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踏み絵
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「これ、ボツ」
いつもの雑音に編集長の声が混じり、俺の企画書は無造作に投げられた。
俺はこの業界に入って10年は経つ。
下っ端の指導、上からの圧力、辞めて行く同僚。
孤独をひたすら隠しながらも俺はここを生き抜き、やっと企画を作れる身分となったんだ。
なのに。
「どうしてなんですか?!」
俺は感情的になってしまい、編集長の机を叩いてしまった。
それは以外にも響いて、部屋中を駆け巡り、最低でも一メートル内人間は作業の手を止めていた。
「どうしてってお前さぁ」
編集長はいつものように肩を揺らす。
「この企画は確かにいいとは思うよ? だけどな、これを流すのはアウトだ」
「なぜアウトなんですか…これを流しちゃいけない理由っ」
「いいか? こいつを流して一番最初に首が落ちるのは、俺なんだよ。お前の首が無くなろうが知っちゃこっちゃあない。俺はお前と無理心中なんてごめんだ。この企画を通すぐらいなら、お前を切る。仕事と企画、どちらを取る?」
俺は知っていた筈だった、この編集長が泥のような下衆だという事を。
己のことしか見えず、金のことしか考えず、利益のあることでしか動かない。
そんな最低なやつだと知っていたのに。
俺は懸命に冷静になろうとした。
だから言葉なんて出なかった。
それを肯定と勘違いした編集長は一瞥と冷笑をくれると、俺の企画書をわざわざ手に取り、立ち上がって地面に投げつけた。
ザワッと周りが騒ぐ。
「こんな企画を作るなら、株主様に気に入られる企画を用意しろ。こんなもの、カーペットにでもしてしまえ」
彼はそう告げて俺の企画書を徐に踏みつけると、不機嫌そうにその場を立ち去った。
俺は立ち去ったあとに残った汚れた紙束を無言で集めた。
その間に、誰一人俺に話しかけたり集めるのを手伝ったりしたものはない。
それもそうだ。
この業界では編集長が絶対。
編集長に嫌われることをすれば、既に死んだのも同然だ。
そして俺は
この業界で今死んだのだ。
俺は纏めた企画書と自分の手荷物を持って、会社を早退した。
まだ太陽が高い昼間、俺は自分の部屋へ戻った。
電気を点けなければ何も見えない部屋をヨロヨロと歩き、見えなかった何かに足を引っ掛けて転ぶ。
途端に舞う紙吹雪。
バッグの中からも舞う白い大きな雪に、俺は乾いたように笑った。
そして、あたり一面に積み上げた紙束をばら撒く。
叫びながら、泣きながら、怒りながら
絶望しながら。
隣から壁をドンッと叩かれても、俺の行為は終わらない。
そして気づいたとき、俺は部屋の中心で座っていた。
静かに涙を流し、天井を見上げながら思う。
俺の正義はなんだと。
この人生はなんなんだ。
自分の正義を踏みつけ歩んできた。
これが罰か。
踏み絵のように踏みつけてきた正義からの罰か。
それが罰なら生温い。
俺を殺して受けていた生ならば。
俺は電話を取り出した、ゆっくりとかける。
その相手は、俺が取材した作家の一人。
一番意気投合した相手だ。
『もしもし?』
「ああ、僕です。この間は、とても良い時間をありがとうございます」
『ああ、君か。どうしたんだい?』
彼は嬉しそうに笑う、楽しそうに話す。
俺はその声にすら、軽い絶望を感じる。
「実は先生に取材したあの企画…ボツになりました」
『…そうかそれは残念だ』
「ですよね…あと、多分俺はあそこをやめると思います」
いや、辞めるのでは無い。
「俺には無理だったようです」
『そうか……君の選択だ、僕は支持するよ』
違うんだ先生、俺は選んだんじゃない。
俺は弱過ぎたんです。
「先生…お願いが」
『ん? なんだね』
先生の声色が一瞬で変わり、真剣なものになる。
俺は嗚咽を抑えながら、先生に告げた、最後の言葉を。
「俺の死を、無駄にしないで、ください」
『おい! ばかなことはやめ』
それ以上の言葉は不要だった。
俺は通知を切って電話を投げ捨てると、閉じ切った窓を全開にした。
途端にまた、舞う紙。
今からの俺にはもう、必要ない。
さらに言えば昨日の時点で、先生の元へ企画の原本を送ってある。
俺の部屋にあるのはコピーだ、現場に来た同僚のやつらに処分されても構わない。
俺すらコピーだ、誰でも出来ることを己だけが出来ると錯覚しただけ、居なくなっても構わない。
俺はその紙吹雪と共に、空へと身を踊らせたーー
それから数日後、ある作家が一冊の本を出すこととなる。
名前こそ彼だが、内容は彼が心を許した一人の勇気ある男が10年もの歳月を掛けており、組織の不正について取材しかき集めた、渾身の一冊。
どういう皮肉か、その男の死を知りたがった多くの人間に支持されることとなる。
その作者は巻末にこう記している。
「私の親友である彼の肉体は滅びた。だが、彼の正義の魂は私が語る、滅びはしない。」
fin.
