【完結】俺の教育係は、甘くて意地悪なエリート【α】――未熟御曹司【Ω】の恋レッスン

砂原紗藍

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【第二章】距離が縮まる日々

2.膝の上で、眠りかけの恋

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朝食を終えたあと、冬馬がソファに冊子を広げた。

「律、今日は食事のマナーを教える」
「……めんどくさい」

思わず口をついて出た。
フォークとナイフなんて、普段の生活でそう使う機会もないのに。

「めんどくさくない。これも大事な教養だ」

冬馬は真面目な顔で言う。
ほんと、どこまでも“完璧なエリート”って感じだ。

「フォークとナイフの使い方、知ってるか?」
「……なんとなく」
「“なんとなく”じゃダメだ。ちゃんと覚えろ」

冬馬が実際にフォークとナイフを手に取る。
仕草ひとつひとつが絵になる。
無駄のない動き、姿勢、指先まで美しい。

「まず、フォークは左、ナイフは右。基本だな」
「……知ってる」
「じゃあ、持ち方は?」
「……こう?」

渋々、見様見真似で持つと、すぐに冬馬が眉を寄せた。

「指の位置が違う。ここだ」

冬馬が近づき、俺の手にそっと触れる。
大きくて温かい手が重なって、指の形を直してくる。

「っ……」

一瞬で心臓が跳ねた。
距離が近い。
息が触れるほど近い。

「わかるか?」

低い声が耳のすぐ横を掠める。

「……わかる」

なんとか平静を装う。

「姿勢も大事だ」

冬馬の手が背中に添えられた。
軽く押されるだけで、背筋がすっと伸びる。

「背筋を伸ばして」
「……伸ばしてる」
「もう少し」

軽く押されて、自然と背筋が伸びる。

「そこ。いい姿勢だ」

褒める声が落ち着きすぎていて、余計に意識する。

「いいぞ。そのまま」

冬馬が満足そうに頷いた。
その距離、呼吸が触れそうなほど近い。

「……こんなに近くなくても、教えられるだろ」
「近い方が、わかりやすいだろ?」
「……別に」
「素直じゃないな」

冬馬が少し笑う。
その笑顔がずるい。ムカつくのに、心臓が静かにならない。

「次は、ナイフの動かし方だ」

冬馬が見せる動作は本当に美しくて、静かで、流れるようだ。

「こう、優雅に」
「……言い方が気に入らない」
「やってみろ」
「……わかってる」

真似したけど、やっぱりぎこちない。

「力入りすぎだ」

また手を重ねられる。
指先に冬馬の温度が移ってきて、身体が熱を帯びる。

「こう。力を抜く」

低く囁かれるたび、胸がじわりと熱くなる。

同じ動作を繰り返しながら、指先の感覚を教えられる。
近い。息が触れるたび、肌が熱を帯びていく。

「……わかるか?」
「……わかる」

声が少し掠れていた。

「律、顔赤いぞ」
「……赤くない」
「ま、いいけど」

冬馬の笑い方が優しくて、悔しい。


――夕方。

「律、勉強の時間だ」

書斎に連れて行かれた。

「……何の?」
「経済学だ」

分厚い本が机に置かれる。

「……難しそう」
「大丈夫だ。基礎から教える。ほら、座れ」

隣の椅子が引かれ、自然と距離が近くなる。
近いのがデフォルトなのか、この男は。

「まず、需要と供給の――」

説明を聞きながらも、視線は勝手に冬馬へ向く。
横顔が綺麗で、声が穏やかで、その落ち着きに引き込まれる。

「律、聞いてるか?」
「……聞いてる」
「嘘だな」
「……聞いてるってば」

紙面のグラフを指で示される。
けれど、その指先に目が行く。
長い指、整った爪先――いや、集中しろ。

……と思っているうちに、またまぶたが重くなる。

「律」
「……ん」
「寝るな」
「……寝てない」
「寝てた」

ぐうの音も出ない。冬馬がため息をついた。

「仕方ないな……ちょっと休め」
「……いい、休まなくても」
「無理すんな」

言い切ると同時に、冬馬の手が後ろから支えてきて――
気づけば、頭が冬馬の膝の上に落ち着いていた。

「っ……何してるの」
「膝枕だ」
「いらない」
「いる。少しだけ休め」

冬馬の指が髪をゆっくり撫でる。
優しい、ほどけるような触れ方。

「……っ」

呼吸がすぅっと落ち着いていく。
嫌どころじゃない。安心しすぎて、逆に腹が立つ。

「冬馬……」
「ん?」
「……別に」

何を言おうとしたのか分からなくなった。
冬馬の匂いが近すぎて、思考がまとまらない。

「少しだけだぞ」

低く優しい声が胸の奥に落ちる。
そのまま、瞼がふっと下りた。

冬馬の体温と匂いと手のぬくもり。
全部が、αの“安心”をくれるみたいに心地よかった。

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