大阪は踊る!

高遠響

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1巻

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 第一章 全ては道頓堀から始まった



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 二〇一×年。
 ここは大阪、道頓堀。コテコテの大阪の象徴、ソースたっぷりのお好み焼きのような街である。
 巨大なグリコの看板や大きなカニのロボットがお出迎えしてくれるこの通りは、いつもアルコールがしこたま入ったオッサンの集団や、光物のついたアニマル柄のビビッドなファッションのオバサマ達、デートやコンパで浮かれている若者達で賑わっている。あちこちで粉モンの焼ける匂いが漂い、ガチャガチャした騒音と喧騒で満ち溢れているこの界隈だが、今日は一段と騒々しい、いやほとんどお祭り騒ぎといった様子になっていた。
 道頓堀に向かって走っている心斎橋筋や戎橋えびすばし筋にも、その周辺にある宗右衛門町そうえもんちょうや法善寺横丁などにも週末の夜の二倍はあろうかという人が溢れていた。その人の群れは皆ある一箇所に向けて流れているようだった。
 空にはヘリコプターが一機、二機、バタバタと腹に響くような爆音を立てながらミナミ上空を何度も旋回している。

「えらい人やなぁ」
「これ、皆テレビみたんやろか?」
「阪神優勝したみたいな騒ぎやな」
「阪神いうたら、今年は調子ええやないか。このまま行ったら優勝やな」
「まだ四月やないの、そのうち息切れするで」
「ええがな、何でも夢は大きく持たなアカン」

 空からの騒音にかき消されないように人々が大声で会話を交わしている。その人混みを目当てに通りの店からは客寄せの声がかかる。

「道頓堀弁当、いかがですか~。立ったままでも食べられるよ~」
「たこ焼きうてや~」

 甲子園のかちわりの売り子よろしく、首からたこ焼きのパックを山盛りに積んだケースをぶらさげて、オネエチャンが人ごみを縫うようにして歩き回っている。
 耳がおかしくなりそうな騒々しさ。まったく異常なまでの盛り上がりだ。
 人々の群れの向かう先はどうやら、道頓堀にかかっている戎橋(通称ひっかけ橋)のようだ。橋の上には信じられないような数の人が押しかけ、それがまた揃って欄干に貼り付いて道頓堀を覗き込んでいた。

「あれか? あれがそうなんか?」
「うわあ、ホンマやったんや~。すごいなぁ」
「すげ~! わあ、噴水みたいになってるで」
「くっさー! めちゃめちゃ油くさいやんけ! たまらんわ」
「川、真っ黒やんか。凄い量やな、これ」
「おい! お前! ここは火気厳禁や! 煙草吸うな! わしらを焼肉にする気か」

 橋から川を覗き込む人々の顔には驚きと興奮が満ち溢れていた。こんな事が実際にあるなんて、まさに事実は小説より奇なり。さあ、これからオモロイ事がはじまるでぇ……。誰もが心の中でそう思っているに違いなかった。

「はあああい! 十分経ちました~! 次のグループと交替です。速やかに橋から出てください! お出口はこちら~!」

 阪神タイガースの黄色いハッピを着た地元商店街のおじさんが、ハンドメガホンをガーガー言わせながら叫んでいる。よく見ると橋の入口にも中ほどにも出口にも黄色いハッピの人間が黄色いメガホンを持って人員整理をしていた。
 促された人々は名残おしそうに振り返りながら、興奮した面持ちで声高に喋りながら移動していき、入れ替わりに心斎橋側の橋のたもとから、新しい集団が入ってくる。

「はい、一回十分、百円やで! もっかい見る人はぐるっと回って、並びなおしてや~! 待ち時間? あ~、待ち時間は三時間やで~!」

 黄色いハッピのおじさんが商店街で鍛えた喉を鳴らしている。
 橋の中央に立っていたハッピ姿の前田拓郎は呆然としながら、熱気むんむんの人の群れを眺めていた。真面目そうで気の良さそうなこの青年は、商店街の人々とは少し違うおどおどしたような表情を浮かべ、ほとんど棒立ちになっていた。朝からずっとここで立たされているので、もう疲れも限界だ。ただでさえ猫背気味なのに、ますます縮んでしまいそうだった。疲れた頭には目の前の光景がまるで夢の中のそれのように見える。それもどちらかと言うと、悪夢。好奇心で目をぎらぎらさせた民衆の顔、顔、顔。頭がくらくらしてくる。

