リスタート・ショコラ―拾われた俺、溺愛されてます―世界でいちばん甘い場所は、あなたの隣。

砂原紗藍

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新婚旅行のドキドキ

5.メトロポリタンの午後

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タクシーに揺られ、ホテルへ向かう。
窓の外を流れる街の灯が、ぼんやりと滲んで見えた。
心地よい疲れと、幸福な余韻が胸の奥に広がる。

ホテルの部屋に入ると、思わず深く息をついた。

「やっと二人だけになれたな」

拓実が柔らかく笑う。その笑顔だけで、胸が熱くなる。

「そうだね」

拓実がそっと俺を抱き寄せた。
腕の中は、何よりも安心できる場所だった。

「遥、シャワー浴びる?」
「後で」
「じゃあ、今は……」

拓実が唇にそっとキスを落とす。
深く、甘く。体が熱を帯びていく。

「好きだよ、遥」
「俺も……」

そのままベッドに導かれ、二人だけの静かな夜が始まった。
マックスはいない。けれど、今はふたりだけ。
どんな言葉よりも確かなぬくもりが部屋を満たしていた。


――翌朝。

「……おはよう」
「おはよう」

互いに微笑み合うだけで、心が満たされる。
髪を優しく撫でられると、昨夜の余韻がふわりと蘇る。

「今日は何する?」
「観光したいな」
「じゃあ、美術館とか?」
「いいね」
「それとも、もう少しベッドでゆっくりする?」

意地悪そうに笑う拓実に、つい顔が熱くなる。

「……何言ってんだよ」
「冗談だよ」

笑いながら軽く抱きしめられ、穏やかな朝の時間が流れる。
シャワーを浴びて支度を整え、朝食を済ませると、ホテルの窓から見える空はどこまでも澄んでいた。

ホテルを出て、メトロポリタン美術館へ向かう。
街の景色は少しずつ黄昏に染まり、到着した建物の壮大さに息を呑む。

「すげぇ……」
「初めて来たのか?」
「うん、写真で見るよりずっと大きいな」
「じゃあ、今日はじっくり回ろう」

自然に手をつなぐ。
その温もりが、人混みの中でも心を落ち着かせてくれる。

「どこから見る?」
「えっと……古代エジプトが見たい」
「いいね。行こう」

石像や壁画が並ぶエジプト展示室。
何千年も前の息遣いが、今もそこにあるようだった。

「これ、ずっと昔の人が彫ったんだよな……」
「人間って、昔から“何かを残したい”生き物なんだな」

拓実のその言葉が、不思議と心に残った。

次の展示室では、ヨーロッパ絵画が並んでいた。

「うわ、これ教科書で見たやつ!」
「フェルメールだ」
「拓実、詳しいね」
「ヨーロッパ行くことが多いから、仕事の合間によく美術館に寄るんだ」

初めて聞く拓実の一面に、胸の奥が温かくなる。

「この絵、好き?」
「うん。光の使い方が綺麗」
「俺も好きだ。穏やかなのに、芯がある感じ」

二人で並んで絵を見つめる。
その静寂の中に、心地よい時間が流れていった。

「……こういう時間、いいよな」
「俺もそう思う。お前と一緒に見られるのがすげぇ嬉しい」

拓実がそっと手を握ってきた。
美術館を出る頃には、夕暮れが街を染めていた。

「お腹空いたな」
「うん。どこ行く?」
「近くに評判のいいイタリアンがあるよ」
「じゃあ、そこ行こう」

小さなイタリアンレストランで、窓際の席に座る。
キャンドルの灯りがグラスに反射して静かに揺れる。

「今日、楽しかったな」
「俺も。お前といると、何してても楽しいし」
「……お世辞うまいな」
「お世辞じゃないっつーの」

料理が運ばれてきて、ふたりで「いただきます」と笑い合う。
どんな高級レストランより、この時間が贅沢に思えた。

「新婚旅行、もうすぐ終わりだね」
「そうだな」
「……ちょっと寂しいかも」
「でも、日本に帰っても一緒だろ?」

拓実が真っ直ぐに俺を見る。

「……こんな幸せ、ずっと続くのかな」

素直にこぼれた不安に、拓実はすぐ手を伸ばしてくれた。

「続くよ。俺が絶対に、お前を幸せにする」

その言葉は、静かに、けれど確かに胸に響いた。

「……うん、信じる」
「それでいい」

店を出ると、夜風が少し冷たくなっていた。
拓実が肩を抱き寄せる。

「寒くないか?」
「大丈夫」

夜のニューヨークの灯が、宝石みたいに瞬いていた。
その景色よりも、隣の人のぬくもりの方がずっと眩しかった。

「今日も、いい一日だったな」
「うん。本当に」
「これからも、こんな日々をたくさん作ろう」
「……約束」

たとえ旅が終わっても——
このぬくもりだけは、終わらないと思えた。


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