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30 初めてお会いしたのですが…
ローゼリアの目の前で令嬢たちが花のようにクルクルと回り、ダンスを踊っている。社交界に出たばかりの彼女たちは緊張して表情が硬くなっていたり、動きがぎこちなくなっているところも初々しく、ローゼリアの目にはどの令嬢も可愛らしく映る。
デビュタントの令嬢たちは可愛らしいが、ドレスだけ見てもこの国は周辺国に比べて遅れている。
エルランド王国でよく見るふわりと広がるドレスではなく、コットやシュールコーをドレスとして着ている国なんて今時ランゲルくらいしかない。どこの国の女性も今はふわりと広がる華やかなドレスを着ている。
エルランド人のローゼリアの母親もシュールコーなんて古くて着たくないと言い、家ではいつもエルランドから取り寄せたドレスを身に纏っていた。
ローゼリアもエルランド製のドレスは着慣れていたし、そちらの方が気に入っていたのだが、この国にはもう長くいるつもりはなかったし、目立つような事をして高位の夫人や令嬢たちに絡まれてもやっかいだと思い、ヘンリックの婚約者時代と同じような服装で今夜も夜会に参加していた。
そして伯爵とファーストダンスを踊った後のローゼリアは、壁の花になりながら自分のデビュタントの時の事を思い出していた。
3年も留学をしていたので、ローゼリアのデビュタントは昨年と遅かった。当時は婚約者だったヘンリックがエスコートするはずだったが、当日になって突然体調不良を理由にエスコートをしてもらえなかった。
急な事ではあったので、兄のエーヴェルトが妹のデビュタントだからと当時の婚約者だった令嬢にエスコートの断りを入れてくれて、兄がエスコートもファーストダンスも相手をしてくれた。
ダンスの練習相手はいつもエーヴェルトがしてくれていたので、ローゼリアはデビュタントのダンスも緊張せずに踊る事ができて、兄妹ならではの息の合った華麗なダンスに会場が湧き、王太子の婚約者として恥をかくような事は無かった。
(お兄様、今頃はどうされているのかしら)
エーヴェルトとは何度か手紙のやり取りをしていたが、手紙には父や母の体調の事や季節の事等の当たり障りの無い事しか書かれておらず、エルランドでどのような仕事をしているのか等の事はローゼリアにはわからないままだった。
ローゼリアの目にデビュタントを迎えた令嬢と踊るヘンリックの姿が映る。ファーストダンスで婚約者のマリーナと踊った後は、デビュタントの令嬢たちと踊っているようだった。
ヘンリックは瞳も髪色も黒色で、瞳は切れ長の整った形をしている。生粋のランゲル人として好ましい顔立ちをしている上に、外面は良かったから令嬢たちの人気は高い。今日はデビュタントの思い出だからと令嬢たちからせがまれてダンスのお相手をしているのだろう。
ローゼリアは公爵令嬢時代、デビュタントから生家が没落するまでに数回ほど夜会に出たが、どの夜会でもヘンリックはローゼリアが出るものは公務や体調不良を理由に一度も出席しなかった。
ダンスどころか、夜会でエスコートすらされたことがないまま婚約破棄となってしまった。
父や兄はヘンリックの不実な対応に憤ってくれていたが、ローゼリアは婚約者を蔑ろにして恋人を優先するような男のエスコートなんてこちらからお断りだと思っていたので、断ってくれて良かったと思っていたし、エスコートの相手なら父や兄がいるので不便を感じてはいなかった。
(どうしても合わない相手っていますわよね)
ローゼリアがいる時のヘンリックはいつもつまらなそうな表情をしていた。不機嫌な感情を隠そうとしないヘンリックにローゼリアも内心ではげんなりとしていた。だから夜会であの表情のヘンリックにエスコートされなくて良かったとさえ今でも思う。
「あらあ、お久し振りですわね」
自分に向けて声を掛けられたようなので、声の方を見てみたらマリーナが数人の令嬢を連れて目の前にいた。
お久し振りも何もローゼリアはマリーナと対面するのは初めてだった。
ローゼリアは無言でカーテシーをする。お手本のようにとても美しい姿勢だった。
「あらいやだ、平民になられると挨拶のやり方もお忘れになってしまいますの?」
そう言いながらマリーナは一緒にいる令嬢たちと嫌な感じに笑いだす。
「………」
ローゼリアはカーテシーの姿勢を崩さないまま動かなかった。
「何かおっしゃったらどうなのかしら?」
マリーナが手に持っていた扇をローゼリアの顎に当てて上を向かせようとする。
ローゼリアの姿勢が崩れそうになった時に彼女たちに声を掛ける者がいた。
「何かあったのか?マリーナ」
声の主は、先ほどまで令嬢たちと踊っていたヘンリックだった。何人もの令嬢たちと連続して踊っていたので、額には汗を浮かべている。
(私がヴィルタ令嬢に何かするとでも思ったのかしら?)
