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22.秘密の地下通路
リックはジョゼフィーヌの手を繋いで屋敷の中に入っていく。屋敷は比較的新しく建てられたもののようだ。玄関ホールで使用人が頭を下げて出迎えてくれたが、リックは軽く頷くと声もかけずに奥へと進んでいく。事前に連絡がいっていたのだろう。
突き当りの階段を上がり二階の部屋に案内された。てっきり今日中に国に戻るのかと思ったが、遅い時間になってしまったからここで泊まることにしたのだろうか。
リックが扉を開けた場所は図書室のようで本棚が並んでいる。訳がわからない。まさかこれから読書ではないはず。
「?」
リックがジョゼフィーヌの戸惑いに気付くと片方の口角を上げた。その表情はどこか得意げに見える。
「今日中にシャレット公爵領に送るから心配しないで。ただこれから歩くことになるけれど」
「その前にここで休憩するの?」
「いいや」
リックは図書室の奥まで行くと真ん中の本棚から本を2冊抜いた。そこに手を入れると……本棚が音もなく奥に下がった。
「えっ?!」
リックが奥まった位置にずれた本棚を横にスライドさせるとそこには小さな空間が現れた。
「隠し扉だよ」
「びっくりした」
よく小説に出てくるけれど実際に見たことはない。シャレット公爵家の屋敷にだってなかった。
「さあ、入って」
「ええ」
隠し部屋の中に入ると階段があった。そこを降りていくと扉がありリックがカギを出して開けると通路が出現した。ちょっとわくわくする。
「この地下通路をまっすぐ行くとシャレット公爵領に入れる」
「……これ、いつ作ったの?」
真っすぐに伸びている通路には、ランプが灯され明るくなっているので歩きやすそうだ。地下通路といえば薄暗くかび臭そうなイメージだったけれど、ここはむしろ貴族の屋敷の通路のように綺麗だった。普段から手入れをしているとわかる。すなわち頻繁に使っているということだ。
こんな通路があったらわざわざ手続きをして遠回りをして検問所を通るのが馬鹿馬鹿しくなる。でも違法よね? 国境線を地下から超えるとか怖すぎる。当然お父様は知っていると思うけれど、よく許したわね。
「二年前に年完成したのだが、完成までに五年かかったよ。屋敷は別荘として建てたが地下通路の存在は秘密だからね。地下室から地下通路へ行くのは面白みがないから、いったん二階の図書室から地下に行くことにしたんだ」
「そんな前から作っていたの?」
まるで子供が自慢をするような楽しげな声にちょっと呆れた。こんな勝手なことをしてというジョゼフィーヌの非難の空気を感じたリックは、抗議をするように片眉を上げた。
「言っておくが発案者はマルセルだ。さすがに私もどうしようか一度は考えた。だけどジョゼを隣国に嫁に出したらなかなか会えなくなるからといってマルセルが譲らなかったのだ。まあ、私もお忍びがしやすくなるし、いざとなれば埋めればいいやと思って承諾した。完成するまではもちろん柵超えをしていたから楽に移動できるようになってよかったよ」
お父様から言い出した?! シャレット公爵当主としてどうなの?
