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Chapter_3:機械工の性

Note_57

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 泡沫舞う浴槽を嗜み、揺らぐ水面を満遍なく楽しむ。エンダー家の長女【ポーラ・エンダー】が所有する機体の1つ、旅行機【アトラススイート】の特徴である。

 1つの機体が高級旅客機となっており、旅をするには申し分ない馬力である。ジャグジーも搭載されており、搭乗者の疲れを癒やす。

 また【ブレインチップ】を体に付けることで、機内全体が自分のコクピットと化す。今のように、無防備な状態からでも、好きな時に好きな動作を行うことができる。

 タイタン号と同様、球状コロニー型の構造であり、機体が傾いても機内に影響が及ばない。若干の傾きが水面を波打たせて、ポーラを楽しませる。

 操縦士はポーラ、副操縦士は従者のジルファであった。ジルファが分析を終える。


『ポーラ様、敵の武装を分析いたしました。オーバーヒートのインターバルは15秒、稼働時間は約15分の予想です。一撃の威力が重く、直撃による戦闘不能の恐れがあります。

一から造られたと存じます。素材不足は否めませんが、優秀なエンジニアがいるかと……』

「それがおそらく、【サド・キャンソン】だ。不足ながら形にできている当たり、本部に勤めていた人間の技量がある。

リーダー格があの小娘ならば、他に有望な人材はいない。必ず……居所を吐かせる。」


 ポーラは両手を組み、優秀なコパイロットと共に戦闘に備える。【マシンガン】と【ロングバトンスタンガン】をそれぞれ両手に構えた。



 一方でレジスタンス機にはレオとライラが乗っている。殴りも効かず、光線に耐性を持ち、残るはサドに造らせた【電磁剣】に託すのみとなった。

 しかし、ライラはすこぶる心配していた。


「絶対……あれ、ビリってくるよね?」

「それで済んだら御の字だ。」


 レオが仕掛ける。近づいて、重い一撃を敵にぶつけるだけ。この一手しかない。

 正面からマシンガンをお見舞いする。レジスタンス機の装甲で耐え抜く。剣を大きく振りかぶり、一気に叩き斬る。


『フン。』


 愚直に突っ込むレオ達に、ポーラは側方に避けてスタンガンで腹部を殴る。機体内外に電流が走る。

 機体の装置にノイズが走り始める。ライラが付近の壁に触れると、唐突な痺れに襲われ、激痛を負う。スタンガンによって静電気を帯びていた。


「痛たたた……」

「席に付いてろ!」


 レオは口で指示する。一旦敵機と距離を離した。しかしそうすれば、敵はマシンガンを使って装甲を貫こうとする。地道だが穴さえ開ければ、中にあるタンクに電気を通せる。

 だからこそ、ただのマシンガンだとしても装甲へのダメージは馬鹿にできない。レジスタンス機も光線に耐性があるものの、敵にはそのような武器が無いようだ。


『……光線に耐性があるようだな。ならこの“切り札”は使えないようだ。』

(解析されたか。さっきの一瞬間で、カメラでも撮られたんだろう。そこから素材が知られ、弱点も見破られた。

武器を見る限り、弱点突かれるものはない……あの電気棒さえ注意すれば!)


