愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?

四折 柊

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23.婚約解消?

 女性騎士に促され階段を歩く。

(もう疲れた……。昼間は馬車に乗っていただけなのに意外と疲れるものね)

 階段を上がると窓も扉もない小さな部屋に着いた。部屋の隅には天井から太いひもが垂れ下がっていて、それを女性騎士が引いた。すると扉が現れる。扉を出るとそこは図書室だった。どうやらバシュラール側のお屋敷と似たような作りになっていそうだ。
 そこには侍女が控えていてジョゼフィーヌを客室に案内した。

「お嬢様。お食事と湯浴みのご用意はできていますが、いかがいたしましょう?」

 正直なところ何もせずに寝たい。それでもこれから領地の屋敷に戻ると言われなくてよかった。休める。窓の外を見れば真っ暗だ。

「湯浴みをお願い。食事はいいわ」
「かしこまりました」

 侍女の手を借りて湯浴みを済ますとそのままベッドに直行した。色々考えたいのに瞼が重い。目を閉じると意識は途切れ深い眠りに落ちた。
 翌日、ジョゼフィーヌは日の出とともに起こされた。

「……眠い……」
「このまま王都のお屋敷に戻ることになっております」
「はあ……また馬車に揺られるのね」

 できれば領地の屋敷に寄ってゆっくり休みたかった。今領地の屋敷は兄夫婦が住んでいて領地経営をまるっと引き受けてくれている。どうせなら顔を出したいところだが、早く戻らなければならないようだ。
 ジョゼフィーヌは丸三日馬車に揺られやっと王都に戻った。それでもシャレット公爵領は王都から近い方なのだ。
 それにしてもリックはお忍びのたびにこの行程を経ているのよね? 想像していたよりお忍びの国境越えは厳しい。リックはいつも涼しい顔で来るからこんなに大変だと思わなかった。やはり堂々と手順を踏んで旅行する方がいい。たぶん罪悪感が疲労を増大させている。

「それでどういった理由で私をリックに預けたのですか? あと現状を教えてくださいませ!」

 久しぶりの両親との再会は一瞬だけ抱き合い感動したものの、応接室に落ち着いた途端苛立ちが湧いて、ジョゼフィーヌは思わず大きな声で問いかけた。
 お母様はおっとりと微笑んでお父様を見た。説明はお父様に任せるということらしい。

「ジョゼフィーヌ、そう怒るな。説明しなかったのは悪かったが、無事とはいえ酷い状態だったのでしばらく安静に過ごさせてやりたかったのだ。ところでオードリック様の怪我はよくなったのか?」

 目を吊り上げて問い詰めようと意気込んだものの、リックの怪我を問われ動揺した。

「リックが怪我……ですか? リックは怪我をしていないと……」
「オードリック様はジョゼフィーヌを助けるために川に飛び込んでジョゼフィーヌを庇いながら流された。運よく川岸に辿り着けたが体中を打ち付けて打撲をしていたようだった」
「うそ……そんな。どうしよう……」
「オードリック様はそのことをジョゼフィーヌには言わなかったのだな。きっと心配させたくなかったのだろう」

 お父様の顔は真剣で嘘を言っていないことはわかる。ジョゼフィーヌは青ざめた。どうしてリックは怪我のことを言ってくれなかったのか。打撲なら相当痛みがあったはずなのにそんな素振りを一度も見せなかった。それはジョゼフィーヌに罪悪感を抱かせないためだって理解できるけど、怪我の具合を確かめたかったしジョゼフィーヌだってリックを心配したかった。
 お礼だけじゃなくて迷惑をかけたことをごめんなさいともっと伝えたかった。

 ジョゼフィーヌはリックの優しさに甘えてばかりだった。考えているうちに目頭が熱くなってきた。もう一度リックのところに戻って謝りたい。
 橋の上で見た川の流れの勢いはすごかった。下手をしたらジョゼフィーヌを助けようとしたリックだって命を落とす恐れがあった。それなのに自分の身を顧みず助けてくれた。ジョゼフィーヌはその恩を返すことができない。それが歯がゆくて悲しい。
 ぽろりと涙が零れた。一粒落ちると後からぽろぽろと追いかけるように頬を濡らした。お母様がハンカチで涙を拭ってくれたが、ジョゼフィーヌの涙は止まらずぐずぐずと鼻をすすった。

 お父様の話だとリックはジョゼフィーヌを助けると連れていた護衛とともに高級宿に籠り看病してくれた。お父様にもすぐに知らせを送り、お父様は捜索を指揮しながらこっそりジョゼフィーヌの様子を確認した。そこでお父様はジョゼフィーヌの命に別条がないことを確認すると、状態が落ち着いたところでシャレット公爵領に移動させその後バシュラール公爵領で保護するようにリックに依頼したそうだ。リックは二つ返事で引き受けてくれた。

「どうして私を隠すことにしたのですか?」
「もちろんアルバン殿下との婚約を解消させるためだ。ついでにジッド侯爵の横領の証拠探しもできる機会だと考えた」
「婚約解消?」
「そうだ。可愛い娘が幸せになれない結婚を阻止するのは私の役目だからな」
「……」

 もしかしてジョゼフィーヌ以上にお父様はアルバンとの婚約解消を望んでいたのかもしれない。

(そう考えればあの秘密の地下通路を作ったことも頷けるわ。だってアルバンと婚約する前に通路の工事に着手したみたいだけど、婚約後も工事を中止しないで完成させちゃっているもの!)

「それよりジッド侯爵の横領の話は初耳ですが」
「言ってなかったからな」
「……」

 お父様は堂々と胸を張る。王太子の婚約者をしていた娘を事情の蚊帳の外にするのは酷くないかしら? 知っていれば協力できることだってあったはずなのに。

「もし話せばジョゼフィーヌは探偵の真似事をして王宮で探ろうとするだろう? もし気付かれれば狙われる危険がある。だから言わなかった」

 ジョゼフィーヌの行動を想定して黙っていたと言われれば反論できなかった。知っていれば張り切って証拠探しをしていただろう。

「それで証拠は見つかったのですか?」
「金の流れは掴めた。証拠は弱いが宰相が秘密裏に動いてくれたおかげで証人は押さえた。婚約も無事に解消できたし、あとはジッド侯爵を追い詰めるだけだな」
「それはよかった……えっ? 誰の婚約のことですか?」

 お父様は悪い顔でにやりと笑った。

「もちろん、ジョゼフィーヌとアルバン殿下の婚約のことだ」
「えええええーー。そんな大切なこと、早く教えて!」






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