「前田さ~ん、交替です。休憩してきて下さい」

 橋の向こうから同じように黄色いハッピを着た若い男が走ってきた。はっと我に返り、拓郎は声の方を見た。商店街の乾物屋の息子だ。

「たこつぼの小路しょうじさんが呼んでましたよ。まかない出来ましたって」
「はい」

 拓郎は自分より少し若い青年に丁寧に頭を下げた。

「しっかし、凄いことになりましたね」
「まったく」

 拓郎は困ったような顔をして溜息をついた。

「こんなお祭り騒ぎになってしもて……。どないしょう」
「ええやないですか」

 青年は快活な笑みを浮かべた。

「これから一儲け、二儲けしまっせ! 神さんがくれたプレゼントや。道頓堀から石油が湧くなんて! こんなアホな話、聞いた事もないわ。そら、オモロイ事になりまっせ!」
「オモロイって。そんな、無責任な……」


 道頓堀に石油が湧く。そう、そんなアホな話があるわけない。これはきっと夢だ。拓郎は自分のほっぺたをつねってみた。この三日間、何度もつねっているのだが、どうもこの夢から逃れることが出来ないのだ。
 橋の上から道頓堀を見れば、普段どんよりと濁った緑色の川面かわもは真っ黒のてらてら光る原油ですっかり覆われている。ごぼごぼと湧き上がる原油の吹き出し口を見ていると、ゴジラかなにか得体の知れない怪獣がぬうっとでてくるような気がして、お尻の辺りがもぞもぞしてくる。
 ありえない現実にすっかり取り残されている拓郎とは対照的に、目の前の青年はらんらんと目を輝かせ、生き生きと走り回っている。そういえば、昨日の晩も商店街の寄り合いで興奮気味に働いていた。そうだ、祭りの時にはこんな目をした男達をたくさん見る。今はこの界隈の全ての人々が祭りの目をしていた。アドレナリンでベロベロに酔っ払っているようなものだ。

「早く行ってくださいよ。小路さんイラチやから、もたもたしてたらドヤされまっせ」
「あ、はい」

 拓郎は青年に背中を押され、慌てて走り出した。


 拓郎は人混みをかき分けて、川沿いの道を急ぐ。道頓堀沿いの一角に目的地であるたこ焼き屋「たこつぼ」があった。古びた木造の狭い間口はなかなか風情がある。昭和の匂いがした。
 建付けの悪い引き戸をがたがた言わせながら開けると、中からやたら明るい白い光が溢れ、思わず拓郎は顔をしかめた。

「おかえりなさい! あの子がそうですわ」

 店の主である小路やすえが飛んできた。

「拓郎くん、はよ入って!」

 拓郎の腕をぐいぐい引っ張る。

「な、なんですか? わあっ?」

 拓郎の目の前には大きなカメラを肩から担いだカメラマンや、長い棒の先に掃除のモップのような大きなマイクをぶら下げた音声さん、ハロゲンライトを構えた照明さん、そしてハンドマイクを手にした美人のテレビリポーターが待ち構えていた。

「なんなんですか! この騒ぎは?」

 拓郎は思わず悲鳴を上げた。

「いいからいいから」

 やすえが拓郎をぐいぐいひっぱり、傍のテーブルに追いやった。そこには既に先客が座っている。同僚の山本華子と、上司の広瀬康夫だった。

「お~、拓郎遅かったな」
「皆だいぶ前からスタンバってたんですよ」

 二人からかわるがわる声をかけられる。
 目の前で展開している事態が飲み込めなくて、拓郎の頭は真っ白になった。

「これで全員ですわ」

 広瀬が頭を掻きながら答える。痩せぎすの黒縁眼鏡のこの男は信じたくないが拓郎の上司であり、大阪市役所のれっきとした公務員である。それも一応課長ときたものだ。普段からやる気のない、妙にへらへらしたいい加減なオッサンなのだが、今日のような非常事態でもやはりいつも通りのマイペースぶりである。それでも少し目尻が下がっているというか鼻の下がやけに長いのは、目の前のリポーターが美人だからだろう。五十もだいぶ過ぎているというのに困ったものである。

「それでは、これからお話を伺いますので宜しくお願い致します。皆さんの所属をお伺いしてから、今回のこの騒ぎについて色々お聞きしますね」
「あの、これって、生放送なんですか?」

 拓郎の隣に座っている華子が上ずった声で聞いた。普段は白いぽにょぽにょの頬っぺたが興奮のためか紅潮している。白いマシュマロがイチゴのマシュマロに変身したような感じだ。

