白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都

文字の大きさ
23 / 31

23 信頼されたい

しおりを挟む
 ローゼリアからの手紙を何度も読み返しているうちに朝食の時間となってしまい、ヘンリックは部屋で朝食を摂ってから執務室へと向かった。

 いつもなら早い時間から執務室にいるヘンリックだったが、今日は定時に出仕をしたのでほとんどの者が既に席に着いて仕事に取りかかっていた。

「義兄上はどうした?」

 普段はヘンリックよりも早い時間に出仕し、仕事を始めているはずのエーヴェルトが今日は執務室にいなかった。

「フォレスター様は妃殿下の執務室にいらっしゃいます。夜会の準備の件で問題があったようで、昨夜からあちらに詰めていらっしゃるそうです」

 夜会の準備については王太子妃であるローゼリアの主導で進めていた。兄妹であっても担当が違うのだからエーヴェルトがあちらの執務室に詰めているというのはおかしな話であった。昨夜からというのは緊急性を要する問題が起きてしまったのだろうか?

「様子を見てくる」

 そう言ってヘンリックは自分の執務室を出て、三部屋隣にあるローゼリアの執務室へ向かう。

 王太子妃の執務室に入室しようとしてドアの前まで来ると、向こうからドアが開いて部屋の中から文官服を来た者と鉢合わせをした。急いでいる様子の彼は、ヘンリックの顔を見ると慌てて頭を下げる。

「おっ、王太子殿下、申し訳ありませんっ」

「あ、ああ」

 文官はヘンリックに咎める様子が無い事を認めると、慌てたように足早に何処かへ去って行ってしまった。

 ローゼリアの執務室に入ってまず目に入ってきたのが、一番奥の窓際に置かれた大きな机を使っているローゼリアの姿で、彼女は机一杯に書類を広げて何か計算をしているようだった。

 他に部屋にいるのは、それぞれの席について書類を見ている文官が二人と、応接セットのソファに座って書類の確認をしているエーヴェルトだった。

 エーヴェルトの服は昨日のままで、いつもは整えられている髪も乱れ気味になっている。普段は余裕の表情を浮かべて落ち着き払っている彼にしては珍しい様子で、頭をポリポリと掻きながら舌打ちをしたのだった。

「……まずいな、ロゼ。大広間のすぐそばの化粧室と不浄、休憩室周りの警備がやけに手薄だ。何か仕掛けられているかもしれないから、当日は大広間からは極力出るな。社交は父上に任せて僕も途中から警備の応援に回る」

「承知しました。フォレスターの騎士団の中には男爵や子爵の令息がいますから、密かに彼らを警備に回して頂いてもよろしいかしら?」

「そうだな、ロゼから父上にその旨を認めた手紙を至急送って欲しい。それと彼らは招待客として紛れ込ませたいから、急だが招待状も同封してくれ」

 そう言われたローゼリアは紙に何かをサラサラと何かを書いていくと、それを一人の文官に向かって見せる。

「レイフ、フォレスター公爵への手紙と招待状の手配をお願いしてもよろしいかしら? 招待状はこちらの者たちの名前でお願い」

「はい、承知致しました」

 ローゼリアに声を掛けられた文官は立ち上がり、ローゼリアから書類を受け取る。

 いつもよりも早口で喋るローゼリアの様子からも、何かが起きている事がヘンリックにも分かった。

 ヘンリックをちらりと見たローゼリアが手を止めて書類を机の上に置く。

「一度休憩にしましょう。……申し訳ございませんわね殿下、このような状況ですので何もお構いできませんわ」

 ちらりとヘンリックを見たローゼリアは、そう言いながらもベルを鳴らして侍女を呼び、お茶を用意するようにと指示をした。

「いや、義兄上がこちらだと聞いたので様子を見に来た。何か問題があったのか?」

 ヘンリックの問いにエーヴェルトは書類を見たままの姿勢で答える。

「昨晩、担当の者が調理場にて夜会で使う食材の確認をしたところ、何者かが発注を変えたらしい事が分かりました。なので夜会で使う全ての物品の確認をこちらでしているのですが、いくつかの物品の発注内容が変えられていました。今は警備の見直しをしようと、こちらにある警備の計画書の原本と、騎士団に渡した写しを見比べていましたら騎士団にある方の人員配置が書き替えられていました。予定よりも少ない人数で進められていたようです。今から王宮騎士の増員は難しいので、フォレスターで何とかします。食材の発注はただ今王都に人行かせて直接確保する予定です。人を何人も介して起きた事なので、今回は王太子妃の執務室の者たちで直接発注をし直しているところです。犯人探しにつきましては夜会が終わりましたら進めます」

