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66 失ったもの
【ヘンリックside】
“病気療養”のためにヘンリックは西にある山脈にほどちかい場所に作られた離宮へと行く事となった。
小さな村が数える程度しかないその土地は子爵へと降爵させられたフォレスター家が一時期暮らしていた土地で、エーヴェルトには『貴方が己の感情を優先してフォレスターを陥れた結果、私たちが暮らす事になった土地です。離宮とは名ばかりの小さな屋敷ですが、私たちが暮らしていた“屋敷”よりはずっとマシなので快適に暮らせると思います』と言われた。
全ては信じるべき者を信じずに、そうでない者を信じてしまった結果だった。
国王との密談のあった日、ローゼリアを攫おうとしたのはヴィルタ公爵だった。今は公爵位には無いので元公爵だが。
ヴィルタはエルランド王家の血脈に連なるローゼリアを使い、他国に援助を求めようとしていたらしい。エーヴェルトにエルランド王家とピオシュ公爵家の後ろ盾がある事を知ったヴィルタは、妹であるローゼリアに価値を見出し、ローゼリアをエルランドではない他国に麦と交換に売り渡すつもりだったらしい。
その場限りの杜撰で計画性の無いものだったので、どの国と交渉するのかもまだ決めておらず、ローゼリアを人質としてエーヴェルトとエルランド王国を脅す案も考えていたと聞いた時には、この男は国を滅ぼすつもりなのだろうかとヘンリックは思ったのだった。
新たに王太子となったエーヴェルトは『閉じられ続けた国の世襲制が生んだ愚か者』とヴィルタを酷評していた。そしてヴィルタのしてきた事をフォレスターの冤罪事件も含めて公の元に晒し、筆頭公爵家がこの程度では国として大きく変わらなければいけないと主張し、ランゲル貴族とエルランド貴族との嫁入りや婿入りの縁談をいくつも纏めていったのだった。
強引とも言える手腕だったが、おかしな冤罪が重罪としてまかり通る国なのだから、この程度の変化は受け入れられるだろう。国として見限られエルランドに攻め入られる可能性もあったのだから、死人が出ないだけ穏やかな改革ですよ。そう言って国の重鎮たちを黙らせていった。
エーヴェルトは没落していた時も派閥に関係なく一部の文官たちと密かに連絡を取り合っていて、立太子をした際には彼らを自らの側近として指名した。フォレスター没落の際に王宮を去った文官たちの中にも少数だが彼を陰ながら支えていた者もおり、そういった者を再び王宮に呼び寄せて官職に復帰させていった。
そうやってエーヴェルトは若い文官たちを中心に自分の足元を固めていったのだった。言うまでもないが、フォレスター没落後に登用されたヴィルタ派の文官や武官たちには能力試験を受けさせて、ほとんどの者が及第点に及ばなかった事を理由に解雇させた。
二年前にフォレスターから財産を奪っていった主だったヴィルタ派の貴族たちは、エルランド王家とピオシュ公爵家の財産を横領したとして、あの時甘い蜜を吸った全ての家が降爵や平民へと身分を変えさせられる等の罰を受けた。
そして麦を融通してくれたエルランドの王家からの下命で、エルランドからランゲルに新たな文官たちがやってきた。今のランゲルの王宮ではランゲル人とエルランド人が共に働いていて、金色の髪色も以前ほど珍しくはなくなっていた。
国としての信用がなくなってしまったので彼らは監視の意味もあって登用されたのだろう。
実質的にエルランド王国の属国になりつつあるような状況ではあるので人材登用に異議を唱える貴族もいた。
しかし、エルランド国内ではランゲルを属国にするという案もあった中、そこを何とか抑えて融和の道を認めてもらった。そもそもエルランドとの融和政策は先の国王陛下のお考えでもあり、結果としてエルランド王家とランゲル王家の血を受け継ぐ自分がいるのだとエーヴェルトが言えばランゲル側の人間は誰も何も言えなかった。
二年前にフォレスターが没落した時はヴィルタ派が主導して王宮の中を変えていった。ヘンリックもあの時は突然の変化に漠然とした不安を抱いていたが、今は部外者として見ているせいか“ランゲルが変わっていく”という客観的な感想しか持てなかった。
もしも自分が王太子のままで、エーヴェルトだけではなくローゼリアとも共に国を変えようと動いていたならどんな国となっていったのだろうか?