「いえ、録画ですよ。失敗しても大丈夫ですから。もし放送して差し支えあるようなところは後でカットするのでご心配なく」

 録画? カット? 拓郎はまだ取り残されている。

「前田さん、何かご質問は?」

 美人リポーターがあでやかな笑顔を拓郎に向けた。拓郎はぽーっとその笑顔に見とれる。どこかで見た事のある顔だ。

「前田さん?」

 美人リポーターに覗き込まれ、はっと我に返った。

「質問と言われても……。そや、これは一体何の騒ぎなんですか!」

 拓郎は広瀬に噛み付いた。広瀬は莫迦にしたような目つきで拓郎を見る。

「何のって、見たらわかるやろ。取材やないか。それもテレビやで、夕方のニュース」

 広瀬はにやにや笑いながら答えた。その言葉を華子が引き受ける。

「ついでにそのまま『ニュース11PM』ですよお! 全国放送やないですかぁ!」

 華子はおひょひょひょと、変な声で笑った。拓郎はぽっかりと口を開けて一瞬気絶しそうになったが、次の瞬間には広瀬に噛み付いた。

「何をアホな事してるんですか! 取材受けてる場合やないでしょう! 橋の監視、僕に押し付けて今まで何してはったんですか、全くもう!」

 そして広瀬の耳元で声を落として抗議する。

「だいたいエエんですか? 市役所は知ってるんですか? そもそも極秘って! うぐぐ」

 横から伸びて来た華子の手が拓郎の口をすかさず塞いだ。広瀬は耳の穴に指を突っ込んでわざとらしく顔をしかめてみせた。

「うるさいやっちゃな、ホンマに。ほな、始めましょか」

 広瀬は眼鏡をちょっと動かすと、目の前の美人リポーターに気取った視線を送った。あっけに取られて三人のやり取りを見ていた美人リポーターが、はっと我に返る。

「あ、そ、そうですか? じゃ、行きますね」

 リポーターは振り返るとカメラマンに合図を送った。カメラに小さな赤いランプが点り、カメラが回り始めた。


 拓郎が結局何が何だかさっぱりついていけないままに取材は終わり、三人は自分達の勤務先である大阪市役所に戻った。既に夕方、五時を過ぎている。
 いつもなら定時を過ぎた役所の玄関は無愛想に閉ざされており、人の出入りも途絶えているのだが、今日はいつもと違い、まだ玄関のガラスの扉は施錠されていなかった。中に入るとざわざわと人の動き回る気配が満ち溢れている。窓口の奥からはひっきりなしに電話のコールが聞こえてくる。どの課も今日は残業間違いなしだ。
 待合ロビーには苛立ちと疲れでどよよ~んとした表情の市民がまだ数十人、腰をかけていた。

「どこもかしこも忙しそうですね。やぁ、大変大変」

 華子が小声で言う。まるで他人事な口調に、拓郎は眉をひそめた。普通は大変なんだよ、普通は。

「商売繁盛でよろしいな」

 広瀬がけけけっと笑う。妙に楽しそうだ。この男に至ってはどうしようもない。拓郎はくらくらしてきた。
 三人は待合ロビーを通り抜け階段へと向かい、下り始める。
 玄関とは対照的に人気ひとけの無い地下、市役所の最下層である地下四階の廊下に足音を響かせながら、三人は自分達の部屋の前に辿り着いた。重々しい白い扉の前にはプラスチックの安物臭い札が貼り付けられている。そこにはへたくそな文字で「どないしょう課」と書かれてあった。
 三人は部屋に入った。
 扉の前には来客用のカウンターが置かれてあり、招き猫と福助とビリケンさんの置物が並んでいる。
 その向こうには事務机が三つ向かい合わせに並べられていた。まるで小学校の給食グループのようだ。一番奥が課長席、手前の二つが拓郎と華子の席である。
 デスクの周りの壁にはスチールの棚がびっしり並んでいて、キングファイルが押し込まれていた。そもそもこの部屋は資料室だったらしい。

「もうじき六時や。ニュース、ニュース♪」

 華子はウキウキした様子で広瀬の席に着くと、閉じてあったノートパソコンを開け、テレビをつけた。

「こら、華子! 俺のノーパソ、勝手に触るなよ」

 広瀬が横目で華子を睨む。

「ええやないですか、減るモンやなし」
「いや、減る。キーボードが磨り減る」

 広瀬と華子の親子漫才のような会話を聞いているとドッと疲れが増してくる。拓郎は大きく溜息をつくと自分の席に座った。一日中道頓堀で駆け回っていたので、足はパンパンに張っている。その上、異様なテンションの見物客の監視で神経も相当磨り減っていた。そしてトドメはテレビの取材と来たもんだ。心身共にボロボロだった。

「拓郎くん、お疲れですね~。いつも情けない顔してるけど、より一層情けない顔になってますよ」

 広瀬のからかいにむっとして拓郎はぼそぼそと言い返す。

「大きなお世話ですよ。どうせいつも困った顔してますよ、僕は。だいたい、課長のせいですからね。いいんですか? テレビのインタビューなんか受けて。また上からどやされますよ?」
「相変わらず真面目やね~、拓郎くんは」