「私を助けたあと、ここを通ってお屋敷に運んだのね?」
「そう。さすがに眠っているジョゼを背負って柵を越えることはできないし、検問も通れないからね」
どうやってバシュラール公爵邸までジョゼフィーヌを運んだのか気になっていたが、まさか秘密通路を使っていたとは……。
バシュラール邸の客室にはジョゼフィーヌの服などが置かれていた。それもここを使って運び込んだらしい。
完全にお父様の全面協力のもとで行われている。それならお父様はずっと前からジョゼフィーヌをリックに嫁がせるつもりでいたのだ。アルバンとの婚約が王命で決まったときすごく悔しそうだったことに納得した。ジョゼフィーヌを王家に嫁がせて苦労させたくないだけかと思ったが、気軽に会えなくなることも嫌だったのかもしれない。
シャレット公爵家は家族仲がいい。両親は愛し合っているし兄妹仲もいい。ジョゼフィーヌはお兄様と喧嘩することもあるがそれは信頼あっての喧嘩だ。
以前、お父様はジョゼフィーヌをずっと手元に置いておきたがっていたとお母様が教えてくれた。とはいえ結婚させないわけにはいかないから、ジョゼフィーヌが生まれるとすぐにシャレット公爵領から近い領地を持つ貴族子息を探していたのよと苦笑いをしていた。
きっとジョゼフィーヌがリックのお嫁さんになりたいと言い出してから、リックに嫁がせることを考えたのだろう。確かにバシュラール公爵領はシャレット公爵領の隣で近いけど隣国だ。でも地下で繋いでしまえばいいとはあまりにも大胆すぎる。
(知らなかった。お父様って冷静沈着で真面目な人だと思っていたけど、突拍子もないことをする人だったみたい。しかも娘可愛さに。嬉しいけどここまでされると複雑な気も……)
通路に入ってからかなり歩いたと思う。足が疲れてきた頃にようやく通路が終わる。そこには扉があった。リックが鍵で扉を開けるとそこには女性騎士が立っていた。シャレット公爵家の騎士でジョゼフィーヌも知っている顔だった。
「私はここまでだ。あとを頼む」
リックが告げると女性騎士は「はい」と大きく頷いた。
「色々ありがとう。リック、感謝してるわ」
ジョゼフィーヌはリックの姿を目に焼き付けるようにじっと見つめた。月の光を集めたような綺麗なシルバーグレイの髪、そして理知的なグレイの瞳。
またリックもジョゼフィーヌを見つめ返した。リックがジョゼフィーヌに向ける瞳は優しいけれど、今彼が何を考えているのかその感情までは読み取れなかった。
ジョゼフィーヌはお別れの言葉を言いたくなくて、お礼だけを言葉にした。その意味を知ってか知らずか、リックはふわりと微笑んだ。
「ジョゼ。また会おう」
ジョゼフィーヌが返事をする前にリックは身をひるがえし、来た通路を足早に戻っていった。
「またね……かぁ」
その背中を見送りながらぽつりと呟いた。リックったらまたお忍びをするつもり? そうでなければ次に会えるのはリックがバシュラール公爵として我が国を正式訪問するときになる。もしかしてジョゼフィーヌとアルバンの結婚式だったりして――。それは嫌だわ。自分で考えて落ち込みかけた。
ジョゼフィーヌはぶんぶんと首を横に振った。落ち込むのはそのときが来たらでいい。まずは屋敷に戻り、ジョゼフィーヌが不在の間の状況とお父様の考えを教えてもらう。それからだ。
突き当りの階段を上がり二階の部屋に案内された。てっきり今日中に国に戻るのかと思ったが、遅い時間になってしまったからここで泊まることにしたのだろうか。
リックが扉を開けた場所は図書室のようで本棚が並んでいる。訳がわからない。まさかこれから読書ではないはず。
「?」
リックがジョゼフィーヌの戸惑いに気付くと片方の口角を上げた。その表情はどこか得意げに見える。
「今日中にシャレット公爵領に送るから心配しないで。ただこれから歩くことになるけれど」
「その前にここで休憩するの?」
「いいや」
リックは図書室の奥まで行くと真ん中の本棚から本を2冊抜いた。そこに手を入れると……本棚が音もなく奥に下がった。
「えっ?!」
リックが奥まった位置にずれた本棚を横にスライドさせるとそこには小さな空間が現れた。
「隠し扉だよ」
「びっくりした」
よく小説に出てくるけれど実際に見たことはない。シャレット公爵家の屋敷にだってなかった。
「さあ、入って」
「ええ」
隠し部屋の中に入ると階段があった。そこを降りていくと扉がありリックがカギを出して開けると通路が出現した。ちょっとわくわくする。
「この地下通路をまっすぐ行くとシャレット公爵領に入れる」
「……これ、いつ作ったの?」
真っすぐに伸びている通路には、ランプが灯され明るくなっているので歩きやすそうだ。地下通路といえば薄暗くかび臭そうなイメージだったけれど、ここはむしろ貴族の屋敷の通路のように綺麗だった。普段から手入れをしているとわかる。すなわち頻繁に使っているということだ。
こんな通路があったらわざわざ手続きをして遠回りをして検問所を通るのが馬鹿馬鹿しくなる。でも違法よね? 国境線を地下から超えるとか怖すぎる。当然お父様は知っていると思うけれど、よく許したわね。
「二年前に年完成したのだが、完成までに五年かかったよ。屋敷は別荘として建てたが地下通路の存在は秘密だからね。地下室から地下通路へ行くのは面白みがないから、いったん二階の図書室から地下に行くことにしたんだ」
「そんな前から作っていたの?」
まるで子供が自慢をするような楽しげな声にちょっと呆れた。こんな勝手なことをしてというジョゼフィーヌの非難の空気を感じたリックは、抗議をするように片眉を上げた。
「言っておくが発案者はマルセルだ。さすがに私もどうしようか一度は考えた。だけどジョゼを隣国に嫁に出したらなかなか会えなくなるからといってマルセルが譲らなかったのだ。まあ、私もお忍びがしやすくなるし、いざとなれば埋めればいいやと思って承諾した。完成するまではもちろん柵超えをしていたから楽に移動できるようになってよかったよ」
お父様から言い出した?! シャレット公爵当主としてどうなの?