 破壊力はこちらの方に分がある。電磁剣を起動させて、敵機目がけてぶん回す。一撃一撃を叩き潰すように力を込める。


『一発!』

『甘いな。』


 鈍重ながら、経験と観察眼を以て回避する。レオを翻弄しつつ後ろへと退く。

 レオは逃げる敵に対して憤る。


「……舐めんな!」


 強引にブーストで近づいて、電磁剣をぶち込もうとした。十分な距離だ。確実に直撃するだろう。

…しかし、電磁剣がオーバーヒートする。威力が激減して、敵機体には斜めに斬られる痕が残るだけであった。

 違和感を覚える。レオは機体の情報を再確認する。ノイズは直っているものの、燃料の減少が激しくなっていた。


「レオちゃん……何か、赤くなってる。」


 ライラがランプの異常検知についていち早く気づいてくれた。レオが確認する。


「……やべ。」

「どういう事なの?」

「やられた。電撃浴びたせいで、電磁剣のオーバーヒートが早まったんだ。おまけに燃料の減りも速くなってる。」


 敵がマシンガンで反撃する。後退しながらレオの機体を傷つけていく。

 しかし、ポーラは唐突に機体を止めた。レオは隙を逃さず、起動できなくとも前に突っ込んでいく。


『甘えっつってんだろうがッ!!!』


 再び横へ避けつつ、レジスタンス機の腕を掴もうとする。レオはブーストで一気に加速し、まっすぐ回避した。

 レオが考えを巡らせる中、ライラが横槍を入れて話しかけてきた。


「当てるのが、こんなに難しいなんて……」

「旅行機の立ち回りじゃねぇ。普通は要人を意地でも守るために、頑丈な仕様になっている。長旅を想定して、どんな壁でもよじ登れる腕力も備わっている。

それを戦闘に活用してくる……だが、所詮は応用に過ぎない。」

「勝ち目があるの?」


 レオは笑みを浮かべ、余裕の表情を見せる。グローブを脱ぎ捨てながら答える。そしてハンドルを緊急用のハンドルにはめ込ませ、壁から外した。


「結局、レジスタンス機より遅いスピードだ。戦闘向けじゃないからブーストも無いだろ。恐れなければ、距離は簡単に詰められる。

それに……奴が止まった理由も分かった。」

「えっ!教えてよ!」

「………。」


 レオは黙った。そのまま機体の状況を確認し、勝利への道筋を捉える。現在はオフラインで、サドの助けを呼べない。

 ポーラはマシンガンを撃ってきた。レオに向けて何発も撃ち込む。無論、ダメージも相応に負っているはずだ。

 レオはとにかく近づくしかない。近づいて渾身の一撃を撃ち込むしかないのだ。

 だが、今度はポーラからも近づいてきた。どうやら弾切れも近い。このまま止めに向かうつもりだろう。


『敵の装甲に穴が確認されました。今叩けば、ショートできるかと存じます。』

「なら……仕上げだ!」


 従者の分析を頼りに、ポーラはレオ達を仕留めにかかる。電磁剣を棒で受け止めるが、剣の電熱で斬られる。

 レオはもう一撃、加えようとした。





『ウルアァァァァァァッッ!!!』

『ガキがァッッ!!!』





 青い電流が走り、巨大物体がぶつかり合う轟音と、電気が連続で弾ける音が同時に襲う。ノイズ音が機内に響き、両者に精神的なダメージも与えていく。



…警報音が鳴り響く。コクピット内が赤く染め上がり、レオは意識を取り戻す。


「ライラ、しっかりしろ……ライラ!」


 ライラは気絶していた。打開策を練るため、機体の情報を確認する。バッテリーの残量が既に10%を切っている。

 レジスタンス機はまだ生きているのだ。


『もういっぱあアァァァァァつ!!!』



 腕を掴まれ、もう一度叩き込むつもりだ。


『……ざっけんな!』


 掴まれてない腕でぶん殴る。ポーラは武器を手放してしまった。

 腕も手放し、そのまま距離を離そうとした。


『ポーラ様!後方です!』

「……なっ!」


 もう1機のレジスタンス機が、ブーストしながら猛突進してきた。ポーラの機体は一気に前進する。

 そして足を踏み入れる…彼女が懸念していたこと、ジャミングの範囲内に入ってしまう。


「ジルファ、緊急モードの準備をしろ。」

『かしこまりまし……』


 連絡も途切れる。機体も完全停止し、内部の設備だけが動いている。ポーラは立ち上がり、シャワーを浴びる。慌てる様子も見せない。

 止まった機体を前に、レオにもう1つのレジスタンス機から連絡が入る。サドの声が聞こえた。


『レオ!【電磁剣】を!』

「肝心なとこで遅ぇよ……ったく。」

『ごめん……3人の避難をさせてたんだ。』

「このまま行くぞ!」


 サドがマシンガンを光線銃で狙い撃つ。後付けの銃に光線の耐性はない。切り札も撃てず、機体も完全に止まる。見ての通り、戦闘不能である。

 それでもレオは、エンダー家の長女に追い討ちをかける。電磁剣を起動し、振りかぶった。


『いい加減……くらえ!』


 電磁剣を真上から叩き込む。電熱でじわじわと切り込んでいき、ポーラの機体は大爆発を引き起こした。

 この一撃に、様々な思いを込めた。



 唐突に目の前から、白い煙が広がっていく。ジェットエンジンの音が聞こえてくる。

 爆発の黒い煙から現れたのは、敵機の胴体から出てきた一回り小さい白い玉である。ジェットエンジンによって、浮き上がり始める。



 ポーラは悠々自適に浴槽から上がり、タオルで体を拭いて、バスローブを身に纏う。従者から通信機を受け取り、レオ達に向けてアナウンスをする。


『目当の物を取れずじまいか……まあいい。【バンカーズポール】には、シリウスに強行突破してもらうことにしよう。

今更サドを渡しても無駄よ!もうお前らは御札付きだからな。こればかりは、私もどうしようもできねぇなぁ!

