【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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第9章 終焉

8 朝霧VS弾正

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 寝起き男はダイニングルームに入るなりキッチンでロックグラスに氷を入れ、バーボンを並々と入れた。そしてそれをまるで麦茶を飲むようにゴクゴクと喉に流し込み、プハーと息を吐いてニヤッとこちらを見る。

「あんたらもやる?」
「お、いいねぇ~。いただきます」
「え?」
「え?」

 浦安うらやす弾正だんじょうの申し出を間髪入れずに受けた朝霧あさぎりの顔を見る。朝霧はテレビ正面のソファに座り、浦安は入り口間近に座を取った所だった。

「あ、いや、勤務中ですよね?」
「まこっちゃーん、堅いこと言わない」

 弾正が琥珀色の液を並々入れたグラスを浦安の目の前に置く。

「そそ、堅いこと言わない言わない、楽しくやろうや」

 弾正はそう言うと朝霧に手を払う仕草をする。

「そこ、俺の席。あっち行って、あっち」

 朝霧にもグラスを渡し、キッチン側に追いやると、テーブルのど真ん中にバーボンのボトルをドンと置き、自分は朝霧の座っていた位置に座を取って満足そうに背もたれにドッカリと背を預けた。

「んじゃ、カンパーイ!」
「カンパーイ!」

 弾正がグラスを掲げ、朝霧がそれに応じる。朝霧も躊躇なくグラスの液を舐めた。

「君は無事に帰ってたんだね。顔が見えなかったんでどうなったのかと心配したよ」

 浦安はグラスに手をつけずに、弾正に向いて言った。弾正は左目をひくつかせ、浦安を睨んだ。

「ああ?無事なわけねーだろ。これ見ろよ」

 弾正がノースリーブのVネックシャツから出た筋肉質の右腕を浦安に向ける。見ると、誰に巻いてもらったのか、肩から二の腕にかけて包帯が巻かれていた。腹をめくり、そこにもさらしのような包帯、左足のスネにも白い包帯が巻かれていた。弾正の死闘の跡がそこにあった。

「おっさんも見ただろ?女の首が大量に湧き上がってくるのを。あいつらに噛まれたんだよ。気が遠くなってさ、倒れてたところを雨に打たれて気がついたら、すでにお焚き火の火は消えてた。おっさんは天冥てんめいを抱いて放心してるし、本殿は焼けてるし、終わったなと思ったよ。そんで身体を引きずって何とか帰ってきたってわけだ」

 あの銀色の狼が去った直後だったのだろうか、確かに自分には放心した瞬間があった。その時に見られたとしたなら、弾正が境内を覗いたことに気がつかなかったかもしれない。

朱美あけみちゃんには残念なことをした」

 必死に駆けてきた青井あおいとぶつかってしまったのは不幸な事故だった。だがもしあの場でそれが起こらなかったとしても、他の巫女たちと同じように首を噛まれて殺られていただろう。敵の圧倒的な力の前に、あの時はもう為すすべも無くなっていた。浦安が悔恨しながらそう言うと、弾正はフンと鼻を鳴らし、忌々しげにバーボンを煽った。

「まあまあ、女子高生たちに噛まれたんなら本望なんじゃない?そういうプレーだったと思ったらさ」

 軽薄なことを言う朝霧にイラッとし、弾正越しに朝霧に険しい目を向けた時、浦安の頭に閃くものがあった。

「そうだ、朝霧さん、ここに生き証人がいますよ。彼は飛頭蛮ひとうばん化した聖蓮せいれん女子の生徒たちに襲われたんだ、それは首が飛び回って襲ってくるのが決して幻覚ではないという証明になるんじゃないですか?」

 上擦った浦安の言葉に、朝霧はこれ見よがしにため息をつく。

「幻覚の中にいる人間はそれが幻覚だって気づかないもんだよ」
「幻覚だってえ?」

 弾正も朝霧の言葉にイラッとしたようで、鋭い切っ先のような視線を朝霧に向ける。朝霧はその視線を遮るように手を振り、

「まあまあ、今現場では科捜研が現場検証してるからさ、おいおい真実が判明してくるでしょ。そんなことよりもさ、僕たち今日は一乗寺いちじょうじさん、おたくの殺人を暴きに来たんだ」

 飛頭蛮についてここで議論しても仕方がない、そんな態度で朝霧が本題を切り出す。弾正の眼光がさらに強まった。朝霧と弾正の戦いの幕が上がる。

「俺の殺人?何だよ、それ」
三国みくにさん殺害についてですよ。僕はね、あれは一乗寺さん、あんたが殺ったとふんでるんだ」
「あ、あのさ、その一乗寺さん、っての、煩わしいだろ?弾正でいいわ」
「んー、じゃあ、ダンちゃんで」
「お、いいね。じゃあ俺もアサっちって呼ぶわ」
「お~イエ~ダンちゃんイエ~!」
「アサっちイエ~!」

 カチン、と二人はグラスを合わせる。意外と二人はノリが合うのかもしれない。ホストのミーティングに紛れ込んだような、そんな居心地の悪さを浦安は感じた。

「で?アサっち、俺が殺ったっていう根拠を聞かせてもらおうじゃない。そもそもあれはすぐる(四條畷)が恋敵を消すために殺ったんだろ?まずはアキさん(三国)が傑を陥れるために傑の服を来て女子高生殺害の容疑が傑にかかるようにする。それに気づいた傑が報復で殺した、それが筋なんじゃないのかい?」

