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茶室
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ここはある古寺の中に設えた茶室である。そこに集う三人の者たち。
阿国、源二。
もう一人は江戸幕府の京都所司代
板倉伊賀守勝重である。
この時代の「茶の湯」とは今の茶道とは違い、茶碗一椀あれば亭主と客のみが存在し、浮世の身分は考慮されないという自由闊達なものであった。
ー板倉勝重ー
安土桃山から江戸時代初期にかけての江戸町奉行・京都所司代。
非常に聡明かつ柔軟な思考で人情に厚く、稀代の名奉行と呼ばれた。後の大岡越前守による「大岡裁き」の業績のいくつかは板倉勝重の判例を転記したものである。
豊臣家の処遇については強硬派であったとされる。
ー京都所司代ー
江戸時代、京都に設置された朝廷への監視、西国大名への牽制と近畿地方の訴訟事等など行ったこの時代の重要機関。
……………
カチカチに緊張した阿国に代わり、源二が話し出す。
「さてさて今日お呼びいただいたご趣向は如何なものでございましょうや?」
「いやそう堅苦しく考えなくても宜しゅうござる。今流行りの阿国歌舞伎のお話を茶でも飲みながらしようかとのう」
勝重はくすくす笑いながら「つい先日拝見させてもらいましたが、なかなか宜しゅうござった。最後に新田義貞が討ち果たされておったら苦情の一言も言わねばと思うておったら、何と『人を切り抜く事嫌い申し候』とはのう。一本取られましたわ」
「新田義貞」と言いながら家康の事だというのは見れば分かるので、義貞が斬られていれば処罰しようと手ぐすね引いていたところで思いっ切り肩透かしを食らったらしい。
「最後の踊りでは『のせられてなるものか』と必死に堪えていたのじゃがのう、いつの間にか手足が動いておったわ」
最近の勝重の悩み事は、大阪方の残党狩りで京大阪の庶民の顔がどんどん暗くなっていくことだったという。
「戦のあとで景気が悪くなり、落ち武者を匿っている者がおらぬか儂らが探し回るもので皆疑心暗鬼になってしもうて、安心して道も歩けなくなってしまっておったのじゃ」
「それがうちの阿国歌舞伎に何の関わりが?」と阿国が問う。
「芝居が終わって家路につく者の顔が皆輝いておっての、憑き物が落ちたようになっておったのじゃ。あれには驚いたわ」
「それはそれは」阿国も褒められて満更でもない。
勝重は首を回しながら「わしもここのところ肩こりが酷かったんじゃが、あれを見てから首筋が軽うなっての。で、一言御礼を申さねばならぬと思った次第よ」
「以後下役の者にもそなたらの小屋への詮議(取り調べ)は無用と伝えておく故安堵するが宜しかろう」
二人が御礼を述べると勝重は
「良い良い、細やかなものじゃからのう」
「それにしてもあの海野信濃守を演じた女子は大したものじゃ、男なら一国一城の主は疑い無しじゃ」と褒めちぎるのだった。
阿国、源二。
もう一人は江戸幕府の京都所司代
板倉伊賀守勝重である。
この時代の「茶の湯」とは今の茶道とは違い、茶碗一椀あれば亭主と客のみが存在し、浮世の身分は考慮されないという自由闊達なものであった。
ー板倉勝重ー
安土桃山から江戸時代初期にかけての江戸町奉行・京都所司代。
非常に聡明かつ柔軟な思考で人情に厚く、稀代の名奉行と呼ばれた。後の大岡越前守による「大岡裁き」の業績のいくつかは板倉勝重の判例を転記したものである。
豊臣家の処遇については強硬派であったとされる。
ー京都所司代ー
江戸時代、京都に設置された朝廷への監視、西国大名への牽制と近畿地方の訴訟事等など行ったこの時代の重要機関。
……………
カチカチに緊張した阿国に代わり、源二が話し出す。
「さてさて今日お呼びいただいたご趣向は如何なものでございましょうや?」
「いやそう堅苦しく考えなくても宜しゅうござる。今流行りの阿国歌舞伎のお話を茶でも飲みながらしようかとのう」
勝重はくすくす笑いながら「つい先日拝見させてもらいましたが、なかなか宜しゅうござった。最後に新田義貞が討ち果たされておったら苦情の一言も言わねばと思うておったら、何と『人を切り抜く事嫌い申し候』とはのう。一本取られましたわ」
「新田義貞」と言いながら家康の事だというのは見れば分かるので、義貞が斬られていれば処罰しようと手ぐすね引いていたところで思いっ切り肩透かしを食らったらしい。
「最後の踊りでは『のせられてなるものか』と必死に堪えていたのじゃがのう、いつの間にか手足が動いておったわ」
最近の勝重の悩み事は、大阪方の残党狩りで京大阪の庶民の顔がどんどん暗くなっていくことだったという。
「戦のあとで景気が悪くなり、落ち武者を匿っている者がおらぬか儂らが探し回るもので皆疑心暗鬼になってしもうて、安心して道も歩けなくなってしまっておったのじゃ」
「それがうちの阿国歌舞伎に何の関わりが?」と阿国が問う。
「芝居が終わって家路につく者の顔が皆輝いておっての、憑き物が落ちたようになっておったのじゃ。あれには驚いたわ」
「それはそれは」阿国も褒められて満更でもない。
勝重は首を回しながら「わしもここのところ肩こりが酷かったんじゃが、あれを見てから首筋が軽うなっての。で、一言御礼を申さねばならぬと思った次第よ」
「以後下役の者にもそなたらの小屋への詮議(取り調べ)は無用と伝えておく故安堵するが宜しかろう」
二人が御礼を述べると勝重は
「良い良い、細やかなものじゃからのう」
「それにしてもあの海野信濃守を演じた女子は大したものじゃ、男なら一国一城の主は疑い無しじゃ」と褒めちぎるのだった。
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