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本編・アリスティアの新学期
激突
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手合わせを願い出たヴァルハイトにジークハルトは二つ返事で了承した。試合会場の武闘台へと向かう二人。レオンはすぐその傍で二人の動向を見ていた。武闘台前で二人が別れた時、レオンはジークハルトに駆け寄り耳を打つ。
(気を付けろジークハルト、少しイヤな感じがする。)
(レオン、心配しないでください。私はこれまでも、色々な師匠から剣を師事してきましたから。それに…私の全力を出せるチャンスかもしれません。)
(全力って、お前…。)
(まぁ、見ていて下さい。)
ジークハルトはレオンに軽く微笑んだ。
ヴァルハイトとジークハルトは、彼が準備してくれた金属製の素振り用の模造剣を受け取ると、少し不思議そうな顔をしながらも武闘台へと上がる。
イスト王国の王子と謎の編入生との試合は、周囲を盛り上がらせるのには十分な内容ではあった。
野次馬の男子生徒達が授業そっちのけで試合見たさに武闘台を囲んで行く。
「先生、審判をお願いできますか?」
ジークハルトは新入生の教育を担当していた、眼鏡をかけた新米の男性教師に声を掛けた。
「え?あ、はい、わかりました。」
教師が武闘台に上がると二人から少し離れたところで右手を上げた。
「お二人とも準備はよろしいですか?」
「良いですよ」
「はい。」
「それでは初めてください!!」
教師が右手を勢い良く振り下ろしたが、思いとは違い、静かな戦いが始まった。
模造剣を携えたジークハルトとヴァルハイトは対峙すると、相手を探る様にお互い睨み合って、相手とその周囲に視線を巡らす。
「…さあ、いつでもどうぞ」
模擬剣を下段に構え微笑むジークハルト、その表情には余裕が見えた。
その爽やかな笑顔を捻じ曲げて、完膚なきまでに、徹底的に叩きのめして、苦悶の表情へと変えてやったら…?
彼と仲の良いあの王子妃ら、一体どの様に顔を歪ませて、哀しい目で彼を見るのか…。
自尊心をズタズタにされた王子は、サーリャ達の言う通りならば、自身の権力を使って、ヴァルハイトに仕返しをするのだろうか?
それならそれで仇を探す彼にとっては都合のら良いものであるが。
ヴァルハイトの心にはドス黒いモノがじわじわと湧き上がっていく。
彼をそうさせるのは、幸せそうな二人に対する、ヴァルハイトの嫉妬から来るものである。
しかし、どの様な結果になるにせよ、単純に彼の好奇心として、彼自身、ジークハルトの実力には興味があった。
「…じゃあ、遠慮なく、お言葉に甘えて」
一つ呟いて、ヴァルハイトはギャラリーの視界から文字通りに消えた。
彼の動きが早すぎて、生徒達の目では彼を追えず、見失ったのだ。
ジークハルトと10メートル程離れた場所からの距離を、風を切って飛び込み、ヴァルハイトは彼との間合いを一気に詰めた。
清々しいぐらいに迷いの一切ない、何とも思い切りの良いヴァルハイトの行動。
彼はそのままの勢いで更に加速し、全体重を乗せて模造剣を振り抜く。
模造剣とは言え、金属で出来たいわば鈍器だ、直撃すれば、生命が危うい事は間違い無い。
一国の王子に対して、ヴァルハイトは容赦無く、渾身の一撃をジークハルトへと叩き込む。
陽光を照らし返し、剣風巻き起こす二本の煌めく剣閃。
互いの一撃は音となって交わり、剣圧が衝撃波となって二人が交える刃を中心点として、まるで水面に落ちた水滴の様に周囲へと広がると、鋭く響く金属音が炸裂し、交わる刃を仄かに赤色させ、模造剣からは細かな火花が散った。
ヴァルハイトの表情はまるで、渾身の一撃をジークハルトに受け止められた事を喜んでいる様だった。
「僕の本気一撃を受けれるとは…!正直、驚きました。」
ジークハルトの腕に模造剣から伝わる重い衝撃を感じると、彼の顔には笑みが浮かぶ、その表情は実に楽しそうであった。
「私に対して、遠慮する事なく、本気で来てくれるとは…有難い…!」
互いに相手の実力を喜び、互いが全力で相手をしてくれる事に、二人は感謝していた。
特にジークハルトにとって、王族の立場である事から、剣を教えてくれた師以外の者が彼に対して全力で相手をする事など無かった。
レオンに対してもジークハルトは全力で試合をした事はない、手を抜いたわけでも無い、本気で試合をして、それでも全力には至らなかった。
自分が全力を出せる者、自分に全力で相対してくれる者、ジークハルトは容赦なく自分に向かってくるヴァルハイトにそれを見出していた。
(おかしな王族だ、下手をすれば生命が危ういと言うのに、この状況を楽しんでいるのか?)
