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Chapter_1:旅の心得

Note_8

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 光がもたらすものは、熱と力。まるで太陽のごとく寛容に包容する。人も地形も、ともに平等に飲み込む。

 踊り場から下に放り出されたのは、コーヴァスとサドと救出済の3人であった。咄嗟のことで、その3人とも反応がなかった。幸い、全員まだ呼吸しており、コーヴァスは3人を抱え込む。

 目の前は炎が燃え広がり、コーヴァスが先程敵に行ったような足止めを、今度は敵にやられた。その結果、レオだけが向こう側に残された。

 このままでは、レオの行方を知ることができない。


「レオ!!!いるなら返事しろ!!!」

「……レオなら…います。向こう側に…」


 サドが、レオの位置を素早く見抜く。コーヴァスは言う。


「……行こう。」

「……レオを切り捨てるんですか?」


 サドがすぐに突っ込む。


「ここまでの炎だ。急がねえとすぐ下の階に煙が充満して、他の面子も一酸化炭素中毒になって死んじまう。俺は行くぞ。」

「僕は…助けに行きます。」

「やめとけ、この炎じゃ無理だ。

これが“戦い”である限り、俺らが神でもねぇ限り、切り捨てるしかねぇ場面も多くある。

本部にいたお前ならたくさん経験したはずだ…お前が生き残ったなら、死んだ人のために、奴らに足掻いて仇を取って、屍を乗り越えてみせろ。」


 コーヴァスはサドを諭す。連れていこうとしたときに…異変が起きる。


「!?」


 コーヴァスは下に離れた。

 ハニカムがサドを包み込み、崩れたところからロボットの姿が見える。コーヴァスは警戒した。サドの声を借りてロボットは答える。


『これからの僕の“戦い”には、屍より大切なものが必要みたいです…。

この姿のことは…他のメンバーには、秘密にしておいてください。できなければ、私は直ちに離脱します。

その代わり、あなたにもう仲間を切り捨てさせるような苦しい思いはさせません!

コーヴァスさんは3人を連れて、作業場のシャッターを閉ざしてください。』

「……信用していいんだな…?」


 ゆっくりと、ロボットは頷く。コーヴァスはロボットに向けて忠告する。


「……出発時間は予定通り午前4時ちょうどだ。ただし、地上に出す時間に10分。更に起動後の確認に10分。だから実際の集合時間は20分前だ!

それまでに必ず球状コロニー1階にたどり着くよう留意せよ!さもなくばエレベーターシステムがパイロットエレベーター以外停止し、安全な脱出は見込めない!今は3時8分!残り30分だ!以上!」


 コーヴァスは白黒のロボットに託して下へと向かう。P-botは、炎の海を難なく通り抜ける。レオは既に奥の方へと一人からがら逃げていたようだ。炎の道を通り抜いたP-botはハニカムに包まれ、サドの体に戻す。

 サドはP-botの能力でレオの位置を把握した。機材室Dという名の物置部屋である。

 扉の前で、ノックして話す。


「レオ!ここにいる!?」

「……早く入れ。」


 扉を開けて手早く、コンパクトに閉ざして施錠する。サドはレオに言う。


「……ここにいるのもいずれ外からバレる。コーヴァスさんが3人を抱えてタイタン号に向かった。あと30分で集合、それ以上は安全には脱出できない。」

「……休憩する余裕はないな…。」

「この部屋タブレットで照らす?」

「そうだな。何かあれば…」


 一旦タブレットのライトを点けて室内を確かめた。雑多なもので溢れており、プリンターや用紙などといった、紙媒体について取り扱う緊急用の場所である。政府ならば必ず設置しなければならない部屋だ。

 レオの呼吸が乱れている。体調を気にして呼びかけた。


「レオ、怪我は…膝や足は大丈夫?」

「……自分では分からないのか?サブレにはすぐ反応したけど。」

「倒れかけの人にはすぐに反応できるように制御されているらしい。でも、詳細な症状の解析には自分から調べないと分からない。

だから痛いときは必ず…」

「言えるかよ…。あんた私を…!?っ誰か来る!)