「私の執務室からも人をやった方がいいか?」

「いいえ、少人数で動きたいので、私がこちらに詰める事をお許しいただければ充分です。王家への陳情書もまた溜まってきていますし、殿下はそちらの処理をお願い致します」

 その時ドアが開いて、先ほどヘンリックがすれ違った者とは違う文官が現れた。

「妃殿下っ、市場にて食材の確保が全て出来ました!」

 文官の言葉にエーヴェルトが声を上げる。

「よし、よくやった! 残りは花と酒が何とかなれば大丈夫だな。酒にアテはあるが花が無ければあの中庭のバラを使うか? そういえば用意する食器類も準備が出来ているかはまだ見ていなかったな。戻って来たばかりで悪いが食器類の確認してもらえるか?」

「はいっ」

 エーヴェルトに指示で、食材を確保した文官は再び執務室から出て行った。

 ふう、と一息ついてエーヴェルトはソファの背もたれに寄り掛かかった。

「これで何とかなりそうだな。……このような細かな嫌がらせをよくも思い付くな。よほどロゼに失敗をさせたいらしい。僕も直接備品類の確認をしたが、置き場が点在していて移動にかなりの時間を取られた。ロゼ、次からは事前にどこかに纏めて置いておいた方がいいだろう。それと昨夜から詰めているレイフとミカルは仮眠を取っただけだから今日は早めに帰らせてやって欲しい」

「もちろんですわ。お兄さまも今日はあまり寝ていらっしゃらないからお疲れなのでは?」

 ローゼリアが心配そうな表情でエーヴェルトを見る。ローゼリアと目が合ったエーヴェルトはそれまでの眼光の鋭さを消してにこりと笑った。

「僕は一日くらい寝なくても大丈夫さ。次はもう失敗したくないからね」

「……次?」

 ヘンリックの呟きにローゼリアとエーヴェルトの動きがぴたりと止まった。

「今回の夜会は妃殿下のお披露目を兼ねたものです。我々は昨年のデビュタントの時からずっとしくじっていますから、これ以上の失敗はしたくないという意味です」

 エーヴェルトの口調はどこか棘々しさがあった。あまり眠っていないせいか今朝の彼は感情を取り繕う事をしていないようだった。

 ローゼリアのデビュタントの日、エスコートをしたくないという子供じみた理由からヘンリックは当日になって体調が悪いからと夜会に参加をしなかった。

 そしてそれ以降もローゼリアとの参加を避けるように、彼女が参加する夜会には当日に執務を多く詰め込んだり、そうでない時は何度も調子が悪い等と何かと理由をつけて、前シーズンの途中まではローゼリアと一緒に夜会に参加をしてこなかったのだ。

 シーズン途中からは夜会へ共に参加をするようになったが、入場が終わってからはいつも別々に行動をしていた。

 なのでローゼリアは婚約者にエスコートされない令嬢と陰で言われていたのだ。

 ローゼリアがどれだけ美しいカーテシーを見せても、隣にヘンリックがいないだけで貴族たちの目は厳しいものとなっていた。いくら結婚式で仲が良さそうに見せても、普段の不仲を知っている貴族たちはローゼリアの価値を低く見ていた。

 あれだけ冷遇をされているのなら、廃妃になるのは時間の問題だと思われているのだ。

「……今度の夜会は、必ず参加をする」

 ヘンリックはぽつりとそう言ったが、ローゼリアもエーヴェルトも無言だった。

 もうあの頃とは違うのだと頭では分かってはいても、王太子の婚約者としての彼女の顔と彼女の家に散々泥を塗ってきた事実を消す事は出来ないし、ヘンリックが変わったのはごく最近で、彼には信頼を積み上げる時間も実績もなく、今はまだ信頼をされていないのだ。だから今回の事もローゼリアはヘンリックに相談をせずにエーヴェルトと対応に当たっていたのだろう。

 自分が変わったという事をヘンリックは全ての人に見せていかないといけない。

 だから今度の夜会はヘンリックにとっても、ローゼリアと共に歩いていく為の第一歩として重要な夜会でもあるのだとヘンリックは改めて思うのだった。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