 華子が能天気な調子で茶々を入れる。

「そんな硬いことばっか言うてるから、もてへんねん。もうちょっと柔らか~く、洒落のわかる男でないとなぁ」
「やかましわ」

 この二人と話していると頭痛がしてくる。
 ノートパソコンに映し出されたテレビ画面から夕方のニュースのテーマが流れてきた。

「お、始まった始まった」

 華子が嬉しそうに手招きをする。広瀬はにやにやしながら、拓郎はしぶしぶ腰を上げ、華子の傍に移動した。


 ニュースは現在の道頓堀のリポートから始まった。さっきの美人リポーターが映る。

「あ、この人。麻生直美やったんや」

 拓郎は初めて先ほどのリポーターの名前を思い出した。さっきはドタバタしていて全く気が付かなかった。大阪にあるテレビ局の人気女子アナウンサー麻生直美である。すらりとした長身に、長い黒髪。凛とした眉にちょっと甘めの口元。しっかりしていそうで、それでいて愛嬌を感じさせる雰囲気が人気の理由だった。ローカルのバラエティー番組ではよく見かけるおなじみの顔だ。司会のお笑いタレントに突っ込まれて、真面目に受け答えする天然ぶりが可愛らしい。拓郎も彼女の出演する番組はよく見ていた。実物の彼女はテレビで見るよりも更にスレンダーで綺麗だったなぁ、とニヤける。拓郎のストライクゾーンど真ん中! といった感じだった。ちらりと隣の華子を見る。

「……同じ人類とは思えん」
「は? なんですか??」
「いえ、別に」

 テレビの画面にちんまりした中年の女性、小路やすえが映った。

「お、第一発見者の登場や」

 麻生のインタービューに答える形で、やすえは事の次第を興奮した面持ちで語り始める。
 テレビを見ながら拓郎はこの四日間を思い起こしていた。


 騒ぎの発端は四日前の夜中の出来事である。大阪市中央区の地下を震源とする震度五弱の地震が起きた。建造物や道路に損傷が生じた場所もあったが、死者はゼロ。軽傷者が数名出たものの、惨事に至らなかったのは幸いだった。天満にある拓郎のボロアパートも倒壊することなく、被害と言えばミドリガメの「由美子」の水槽が危うく机の上から落ちかけたくらいだった。
 翌朝、拓郎の職場、中之島にある大阪市役所ではまだ早朝、始業前にもかかわらずバケツをひっくり返したような大騒ぎで情報収集や市民の対応に追われていた。市役所内も地震の影響で棚がこけたりしていたので、その後片付けで大わらわだった。普段はお暇などないしょう課も壁際の棚からファイルがごっそり落ちていて、三人は一日がかりで片付けるハメになった。
 これで終わっていれば、何の問題もなかったのだが……。
 三人がファイル整理をしている最中、小路やすえが市役所を訪れていた。やすえは道頓堀界隈の「たこつぼ」という老舗のたこ焼き屋の女店主だ。顔役でもある彼女が道頓堀の商店街を代表してやってきたのだった。

「道頓堀から、なんやくっさい黒いモンが流れ出てるんですよ! なんとかしてよ!」

 もっともそんな訴えはそれこそ山ほど市役所に届いていたので、やすえはたらい回しにされ、最終的に辿り着いたのが拓郎、広瀬、華子の所属する「どないしょう課」だった。絵に描いたようなお役所仕事に怒り心頭のやすえに引きずられるようにして三人は道頓堀にやって来た。そこでは異様な光景が展開していたのである。
 ひっかけ橋の少し川上の、道頓堀川のど真ん中から、黒い液体が噴水のように噴き出していた。下水や地下水のたぐいでない事は誰の目にも明らかだった。粘った感じと、えも言われぬ強烈な悪臭──強いて言うならば油の臭いと卵の腐ったような硫黄の臭い──に、さすがの三人も只事でないと感じた。珍しく慌てた三人が市役所の危機管理室に連絡をし、危機管理室がようやく重い腰を上げたというのが今回の騒動のあらましである。


「そらすごい剣幕で怒鳴り込んできたもんな、小路さん」

 広瀬がニヤニヤ笑う。テレビ画面に映る小路さんは可愛らしい中年のおばちゃんだが、三日前に飛び込んできた時の鬼のような形相を思い出すと思わず身がすくむ。大阪のおばちゃんを怒らせると怖いという事を思い知らされたような気分だ。自分よりも頭一つ分は大きい拓郎の胸倉を掴み、大阪弁でまくしたてられて、拓郎は思わず気絶しそうになったのだ。
 テレビではやすえの身振り手振り付きの熱いトークも終盤にさしかかっていた。

「お、いよいよやでぇ!」

 三人は思わず身を乗り出した。画面は切り替わり、広瀬のアップが映る。

「でたあああ!」

 妙な歓声を上げる三人。

「うーわ、どないしょう。テレビデビューや。スカウトされたらどないしょう」

 華子がきゃっきゃとはしゃぐ。お前をスカウトするのは吉本くらいや、と拓郎は心の中で突っ込んだ。
 テレビの中で広瀬と華子がかわるがわる登場しては、道頓堀の石油流出についての経緯を喋りまくっている。