 廊下で爆撃があった。おそらく、先程のような小型機がB4階に追い詰められたものに対して、とどめを刺しに来たようだ。廊下で待っていたら餌食になっていただろう。レオの判断は正しかった。

 爆音が過ぎた、外の様子を確かめにレオは鍵を開け、ドアノブに触れる。若干ドアを引いたとき、左の方が明るくなっている。レオは少し顔を出す。階段の方は完全に焼け野原だ。

 レオは冷静に分析する。


「……こりゃ非常階段は抑えられているな。先回りして、既に下にいるかもしれねぇ。」


 敵は隅々までレジスタンスの生き残りを探して発砲するだろう。しかし、レオ達はここで立ち竦む場合ではない。レオはいち早く外に出ようとした。


「……待て。」


 レオが突然、廊下の暗闇を確認して後方を向いた。そちら側には行けないのは分かっている。しかし、レオは聞き逃さなかった。

…不穏な音が聞こえてくる。まるで先程の小型機のように。


「戻れ!」


 レオはすぐさま扉を閉ざして鍵をかける。

 9台、同様の小型機が羽根の音を重ね合い、この廊下を制圧する。

 扉の正面から、壁からなるべくサドを離して、機材室の奥へと転けるように逃げる。

 そして、小型機は位置について、先程と同じように爆発した。





 爆音が室内にも響きわたる。機材室ごと揺れ動き、白紙が宙に舞う。9つの爆撃が響き合い、廊下は真白ましろな光に包まれた。





_____


 何かしてほしいときに、かならずアイツの名前をよんでた。

 おやつをぬすむとき、直してほしいものがあるとき、ロボットで遠い海まで走らせたとき。

 いつもは調子に乗っててきらいなアイツでも、“一人”で上手くいかないときに、よくサドをよんで“二人”でわらってすごしてきた。

……でもアイツは、口をつぐんでわたしをたよらなかった。“一人”で上手くいかなくても、“一人”でこなしてきた。

 思い当たるところはなんにもない。アイツは色々ムカつくやつだったから。弟だから。わたしには関係ないから。

 でも、かくれ場所を出て友だちと別れてから、わたしはちゃんとサドを見守った。お姉ちゃんだもん。お母さんの約束を守らないと。





……アイツにとって憧れの私は、そこまでかっこいいものではない。悪いことを躊躇ちゅうちょなくするし、人を弟でさえ簡単に嫌うし、実の母親の言いつけも守れない。

 でも、私が嫌っていたときに、サドは“一人”で過ごしてきた。隠れ家から出ていくと言われたときまで常にそうだった。

 そのせいでサドは一人でこなすしかなかったし、勉強し続けるしかなかったし、博士から逃げても居場所がなかった。

 博士のことは嫌いだった。でも一人で逃げるのはまだ怖かった。だからサドを誘った。いつもの2人のところに行こうとした。丁度、弟を見たがってたところだったし。

 まさかサドが承知して一緒に来るとは考えられなかったけど、今なら分かる。サドが“二人”で困難を乗り越えたいという気持ち。

 やり直したいことは、たくさんあった。その中から選ぶなら、あの時に付け加えるなら…


_____


 揺れが収まった。タブレットを手から離してしまったらしく、ライトが下に向いてしまった。暗がりの中で、レオは転倒して、壁を背にしたサドの胸に顔を押し当てていた。

 その感触は、無機物なものではなく、人間そのものだった。温かく、呼吸がある。


「……サド。」


 レオは彼の胸から顔を離して、壁に手をつけた。互いの位置が、暗闇でも分かる。互いに目を合わせた。


「……今度は、アンタが私を信じる番だ。アンタが助けてほしいときは、私を頼って呼んでほしい。

アンタは【サド・キャンソン】でも、ロボットじゃなく、正真正銘の人間だから。せっかく、私の弟として、このすさんだ世界に産まれてきたんだ。姉貴として、助けてやるからな。」


 レオは暗闇からサドの目を見て、話の続きを伝えきった。闇の中でも伝わる。彼の目に勇気が宿り始めたことをレオは感じた。レオは立ち上がる。サドは答える。


「分かった!嫌な思い出、全部忘れられるぐらいの一番の弟になってみせる!

