
「……もしも――」
「そうできるのなら」という言葉は呑み込んだ。以前、リックはジョゼフィーヌが望めば何とでもすると言ったが、難しいというか無理だと思う。
だってそうするのにはジョゼフィーヌがアルバンと穏便に婚約解消をするのが前提なのだから。アルバンや王妃を説得してジッド侯爵を抑え込む。そして陛下を納得させなければならない。
リックはジョゼフィーヌにバシュラール領を知ってほしいと見せてくれた。たった一日見ただけではすべてを知ることはできない。それでも貴重な時間だった。そして大切な思い出になる。
リックはジョゼフィーヌの呑み込んだ言葉を問いかけなかった。それにホッとしたが、少しだけ寂しくもあった。
あと一週間したらジョゼフィーヌは自分のいるべき場所に戻らなければならない。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
ジョゼフィーヌはリックと遠乗りに出ていた。今日は領内を案内してくれると声をかけてくれたのだ。ジョゼフィーヌは体をリズミカルに揺らしながら上手に手綱を操る。
子供の頃は馬が怖いと怯えていたが、リックがお馬さんと友達になろうと馴らしてくれたおかげで恐怖はなくなり乗馬の楽しさを知った。すなわちお手の物なのだ。
「ジョゼ、ここ一面は小麦畑で当分景色は変わらないよ」
「ええ、そうみたいね」
この国の貴族からは辺鄙な田舎と揶揄されているそうだが、広範囲の緑色の小麦畑が圧巻で、この景色を純粋に美しいと思う。収穫するころにはこの畑は金色に輝くはずだ。
ジョゼフィーヌはこの景色が好きだ。アルバンと婚約してからは王都で暮らしていたが、それより以前はシャレット公爵領で暮らしていた。
シャレット公爵領も畑が多いので、バシュラール公爵領と似たような景色が広がっている。隣接している土地同士なので気候も似ている。
小麦畑を抜けるととうもろこし畑が続いていた。
「ここを抜けると街に着くから」
「楽しみね」
街に入ったところで馬を下りた。馬はリックが人に預けている。そのあとは二人で街を歩く。少し離れたところに護衛はいるが気を利かせて距離を空けてくれているので二人でいる気分が味わえている。
リックが手を差し出すとジョゼフィーヌは反射的にその手を握った。小さな頃によくそうしてもらっていたので無意識だった。リックはジョゼフィーヌが転ばないようにと歩くときは手をつないでくれていたのだ。
街は活気に溢れて賑やかだった。人々が笑顔で道を行き交う。ついキョロキョロしてしまうが、リックと手を繋いでいるので安心している。
「ふふふ」
実はこれ、ドキドキのデートである。
屋敷のインテリアを引き受けておきながら、遊び歩くなと思われるかもしれないが問題ない。すでに各部屋のイメージは固まっており、必要な物の注文は済ませてある。今は頼んである品が届くのを待つ状態だ。
ジョゼフィーヌはこういうことを決めるにあたりあまり悩まない。最初に感じたイメージをもとに直感に従って、どんどん決めていく。だから心置きなく遠乗りと街歩きを楽しんでいいのだ!
舗装されたレンガ道が可愛くて浮かれた気持ちと合わさってスキップしたくなる。
「ジョゼ。こっちに」
リックに促されて立ち寄った場所は果物屋さんだった。リックはジョゼフィーヌの手を離すと店主に声をかけてお金を払っている。待っている間は店先に並んでいる果物を眺めることにした。
「すごい。種類が多いのね」
我が国の王都の果物専門店よりも多いかもしれない。しかも季節じゃない果物もある。よく熟れていてどれも美味しそう。
「ジョゼ、お待たせ。喉が渇いただろう? どうぞ」
「ありがとう!」
リックがコップを二つ手に持っていて、一つをジョゼフィーヌに差し出した。結構な距離を馬で移動したので喉が渇いていた。ありがたくいただくことにした。コップの中は混濁した林檎ジュースだった。口に入れると甘みと酸味がちょうどよく美味しい。喉が渇いていたこともあってごくごくと飲んだ。
「?!」
ジュースを飲み干すと底に小さく角切りにした林檎があった。コップを傾け口に入れ、シャクシャクと咀嚼する。
「美味しい!!」
リックも同じようにジュースを飲み干した後、林檎を食べている。
「そうだろう? ここの店で果物のジュースを頼むとその果物を小さく切ったものが入っているんだ」
「二度おいしい、というか果物の美味しさが満遍なく味わえるわね!」
「果肉の味もしっかりと味わってほしいという店主のこだわりだ」
値段は平均のジュースより高いそうだが、これだけ美味しいのなら納得だ。そのあとはパンを買って噴水のある公園のベンチで食べた。
「さすがに外でこんなふうに食事を摂るのは初めてだわ」
「でもここではジョゼの正体を知っている人はいない。誰にも咎められないよ」
「そうよね。じゃあ、いただきます!」
公爵令嬢が外でパンを食べる……。初めての経験だった。人に見られたらはしたないと思われると思ったが、リックの言う通り公園にいる人たちはジョゼフィーヌの正体を知らない。ドキドキしながらぱくりと一口かぶりついた。
「?! このパンも美味しい」
ジョゼフィーヌが選んだのは丸パンの中にチーズクリームが入ったもの。パンは柔らかいしチーズクリームは濃いめの味で食べやすい。屋敷で料理人が作るパンとは違った美味しさがある。
「だろ?」
リックも頬張りながら自慢げに言った。食べ終わると、リックは通りを歩きながらそれぞれのお店について説明をしてくれた。お店がなくなるところまで二人で歩いた。さすがに歩き通しで疲れたと思ったら、行き止まりの場所に馬車が止まっていた。
「帰りは馬車だよ」
さすがリック。もう一歩も歩けないかもと思っていたので助かった。来た道を戻って馬で帰るのは厳しそうだった。自分では体力があると思っていたけど、所詮貴族令嬢の体力しかなかったようだ。
リックの手を借りて馬車に乗り込むと、座席にはクッションが置かれていた。それにもたれかかると疲れがどっと出た。リックは全く疲れを見せず爽やかな表情をしている。
「どうだった?」
「素敵な街ね。畑の景色も好きよ」
「それはよかった。住んでみたいと思った?」
「……もしも――」
「そうできるのなら」という言葉は呑み込んだ。以前、リックはジョゼフィーヌが望めば何とでもすると言ったが、難しいというか無理だと思う。
だってそうするのにはジョゼフィーヌがアルバンと穏便に婚約解消をするのが前提なのだから。アルバンや王妃を説得してジッド侯爵を抑え込む。そして陛下を納得させなければならない。
リックはジョゼフィーヌにバシュラール領を知ってほしいと見せてくれた。たった一日見ただけではすべてを知ることはできない。それでも貴重な時間だった。そして大切な思い出になる。
リックはジョゼフィーヌの呑み込んだ言葉を問いかけなかった。それにホッとしたが、少しだけ寂しくもあった。
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