いつもの雑音に編集長の声が混じり、俺の企画書は無造作に投げられた。
俺はこの業界に入って10年は経つ。
下っ端の指導、上からの圧力、辞めて行く同僚。
孤独をひたすら隠しながらも俺はここを生き抜き、やっと企画を作れる身分となったんだ。
なのに。
「どうしてなんですか?!」
俺は感情的になってしまい、編集長の机を叩いてしまった。
それは以外にも響いて、部屋中を駆け巡り、最低でも一メートル内人間は作業の手を止めていた。
「どうしてってお前さぁ」
編集長はいつものように肩を揺らす。
「この企画は確かにいいとは思うよ? だけどな、これを流すのはアウトだ」
「なぜアウトなんですか…これを流しちゃいけない理由っ」
「いいか? こいつを流して一番最初に首が落ちるのは、俺なんだよ。お前の首が無くなろうが知っちゃこっちゃあない。俺はお前と無理心中なんてごめんだ。この企画を通すぐらいなら、お前を切る。仕事と企画、どちらを取る?」
俺は知っていた筈だった、この編集長が泥のような下衆だという事を。
己のことしか見えず、金のことしか考えず、利益のあることでしか動かない。
そんな最低なやつだと知っていたのに。
俺は懸命に冷静になろうとした。
だから言葉なんて出なかった。
それを肯定と勘違いした編集長は一瞥と冷笑をくれると、俺の企画書をわざわざ手に取り、立ち上がって地面に投げつけた。
ザワッと周りが騒ぐ。
「こんな企画を作るなら、株主様に気に入られる企画を用意しろ。こんなもの、カーペットにでもしてしまえ」
彼はそう告げて俺の企画書を徐に踏みつけると、不機嫌そうにその場を立ち去った。
俺は立ち去ったあとに残った汚れた紙束を無言で集めた。
その間に、誰一人俺に話しかけたり集めるのを手伝ったりしたものはない。
それもそうだ。
この業界では編集長が絶対。
編集長に嫌われることをすれば、既に死んだのも同然だ。
そして俺は
この業界で今死んだのだ。
俺は纏めた企画書と自分の手荷物を持って、会社を早退した。
まだ太陽が高い昼間、俺は自分の部屋へ戻った。
電気を点けなければ何も見えない部屋をヨロヨロと歩き、見えなかった何かに足を引っ掛けて転ぶ。
途端に舞う紙吹雪。
バッグの中からも舞う白い大きな雪に、俺は乾いたように笑った。
そして、あたり一面に積み上げた紙束をばら撒く。
叫びながら、泣きながら、怒りながら
絶望しながら。
隣から壁をドンッと叩かれても、俺の行為は終わらない。
そして気づいたとき、俺は部屋の中心で座っていた。
静かに涙を流し、天井を見上げながら思う。
俺の正義はなんだと。
この人生はなんなんだ。
自分の正義を踏みつけ歩んできた。
これが罰か。
踏み絵のように踏みつけてきた正義からの罰か。
それが罰なら生温い。
俺を殺して受けていた生ならば。
俺は電話を取り出した、ゆっくりとかける。
その相手は、俺が取材した作家の一人。
一番意気投合した相手だ。
『もしもし?』
「ああ、僕です。この間は、とても良い時間をありがとうございます」
『ああ、君か。どうしたんだい?』
彼は嬉しそうに笑う、楽しそうに話す。
俺はその声にすら、軽い絶望を感じる。
「実は先生に取材したあの企画…ボツになりました」
『…そうかそれは残念だ』
「ですよね…あと、多分俺はあそこをやめると思います」
いや、辞めるのでは無い。
「俺には無理だったようです」
『そうか……君の選択だ、僕は支持するよ』
違うんだ先生、俺は選んだんじゃない。
俺は弱過ぎたんです。
「先生…お願いが」
『ん? なんだね』
先生の声色が一瞬で変わり、真剣なものになる。
俺は嗚咽を抑えながら、先生に告げた、最後の言葉を。
「俺の死を、無駄にしないで、ください」
『おい! ばかなことはやめ』
それ以上の言葉は不要だった。
俺は通知を切って電話を投げ捨てると、閉じ切った窓を全開にした。
途端にまた、舞う紙。
今からの俺にはもう、必要ない。
さらに言えば昨日の時点で、先生の元へ企画の原本を送ってある。
俺の部屋にあるのはコピーだ、現場に来た同僚のやつらに処分されても構わない。
俺すらコピーだ、誰でも出来ることを己だけが出来ると錯覚しただけ、居なくなっても構わない。
俺はその紙吹雪と共に、空へと身を踊らせたーー
それから数日後、ある作家が一冊の本を出すこととなる。
名前こそ彼だが、内容は彼が心を許した一人の勇気ある男が10年もの歳月を掛けており、組織の不正について取材しかき集めた、渾身の一冊。
どういう皮肉か、その男の死を知りたがった多くの人間に支持されることとなる。
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