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Episode➃ 最後の一滴

第22章|折口の敗北? <3>唐田さんと待ち合わせ

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<3>


―――――夜の池袋。俺は、約束より15分も早く現場について唐田さんの到着を待っていた。


(いきなり唐田さんからご飯に誘われるなんてさ……なんだろ、この展開………)


 女性と食事の約束なんて何年ぶりだろうか。大学生の頃はよく飲みに行ったし、婚活を始めてからは土日に駅で待ち合わせて女性と会うこともよくあった。しかし自然消滅的に婚活をやめ、40を超えてからは滅多に女性とプライベートで同伴する機会がなくなった。久しぶりで、どうも落ち着かない。

先日、営業所で唐田さんから声をかけられた。打ち合わせスペースで少し話を聞いてみたら、どうやら仕事の悩みがあり、先輩の俺に話を聞いてほしいという。その場で詳しく聞くよと言ったら、社内だと誰に聞かれているかわからないので、個人的に夜ご飯を一緒に食べながら話したいと言われた。

別に断る理由もないので了承して、その流れで本日、待ち合わせのためにターミナル駅の目印前で立って待っているわけだが、さて本当に彼女は来るのだろうか。20代の彼女が、いくら仕事の悩みを聞いてほしいからといって、わざわざ俺と食事をするのも、なんだか不自然なような気もする。

そもそも、俺は別に唐田さんと仲がいいわけではない。確かにモデルハウスで、営業が得意でない俺はせめてもと掃除や雑用を積極的に手伝っていたので、唐田さんと一緒に作業をすることがあった。でもどちらかといえば彼女はこれまで俺に対して無関心だったはずだ。彼女は時間さえあれば黙って携帯電話を見ていたじゃないか。それがいきなり食事に誘われるとは……いったいどういう風の吹き回しだろう。


(別に食事はいいんだけど、酒を飲みたくなりそうなシチュエーションがなぁ…………)


すっかり暗くなった空。コートを着込んで道行く人々。まだ時間が早いのでこれから食事に行く人も多いのだろう。

灰色をした都会の街がギラギラするネオンの明かりに照らされ、夕暮れから本格的な夜へ、街の顔が変化していく時間帯だ。この雰囲気の中にいると、どうしても酒を連想する。退院してからは酒を飲んでいないものの、正直、飲みたい日はたびたびある。うっかり一度飲んだら歯止めが利かなくなりそうで怖い。俺は携帯電話を取り出して、足立さんとのLIMEを見返した。

……できるだけ一日一回を逸脱しないように、定期的に続けてきたやり取り。

労働者として落第生の俺を、欠かさず毎日励ましてくれた、保健師の足立さんの信頼を裏切るわけにはいかない。
今日、若い美人の唐田さんと食事をして、どんなにいい気分になっても、絶対に酒を飲まないようにしたい。LIME画面を見て再確認した。

そのためにも今日は、精神病院で処方された「シアナマイド」を事前に飲んできた。俺が倒れて精神科に入院していた時にアルコール依存症グループが毎朝飲まされていた薬、一時的に極端な下戸体質となる薬である。このシアナマイドを飲んだあとで酒を飲めば、すぐに強い吐き気や頭痛などの悪酔い状態に似た体調不良が起きると分かっているので、うっかり酒を飲まされそうになっても拒否するための、精神的ストッパーになってくれるはずだ。


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