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Episode② 港区ラプソディ
第9章|弱肉強食の世界 <3>江鳩さん面談 2回目 江鳩悟の告白
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<3>
産業医面談の時間になり、江鳩さんを連れて、『株式会社E・M・A』の面談室に入った。
リモート面談を終えたばかりの鈴木先生が、立ち上がって出迎えてくれた。
「江鳩さん、心と身体の調子はいかがですか」
「はい……だいぶ……、残業がなくなっただけでも、楽になりました。僕、会社に申告していた残業は1日に2時間くらいでしたが、本当は『X社』から自宅に戻っても、深夜までずっとメール対応をしていましたし、土日も朝から晩まで仕事をしていたので……」
「残業時間の申告は、正確ではなかったんですね」
「……………」鈴木先生からの問いに、江鳩さんが黙った。
鈴木先生が言い直す。
「誤解しないでください。この面談は、あなたを責めるつもりで行っているものではありません。江鳩さんの体調が戻り、お元気に働けるようサポートさせて頂きたい考えで面談を行っています。面談中にお話されたことのうち、会社側には伝えないでほしいという内容は秘密厳守致します」
「……………」
江鳩さんの身体が、ガタガタ震え出した。
「江鳩さん? 大丈夫ですか? 」私も声をかけた。
「大丈夫……です……」
震える片手に、もう一方の手を添えて、江鳩さんは必死に姿勢を保っている。
「会社側に……言わないでくれるなら、不調の原因を話します」
江鳩さんのただならぬ様子に、私は思わず駆け寄って、彼の肩に手を置いた。
「……わかりました、あなたが伝えてほしくない内容は、決して『ジュリー・マリー・キャピタル』のメンバーにはお話ししません」
鈴木先生の言葉に、江鳩さんが頷いた。
***********************
【江鳩 悟の告白】
ご存知の通り……うちの代表、栗栖さんは、正義感が強く、日頃から「正しい投資」をテーマに掲げています。
投資の社会的意義、投資手法の正当性、投資家への説明責任………。
そういったことには人一倍、敏感です。
でも……実は、僕が担当しているバイオベンチャー『X社』で、研究データの不正操作が発覚したんです。
僕自身も、以前からデータは見せてもらっていましたが、正直、最先端のバイオ研究のことなどわからないので、説明してくれる研究員の言葉を鵜呑みにして、信じ切っていました。
ですが、『X社』のイグジットが近付くにあたって、営業利益アップの目玉としてリリースしようとしていた新サービスが、そもそも不正データに基づいた、詐欺的な内容のものだったこと……2か月前に、資料を見返していてようやく気付きました。
でも、これを栗栖さんに話したら、大騒ぎになってしまうことは間違いない。
損害を出し、栗栖さんを怒らせるだけではなく、下手をすると『ジュリー・マリー・キャピタル』自体の評判にも関わります。
そこで、まずは詳細を確認しようと、僕は『X社』の一人ひとりを対象に、秘密裏にヒアリングを開始しました。
……しかし…………、誰も僕に、本当のことを話そうとしてくれる様子がないんです。
それはそうですよね。『X社』の人達からすれば、僕らはしょせん、札束で頬を叩いて、自分達を買い取った、よそ者にしか見えていないんだろうと思います。
『X社』の社長と『ジュリー・マリー・キャピタル』は友好的な関係ですが、突然やってきて取締役に就いた僕を、『X社』の一般社員は、別によく思ってはいなかった。それは普段から感じていました。就任早々、僕は、コストカットのための経費削減、リストラも先頭に立ってやってきましたから。
もし、研究データ捏造の全容が明るみに出ても、『X社』社員の立場が悪くなることはあっても、よくなることはないのですから、正直に話すメリットなど、ない。
袋小路に入ってしまったなと思っていた頃、あの記事が出ました。『Folks Japan』。
――――栗栖氏は言う。“女性は、男性よりも慎重に行動する傾向があります。ですから、もしもリーマソ・ブラザーズが『リーマソ・シスターズ』であれば、経営破綻の原因となったサブプライムローン問題も避けられたであろうと、私は考えています”――――
前から、栗栖さんが女性社員をひいきしているとは思っていましたが……
あの記事の内容は、多分、自分のことを言っているんです……。
事実、『X社』の内部で問題が起きていること、栗栖さんは薄々気付いているように思うことがあるんです。
