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Episode➃ 最後の一滴

第21章|折口の復調 <2>織田さんを落とせ

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<2>

「折口さぁ。今度こそ、ちゃんと営業かけてくれよ」栃内が冗談っぽくしかめっ面を作った。

「あぁ………うん」

「コイツさぁ、お客さんがちょっとマイナスなこと言うと、“それなら、●●●ハウスさんのほうがご希望に合ってるかもしれませんね”とか言い出して、すぐに引いちゃうんだよ。それで何人、見込み客を逃してきたか……」

「そうなんスか。もったいないスね」

「なぁ。お客様が不安になったら、熱意で打ち消すのが営業マンだぞ。今回こそは、何があっても織田さんを落とすつもりで、しつこく食らい下がってくれよ」

「わかってる………」

営業マンは、自社製品の弱みを知り尽くしている。
それなのに営業指導では、売れないのを製品のせいにする営業マンはダメだ、と教えられる。
そんなこと言われても、という話である。
つまり営業職とは、売るためにある程度ペテンになれる才能が必要な仕事だということだろうか。

「ま、今回はキャラで押しちゃえば、イケるんじゃないっすか~」
届けられた小エビのカクテルサラダを甲斐甲斐しく取り分けながら、目黒が言った。

「あっ。このサラダ、なんか前より小さくなってねぇかぁ。でも物価高だからしょうがないのかぁ~。まったく、なんでもかんでも値上げ、値上げで、生活が苦しくなるばっかりだよ…………」
そう言って栃内がドリンクバーのコップを持って席を立った。その隙に、目黒が自分の皿に小エビを多く盛り付けた。

俺はそれを、ぼんやりと眺めていた。


…………確かに、今回のお客なら、俺にも「キャラ売り」で落とせるかもしれない。


売れる営業マンには、いくつかのタイプがある。

知識が豊富で、信頼感があり、派手さはないがコンスタントに売る真面目なタイプ。
外見・性格・年上に好かれるなど、何らか突出して魅力的な“キャラ”があって売れるタイプ。
とにかくワイワイ騒ぐのが好きで、地域の祭りや集団のイベントにこまめに顔を出すことができて、コミュニティに溶け込んで売れるタイプなど……。

売上に安定感があるのは真面目タイプだが、突出した営業成績を取れるのはキャラ売りタイプかコミュニティ売りタイプが多い。ナンバーワンクラスに売れる営業マンは大体、キャラ売りとコミュニティ売りの要素を兼ね備えたオバケ人間である。

そして今まで俺にとって、キャラ売りとコミュニティ売りは、遥か遠い世界のものだったが……。

もし『モデルハウスで哲学カフェ』を、定番イベントに育てられたなら……。

いや、そこまで大それた事は言えないが、相手が哲学好きの織田さんなら………ワンチャン、いけるかもしれない。


とにかく、これ以上ない好機が訪れているのは確かだった。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


その週の営業会議。


原須支店長が言った。

「折口………アポ1件、予定ありか。どこで見つけた客だ」

「モデルハウスです」俺は答えた。

「お前は接客禁止だろうが」

俺の入院前からうちのチームには、アルコール依存症の折口には接客業務をさせるな、との支店長命令が下っていた。複数の客が同時に来店するなど、どうしてもほかの社員が手を離せない時以外は、客前には出ないように言われていたのだ。

刺すような目線で睨まれたが、栃内が口をはさんだ。

「このお客様は……織田さんは、折口をご指名でした。哲学に詳しい人間と話したい、とのことで」

集められた営業社員たちがどよめいた。
モデルハウスに来てそんなアホな基準で営業マンを指名する客なんかいない。
それでも俺たちは、成約するまでは哲学カフェの事を話さないと事前に約束していた。

「……………折口。この客の職業はなんなんだ。ローンの与信、通るのか」

「は、はい。織田さんは残念ながら自営業です。ワインの輸入業を営んでいるそうです。事業規模はそれほど大きくなさそうです。しかし、安定した売り上げがあるようですので、融資を受けられる可能性があると思います」

家を建てるとき、ニコニコ現金一括払いをする客は珍しい。
通常は住宅ローンを借りるのだが、その審査は、自営業者だとかなり厳しくなってしまう。
公務員や大企業の正社員、医師や弁護士であれば、かなりの額をすんなり借りられるのだが……。

「思います、じゃねぇぞ。アポの時にきちんと決算状況、確認しろよ」


そう言って、支店長は話題を変えた。


ずっと俺を無視し続けていた原須支店長が俺の存在を渋々承認した。


――――勝った。やったぞ。支店長に、俺の存在を認めさせたぞ。



俺の胸に、むくむくと前向きな気持ちが湧きあがった。

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