ローゼリアは婚約者としてのお茶会でよく政治の話をしていたが、エーヴェルトの妹である彼女と今の自分だったらきっと有意義な時間を過ごせただろう、とヘンリックは現実味のない取り留めの無い事を考えながら、今日で来るのは最後になるだろう書店の二階で離宮へ携行する書物を探していた。
数日前にヴィルタが毒杯を賜り、明日ヘンリックは断種の処置を受けて回復次第、離宮へ向かう事になっている。国王の実子でないと分かってしまった以上、王太子の地位に拘る気持ちはなくなってしまった。
マリーナには一緒に離宮へ行くか離縁して修道院へ行くかを選ばせるつもりだったが、本性を見てしまったマリーナとは共に暮らす事に無理を感じていたので、ヘンリックから離縁を申し出てマリーナは彼女の意思に関係なく修道院へと送られて行った。
あの頃強く感じていたマリーナとの愛は一体何だったのだろうかとヘンリックは今でも時々考える。マリーナへの気持ちは彼女と暮らすようになると、あっという間に目減りして消えてしまった。
彼女の為なら何を犠牲にしてもいい、そう考えた事もあったのに彼女を選んだ事で持っているもの全てを本当に失ってしまった。
“病気療養”のためにヘンリックは西にある山脈にほどちかい場所に作られた離宮へと行く事となった。
小さな村が数える程度しかないその土地は子爵へと降爵させられたフォレスター家が一時期暮らしていた土地で、エーヴェルトには『貴方が己の感情を優先してフォレスターを陥れた結果、私たちが暮らす事になった土地です。離宮とは名ばかりの小さな屋敷ですが、私たちが暮らしていた“屋敷”よりはずっとマシなので快適に暮らせると思います』と言われた。
全ては信じるべき者を信じずに、そうでない者を信じてしまった結果だった。
国王との密談のあった日、ローゼリアを攫おうとしたのはヴィルタ公爵だった。今は公爵位には無いので元公爵だが。
ヴィルタはエルランド王家の血脈に連なるローゼリアを使い、他国に援助を求めようとしていたらしい。エーヴェルトにエルランド王家とピオシュ公爵家の後ろ盾がある事を知ったヴィルタは、妹であるローゼリアに価値を見出し、ローゼリアをエルランドではない他国に麦と交換に売り渡すつもりだったらしい。
その場限りの杜撰で計画性の無いものだったので、どの国と交渉するのかもまだ決めておらず、ローゼリアを人質としてエーヴェルトとエルランド王国を脅す案も考えていたと聞いた時には、この男は国を滅ぼすつもりなのだろうかとヘンリックは思ったのだった。
新たに王太子となったエーヴェルトは『閉じられ続けた国の世襲制が生んだ愚か者』とヴィルタを酷評していた。そしてヴィルタのしてきた事をフォレスターの冤罪事件も含めて公の元に晒し、筆頭公爵家がこの程度では国として大きく変わらなければいけないと主張し、ランゲル貴族とエルランド貴族との嫁入りや婿入りの縁談をいくつも纏めていったのだった。
強引とも言える手腕だったが、おかしな冤罪が重罪としてまかり通る国なのだから、この程度の変化は受け入れられるだろう。国として見限られエルランドに攻め入られる可能性もあったのだから、死人が出ないだけ穏やかな改革ですよ。そう言って国の重鎮たちを黙らせていった。
エーヴェルトは没落していた時も派閥に関係なく一部の文官たちと密かに連絡を取り合っていて、立太子をした際には彼らを自らの側近として指名した。フォレスター没落の際に王宮を去った文官たちの中にも少数だが彼を陰ながら支えていた者もおり、そういった者を再び王宮に呼び寄せて官職に復帰させていった。
そうやってエーヴェルトは若い文官たちを中心に自分の足元を固めていったのだった。言うまでもないが、フォレスター没落後に登用されたヴィルタ派の文官や武官たちには能力試験を受けさせて、ほとんどの者が及第点に及ばなかった事を理由に解雇させた。
二年前にフォレスターから財産を奪っていった主だったヴィルタ派の貴族たちは、エルランド王家とピオシュ公爵家の財産を横領したとして、あの時甘い蜜を吸った全ての家が降爵や平民へと身分を変えさせられる等の罰を受けた。
そして麦を融通してくれたエルランドの王家からの下命で、エルランドからランゲルに新たな文官たちがやってきた。今のランゲルの王宮ではランゲル人とエルランド人が共に働いていて、金色の髪色も以前ほど珍しくはなくなっていた。
国としての信用がなくなってしまったので彼らは監視の意味もあって登用されたのだろう。
実質的にエルランド王国の属国になりつつあるような状況ではあるので人材登用に異議を唱える貴族もいた。
しかし、エルランド国内ではランゲルを属国にするという案もあった中、そこを何とか抑えて融和の道を認めてもらった。そもそもエルランドとの融和政策は先の国王陛下のお考えでもあり、結果としてエルランド王家とランゲル王家の血を受け継ぐ自分がいるのだとエーヴェルトが言えばランゲル側の人間は誰も何も言えなかった。
二年前にフォレスターが没落した時はヴィルタ派が主導して王宮の中を変えていった。ヘンリックもあの時は突然の変化に漠然とした不安を抱いていたが、今は部外者として見ているせいか“ランゲルが変わっていく”という客観的な感想しか持てなかった。
もしも自分が王太子のままで、エーヴェルトだけではなくローゼリアとも共に国を変えようと動いていたならどんな国となっていったのだろうか?
ローゼリアは婚約者としてのお茶会でよく政治の話をしていたが、エーヴェルトの妹である彼女と今の自分だったらきっと有意義な時間を過ごせただろう、とヘンリックは現実味のない取り留めの無い事を考えながら、今日で来るのは最後になるだろう書店の二階で離宮へ携行する書物を探していた。
数日前にヴィルタが毒杯を賜り、明日ヘンリックは断種の処置を受けて回復次第、離宮へ向かう事になっている。国王の実子でないと分かってしまった以上、王太子の地位に拘る気持ちはなくなってしまった。
マリーナには一緒に離宮へ行くか離縁して修道院へ行くかを選ばせるつもりだったが、本性を見てしまったマリーナとは共に暮らす事に無理を感じていたので、ヘンリックから離縁を申し出てマリーナは彼女の意思に関係なく修道院へと送られて行った。
あの頃強く感じていたマリーナとの愛は一体何だったのだろうかとヘンリックは今でも時々考える。マリーナへの気持ちは彼女と暮らすようになると、あっという間に目減りして消えてしまった。
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