あまりに早い行動にローゼリアは表情には出さなかったが、内心で唖然としていた。
「ヘンリックさまぁ、ローゼリア様が私にご挨拶をして下さいませんの」
「そうなのか?オルコット夫人」
ヘンリックがオルコット夫人と発したところで、後ろにいる令嬢たちはクスクスと笑い始める。30歳も年上の男に嫁いだのだと馬鹿にしたいのだろう。
「いいえ、私はヴィルタ様からのお声掛けを待っていました」
「どういう事だ?」
「ヴィルタ様の事は存じておりますが、初めてお会いする方でしたので身分が下の私からのお声掛けは憚られました」
家が敵対派閥同士だったローゼリアとマリーナは子供の頃を含めてもほとんど面識が無かった。ローゼリアよりマリーナの方が社交会デビューは2年早かったが、これまで二人が夜会で行き会う事は無かった。
ヴィルタ家の養子になり公爵令嬢となったマリーナと伯爵夫人のローゼリアとでは、王太子妃となる前であってもマリーナの方が身分が高い。なのでローゼリアは貴族としての当たり前のルールを守っただけだった。
マリーナは自分のマナー違反を指摘されて顔を赤くする。照れているわけではないのは、扇を握る手がギリギリと扇を反らせていることからもよくわかる。
(感情が表に出るようではまだまだ駄目ね)
「マリーナ、夫人の話していることは事実か?」
「………はい、そうです」
マリーナは子供が不貞腐れた時にするように唇を前に出してヘンリックの問いに答える。
「夫人、済まなかった。詫びにこの後のダンスにお誘いしても?」
ヘンリックが外向きの笑顔を浮かべながらそう言うと、マリーナはハッとした表情を浮かべてローゼリアを睨みつける。
「お言葉だけ有り難く頂戴致しますわ。殿下の貴重なお時間は、デビュタントのご令嬢たちの為にお使い下さいませ。デビュタントは人生で一度きりですから」
そう言ってローゼリアは口の端を上げて笑った。貴族然としたこの微笑みをヘンリックが嫌っていたのを知っていたから敢えてそのように笑って見せた。
そして言葉の端には、ローゼリアのデビュタントの時にいなかった事に対して皮肉を込めて言ってみたのだが、元婚約者には伝わっただろうか?
「そうか、では少し休憩したらまたダンスホールに戻る事にしよう。……そういえば夫人はこんなに小柄だったか?」
ふと気付いたと言うようにヘンリックは顎に手を当てて、感じた疑問をそのまま口にした。
「それはきっと殿下のお背がお伸びになられたからでしょう。私はこの数年は大して身長が伸びませんでしたから」
ヘンリックがローゼリアを最後にエスコートしたのは留学前のお茶会だった。あの頃のヘンリックは今よりも背が低く、ローゼリアとは視線の高さが同じくらいだった。留学から戻ってみたらヘンリックの身長がかなり伸びた事に驚いたのだった。
昨年ヘンリックと会ったのは王宮での茶会くらいで、それも数える程度の回数だった。ローゼリアはいつもヘンリックよりも先に入室して後から退室していたので、着席していた姿ばかり見ていたせいで身長差に気付かなかったのだろう。
だが挨拶の時にはいつも席から立ってカーテシーを毎回していた。ローゼリアといる時は視線を外す事の多かった彼はきっとローゼリアのカーテシーなんて見ていなかったのだろう。
これまでローゼリアに興味を持った事が一度も無かった彼なのだからエスコートをしていても気付かなかったかもしれない。もう彼と会話をする必要は無くなったので、今さらローゼリアとの身長差に気付いても話の種にすらならないが。
(殿下が私の事で何か興味を持たれたのはこれが初めてですわね)
ヘンリックはまだ何か考えるような仕草をしているが、二人にしか分からない会話をしている事に苛立ったマリーナが思索しているヘンリックの行動を遮ろうと声を掛ける。
「ヘンリック様、もう行きましょう」
「ああ、では夫人はこの後も夜会を楽しんでくれ」
「仰せの通りに」
やっとこの時間が終わったと思ったローゼリアは再びカーテシーを取るのだった。
デビュタントの令嬢たちは可愛らしいが、ドレスだけ見てもこの国は周辺国に比べて遅れている。
エルランド王国でよく見るふわりと広がるドレスではなく、コットやシュールコーをドレスとして着ている国なんて今時ランゲルくらいしかない。どこの国の女性も今はふわりと広がる華やかなドレスを着ている。