「あ~あ、こんなモン放送してしもて……。僕、知らんもんね」

 拓郎は絶望的な気分で溜息をついた。その横で広瀬はにやにやしているし、華子は能天気にはしゃいでいる。
 その時、広瀬の机の上の電話が鳴った。

「課長! 内線!」
「拓郎出て」

 拓郎は仕方なく電話を取った。

「はい、どないしょう課」
「こらあ! お前ら! 何考えとんねん!」

 受話器から耳をつんざくような大音量で罵声ばせいが飛び出してくる。拓郎は思わず受話器を耳から離した。

「この件はしばらくは極秘やと言われたトコやろうが! ちょっと上がって来い! 三人共や!」
「あの、どちらへ行けば……」
「市長室や! はよ来い! わかったな!」

 耳に当てなくても充分に内容が聞き取れるような勢いでまくし立てると、一方的に電話は切れた。

「ほら、ね~」

 拓郎は受話器を置くと広瀬を横目で見た。広瀬はあさっての方を向き口笛を吹き始める。まったく人を莫迦にするにもほどがある……。


 三人は連れ立って市長室へと上がっていった。地獄の底のどないしょう課とは違い、市長室は天界にあるようなものだった。大きな窓からは中之島の豊かな水と緑が一望出来る。派手でガチャガチャしたイメージばかりが先行しがちだが、大阪は昔から水の都として有名だったのだ。夕暮れに包まれた大阪の街はそれなりに風情があって美しいものである。
 拓郎は窓の外を眺めながら歩いた。これから大目玉を食らいにいくのである。タコ頭の市長になじられて、小さくへこんでいく自分の姿を想像すると、このまま回れ右して帰りたくなる。

「ああああ、ホンマについてない人生や……」

 拓郎はがっくりと肩を落としてしょぼくれた。
 そんな拓郎とは対照的に二人はまだ浮かれた調子で先ほどのテレビの話で盛り上がっていた。

「あれ、夜も流れるんですよね」
「おお、勿論や。録画しとかなアカンなあ」
「課長! 何をのん気な事、言うてるんですか! これからどんなお仕置きが待ってるか……、課長のせいですからね! それに録画って。それって赤っ恥の永久保存って事ですよ? ホンマにエエ加減にしてください!」

 拓郎は思わずきいいいいっとなって突っ込んだが、広瀬は知らん振りをしてさっさと歩いていく。

「男のヒステリーは格好悪いで、拓郎」
「おお、嫌だ嫌だ」

 華子がセレブの奥様口調で横目で拓郎を見た。拓郎はその場に崩れ落ちそうになった。この二人にはとてもついて行けない。

「とほほ……。もう嫌、こんな生活」

 市長室の前に辿り着く。拓郎は緊張して思わず身震いしたが、広瀬はノックを三回すると返事も待たずにがばっと扉を開けた。まるでトイレの扉だ。

「待ってましたよ。どないしょう課の皆さん」

 三人の真正面には豪華なマホガニーの机に埋もれるように座る市長、館山修と、その両脇で助さん格さんのように控えている二人の男、危機管理室の芝と都市整備室の岸本が立っていた。

「まあ、入りなさい」

 てかてか光る頭を擦りながら館山は三人を手招きした。三人は中に入ると、机の前に整列した。
 館山が机の上に両肘をつき、手を組みながら三人を順に見る。顔には愛想笑いが貼り付いていたが、頬がピクピクしているところを見るとかなりおかんむりのようだった。

「君達が道頓堀の市民の皆さんの事を親身に思ってお手伝いしてくれているというのは素晴らしいことだと思いますよ。第一発見者との橋渡しをしてくださっているというのも感謝している。そして君達が動いてくれた事で、早急な調査にかかれたことも」

 そう、その通りとばかりに華子がふんぞりかえり、広瀬が面倒くさそうに顎をぽりぽりと掻いた。館山のはげ頭にわずかな赤みが差すのが見え、拓郎は冷汗をかきながらオロオロする。

「しかし、私は昨日の朝、朝礼で言ったはずですよね。道頓堀に石油が湧いている事は当面の間、他言無用であると。今後、どういう風に活用していくか、それが決まるまでは極秘であると」
「そうだったっけ?」

 華子が拓郎を見上げた。拓郎は眉を八の字にして華子を見た。

「にもかかわらず、昨日のうちにニュースですっぱ抜かれ、今日のあの騒ぎ……。そして、事もあろうにインタビューに顔を出して答え、市役所職員である事までばらし……」

 館山がぷるぷると震えながらうつむいた。

「市長、だいじょ~ぶですか~?」

 広瀬が身体をかがめて覗き込む。

「君達には公務員としての自覚というものがないのかね!」

 ドカ~ンと噴煙が上がりそうな勢いで館山は顔を上げ、机を両手でばんっと叩いた。さすがの三人も思わずちょっと後ろに引く。

「市長、あんまり怒ると血管が切れますよ」

 隣に立っていた岸本が慌てて館山をなだめた。反対側に立っていた危機管理室の芝が三人を睨み付ける。四角い、鬼瓦のようなご面相がますます恐ろしく見え、拓郎は生きた心地もしなかった。蛇ににらまれた蛙とはまさにこの事だろう。
 芝はどすの利いた声で唸るように言う。

