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Episode➃ 最後の一滴

第18章|ビラ配り <9>芝生の上で寝ていた

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<9>



――――ヴィーーーン、ヴィーン…………バタバタッ。 ヴィーーーーーーン………



 最初は誰かが離れたところで、旋盤でも回しているのかと思ったが、次第に音が明確になり、間をおいて、それが両手にしつこくまとわりついて飛ぶ、ハエの羽音だと気が付いた。

 急いで飛び起きて、払おうとしたが、なかなか去らない。数分ほど格闘してやっと追い払った。

 次に、すね毛の辺りにチクっとするような痛みがあり、スラックスの裾をまくり上げると、黒々とした大型の蟻が十数匹、縦横無尽にグルグルと俺の両膝下を走り回っていた。蟻に噛まれたのか。こちらも急いで払いのける。



上体を起こし見回すと、どうやらゲートブリッジ前の芝生広場で、うっかり眠ってしまっていたようだ、とわかった。



――――この辺り、人工島とはいえ緑化が進んでいるから、虫が多いんだなぁ。



………立ち上がると、変わらず白い橋は眼前に堂々と鎮座し、東京湾の波は穏やかだった。
ただ、先ほど橋を見た時に岸に取り付いていた沢山の釣り人達は、すっかりいなくなっている。

しまった。チラシを配るつもりが………ところで、今は何時なんだ?

反射的に腕時計を見ようとしたが、何故か時計の盤面は時刻を示しておらず、東西南北を示すコンパスにすり変わっていた。

あれ、俺こんなの持ってたっけ? 



 紙袋がふたつ、5メートルほど先の空間に落ちていた。近寄って改めると、俺のものだった。残念ながらチラシの枚数はまったく減っている様子がなく、がっかりする。
だが紙素材の袋は草露にやられておらず、割としっかりとしていた。これならまだ、持ち上げて移動することができそうだった。


 よろめいてふと顔を上げると、さらに少し先には、汚れた白いテントが見えた。そのテントから温かみのあるオレンジの光がぼんわりと漏れている。通り過ぎるフリをして少し中を伺うと、出入り口の布の隙間から、緑色のガラス瓶が見えた。地元の酒造の、日本酒の大瓶だった。



――――――――――――そうだ、酒、酒。 酒が飲みたい。 



ビラ配りに夢中になって、しばらく酒を飲んでいなかったことを思い出す。
脳にビビビとスイッチが入ったように、急に喉の渇きを自覚した。
酒、酒、アルコール、アルコール、アルコール。飲みたい。飲みたい。飲みたい。俺にはあの瓶が必要だ。

俺は飛びつくようにそのテントににじり寄り、人の気配を伺った。中に誰もいなければ、こっそり奪い取ってしまえばいい。

幸い、テントの中は空っぽだった。
テントの主は、散歩か、釣りか、トイレにでも行っているに違いない。

この隙に瓶ごと盗み取って、そのまま走って逃げるぞ。やった。酒だ!!!!!! 



………しかし、日本酒の瓶を掴んで勢いよく振り返ると、そこには見知らぬ高齢の男性が立っており、俺を睨みつけていた。

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