それを目指せば、レオのところまで届くかもしれない…レオと一緒にチームとして戦える!」


 サドは立ち上がる。


「“超”一番だろ?私を目指すなら…でも腹はくくったようだな?」


 サドはうなずいた。タブレットを拾ってレオに渡した。レオは周囲に有用なものがないか確かめる。

 所々、黒ずんでしまったジャケットを脱ぎ捨て、見つけたジャケットを羽織はおる。動きやすく、どうやら光線にも耐性があるようだ。


「あとは武器か…何だこりゃ?」

「脱出用のハンマー…だと思う。」


 レオの足下に、元々立てかけられていたスレッジハンマーが倒れていた。


「……これでどうしろと…」

「…敵がやってくる。階段の方から」


 サドが透過処理で察知した。階段側からやってくる。


「階段はもう大火事になってるけど…」

「消化して強引に下りてくる。向こうも部屋の外から察知できる。早くしないと…!」

「非常階段も付いてるからな…ん?」


 レオは感覚で察した。ハンマーを持つ。


「……この下は、休憩室だな!」

「えっ!?なんで…」

「ここは他より古くせえし、おそらく建物の手入れもしてねぇ…ものは試しだ。せーのっ!」


 床がひび割れて、崩れていった。見覚えのある場所が見えた。


「……ビンゴ。」

「えぇ…。」

「下に降りるぞ。それとアンタも一応武器持ったら?」

「え?…あ、うん。そ、そうだね…。」


 サドは辺りを見渡した。工具箱が開いていた。中を開けて、一番まともに戦えそうなスパナを選んだ。多目的で多様な用途に富むコンビネーション・モンキー型のスパナ。


「そんな工具で大丈夫か?」

「……これでどうしろと…」

「まあ、さっきも言ったとおり、私が助けてやるから大丈夫だって。」


 レオは爽やかな笑顔で返す。ここまで厭みったらしい笑顔を見るのも久しぶりだ。サドは仕方なくこのスパナを持っていく。

 レオはハンマーに磁石を“持ち手の中央”に固定して、腰付近にも磁石を付ける。ハンマーが固定される。生地を調べると、どうやら救命救出用のジャケットだったらしい。

 サドは下の方を確認する。


「僕がそのハンマー持って先に降りる。下で受け止めるから。」

「分かった。」


 サドはハンマーを受け取り、ロボットの体であることを自覚しつつ、下に降りてハンマーを床に置く。レオはサドが準備できたのを確認次第、飛び降りてサドが受け止めた。

 ハンマーをレオに譲る。さすがにスパナで戦えと言えるわけがない。レオを先頭に二人は脱出を試みる。


「5階にまで、火が回ってねぇよな。」

「…右の階段はさすがに…でも、作業場は先にやられていると思う。」


 サドはそのように予知する。踊り場の経路からまっすぐ走ると作業場である。角を曲がる前にレオは一度先を確認する。

 敵が消火している様子がみられる。火の海をなんとかしようと必死だ。


「あれは、どっちの炎だ…?」

「多分、政府の小型機。タブレットでここまで燃えない。」


 自分達で蒔いた炎で足止めをくらっていたらしい。5人が消火作業をしながら呼びかけ合う。


「この先が作業場だ!表の監視にはまだデケェロボットが出てきていねぇらしい!まだ出発していない!まとめて潰せ!」

「あんたさぁ!いい加減、リーダー面しないでくれない!?どうしてあんたはこうも考えなしに動くわけ!?小型機でこんな火の海にしたのはアンタが原因でしょーが!」


 レオにとって、聞き覚えのある2人の声聞こえてきた。

 背後を見せる5人に対して、レオとサドは余裕の表情で、横並びで歩き出す。レオがサドに問う。


「似たような経験…した気がするな。デジャヴだったか…?」

「“あの時”かな。レオと分かれたとき。大女3人に為すすべなくやられたこと。

でもあの時よりハンデはもっと酷くなってる。5人に増えてるし、向こうは防具着てるし、光線銃もある…。」

「ウォームアップにしちゃ、胃もたれ確定のヘビーさだな。」

「でも乗り越えなきゃ…僕達だけじゃなく、乗り越えるべき壁だって時とともに大きくなるものだから!」

「面白ぇ。これ乗り越えたら、向こうにあるすげぇ世界に行けるってことだな!上等だ。」


 姉弟は不意討ちする気を起こさずに姿を現した。背後をとるも、正々堂々と歩み寄る。


「な、何だお前ら…ってテメェ!」

「あんた達の出る幕じゃないでしょうに。」


 反応で2人が誰か、レオは察した。セレベラとキャニスが指示しているようだ。今度はサドが問う。


「どうする?バレちゃったけど…」

「私を馬鹿にした奴らが、こうしてマヌケ面さらしてるんだぜ…正々堂々と相手してやろうじゃねぇか。」

「……誰がマヌケ面だって…?熱っ!」


 敵は炎と姉弟に囲まれ、逃げ場はない。


「……お前ら!その2人をとっちめろ!キャニスとあたしで消化を続ける!生け捕りにしろ!」


 3人が銃を構える。あの時の姉弟が強くなって再び困難に挑む。止まっていた二人の時間が今、動き始めようとしていた。


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