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Episode➃ 最後の一滴
第23章|人生ゲーム <7>『シューシンハウス』への臨時訪問(鈴木風寿の視点)
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<7>
「あっ、鈴木先生! 本日は朝早くから、ご足労いただきありがとうございます! 」
『シューシンハウス』城東支店の営業所で、人事の中泉さんが出迎えてくれた。
「いえ。今週、仕事のスケジュールが空いていたのがこの時間帯しかなく……こちらこそ急な面談のご準備をいただき、中泉さんにご負担おかけしました。ありがとうございます」
「鈴木先生、大活躍でお忙しいんですね。あ、そういえば本日は足立さんは………? 」
「足立も一緒にお伺いする予定だったのですが、あいにく出がけのトラブルで遅れているようです。大変申し訳ありませんが、先に僕だけで対応させて頂きますね」
………昨日、足立さんの部屋に行ったときには“面談に行きます”と言っていたのに、今日、時間になっても足立さんは『シューシンハウス』のエントランスにやってこなかった。さらにここで俺から電話を入れると彼女を追い詰めてしまうかもしれないので、あえて連絡せず、メールで“先に中に入ります”とだけ送っておいたところだ。
「それで、唐田さんの件なんですが……」
会議室に案内され、中泉さんが声をひそめた。
「どうやら、折口さんが、“仕事を教えてやる”と言って唐田さんを居酒屋に誘ったようなんです。その場で、酒を飲んで泥酔し、唐田さんの身体を触ったり、ホテルにしつこく誘ったりしたとかで。翌日、唐田さんが泣いて支店長に訴えまして、ことが発覚しました。
折口さんは、事前に薬を飲んでいた影響で記憶が飛んでいて、セクハラについては全く覚えていないと言っているんですが、居酒屋で唐田さんと酒を飲んだことは認めています……。
実はこちらで、事件があったという池袋の居酒屋にも聞き取りをしたんですが、個室の席だったので詳細はわからないところもあって……。ですが店の予約は『折口』の名前で入っていましたし、泥酔状態の折口さんを置いて、唐田さんが先に居酒屋を出ていたことは、確認できました」
「なるほど………」
「唐田さんは会社に精神科からの診断書を提出して、会社として責任を持って調査し、折口さんに相応の懲戒処分を下してほしいと言ってきています……場合によっては訴訟も辞さない、とも」
中泉さんが差し出した診断書を見た。
-----------------------------------
診断名 PTSDの疑い
患者氏名 唐田アンナ ………
上記の者、頭記疾患を疑う状況である。
今後外来通院を継続しながら判断す。
××クリニック
精神科 ●●●●
-----------------------------------
「………鈴木先生、『PTSD』って難しい病気ですよね、僕もネットで調べたんですがよくわかりません」
「『PTSD / 心的外傷後ストレス障害』………、生死に関わるような体験をし、強い衝撃を受けた後で生じる精神疾患です。戦闘、性的暴行、大規模な自然災害などのショッキングな体験がPTSDの原因としてよくみられます」
「唐田さんの場合、折口さんからのセクハラが原因でこの病気に………」
「可能性はありますね………。ただしPTSDの診断には一か月程度の経過観察が必要ですので、現時点では確定診断は難しいでしょう」
「一か月か……。すぐには診断できない精神疾患もあるんでしょうね。ただ、会社としてはのんびりもしていられなくて。鈴木先生、本日、面談で状況を確認していただけますでしょうか。よろしくお願いします」
「わかりました」
「あっ……それと……」中泉が紙の書類を差し出す。「これ、社員の健康診断の結果票です。もし本日、お時間が残りましたら、可能な分だけ就労判定のご確認をいただければ……。ちなみに、唐田さんの健診結果も含まれています」
「承知しました。見ておきます」
見た感じ、せいぜい5名分、といったところである。
隙間時間に見ることが可能ならばチェックしてしまおうと、受け取った。
「それじゃあ………、唐田さんを呼んできてもよろしいですか」
「はい。お願いいたします」
足立さんはこのまま、もう来ないかもしれない。
産業医の訪問料はタイムチャージ制だ。次の予定もある。