エルランド人のローゼリアの母親もシュールコーなんて古くて着たくないと言い、家ではいつもエルランドから取り寄せたドレスを身に纏っていた。
ローゼリアもエルランド製のドレスは着慣れていたし、そちらの方が気に入っていたのだが、この国にはもう長くいるつもりはなかったし、目立つような事をして高位の夫人や令嬢たちに絡まれてもやっかいだと思い、ヘンリックの婚約者時代と同じような服装で今夜も夜会に参加していた。
そして伯爵とファーストダンスを踊った後のローゼリアは、壁の花になりながら自分のデビュタントの時の事を思い出していた。
3年も留学をしていたので、ローゼリアのデビュタントは昨年と遅かった。当時は婚約者だったヘンリックがエスコートするはずだったが、当日になって突然体調不良を理由にエスコートをしてもらえなかった。
急な事ではあったので、兄のエーヴェルトが妹のデビュタントだからと当時の婚約者だった令嬢にエスコートの断りを入れてくれて、兄がエスコートもファーストダンスも相手をしてくれた。
ダンスの練習相手はいつもエーヴェルトがしてくれていたので、ローゼリアはデビュタントのダンスも緊張せずに踊る事ができて、兄妹ならではの息の合った華麗なダンスに会場が湧き、王太子の婚約者として恥をかくような事は無かった。
(お兄様、今頃はどうされているのかしら)
エーヴェルトとは何度か手紙のやり取りをしていたが、手紙には父や母の体調の事や季節の事等の当たり障りの無い事しか書かれておらず、エルランドでどのような仕事をしているのか等の事はローゼリアにはわからないままだった。
ローゼリアの目にデビュタントを迎えた令嬢と踊るヘンリックの姿が映る。ファーストダンスで婚約者のマリーナと踊った後は、デビュタントの令嬢たちと踊っているようだった。
ヘンリックは瞳も髪色も黒色で、瞳は切れ長の整った形をしている。生粋のランゲル人として好ましい顔立ちをしている上に、外面は良かったから令嬢たちの人気は高い。今日はデビュタントの思い出だからと令嬢たちからせがまれてダンスのお相手をしているのだろう。
ローゼリアは公爵令嬢時代、デビュタントから生家が没落するまでに数回ほど夜会に出たが、どの夜会でもヘンリックはローゼリアが出るものは公務や体調不良を理由に一度も出席しなかった。
ダンスどころか、夜会でエスコートすらされたことがないまま婚約破棄となってしまった。
父や兄はヘンリックの不実な対応に憤ってくれていたが、ローゼリアは婚約者を蔑ろにして恋人を優先するような男のエスコートなんてこちらからお断りだと思っていたので、断ってくれて良かったと思っていたし、エスコートの相手なら父や兄がいるので不便を感じてはいなかった。
(どうしても合わない相手っていますわよね)
ローゼリアがいる時のヘンリックはいつもつまらなそうな表情をしていた。不機嫌な感情を隠そうとしないヘンリックにローゼリアも内心ではげんなりとしていた。だから夜会であの表情のヘンリックにエスコートされなくて良かったとさえ今でも思う。
「あらあ、お久し振りですわね」
自分に向けて声を掛けられたようなので、声の方を見てみたらマリーナが数人の令嬢を連れて目の前にいた。
お久し振りも何もローゼリアはマリーナと対面するのは初めてだった。
ローゼリアは無言でカーテシーをする。お手本のようにとても美しい姿勢だった。
「あらいやだ、平民になられると挨拶のやり方もお忘れになってしまいますの?」
そう言いながらマリーナは一緒にいる令嬢たちと嫌な感じに笑いだす。
「………」
ローゼリアはカーテシーの姿勢を崩さないまま動かなかった。
「何かおっしゃったらどうなのかしら?」
マリーナが手に持っていた扇をローゼリアの顎に当てて上を向かせようとする。
ローゼリアの姿勢が崩れそうになった時に彼女たちに声を掛ける者がいた。
「何かあったのか?マリーナ」
声の主は、先ほどまで令嬢たちと踊っていたヘンリックだった。何人もの令嬢たちと連続して踊っていたので、額には汗を浮かべている。
(私がヴィルタ令嬢に何かするとでも思ったのかしら?)