ヴァルハイトはジークハルトが自分との剣戟に、嬉々として臨んでいる事に違和感を感じた。大概の貴族はボンクラなら最初の一撃で沈むか、それとも情けない奴なら直ぐに試合を止めようとする。
護衛になるように、ヴァルハイトに呼びかけた奴も過去には居た。
しかし、ジークハルトは一撃を受け切り、その後も平然として、試合に臨んでいる。
ヴァルハイトの本能が彼は今までのタイプの貴族では無い事を呼びかけている、それがまた好奇心を唆らせた。イストの王族とは如何なる者なのか、ヴァルハイトは追求してみたくなった。
ヴァルハイトは模造剣を翻し、取った間合いを再度、同じ様に一瞬にして一気に詰める。
先程と同じ様に力任せに振り抜くのかと思いきや、彼はいきなり上半身を屈め込み、下段から上段へと風を裂きながら模造剣を振り上げた。
「くっ!?」
ジークハルトは咄嗟に後方へと飛び後退する、彼の右頬を模造剣の剣先が掠めた。
鋭い一撃が彼の頬の表面を撫でると、じわりと血が滲む。
「これも避けるとは、なかなかやりますね」
ジークハルトはヴァルハイトとの距離をとって模造剣を再度下段に構えた。
ヴァルハイトの放つ剣の軌道は、特定の型がなく不規則、不安定、ジークハルトは彼の剣がいわば我流の剣である事を、ヴァルハイトの動きを見て看破する。
(…粗野にして豪快、威力は高いし、彼は思い切りも良い…しかし、アリスが心配する故、私も怪我をするわけにはいきませんからね…!!)
ジークハルトの表情が変わると周囲の空気が一変する。
そこに爽やかな笑顔は一切消え失せ、重く、冷たく、鋭い空気が辺りを支配する。
剣を中段に構え、ヴァルハイトを睨む。
何処かで感じた事のある、見知った空気を感じ、ヴァルハイトは不敵に笑った。
「安心しました、貴方もそんな顔もするんですね」
「…次で決着です。」
「わかりました、僕も全力で行きますよ」
大きな音を立てて、ヴァルハイトは足元を破壊しながらジークハルトへと飛びかかる。
全身に殺気を纏い、原始的な暴力に身を委ねるその姿は、最早一匹の魔物の様であった。
一度全力を込めて、ジークハルトの頭上へと文字通りヴァルハイトの全てを込めた一撃が振り下ろされる。
二人の剣閃が再び交わる。
─しゃおん
軽快な金属音が周囲に鳴り響く。
ジークハルトの剣はヴァルハイトの剣を絡め取り、そして
─バキィンッッ!!