「どうせ放送局に最初にリークしたのもお前らとちゃうんか? ……まったく、どないしょうもない奴らやな、お前らは」
「そりゃ、まあ、どないしょう課ですから、ねぇ」

 広瀬がにやりと笑い、挑戦的な目で芝を見る。バチバチと激しい火花が散った。


 そもそも「どないしょう課」というのは役所内でも幻の課である。広報にも載っていないので、その存在を知っているのは役所の人間、それも実態を知っているのは課長クラス以上のみという曰く付きの課だ。
 そこの課長を務めているのが広瀬である。そして課員は拓郎と華子の二人きり。三人とも伝説的な失態をやらかして、島流しにされてきた。
 広瀬は入職した当初、相当の切れ者としてブイブイ言わせていたが、性格的に少々問題があったらしい。拓郎が見る限り、協調性の無さというか、超マイペースな言動が上司の逆鱗げきりんに触れるのも仕方ないという感はある。なにやらとんでもない事態を引き起こしたとも、幹部ににらまれたとも言われているが、結局出世街道から引きずり下ろされた。当時の幹部としては出来れば市役所から追い出したかったらしいのだが、民間と違ってクビにも出来ず、止むをえず受け皿としてどないしょう課が作られたという事だ。そういう訳だから、ある意味、この課は彼の帝国なのである。ちなみにその「とんでもない事態」については本人が固く口を閉ざしているので不明であるが、その当時を知っている上の方の人間にはいまだに敬遠されているところを見ると、相当な事をやらかしたのだろう。
 華子はまだ二十五歳と若いが、三年前にこの課に飛ばされてきた。中学生と見間違いそうな童顔にショートヘアといういでたちからは想像できないが、時々びっくりするような柄の悪さを発揮する。聞くところによると、酒の席でセクハラに及んだ某有力府会議員を罵倒した挙句、タコ殴りにしたと言う事だ。それが原因で遠島となった。
 拓郎は半年前に総務課からここへ飛ばされた。拓郎は今年三十歳になる。三十歳と言えば、そろそろ中堅として重要な仕事を任されるような年齢だ。拓郎も例外ではない。それはそれでいいのだが、とある重大な秘密を引き継いだ。それは拓郎の想定外の仕事だった。総務課で長年かけて築き上げた巨額の裏金である。大人しくて真面目な性格が買われて、その管理を任されてしまったのだ。
 上司の予想はある意味大当たりであり、大ハズレでもあった。拓郎の真面目さは並外れていて、内部調査に入った調査員に自ら裏金の存在をばらしてしまうという暴挙に出たのだ。良心の呵責に耐えかねたと言えば聞こえはいいが、自分が作った訳でもない裏金を隠し持っているという事実に拓郎の心臓が耐えられなかったのである。
 当然マスコミにもすぐにばれ、大騒動になった。報道に拓郎の名前が出ることはなかったが、それでも市役所内では「どうやら前田がちくったらしい」と囁かれ、同僚の冷たい視線にどうしようもなく居心地の悪い思いを味わった。そして更に理不尽な処遇が拓郎を待ち構えていたのである。長年の不正を暴いた正義のヒーローとして祭り上げられるのかと思いきや、機密を漏らした裏切り者として血祭りに上げられ、上司と前任者と共に処分の対象になってしまった。勿論、理由が理由だけにクビにはならなかったがどないしょう課へ更迭されるハメになったのである。なんとも納得のいかない処遇ではあったが、針のムシロに座り続けるくらいならいっそ退職しようかと思っていた矢先だったので、拓郎にとってはむしろラッキーだったのかもしれない。待ってましたとばかりに荷物をまとめて地下のどないしょう課へと異動した。
 そんな課だけに、普段の仕事も「どないしょうもない」ようなものばかりだ。ブラックリストに載っているようなクレーマーがやって来た時のお茶だしとか、市民参加のイベントでの迷子の子守とか、職員を自分の召使と思っているような議員の雑用の片付けとか、普通の公務員なら絶対にやりたくないであろう仕事が回ってくる。
 そういう訳だから、地震直後の混乱の中で、どないしょうもないような苦情を訴えにきた市民の相手と言うのは通常業務の範疇はんちゅうだった。もっとも今回に限ってはその訴えの状況そのものが通常とは言い難いものだったが。 