あまりに早い行動にローゼリアは表情には出さなかったが、内心で唖然としていた。
「ヘンリックさまぁ、ローゼリア様が私にご挨拶をして下さいませんの」
「そうなのか?オルコット夫人」
ヘンリックがオルコット夫人と発したところで、後ろにいる令嬢たちはクスクスと笑い始める。30歳も年上の男に嫁いだのだと馬鹿にしたいのだろう。
「いいえ、私はヴィルタ様からのお声掛けを待っていました」
「どういう事だ?」
「ヴィルタ様の事は存じておりますが、初めてお会いする方でしたので身分が下の私からのお声掛けは憚られました」
家が敵対派閥同士だったローゼリアとマリーナは子供の頃を含めてもほとんど面識が無かった。ローゼリアよりマリーナの方が社交会デビューは2年早かったが、これまで二人が夜会で行き会う事は無かった。
ヴィルタ家の養子になり公爵令嬢となったマリーナと伯爵夫人のローゼリアとでは、王太子妃となる前であってもマリーナの方が身分が高い。なのでローゼリアは貴族としての当たり前のルールを守っただけだった。
マリーナは自分のマナー違反を指摘されて顔を赤くする。照れているわけではないのは、扇を握る手がギリギリと扇を反らせていることからもよくわかる。
(感情が表に出るようではまだまだ駄目ね)
「マリーナ、夫人の話していることは事実か?」
「………はい、そうです」
マリーナは子供が不貞腐れた時にするように唇を前に出してヘンリックの問いに答える。
「夫人、済まなかった。詫びにこの後のダンスにお誘いしても?」
ヘンリックが外向きの笑顔を浮かべながらそう言うと、マリーナはハッとした表情を浮かべてローゼリアを睨みつける。
「お言葉だけ有り難く頂戴致しますわ。殿下の貴重なお時間は、デビュタントのご令嬢たちの為にお使い下さいませ。デビュタントは人生で一度きりですから」
そう言ってローゼリアは口の端を上げて笑った。貴族然としたこの微笑みをヘンリックが嫌っていたのを知っていたから敢えてそのように笑って見せた。
そして言葉の端には、ローゼリアのデビュタントの時にいなかった事に対して皮肉を込めて言ってみたのだが、元婚約者には伝わっただろうか?
「そうか、では少し休憩したらまたダンスホールに戻る事にしよう。……そういえば夫人はこんなに小柄だったか?」
ふと気付いたと言うようにヘンリックは顎に手を当てて、感じた疑問をそのまま口にした。
「それはきっと殿下のお背がお伸びになられたからでしょう。私はこの数年は大して身長が伸びませんでしたから」
ヘンリックがローゼリアを最後にエスコートしたのは留学前のお茶会だった。あの頃のヘンリックは今よりも背が低く、ローゼリアとは視線の高さが同じくらいだった。留学から戻ってみたらヘンリックの身長がかなり伸びた事に驚いたのだった。
昨年ヘンリックと会ったのは王宮での茶会くらいで、それも数える程度の回数だった。ローゼリアはいつもヘンリックよりも先に入室して後から退室していたので、着席していた姿ばかり見ていたせいで身長差に気付かなかったのだろう。
だが挨拶の時にはいつも席から立ってカーテシーを毎回していた。ローゼリアといる時は視線を外す事の多かった彼はきっとローゼリアのカーテシーなんて見ていなかったのだろう。
これまでローゼリアに興味を持った事が一度も無かった彼なのだからエスコートをしていても気付かなかったかもしれない。もう彼と会話をする必要は無くなったので、今さらローゼリアとの身長差に気付いても話の種にすらならないが。
(殿下が私の事で何か興味を持たれたのはこれが初めてですわね)
ヘンリックはまだ何か考えるような仕草をしているが、二人にしか分からない会話をしている事に苛立ったマリーナが思索しているヘンリックの行動を遮ろうと声を掛ける。
「ヘンリック様、もう行きましょう」
「ああ、では夫人はこの後も夜会を楽しんでくれ」
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