完全体を諦めるつもりは……決してない。彼は人類の未来に貢献できるのだからなァ!!!』


 ケタケタと不気味な笑いが砂漠に響く。白い機体は遠くへと飛んでいく。姉弟はただ、彼女の機体に向けて睨むだけであった。





「……んっ……」


 目の前が暗くなっていた。瞼を開けようと、半目になって目の前を確かめる。サドが看取っていた。

 ここはタイタン号の足元に位置する、機体の倉庫であった。ライラは起き上がる。


「生きてるの?」

「みんな生きてます……本当に良かった!」


 近くで心配していたサドが答える。6人全員が無事に生き残ったのだ。


「助けるの……遅れてしまいました。ライラさんが倒れていて……」

「あなたが救ったのは、私だけじゃないもの。それは誇るべきことよ!」

「!」


 悔やむサドに、ライラが優しく声をかけた。


「みんな助かって……私は良かったと思う!」


 ライラは笑顔を見せる。彼女の本心が知れて安心したサドは、喜びながら離れてレオに話しかける。


「レオ!ライラさんが起きたよ!」

「……あいつら任せた。」


 レオはサドに少年達を任せて、ライラの方へと向かう。頭を掻きながら話しかける。少し話しづらかった。


「……すまねぇな、巻き込んじまって。」

「レオちゃん無事で良かったよ!叩かれた後、何も記憶なかったけど。」

「機体に乗った以上、危険と隣り合わせなのは変わりないけどな。ただ……」

「……ただ?」


 レオはライラに話す。


「機体に乗る才能は、無くはないな。後は勉強あるのみってところ。

もし、怖くないって言うなら……パイロットをやってみるか?大型でも中型でも。」


 ライラは遠くにいるサドを視界に入れて、姉弟を見つめる。大切な物を守るためには、パイロットとしての技量が最低限必要となる。そして、それは命を落としうる道のりでもある。

 承知の上で、ライラは答えた。


「やってみせるから!」


 レオも了解した。ライラをパイロットとしての戦闘に参加させることを認めた。


「ふざけんな!」

「ッ、あいつ!」


 少年3人の内のリーダー格、ジョージの声がしてきた。


「言ったと思うけど……エンダー家の機体は、何が起こるか分からない。彼を助ける保証はありません。」

「うるせぇ!お前には助ける力も無いんだろ!だからあの女も逃がしたんだろ!」

「!………。」

「お前なんか……お前なんか……!」

「粋がんなガキ!」

「っ!」


 レオがサドを寄せて、ジョージの襟元を掴んで怒鳴ってきた。


「……あいつが一度でも、ポーラの付き人を連れ出す約束をしたか?ちっぽけな移動用機体が来たところで、あのババアを倒せたか?そいつを連れ出したところで……全員が救われんのか!?

少しぐらい人の話を聞け。サドはあんたと何も約束してないし、ジルファって奴はあんたらの為に頑張ってんだろ!

必死なのは分かる……でも他人に怒りをぶつけてんじゃねぇよ。」


 レオはジョージの襟を放す。しかし、ジョージは反省するわけにはいかなかった。泣いてでも本心を貫く。


「だって……何年も離れ離れにされて……別れの言葉もなくて……それで俺達だけで上手くいくわけでもないし……お金が無くなるだけ……

その癖、あいつは俺らに3Uドルしか出してこなかった!ジルファ兄の価値がそんぐらいだって……言いたいのかよぉ……。」


 ジョージは涙を拭う。彼らの機体で、ロビーが落ち込むナッシュを慰めている様子が見えた。

 ジョージは話を続けた。


「……ナッシュの兄貴なんだ。もう、しばらく会ってねぇ。もう7年なんて……生きてられるか……分かんねぇよ……。」


 ジョージはうつむく。自分の力ではもう届かない距離にあった。どれだけ走っても届かないほどに…

 レオはジョージの肩を叩いて慰め、タイタン号の入り口で砂漠を見つめる。


「……1年半!」

「え?」


 ジョージが反応を示した。


「私に頼むなら、1年半で解放できる。エンダー家を倒して、すべて終わらせてから……そいつを連れ戻してやるよ。」

「レオ……。」


 ジョージはレオの方に顔を向けた。レオの見つめた方向には、2人の少年がいる。

 覚悟を決めて、ジョージは走り出し、タイタン号を出てレオに別れを告げる。


「だったら任せる。必ず取り戻してきて!」

「……引き受けた。」


 レオは笑顔で見届ける。ジョージは彼らの機体に戻って、3人で何か話していた。その内容は彼らだけの秘密である。

 サドはレオに話しかけてきた。


「大丈夫かな……?」


 レオはタイタン号の中に入る。


「……大丈夫って思わせてぇなら、さっさと行くぞ。これから色んな強敵と戦うことになるからな……準備が必要だ。」


 サドは息を呑む。少年達が機体を動かし始めたところで、タイタン号の入り口を閉ざした。少年達は、この世界に挑む少女に、自分達の願いを託す。


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