大きな金属音を響かせて、ヴァルハイトの剣は、彼方上空へと打ち上げられた
「なんと…ッ!?」
ヴァルハイトは驚いた表情で眼を見開く。
更にジークハルトは一瞬の隙を逃さなかった。
左手でヴァルハイトの襟首を掴み、彼の足を豪快に払い除けた。
体制を崩したヴァルハイトをジークハルトは床に抑え込み、剣先をヴァルハイトに突き付けたのだった。
ジークハルトによって打ち上げられた剣はヴァルハイトの後方へと落下し、虚しく武闘台に突き刺さる。それは、彼の敗北を宣言していた。
「さて、これからどうしますか?」
ヴァルハイトの目の前の爽やかな微笑みを称えるジークハルトは、いつもの彼である。
「まいった、僕の負けです」
負けはしたが、何処か清々しく、憑き物が取れた様に微笑むヴァルハイトであった。
ジークハルトはヴァルハイトに右手を差し出すと、ヴァルハイトは彼の手を取った。
ヴァルハイトを立ち上がらせ、互いの健闘を讃え、二人は固く握手を交わす。
周囲からは二人の試合を褒め称える大歓声と拍手が上がっていた。
(気を付けろジークハルト、少しイヤな感じがする。)
(レオン、心配しないでください。私はこれまでも、色々な師匠から剣を師事してきましたから。それに…私の全力を出せるチャンスかもしれません。)
(全力って、お前…。)
(まぁ、見ていて下さい。)
ジークハルトはレオンに軽く微笑んだ。
ヴァルハイトとジークハルトは、彼が準備してくれた金属製の素振り用の模造剣を受け取ると、少し不思議そうな顔をしながらも武闘台へと上がる。
イスト王国の王子と謎の編入生との試合は、周囲を盛り上がらせるのには十分な内容ではあった。
野次馬の男子生徒達が授業そっちのけで試合見たさに武闘台を囲んで行く。
「先生、審判をお願いできますか?」
ジークハルトは新入生の教育を担当していた、眼鏡をかけた新米の男性教師に声を掛けた。
「え?あ、はい、わかりました。」
教師が武闘台に上がると二人から少し離れたところで右手を上げた。
「お二人とも準備はよろしいですか?」
「良いですよ」
「はい。」
「それでは初めてください!!」
教師が右手を勢い良く振り下ろしたが、思いとは違い、静かな戦いが始まった。
模造剣を携えたジークハルトとヴァルハイトは対峙すると、相手を探る様にお互い睨み合って、相手とその周囲に視線を巡らす。
「…さあ、いつでもどうぞ」
模擬剣を下段に構え微笑むジークハルト、その表情には余裕が見えた。
その爽やかな笑顔を捻じ曲げて、完膚なきまでに、徹底的に叩きのめして、苦悶の表情へと変えてやったら…?
彼と仲の良いあの王子妃ら、一体どの様に顔を歪ませて、哀しい目で彼を見るのか…。
自尊心をズタズタにされた王子は、サーリャ達の言う通りならば、自身の権力を使って、ヴァルハイトに仕返しをするのだろうか?
それならそれで仇を探す彼にとっては都合のら良いものであるが。
ヴァルハイトの心にはドス黒いモノがじわじわと湧き上がっていく。
彼をそうさせるのは、幸せそうな二人に対する、ヴァルハイトの嫉妬から来るものである。
しかし、どの様な結果になるにせよ、単純に彼の好奇心として、彼自身、ジークハルトの実力には興味があった。
「…じゃあ、遠慮なく、お言葉に甘えて」
一つ呟いて、ヴァルハイトはギャラリーの視界から文字通りに消えた。
彼の動きが早すぎて、生徒達の目では彼を追えず、見失ったのだ。
ジークハルトと10メートル程離れた場所からの距離を、風を切って飛び込み、ヴァルハイトは彼との間合いを一気に詰めた。
清々しいぐらいに迷いの一切ない、何とも思い切りの良いヴァルハイトの行動。
彼はそのままの勢いで更に加速し、全体重を乗せて模造剣を振り抜く。
模造剣とは言え、金属で出来たいわば鈍器だ、直撃すれば、生命が危うい事は間違い無い。
一国の王子に対して、ヴァルハイトは容赦無く、渾身の一撃をジークハルトへと叩き込む。
陽光を照らし返し、剣風巻き起こす二本の煌めく剣閃。
互いの一撃は音となって交わり、剣圧が衝撃波となって二人が交える刃を中心点として、まるで水面に落ちた水滴の様に周囲へと広がると、鋭く響く金属音が炸裂し、交わる刃を仄かに赤色させ、模造剣からは細かな火花が散った。
ヴァルハイトの表情はまるで、渾身の一撃をジークハルトに受け止められた事を喜んでいる様だった。
「僕の本気一撃を受けれるとは…!正直、驚きました。」
ジークハルトの腕に模造剣から伝わる重い衝撃を感じると、彼の顔には笑みが浮かぶ、その表情は実に楽しそうであった。
「私に対して、遠慮する事なく、本気で来てくれるとは…有難い…!」
互いに相手の実力を喜び、互いが全力で相手をしてくれる事に、二人は感謝していた。
特にジークハルトにとって、王族の立場である事から、剣を教えてくれた師以外の者が彼に対して全力で相手をする事など無かった。
レオンに対してもジークハルトは全力で試合をした事はない、手を抜いたわけでも無い、本気で試合をして、それでも全力には至らなかった。
自分が全力を出せる者、自分に全力で相対してくれる者、ジークハルトは容赦なく自分に向かってくるヴァルハイトにそれを見出していた。
(おかしな王族だ、下手をすれば生命が危ういと言うのに、この状況を楽しんでいるのか?)