僕は『ジュリー・マリー・キャピタル』のメンバーに感づかれないように、細心の注意を払っていたのに。
産業医面談の時間になり、江鳩さんを連れて、『株式会社E・M・A』の面談室に入った。
リモート面談を終えたばかりの鈴木先生が、立ち上がって出迎えてくれた。
「江鳩さん、心と身体の調子はいかがですか」
「はい……だいぶ……、残業がなくなっただけでも、楽になりました。僕、会社に申告していた残業は1日に2時間くらいでしたが、本当は『X社』から自宅に戻っても、深夜までずっとメール対応をしていましたし、土日も朝から晩まで仕事をしていたので……」
「残業時間の申告は、正確ではなかったんですね」
「……………」鈴木先生からの問いに、江鳩さんが黙った。
鈴木先生が言い直す。
「誤解しないでください。この面談は、あなたを責めるつもりで行っているものではありません。江鳩さんの体調が戻り、お元気に働けるようサポートさせて頂きたい考えで面談を行っています。面談中にお話されたことのうち、会社側には伝えないでほしいという内容は秘密厳守致します」
「……………」
江鳩さんの身体が、ガタガタ震え出した。
「江鳩さん? 大丈夫ですか? 」私も声をかけた。
「大丈夫……です……」
震える片手に、もう一方の手を添えて、江鳩さんは必死に姿勢を保っている。
「会社側に……言わないでくれるなら、不調の原因を話します」
江鳩さんのただならぬ様子に、私は思わず駆け寄って、彼の肩に手を置いた。
「……わかりました、あなたが伝えてほしくない内容は、決して『ジュリー・マリー・キャピタル』のメンバーにはお話ししません」
鈴木先生の言葉に、江鳩さんが頷いた。
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【江鳩 悟の告白】
ご存知の通り……うちの代表、栗栖さんは、正義感が強く、日頃から「正しい投資」をテーマに掲げています。
投資の社会的意義、投資手法の正当性、投資家への説明責任………。
そういったことには人一倍、敏感です。
でも……実は、僕が担当しているバイオベンチャー『X社』で、研究データの不正操作が発覚したんです。
僕自身も、以前からデータは見せてもらっていましたが、正直、最先端のバイオ研究のことなどわからないので、説明してくれる研究員の言葉を鵜呑みにして、信じ切っていました。
ですが、『X社』のイグジットが近付くにあたって、営業利益アップの目玉としてリリースしようとしていた新サービスが、そもそも不正データに基づいた、詐欺的な内容のものだったこと……2か月前に、資料を見返していてようやく気付きました。
でも、これを栗栖さんに話したら、大騒ぎになってしまうことは間違いない。
損害を出し、栗栖さんを怒らせるだけではなく、下手をすると『ジュリー・マリー・キャピタル』自体の評判にも関わります。
そこで、まずは詳細を確認しようと、僕は『X社』の一人ひとりを対象に、秘密裏にヒアリングを開始しました。
……しかし…………、誰も僕に、本当のことを話そうとしてくれる様子がないんです。
それはそうですよね。『X社』の人達からすれば、僕らはしょせん、札束で頬を叩いて、自分達を買い取った、よそ者にしか見えていないんだろうと思います。
『X社』の社長と『ジュリー・マリー・キャピタル』は友好的な関係ですが、突然やってきて取締役に就いた僕を、『X社』の一般社員は、別によく思ってはいなかった。それは普段から感じていました。就任早々、僕は、コストカットのための経費削減、リストラも先頭に立ってやってきましたから。
もし、研究データ捏造の全容が明るみに出ても、『X社』社員の立場が悪くなることはあっても、よくなることはないのですから、正直に話すメリットなど、ない。
袋小路に入ってしまったなと思っていた頃、あの記事が出ました。『Folks Japan』。
――――栗栖氏は言う。“女性は、男性よりも慎重に行動する傾向があります。ですから、もしもリーマソ・ブラザーズが『リーマソ・シスターズ』であれば、経営破綻の原因となったサブプライムローン問題も避けられたであろうと、私は考えています”――――
前から、栗栖さんが女性社員をひいきしているとは思っていましたが……
あの記事の内容は、多分、自分のことを言っているんです……。
事実、『X社』の内部で問題が起きていること、栗栖さんは薄々気付いているように思うことがあるんです。
僕は『ジュリー・マリー・キャピタル』のメンバーに感づかれないように、細心の注意を払っていたのに。
応援ありがとうございます!
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