「芝君、いいよ。この人たちを今追及しても事態はもう変わらないんだから」

 館山はぐったりしたような面持ちで芝をなだめた。

「君達の行動は処罰の対象に値するとは思うがね、お陰で各部署ともに早急に動かなければならなくなった。お役所仕事とは思えないスピードでね」

 やや自虐的な笑いをこぼす。

「どこも今必死で報告書をまとめているよ。明日の朝、早速緊急会議を行う。君達も参加しなさい。いいね、遅刻は許さないよ」
「はあい」

 担任の先生に怒られている生徒のような愁傷な返事だった。



 2



 翌朝八時というかなり早い時間に市役所職員全員が登庁し、その多くが大会議室に集まった。入りきれない職員はそれぞれの部署で今からなにが始まるのだろうと落ち着かぬ面持ちで待っていた。どないしょう課の三人は大会議室の一番前に座らされていた。

「こんな前、いやや~。寝られへんやん」

 華子はかなり不機嫌だった。

「寝たら困るから前にされてんやろ」

 拓郎は溜息をついた。

「そんなん学校やあるまいし。まるで私ら問題児みたいやんか」
「いや、問題児やろ、充分」

 全く自覚がないというのもある意味凄い才能かもしれない。こういう性格が時々うらやましい拓郎であった。自分もこれくらい能天気なら、もうちょっと楽しく生きられるだろうに……。ちょっとやっかみながら、拓郎は華子に説教を垂れた。

「だいたいアンタ、起きとっても人の話聞いてへんやん。金魚みたいに目開けて寝てるんやろ」
「やかましいわ。そういう拓郎くんは何よ。人の話一生懸命聞いてるふりして、実は余計な妄想膨らませて、いっつも一人で涙目になってるやんか。このむっつりスケベ! アホやで、アホ」
「言わせておけば~」

 拓郎はむかつきながら華子を睨んだ。華子も負けじと身を乗り出し鼻を膨らませる。
 拓郎と華子が漫才をしているその横で広瀬は腕組みをしながら、既に居眠りをこいている。時々ガクッと後ろに頭が倒れ、かぱっと口を開ける。
 マイクの調整をしている危機管理室の芝が呪い殺しそうな目つきで三人を睨みつけた。

「あ、鬼瓦が睨んでる」

 拓郎は芝の視線に気付いて、慌てて姿勢を正した。華子が鼻先でそんな拓郎をあざ笑う。

「そろそろ始めますか」

 芝は気を取り直したように全体を見回した。

「早い時間に召集をかけてすみません。危機管理の芝です。それでは緊急総会を始めます」

 なんとなくざわついていた会場は水を打ったように静まり返った。

「昨日のテレビをご覧になった方も多いと思いますが、道頓堀が昨日から大騒ぎになっています。例の原油流出の事実がマスコミに漏れまして、あの様な事態になりました」

 芝が意味ありげな視線を三人に送った。拓郎は思わず下を向き、華子はにかっと笑って手まで振ってみせる。広瀬は上を向いて爆睡中だ。芝のこめかみに血管が浮くのが見えた。芝は深呼吸をして怒りをこらえる。

「情報を漏らしたのが誰か、その追及はさておき……。全国ニュースでも取り上げられ、あっと言う間に世間に知れ渡るところとなってしまいました。昨日の夕方から、マスコミ各社、市民、府庁、果ては永田町から問い合わせの電話がひっきりなしにかかってきている状況です。一昨日は当面の方針が決定するまでは極秘という事になっておりましたが、悠長な事を言ってる場合でなくなりまして、早急な対処を迫られる事となりました。では、市長」

 芝は館山にマイクを渡した。館山はゆっくりと立ち上がった。

「皆さん、おはようございます」

 館山のあいさつにざわざわと返事をする声が響く。

「昨日の状況については芝君がお話しした通りです。で、昨日の夜、各部署の責任者に集まっていただき今後の方針について討議致しました」

 館山は少し間を空け、会議場をぐるっと見回した。いつも愛想笑いを浮かべている館山にしては珍しい程、真剣な表情だ。

「不肖館山修、大阪市再生をスローガンに市長の席について早二期目。このかん、『館山は何をして来たんや』と揶揄やゆされている事は存じております。また、こんな私のために職員の皆さんが懸命に公務に取り組んでこられた事を心から感謝しております」

 館山は涙をこらえるように上を向いて唇をきゅうぅぅっと噛み締めた。会場からもかすかなすすり泣きが聞こえ、妙にしんみりした空気が流れる。
 館山は胸ポケットからハンカチを取り出すと、目元を拭った。

「……ごめんなさい、つい」

 そしておもむろに顔を上げるともう一度会場を見回した。

「ふがいない一期目を挽回すべく、この非常事態を収束させ、またこれを大阪にとって逆転満塁ホームランとすべく最大限に活用するという使命に全力を尽くす所存でございます。皆さん! この館山修を、どうか男にしてください!」

