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ポンコツ令嬢奮闘記

こんなはずじゃなかったのに。

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イスト王国、公爵御三家。
王家との繋がりの深いオラシオン公爵、イスト王国の外交の要ルプスハート公爵、優秀な者達を輩出するセクテット公爵。
何もイスト王国内において最も有力な家柄である。

私はセクテット公爵家の文武に優れた兄達と姉達に囲まれて育った。

良くもなく悪くもなく、全てにおいて凡才、特に優れた能力のない私の事など、両親は見向きもしなかった。
裕福な家庭に産まれて不自由は何一つなかった。

それにも関わらず、私の心が今まで満たされることは無かった。

私は両親に叱って欲しかった。

私は両親に褒めて欲しかった。

私は両親に愛して欲しかった。

私の揺籠は愛を知らず揺れていた。

あの人を手に入れたならば、両親は喜んでくれるだろうか?褒めてくれるだろうか?振り向いてくれるだろうか?

あの人と出会ったのは八歳の頃。暴動が鎮圧され数年が経った頃だ。
私が兄上達に連れられ、イストの王城へと赴いた時だった。
この国の王子、ジークハルト様と出会った。
黒髪を靡かせて彼は優しく微笑む。

兄達は王子へ軽く挨拶をする、そして和かに談笑をする姿を見て、私と違ってとても慣れていると思い感心していた。
ジークハルト王子は私と同い年、兄達はそう言っていた。
私はその時視界に映った彼が、年齢以上に大人びている様に見えた。

「はじめまして、私はジークハルト。…セクテット公爵令嬢。よろしければお名前を教えていただけますか?」

ジークハルト王子に名前を尋ねられ、私は緊張しながら答える。鼓動の音が私の言葉を邪魔をする。

「わ…私は、アクティナと申します…以後お見知り置きを…ジークハルト王子。」

「よろしく、アクティナ。」

私はジークハルト王子の微笑みが忘れられなかった。

それからの年月。事あるごとに私は、ジークハルト王子へのアプローチを重ねてきた。

セクテット公爵家の名を使って、他の令嬢が王子に寄って来ないように徹底的に牽制を行った。

王子の誕生日には毎年、それなりの贈り物を贈った。

王子に好んでもらえる様に徹底して自分と女を磨いた。

純血は王子の為にとってある、なんならファーストキスだって。

他の令息の誘いなどは全て断って、清楚可憐な乙女として私は徹底して過ごした。
それなのに…。

数年の月日が流れた今、私はジークハルト王子が結婚を報告する、実にめでたい席であるイスト王女の晩餐会にいる。

もちろん、王子の隣に居る女性は私ではない。話を聞くと隣国の公爵令嬢だそうだ。
二人は仲睦まじそうに話している、王子の幸せそうな顔は私にとって、とても嬉しい。
二人の話す光景は、嫉妬してしまうぐらい、羨ましい光景だ。

いや、実際に私は嫉妬していた。

私が今、貴方の隣にいないのならば。
今まで私は何の為に努力をしてきたのだろうか?

淀んで濁った感情が胸に込み上げてきた。

他の貴族達が、まるで媚び諂うかの様に王子と王子妃へ挨拶をする。彼等に頭を下げ、握手をし、愛想笑いをする。
一体、この中の何人が王子や王子妃を出し抜こうと考えているのか。

私自身も、たぶん彼等と同じである。

王子の隣に居る、あの黄金の髪を靡かせる、絵に描いたような美少女を、今すぐにでも王城から追い出してやりたいとさえ思えた。

それからしばらくして、立食パーティーの準備が行われていた。
王子と王子妃はホールの中央にて貴族達と談笑している。
忙しなく給仕達が動き回る。
私は給仕をかき分けながら、鼓動を高鳴らせ、二人に静かに近づいた。

これから私は悪い女になるんだ。
今日、初めて会った王子の想い人に嫌がらせをするんだ。

そう、言い聞かせながら、彼女の背にゆっくり手を伸ばした。そこから先は実にスムーズであった。

「ごめんあそばせ」

私はそう言いながら、渾身の力と憎しみを込めて、挨拶がわりに勢い良く王子妃の背を突き飛ばす。
私は一線を越えた、この後の事の次第では、セクテットの家から追放されるかもしれない、それでも構わなかった。
王子妃に一矢報いる事さえできればよかった。

「きゃっ!?」

王子妃は何とも可愛らしい悲鳴をあげる。私は心の中で彼女を嘲笑い、王子妃の転んだ姿を見て心底喜んでいた。
さあ王子妃、さっさと私に罰を与えなさい、そんな事を心の中で叫びながら私は邪悪な笑みで微笑む。

周囲の貴族達から大声と悲鳴が上がる。
私への罵倒の声、ふふふ…とても心地良い。と、一旦はそんなふうに思ったのだが
実際のところ、貴族達から上がった声…それは私に対する罵倒や批判の声ではなかったのだ。

「危ない!セクテット公爵令嬢!!」

「アクティナ様っ逃げて!!」

「だめだっ!!間に合わない!!」

私が声の方へ振り向いた時には既に遅かった。

「えっ?」

人混みが、まるで割れた海の様に綺麗に道を開けると、大量の料理を載せて暴走するカートが私の方へと突っ込んできたのだ。

「うわああぁッ!?退いてくださいぃ!!?」

給仕は涙目で叫んでいた。泣きたいのは私の方だ。

(…あ、これ、私死んだわ。)

それは、刹那の出来事であった。
給仕は叫び声を上げながら、そのまま私をカートで撥ね飛ばす。
豪奢なカーペットの上で大の字になった私。
私を撥ね飛ばしたカートから飛び出す料理達。
イスト王城のシェフ達が、この日の為に腕を奮って準備された料理が、私の上に降り注がれた。

ものの見事に受け身を取れなかった。
身体は不思議と、何処も痛くはなかった。
大広間で料理に埋もれた私の意識は、そのままゆっくりと混濁して行く。

周囲で貴族達の悲鳴が木霊している、と思う。あまり良くはわからなかった。

給仕は何でこんな無茶をしたんだろうか?
私はそんな事を思うけれど、所詮これも、王子妃に嫌がらせをした私に対する罰なのだ。
そう思いながら、私の意識は香ばしく焼かれたお肉の香りに誘われる。

(あ、このソースとても美味しいわ…流石、イスト王城のシェフね…。)

そうして視界は闇の中へと堕ちていった。
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