 このノワールの三階部分で見つかったオンブレチェック柄の服には血痕が付いていた。それを朝霧が見つけ、鑑定した結果その服に付いていたのは佐倉心晴さくらこはるの血で間違いないと聞いている。しかも、それは彼女の生前の血だと。だが佐倉の事件は殺人ではなく、飛頭蛮となった彼女の血が何らかのやり取りの後にシャツに付いたと浦安は見ているわけだが、警察庁やここにいる朝霧の主張する妖化あやかしかが神経作用物質による幻覚だという説からすると首無し事件も実際に殺人が起こったということになり、矛盾に陥ってしまう。どういう風に持っていくのか、浦安も朝霧の説を興味深く聞き入った。朝霧は弾正に向き、居住まいを正す。口調も国家公務員らしい堅いものに改まった。

「描かれた絵を解説するとこんな感じです。三国さんと四條畷さんは朱美さんを巡って恋敵の関係にあった。まずは三国さんが四條畷さんに罪を着せるために四條畷さんの服を着て佐倉心晴を殺害、その共犯には髙瀬陽翔たかせはるとがいた、そこまでは警視庁本部の見解です。それが正しいかどうかは疑問ですが、ひとまずその説に乗って解説します。シャツは僕がここの屋根裏で見つけました。あたかも見つけてくれって言ってるような状態でね。四條畷さんが犯人だとするとあまりにも杜撰ずさんだ。三国犯人説の信憑性は高まります。そして、その三国さんの意図に気付いた四條畷さんが三国さんを殺害。被疑者死亡のため、捜査は打ち切り。ここまでが禍津町まがつちょうの捜査本部から上がってきた情報を元に、T都の警視庁捜査本部が描いた図です。三国さんが死んだ部屋が密室だったのはなぜかという疑問は残りますが、そんなものはスペアキーを使えば誰でも入れるわけですからね、警察としては早く自分たちに向けられたヘイトを他に反らす必要に迫られているのです、そういう細かい所には目を瞑るつもりなのでしょう」

 そこまで説明すると朝霧はグラスの酒を一口飲み、カランと氷を鳴らした。口元には不敵な笑みが宿っている。こういう捜査の話をする時はチャラけた口調が消え、敏腕の捜査官顔負けの風貌となる。浦安はそれを彼が四條畷に対峙した時にも見ていた。弾正は目の前のボトルを朝霧のグラスに注いでやる。朝霧の言う事に特に口を挟もうとする気配はない。

「といっても、僕ら公安調査庁の調査員は刑事ではありません。あくまで、国家に反逆する組織の調査、引いては壊滅を目的としています。そして僕らはセフィロトがそういう組織であると踏んでいるんです。一連の事件もセフィロトというファクターを抜きにしては語れません。僕らはずっと、セフィロトの指導者が誰なのか探って来ました。当初は五月山さつきやま天冥か、あるいは四條畷が怪しいと見ていたんですが、昨夜の久遠寺くおんじ襲撃で分かりましたよ。それが誰なのか、が」

 朝霧の右手がすうっと上がる。そして人差し指を弾正に向ける。その所在を見て、それまで黙って聞いていた弾正の肩がピクっと上がった。

「え、俺?」
「そう、あんただ、ダンちゃん」
「おいおいアサっち、俺はただのしがない探偵だぜ?といってもほとんど何でも屋だけどな。その俺が、セフィロトの指導者?一体その根拠は何なんだ?」

 その弾正の言葉を待っていたかのように、朝霧はジャケットの内ポケットに手を入れる。どんなに暑くても紫のラメ入りスーツを脱ごうとしない。そこに朝霧の一本筋の通った信条を伺えた。朝霧は一枚の写真を取り、それを弾正の目の前に置いた。浦安も腰を浮かせ、それを覗き込む。色褪せたセピア色の写真で、どこかの建物の前で数十人の若者が写っている。それは昔の大学生か何かの集合写真に見えた。若者たちは皆痩せていて、目を異様にギラつかせている。ふと写真を目にした弾正の横顔を見ると、その目の中に写真の若者と同じギラつきが走っていた。

「これを…どこで?」

 弾正は写真を手に取り、まじまじと見つめる。

「いや~捜しましたよ。それは、国立K大の講堂前で写した写真です。そこにあなたと四條畷さんが写ってますよね?ほら、一番前の右端に並んで」

 浦安は立ち上がり、弾正の後ろに回ってそれを確かめた。確かに、四條畷と弾正が写っている。若干若めだが、二人の顔に間違いないようだった。二人は間に一人の女性を挟み、仲良さそうに肩を組んで写っている。ということは弾正と四條畷は大学の同期なのか?

「それ、自分だって認めます?ダンちゃん」

 弾正はしばらく唸り、そして頷いた。自分に違いない、と。

「おおー!正直でいいね~!きっと違うって言うと思って他にも名簿とか用意してたんだけどね、それはいらなかったと」

 弾正が認めたところで、浦安は元の席に戻った。弾正はしばらく懐かしそうに写真を見つめていたが、やがてポンとテーブルの上に写真を投げ出す。

「で?これが何だって言うんだ?」

 朝霧はにんまりと笑う。

「これはね、昭和44年の写真なんですよ。この頃は学生運動が盛んでね、そこに写っているのは国立K大の講堂前に集まったその同士たちです。今から54年も前の写真ですよ?そこに写ってるとすると、ダンちゃん、あんた一体何歳なんです?」

 四條畷を前にした時、朝霧は今と同じようなことを言っていた。しばらく顔を見ない間に写真を用意していたのだろうか?今回はしっかり証拠品を携えてきた訳だ。




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