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Episode⑤ 女の勝ち組/女の負け組

第26章|女医 井場本花蓮の日常 <3>ハーミスパトロール

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<3>

「あ、そうだ。花蓮この後、時間あるなら、『ハーミスパトロール』いかない? 」

「いいよ。何か欲しいのあるの? 」

「うん。グリーンカラーのバッグが欲しい。クロコでも牛革でもいいから」

「グリーンかぁ。結構珍しいかもね」

「そう。黒、白、グレー、ベーシックな色は一通り持ってるんだけど、そうなるとちょっと変わったのが欲しくなってきたの! 」

瑠璃子は目を輝かせて、運命の出会いを願って祈るように両手を胸の前で合わせた。


 『ハーミス』は、馬具作りをルーツにする歴史ある革製品ブランドだ。
そのセンス、品質、ステータス性から、富裕層と、富裕層に憧れる人たちに人気がある。

ただ『ハーミス』は、アイテムをフランスの職人がひとつひとつ手作りしている関係とかで、常に品薄状態だ。
特に人気があるバッグ類は、買いたいと思っても、店に在庫がない。

一個が100万円、150万円という超高価なものなのに、予約はできず店頭ディスプレイもされない。
店に行った時にたまたま入荷しているバッグの在庫があれば、裏から出して見せてもらい、買うことができる、という売り方になっている。

だから『ハーミス』の人気商品が欲しいお客は、基本的にはこまめに店まで足を運び続け、店員に頼むしかない。

そこまでして『ハーミス』に憧れ、買いたいファンは、目当ての品物の在庫を確認するために店まで足を運ぶことを自虐的に『ハーミスパトロール』と呼んでいる。


「そだね。行こう。パトロール。私も久しぶりに行きたい。グリーンバッグ、あるといいね! 」

「そうよ~。出会いがあるように、祈っといてね♥」


 実はうちは、夫が重度の『ハーミス』ユーザーなので、大抵のバッグは特別扱いで優先的に融通してもらえる。この前夫は、一足が6万円もする部屋用のモコモコ靴下まで『ハーミス』で買っていたから呆れた。

品薄は事実なので、さすがに今日頼んですぐ明日、望み通りのバッグが買えるわけではないけれど、その気になればフランス本国の工房にオーダーもできるし、外商担当や店舗の担当者に頼んでおけば、入荷した時に電話をもらえる。


でも、個人的には、『ハーミス』が欲しくなるのは『ハーミスパトロール』自体がエンタメとして楽しいからじゃないかと思っている。


一定以上のお金を持つと、ほとんどの日常的な品物は思い通りに買えてしまう。
それが例え、100万円のバッグでも。
在庫がいくらでもあるなら、一気に10個まとめてだって買える。そして飽きる。
むしろ富裕層は、欲しくて欲しくてたまらない、飢餓感のある買い物にこそ飢えているところがある。

希少性があって皆が欲しがるものは、滅多に買えないからこそ価格以上に自慢にもなるし、買えて嬉しい、プレゼントしても喜ばれる、という仕組みになっている。

私がグリーンのバッグを瑠璃子の代わりに『ハーミス』にオーダーすることもできるけれど、それをしたら、せっかくの瑠璃子の高揚感を奪ってしまう。彼女から代理オーダーを頼まれるまでは、一緒に“三顧の礼”を楽しむほうがいいだろうと思った。
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