ここだけの話だけど・・・と愚痴ったら、婚約者候補から外れた件

ひとみん
恋愛
国境防衛の最前線でもあるオブライト辺境伯家の令嬢ルミエール。 何故か王太子の妃候補に選ばれてしまう。「選ばれるはずないから、王都観光でもしておいで」という母の言葉に従って王宮へ。 田舎育ちの彼女には、やっぱり普通の貴族令嬢とはあわなかった。香水臭い部屋。マウントの取り合いに忙しい令嬢達。ちやほやされてご満悦の王太子。 庭園に逃げこみ、仕事をしていた庭師のおじさんをつかまえ辺境伯領仕込みの口の悪さで愚痴り始めるルミエール。 「ここだけの話だからね!」と。 不敬をものともしない、言いたい放題のルミエールに顔色を失くす庭師。 その後、不敬罪に問われる事無く、何故か妃選定がおこなわれる前にルミエールは除外。 その真相は? ルミエールは口が悪いです。言いたい放題。 頭空っぽ推奨!ご都合主義万歳です!

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 第18回恋愛小説大賞で、『奨励賞』をいただきましたっ! ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚
恋愛
「白い結婚でいい。 平凡で、静かな生活が送れれば――それだけで幸せでしたのに。」 婚約破棄され、行き場を失った伯爵令嬢アナスタシア。 彼女を救ったのは“冷徹”と噂される公爵・ルキウスだった。 二人の結婚は、互いに干渉しない 『白い結婚』――ただの契約のはずだった。 ……はずなのに。 邸内で起きる不可解な襲撃。 操られた侍女が放つ言葉。 浮かび上がる“白の一族”の血――そしてアナスタシアの身体に眠る 浄化の魔力。 「白の娘よ。いずれ迎えに行く」 影の王から届いた脅迫状が、運命の刻を告げる。 守るために剣を握る公爵。 守られるだけで終わらせないと誓う令嬢。 契約から始まったはずの二人の関係は、 いつしか互いに手放せない 真実の愛 へと変わってゆく。 「君を奪わせはしない」 「わたくしも……あなたを守りたいのです」 これは―― 白い結婚から始まり、影の王を巡る大いなる戦いへ踏み出す、 覚醒令嬢と冷徹公爵の“運命の恋と陰謀”の物語。 ---

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

もう演じなくて結構です

梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。 愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。 11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。   感想などいただけると、嬉しいです。 11/14 完結いたしました。 11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。

【受賞&本編完結】たとえあなたに選ばれなくても【改訂中】

神宮寺 あおい
恋愛
人を踏みつけた者には相応の報いを。 伯爵令嬢のアリシアは半年後に結婚する予定だった。 公爵家次男の婚約者、ルーカスと両思いで一緒になれるのを楽しみにしていたのに。 ルーカスにとって腹違いの兄、ニコラオスの突然の死が全てを狂わせていく。 義母の願う血筋の継承。 ニコラオスの婚約者、フォティアからの横槍。 公爵家を継ぐ義務に縛られるルーカス。 フォティアのお腹にはニコラオスの子供が宿っており、正統なる後継者を望む義母はルーカスとアリシアの婚約を破棄させ、フォティアと婚約させようとする。 そんな中アリシアのお腹にもまた小さな命が。 アリシアとルーカスの思いとは裏腹に2人は周りの思惑に振り回されていく。 何があってもこの子を守らなければ。 大切なあなたとの未来を夢見たいのに許されない。 ならば私は去りましょう。 たとえあなたに選ばれなくても。 私は私の人生を歩んでいく。 これは普通の伯爵令嬢と訳あり公爵令息の、想いが報われるまでの物語。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 読む前にご確認いただけると助かります。 1)西洋の貴族社会をベースにした世界観ではあるものの、あくまでファンタジーです 2)作中では第一王位継承者のみ『皇太子』とし、それ以外は『王子』『王女』としています →ただ今『皇太子』を『王太子』へ、さらに文頭一文字下げなど、表記を改訂中です。  そのため一時的に『皇太子』と『王太子』が混在しております。 よろしくお願いいたします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誤字を教えてくださる方、ありがとうございます。 読み返してから投稿しているのですが、見落としていることがあるのでとても助かります。 アルファポリス第18回恋愛小説大賞 奨励賞受賞

処理中です...