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Episode➃ 最後の一滴

第21章|折口の復調 <10>営業の折口さん(『シューシンハウス』の客、織田の視点)

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<10>

 玄関ドアを開けると『シューシンハウス』の営業マン、折口さんが立っていた。黙っているとあまり風采の上がらない感じがする人だが、哲学カフェの仕切りをしているときは溌剌としていて好印象だった。

折口さんにトシちゃんを紹介して、部屋の中に案内した。

僕の予想通り、僕らが同性カップルと知っても折口さんは全然態度が変わらなかった。折口さんは良くも悪くも、世間体をそれほど気にしないタイプだと思う。他人が価値基準になっているタイプは、見ればすぐわかる。残念ながら、特にワイン好きにはそういうタイプが多い。ワインじゃなくて、ワインを飲んでるカッコイイ自分が好き、っていう。味より蘊蓄うんちくを飲みたがるっていう。僕はもともと、そういう人間は嫌いなんだ。世間体を気にする人間って、今の時代なら逆に“LGBTに理解があるんです”、と訳知り顔で近寄ってきそうな感じではあるけど……。僕が一番気楽なのは「あ、そうですか」くらいのテンションで普通に付き合ってくれる人だ。

折口さんはいくつか設計図のプランを持ってきて、概要を説明した。

「地下室を作ると、だいたい地上の坪単価の倍くらいの金額がかかります。しかもご希望のエリアですと、地面を掘ると水が出てくる場合が多々ありますし、大雨が続くとしばらく地下水位が高くなる場所や、水はけの悪い場所などもありまして、正直、よっぽどの理由がなければ地下室を作るのはお勧めしません。それか、お土地の選定エリアを変えるか……」

「場所を変える、はないです。トシちゃんの店と近い場所がいいんです。この人、夜遅くまで働いているから、お店から遠い場所だと帰ってくるのに疲れるでしょ」

「別に俺は遠くてもいいし。むしろ店と自宅が近いとしがらみがあるから嫌だわ。店を長くやってるとなぁ、地域に顔見知りだらけなんだよ」

「でもさ、将来的には親御さんの世話とか、介護とかあるでしょ? 」

「それは俺がなんとかするって………お前には関係ないから」

「関係なくはないよ! 」


「あ、あ、あの………それと、ウッドデッキなんですが……」
折口さんが気まずそうに言い出す。
「こちらも、都心ですと、どうしても物理的にご近所さんや通行人の方に見えやすくなりますので、もしお作りになるのでしたら、しっかり塀を作るなどされたほうが……」


「ウッドデッキはいらないでしょ」トシちゃんがバッサリ言った。

「えっ。あったほうが楽しそうだよ。アイランドキッチンも作って、ホームパーティーしようよ」

「自宅でパーティなんかしない。アイランドキッチンも別にいらない」

「僕はパーティーしたい。それに、今はお店でかなり早くから仕込みやってるよね? キッチンが大きかったら、自宅でも仕込みの一部がやれるんじゃない? 」

「いや。仕込みは店でやったほうが早いよ」


「あ、あの………。それでは織田さん、ウッドデッキとアイランドキッチンはなしでよろしいでしょうか…………」

「ちょっと待ってください。もう少し考えます。ほらトシちゃん見てよ。折口さんが持ってきてくれたこのイメージ図、凄くカッコイイよ? 」

「それは確かにいいけども。ちょっと待って。俺は家を建てること自体、まだ完全に乗り気じゃない」

「だからトシちゃんにも、イメージ図を見てもらってるんだよ」


「ご、ご予算のこともございますしね………本日お持ちしたのはあくまでイメージプランでして、やはりお土地を決めていただいてはじめて、具体的な設計がご提案できますので。まずは、本当にこのままお話を進めてよいか、お二人でよく話し合っていただけますと、よろしいかと思います………」


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