 館山の目にぎらぎらとした光が宿り、頭が紅潮する。館山はハウリングするような大きな声で高らかに宣言した。

「大阪再生プロジェクト・道頓堀油田開発計画をここに発動いたします!」

 キイィィィィン……。残響音が会場に響き渡る。一瞬時間が止まったような空白の後、どどどっと会場が沸き立った。

「道頓堀油田やて?」
「油田を掘る?」

 あちこちで油田という言葉が飛び交い、隣の席の人の声が聞き取れない程の騒がしさに包まれた。

「静粛に! 静粛に!」

 しばらくして芝のどすの利いた声が響き渡り、会議場は少しずつ落ち着きを取り戻し始める。それでも完全に静かになるのに五分近くかかった。芝は頃合いを見計らい、マイクを別の男に渡した。背の高い細身の男前だ。

「企画課の沢木です。え~、本日午後三時より、中会議室でマスコミ各社を呼んでの記者会見を行います。市長と芝さん、都市整備の岸本さん、それと近畿中央大学の地質学部准教授の太田仁先生、そして私が出席致します。それと今後の対応ですが、道頓堀油田に関する問い合わせは企画課の『道頓堀油田開発プロジェクト』で一括して対応しますので、どのような問い合わせが来ても各部署レベルでは一切答えず、全てそちらへ回してください」

 マイクが再び館山に回った。興奮した面持ちで叫ぶ。

「皆さん、これからが正念場です。気合入れて、フンドシを締め直して、襟を正して、必死のパッチで頑張って行きましょう!」

 そして左手でコブシを作るとたかだかと突き上げた。

「石油を掘るどおおおおおお!」

 おおおおおお~っっっ!
 会場からどよめきと歓声が上がった。

「石油を掘るどおおおおおお~!」

 館山のげきに呼応して、皆が立ち上がりコブシを振り上げる。

「石油を、掘るどおおおおお~~~~~~!」

 いつしかどよめきはシュプレヒコールとなり、中之島に響き渡っていった。


「えらい事になりましたね」

 拓郎は自分のデスクにつくと腕組みをして背もたれに背中を押し付けた。先ほどの会議場の熱気を思い返すと、なにやら恐ろしいような気がする。

「道頓堀油田開発計画ですよ。ホンマにそんな壮大な計画、動くんですかね。油田を掘ってですよ、そのうちなんかえげつないモンが一緒に出てきたり、ずどど~んっと大阪全部が地盤沈下したり……。ああ、怖、サブイボ立つわ」

 拓郎の頭の中に暴れるゴジラの映像と日本沈没の文字が交互に浮かんでは消えていく。

「また拓郎くんの妄想癖が始まったわ」

 華子が莫迦にしたように口を挟んだ。

「こういう計画をなんちゅうか知っているか?」

 広瀬はパソコンの画面を覗きながら興味なさそうに言う。

「大風呂敷っちゅうんや」

 一刀両断、袈裟懸けさがけにバッサリと言ったところだろうか。

「そんな身もフタもない言い方……」

 拓郎はフォローしながらも、少し苦笑いした。自分もそんな風に感じていたからだ。どうせ拓郎たちは蚊帳かやの外だろう。前代未聞の壮大なプロジェクトではあるが、どないしょう課には関係のない世界の話だ。

「そう言えば、昨日の夜、課長レベルが集まって会議って言ってましたけど、課長行ったんですか?」
「ああ、行ったよ。市役所出て、地下鉄乗ろうと思たら電話かかってきたんや。めっちゃ腹空いとったのに」

 いかにも面倒くさそうな口調だ。広瀬にとっては石油騒動よりも夕食の心配の方が深刻だったようだ。

「じゃあ知ってたんですね。今日の話の内容」
「おお。一応な」

 拓郎は少し身を乗り出した。

「各部署の対応って言ってたじゃないですか。うちはどうなんですか。少しは関わる事になるんですか」

 広瀬はパソコンから目を離すと拓郎を見た。

「なんや、拓郎くん。えらい興味津々やないですか」
「そりゃそうでしょう。市役所全体が一丸となって突き進むんですよ? 少しくらいはお手伝いせんとまずいでしょう」
「あ~、ホンマに君は真面目だね~」

 広瀬は大げさに感心して見せた。

「お仕事、あるよ~。道頓堀油田を掘る土方の手伝いや」
「ええええ?」

 思わず叫ぶ拓郎と華子を見て、広瀬はけけけっと笑った。

「嘘や嘘。そんな訳ないやろ」
「ああ、びっくりした」

 二人はほっとした。

「いい加減にしてくださいよ。課長が言うと洒落にならんわ」

 広瀬は両足を机の上にどんっと乗せると、両腕を頭の後ろで組んだ。にやりと不敵な笑いを浮かべる。

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