即興小説集

南澤久佳

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未来の声

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お昼ごはんは何にしよう?
そこで、「回転寿司が食べたい」と友人は言った。なんでも、好きなアニメの声優が接客ボイスを提供している回転寿司チェーン店があるそうで、接客されてみたいのだそうだ。
友人の推し声優は声を提供しているだけで、実際に接客してくれるわけではあるまいと思ったが、一皿110円が基本の格安チェーン店だったし、ここ2週間ほど肉メインの昼食ばかりで、魚を食べたい気分だったのでオーケーした。
『いらっしゃいませ!』
さっそく出迎えてくれたのは、店舗の玄関ホールに設置された、順番待ちの名前と人数を記録する機械から流れ出る、友人の推し声優の声だった。生身の店員は、機械の向こうのブースでボックス席から食器を回収などしていた。
昼ごはんを食べには来たが、おねぼうさんな自分と友人がこの回転すし屋にたどり着いたのは15時。20個ほどあるボックス席に座る客はまばらだ。玄関ホールで順番待ちの記入をしようとしていた自分たちを見て、店員はさっとやってきて、カウンターかボックスかの希望を聞いてきた後、指定の席の番号を伝えて、自分たちは従う。席に着くと、また、
『いらっしゃいませ!どうぞごゆっくり!』
と、声優さんの声が、メニューを注文するタッチパネルから響いた。「未来だ…」とつぶやいたら、友人はぶっと噴出した。この程度のことで。確かにそうなのだが。
4人座ったら少々窮屈そうなボックス席に、特別変わった仕掛けはない。お湯を注ぐ蛇口、お湯を注ぐとお茶になる粉が入った缶、それらを受け止める湯のみ。真っ黒なプラスチック製の箸がぎっしり詰まった透明扉のついた小箱。席のサイドに寿司が流れてくるベルトコンベア。日本だったらどこにでもある、標準的な回転寿司チェーン店。
未来を感じたのは、もしかしたら、友人の推し声優の「声」に、だったのかもしれない。
すっと良く通る、耳障りの良い、清涼感のある声。嫌味のないイントネーション。もともとアニメはあまり見ないし、友人が好きだというアニメも見たことがない。はじめましての声だったけれど、心地いいと思った。
「未来の声だ」
「それは、そうかも」
いまをときめく人気声優さんらしい。あらゆるアニメ番組にひっぱりだこ!今季も複数のアニメで主演…と、おそらく華々しいのだろうその人のプロフィールを聞いても、アニメに縁がない自分にはぴんと来ない。
『ご注文をどうぞ!』
とにかくお腹が空いていたので、タッチパネルを押したら、また、その声。弾むような声に迎えられると、わくわくするのだと、今日初めて知った。
アニメに縁がなくて、声優さんの声をよく知らなくて、それは自分にとって未知の物で、だから「未来」を感じたのかもしれない。
一通り食べたいものを注文して、しばらくすると、『注文の品物がやってきます!』と言われた。その声だけで、ベルトコンベアに流れてやってきた一皿110円の格安回転寿司が、なんだかとても素敵なものに思えた。実際食べてみれば、まあ、お値段相応、特別美味しくも不味くもないのだけれど。でも、タッチパネルから『お皿を持つときはご注意ください』『ごゆっくりお召し上がりください』なんていわれると、やっぱりわくわくする。
別のボックス席からも、弾むような、清涼感のあるあの声が聞こえる。同じことを繰り返し聞かされているのに、不思議と不快感がない。コンビニ店員のいらっしゃいませ~なんか、聞き飽きてノイズに感じたりするものなのに。これが、声の仕事をする人、本職の力と言うものなのか。何回聞いても聞き飽きたり、耳障りになったりしない。
「いや・・・いい接客されてるなあ、これ」
「そうだね」
もともとこの声が好きな友人はもう喜色満面、うきうきと肩をゆらしながら、格安寿司を次々と平らげて、新しく注文して『ご注文、承りました』と言われるたび小さな悲鳴を上げている。
「未来だ…」
同じ感想しか出てこない。
未来って、突然、向こうからやってきたりするものなんだな。
声優さんの「接客」に満足し、お腹を満たして帰宅した後、自分は、LINEで友人に声優さんの名前を教えてもらって、検索して、youtubeにあったその人の動画を再生してみたりした。
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