「私を助けたあと、ここを通ってお屋敷に運んだのね?」
「そう。さすがに眠っているジョゼを背負って柵を越えることはできないし、検問も通れないからね」
どうやってバシュラール公爵邸までジョゼフィーヌを運んだのか気になっていたが、まさか秘密通路を使っていたとは……。
バシュラール邸の客室にはジョゼフィーヌの服などが置かれていた。それもここを使って運び込んだらしい。
完全にお父様の全面協力のもとで行われている。それならお父様はずっと前からジョゼフィーヌをリックに嫁がせるつもりでいたのだ。アルバンとの婚約が王命で決まったときすごく悔しそうだったことに納得した。ジョゼフィーヌを王家に嫁がせて苦労させたくないだけかと思ったが、気軽に会えなくなることも嫌だったのかもしれない。
シャレット公爵家は家族仲がいい。両親は愛し合っているし兄妹仲もいい。ジョゼフィーヌはお兄様と喧嘩することもあるがそれは信頼あっての喧嘩だ。
以前、お父様はジョゼフィーヌをずっと手元に置いておきたがっていたとお母様が教えてくれた。とはいえ結婚させないわけにはいかないから、ジョゼフィーヌが生まれるとすぐにシャレット公爵領から近い領地を持つ貴族子息を探していたのよと苦笑いをしていた。
きっとジョゼフィーヌがリックのお嫁さんになりたいと言い出してから、リックに嫁がせることを考えたのだろう。確かにバシュラール公爵領はシャレット公爵領の隣で近いけど隣国だ。でも地下で繋いでしまえばいいとはあまりにも大胆すぎる。
(知らなかった。お父様って冷静沈着で真面目な人だと思っていたけど、突拍子もないことをする人だったみたい。しかも娘可愛さに。嬉しいけどここまでされると複雑な気も……)
通路に入ってからかなり歩いたと思う。足が疲れてきた頃にようやく通路が終わる。そこには扉があった。リックが鍵で扉を開けるとそこには女性騎士が立っていた。シャレット公爵家の騎士でジョゼフィーヌも知っている顔だった。
「私はここまでだ。あとを頼む」
リックが告げると女性騎士は「はい」と大きく頷いた。
「色々ありがとう。リック、感謝してるわ」
ジョゼフィーヌはリックの姿を目に焼き付けるようにじっと見つめた。月の光を集めたような綺麗なシルバーグレイの髪、そして理知的なグレイの瞳。
またリックもジョゼフィーヌを見つめ返した。リックがジョゼフィーヌに向ける瞳は優しいけれど、今彼が何を考えているのかその感情までは読み取れなかった。
ジョゼフィーヌはお別れの言葉を言いたくなくて、お礼だけを言葉にした。その意味を知ってか知らずか、リックはふわりと微笑んだ。
「ジョゼ。また会おう」
ジョゼフィーヌが返事をする前にリックは身をひるがえし、来た通路を足早に戻っていった。
「またね……かぁ」
その背中を見送りながらぽつりと呟いた。リックったらまたお忍びをするつもり? そうでなければ次に会えるのはリックがバシュラール公爵として我が国を正式訪問するときになる。もしかしてジョゼフィーヌとアルバンの結婚式だったりして――。それは嫌だわ。自分で考えて落ち込みかけた。
ジョゼフィーヌはぶんぶんと首を横に振った。落ち込むのはそのときが来たらでいい。まずは屋敷に戻り、ジョゼフィーヌが不在の間の状況とお父様の考えを教えてもらう。それからだ。
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