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ポンコツ令嬢奮闘記

こんなはずじゃなかったのに。2

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私はジークハルト王子と婚約する事を夢見ていた。

本当に彼の事を本当に好きなのかは、正直な所わからない。いや、優しい王子を好きな事は多分、紛れもない事実だ。

優しい令息は他にも居るだろう。
何故、王子なのかと改めて問われたならば、私はこう答える。

次期イスト王国の王妃になれば、誰も私の事を無視出来ないし、避けて通る事もないだろう。それは両親だって同じ事だ。

結局つまるところ、私は私の願望の為に、ジークハルト王子を利用しようと考えている、とても悪い女なのだ。

その為に、あらゆる手段を使ってきた。
だが、結論を言えば…王子も、私だけに向かって、その笑顔が向けられる事はなかった。

そして、その事にたいそう腹が立って、私はあの王子妃を力任せに突き飛ばしたのだ。
その挙句、イスト王城の大広間のど真ん中で、私は大の字になって気絶すると言う。令嬢にしては実に不様で、情けない程に極まりのない大ヘマをやらかしたのだ。
私には何かをやり遂げる様な実力も、幸運もどうやら持ち合わせていない様だ。

私の情けない嫉妬に任せて、何の罪もない王子妃に暴力を振るう。焼いた肉やその他の料理まみれになった私を、両親や兄達や姉達はどう思うのだろうか。

兄や姉は叱責ぐらいはしてくれるだろうか?
もしかすると、心配もしてくれるかもしれない。

両親はどうだろう…いや、彼等の事だ、恐らく私の事など何も気にする事はないだろう。

そう、私がこの世からいなくなったところで誰も…。

「アクティナ様!!」

私を呼ぶ女性ひとの声がする。

聞き覚えのない声、私が見知っている人間ではない事が窺える。

それなのに…。

その女性ひとの声は私が見知ったどの人達よりも慈愛に溢れていて、優しくて、心地良かった。

「アクティナ様!お気を確かに!」

私がゆっくりと目を開けると、目の前には涙目の王子妃の姿があった。何故泣いているのだろう…?

「アクティナ様、大丈夫ですか?」

王子妃は瞳に涙を溜めて私を見ていた。
今までその様な顔をしてくれた人なんて居たっけ?
私が今一番に憎んでいる女性ひとが、今一番に私を心配している。
奇妙な雰囲気の中で私は上半身をゆっくり起こす。

「アクティナ様、無理に身体を起こしては…」

「…平気です、何処も痛くありませんわ。」

私は軽く微笑む、思えば彼女とは自己紹介もまだである、しかし…。
全身が料理料理まみれで…ベトベトする。
…これを先に何とかしたいものだ。

自身の身の回りを確認すると、この日の為に見繕ったドレスも、料理のソースで素晴らしくデコレーションされていた。
旨味を吸ったドレスは実に美味しそうに仕上がっている。

「…先程、アクティナ様の従者をお呼びしました、ダンスパーティーまでまだお時間があります。是非、身支度を整えてから参加してください。」

「ありがとう。」

微笑む王子妃は私はかるく会釈する。
高貴な人々から私に向けられる瞳なんて、奇異か哀れみか心配か羨望か嫌厭ぐらいである。
その中で、優しい瞳を私に向けたのは実に久しぶりの事だった。
その様な優しさを向けられても、それでも私は…。

「それに…」

そう言いながら、王子妃は私の顔を覗き込む。

「それに?」

王子妃は頬を軽く染めて少し緊張している?
とても不思議だ、私を相手に彼女は一体何を緊張しているのだろうか?

「お時間が許されるのなら、少し私とお話しして下さい。」

私は呆気に取られた。まさかその様な発言が王子妃から出る事など全く予想していなかった。

「は、はい…良いですよ。」

流れのまま二つ返事で王子妃に了承してしまう。私はこの事を少し後悔していた。

そうして、案内されるまま別室にて身支度を整えた私は、再度大広間へと訪れる。
国王レオルスと王妃ルビアーナは皆のダンスを笑顔で眺めている様だ。

既に何組かのパートナー達はダンスに興じている。

ジークハルト王子と王子妃は勿論の事。
ルプスハートの長男シリウスとその妻デネブ、オラシオンの超人令嬢ローゼリアと、乱暴者で有名なルプスハートの次男レオン。
それに、モテる癖に女に靡かない事で有名な、イストの宰相エルトシャンは何処の誰かもわからない、塩顔のメイドと満面の笑みでワルツを踊っている。

その他にも何組か、優雅で実に楽しそうに踊っている。
その光景が、今の惨めな私にはとても羨ましく、そして輝いて思えた。

私は少し早足で王子と王子妃の元へと向かう。

微笑み合いながら踊る二人の姿は、一層煌めいていた。
こんな私でも二人がお似合いだと思ってしまいそうである。

王子妃にはさっきの御礼もまだだったし、何より彼女へ借りなんて作りたくなかった。

私は踊りを終えようとしていた二人に近づいて声を掛けようとした、その時である。

「あっ…!?」

自分のスカートの裾を踏んづけて、足をもつれさせた。

ああ、またやってしまった。

私はそのまま、ジークハルト王子と王子妃の元へと突っ込んで行き…。そして、穏やかに微笑み合う二人を勢い良く突き飛ばした。

「うわっ!?」

「きゃあっ!?またっ!?」

王子妃にとっては本日二度目、男性であるジークハルトですらかなりの距離。私が全身を使って二人を突き飛ばした力は相当なもので事が伺えた。ついでに私もそのまますっ転ぶ。何という事だろう、イスト王城の床が私の恋人なのだろうか?
今日はとても散々な日だ、私は惨めな自分に辟易としながらゆっくりと起き上がる。

「逃げて!!アクティナッ!!」

その叫びはローゼリアのものだった。
彼女が私の名を呼ぶのも久しぶりである。
しかし、この様な形で呼ばれるなど、誰が予想していただろうか。
周囲の情景が私の視界に入ると、他の貴族は叫び逃げ惑っている。
私はただ一人その場に突っ立っていた。

「にげ、いや伏せるんだ!」

「危ないっ!」

この間の出来事、実は一瞬の事である。
イスト王城の天井に飾られた、ウエディングケーキを逆さに吊るした様な豪奢なシャンデリア。

私がふと見上げるとそれは既に目と鼻の先にあった。

(これ、今度こそ死んだ。)

たった今、それが私を包み込んでいる。
輝き飛び散る水晶片、炸裂する衝撃音のハーモニー。
耳を抜けて頭を揺らし、衝突で起こる圧力が私の全身を掴んで離さない。

まるで蝋燭の火を吹き消すかの如く、私の意識は一瞬にして真っ暗になった。
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