待っていても時間を浪費するだけなので、面談を始めることにした。
「あっ、鈴木先生! 本日は朝早くから、ご足労いただきありがとうございます! 」
『シューシンハウス』城東支店の営業所で、人事の中泉さんが出迎えてくれた。
「いえ。今週、仕事のスケジュールが空いていたのがこの時間帯しかなく……こちらこそ急な面談のご準備をいただき、中泉さんにご負担おかけしました。ありがとうございます」
「鈴木先生、大活躍でお忙しいんですね。あ、そういえば本日は足立さんは………? 」
「足立も一緒にお伺いする予定だったのですが、あいにく出がけのトラブルで遅れているようです。大変申し訳ありませんが、先に僕だけで対応させて頂きますね」
………昨日、足立さんの部屋に行ったときには“面談に行きます”と言っていたのに、今日、時間になっても足立さんは『シューシンハウス』のエントランスにやってこなかった。さらにここで俺から電話を入れると彼女を追い詰めてしまうかもしれないので、あえて連絡せず、メールで“先に中に入ります”とだけ送っておいたところだ。
「それで、唐田さんの件なんですが……」
会議室に案内され、中泉さんが声をひそめた。
「どうやら、折口さんが、“仕事を教えてやる”と言って唐田さんを居酒屋に誘ったようなんです。その場で、酒を飲んで泥酔し、唐田さんの身体を触ったり、ホテルにしつこく誘ったりしたとかで。翌日、唐田さんが泣いて支店長に訴えまして、ことが発覚しました。
折口さんは、事前に薬を飲んでいた影響で記憶が飛んでいて、セクハラについては全く覚えていないと言っているんですが、居酒屋で唐田さんと酒を飲んだことは認めています……。
実はこちらで、事件があったという池袋の居酒屋にも聞き取りをしたんですが、個室の席だったので詳細はわからないところもあって……。ですが店の予約は『折口』の名前で入っていましたし、泥酔状態の折口さんを置いて、唐田さんが先に居酒屋を出ていたことは、確認できました」
「なるほど………」
「唐田さんは会社に精神科からの診断書を提出して、会社として責任を持って調査し、折口さんに相応の懲戒処分を下してほしいと言ってきています……場合によっては訴訟も辞さない、とも」
中泉さんが差し出した診断書を見た。
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診断名 PTSDの疑い
患者氏名 唐田アンナ ………
上記の者、頭記疾患を疑う状況である。
今後外来通院を継続しながら判断す。
××クリニック
精神科 ●●●●
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「………鈴木先生、『PTSD』って難しい病気ですよね、僕もネットで調べたんですがよくわかりません」
「『PTSD / 心的外傷後ストレス障害』………、生死に関わるような体験をし、強い衝撃を受けた後で生じる精神疾患です。戦闘、性的暴行、大規模な自然災害などのショッキングな体験がPTSDの原因としてよくみられます」
「唐田さんの場合、折口さんからのセクハラが原因でこの病気に………」
「可能性はありますね………。ただしPTSDの診断には一か月程度の経過観察が必要ですので、現時点では確定診断は難しいでしょう」
「一か月か……。すぐには診断できない精神疾患もあるんでしょうね。ただ、会社としてはのんびりもしていられなくて。鈴木先生、本日、面談で状況を確認していただけますでしょうか。よろしくお願いします」
「わかりました」
「あっ……それと……」中泉が紙の書類を差し出す。「これ、社員の健康診断の結果票です。もし本日、お時間が残りましたら、可能な分だけ就労判定のご確認をいただければ……。ちなみに、唐田さんの健診結果も含まれています」
「承知しました。見ておきます」
見た感じ、せいぜい5名分、といったところである。
隙間時間に見ることが可能ならばチェックしてしまおうと、受け取った。
「それじゃあ………、唐田さんを呼んできてもよろしいですか」
「はい。お願いいたします」
足立さんはこのまま、もう来ないかもしれない。
産業医の訪問料はタイムチャージ制だ。次の予定もある。
待っていても時間を浪費するだけなので、面談を始めることにした。
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