ヴァルハイトはジークハルトが自分との剣戟に、嬉々として臨んでいる事に違和感を感じた。大概の貴族はボンクラなら最初の一撃で沈むか、それとも情けない奴なら直ぐに試合を止めようとする。
護衛になるように、ヴァルハイトに呼びかけた奴も過去には居た。
しかし、ジークハルトは一撃を受け切り、その後も平然として、試合に臨んでいる。
ヴァルハイトの本能が彼は今までのタイプの貴族では無い事を呼びかけている、それがまた好奇心を唆らせた。イストの王族とは如何なる者なのか、ヴァルハイトは追求してみたくなった。
ヴァルハイトは模造剣を翻し、取った間合いを再度、同じ様に一瞬にして一気に詰める。
先程と同じ様に力任せに振り抜くのかと思いきや、彼はいきなり上半身を屈め込み、下段から上段へと風を裂きながら模造剣を振り上げた。
「くっ!?」
ジークハルトは咄嗟に後方へと飛び後退する、彼の右頬を模造剣の剣先が掠めた。
鋭い一撃が彼の頬の表面を撫でると、じわりと血が滲む。
「これも避けるとは、なかなかやりますね」
ジークハルトはヴァルハイトとの距離をとって模造剣を再度下段に構えた。
ヴァルハイトの放つ剣の軌道は、特定の型がなく不規則、不安定、ジークハルトは彼の剣がいわば我流の剣である事を、ヴァルハイトの動きを見て看破する。
(…粗野にして豪快、威力は高いし、彼は思い切りも良い…しかし、アリスが心配する故、私も怪我をするわけにはいきませんからね…!!)
ジークハルトの表情が変わると周囲の空気が一変する。
そこに爽やかな笑顔は一切消え失せ、重く、冷たく、鋭い空気が辺りを支配する。
剣を中段に構え、ヴァルハイトを睨む。
何処かで感じた事のある、見知った空気を感じ、ヴァルハイトは不敵に笑った。
「安心しました、貴方もそんな顔もするんですね」
「…次で決着です。」
「わかりました、僕も全力で行きますよ」
大きな音を立てて、ヴァルハイトは足元を破壊しながらジークハルトへと飛びかかる。
全身に殺気を纏い、原始的な暴力に身を委ねるその姿は、最早一匹の魔物の様であった。
一度全力を込めて、ジークハルトの頭上へと文字通りヴァルハイトの全てを込めた一撃が振り下ろされる。
二人の剣閃が再び交わる。
─しゃおん
軽快な金属音が周囲に鳴り響く。
ジークハルトの剣はヴァルハイトの剣を絡め取り、そして
─バキィンッッ!!
大きな金属音を響かせて、ヴァルハイトの剣は、彼方上空へと打ち上げられた
「なんと…ッ!?」
ヴァルハイトは驚いた表情で眼を見開く。
更にジークハルトは一瞬の隙を逃さなかった。
左手でヴァルハイトの襟首を掴み、彼の足を豪快に払い除けた。
体制を崩したヴァルハイトをジークハルトは床に抑え込み、剣先をヴァルハイトに突き付けたのだった。
ジークハルトによって打ち上げられた剣はヴァルハイトの後方へと落下し、虚しく武闘台に突き刺さる。それは、彼の敗北を宣言していた。
「さて、これからどうしますか?」
ヴァルハイトの目の前の爽やかな微笑みを称えるジークハルトは、いつもの彼である。
「まいった、僕の負けです」
負けはしたが、何処か清々しく、憑き物が取れた様に微笑むヴァルハイトであった。
ジークハルトはヴァルハイトに右手を差し出すと、ヴァルハイトは彼の手を取った。
ヴァルハイトを立ち上がらせ、互いの健闘を讃え、二人は固く握手を交わす。
周囲からは二人の試合を褒め称える大歓声と拍手が上がっていた。
応援ありがとうございます!
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