隣の席の一条くん。

中小路かほ

文字の大きさ
20 / 28
図書館で

7P

しおりを挟む
今の状況に押し潰されそうになったわたしは、撮影現場から逃げ出した。


こんなことしたって、なんにもならないことはわかっている。

スタッフのみんなに迷惑かけるだけだって。


でも…今は、まだ無理。

あと15分だけは、1人で現実逃避させてほしかった。



撮影現場の並木道は、大きな公園の一角に位置する。

だから、少し行けば犬の散歩やジョギングしている人が目立つウォーキングコースがあるし、池や雑木林もある。


わたしは上着の襟元で顔を隠し、キャップを被って俯きながら歩く。

今のところ、わたしがPEACEのひらりだって気づく人はいない。


わたしは、何隻かのボートが浮かぶ池のほとりにやってきた。

そこにあったベンチに腰を下ろす。


ここから池を眺めていると、ボートに乗っているのはカップルが多い。

彼氏がオールで漕いで、彼女が笑っている姿が見える。


…みんな楽しそう。


そんな仲よさそうなカップルたちが、うらやましくて仕方がなかった。


そこへ――。


「こんなところにいたっ」


声に反応して振り返ると、そこにいたのは一条くんだった。


「…一条くん!」

「急にいなくなるから、スタッフの人が心配してたぞ」

「ああ…、うん。そうだよね…」


一条くん、探しにきてくれたんだ。


「やっぱり……戻らなくちゃいけないよね」

「なに言ってんだよ。まだ撮影、残ってるんだろ?」

「…うん」


でも、戻ったらラストシーンを撮らなくちゃいけない。

怜也との…キスシーンを。


憂鬱そうに俯くわたしの手を…一条くんが取った。


「じゃあ、ちょっと俺に時間ちょうだい」

「…え?」


わたしの手を引くなり、駆け足で走った。


どこへ連れて行かれるのかと思ったら、着いた場所は池にあるボート乗り場。


「一条くん…!?撮影の時間が――」

「戻りたくないんだろ?だったら、俺の言うこと聞けよ」


いつもなら、わたしの意見を聞いてくれる一条くんだが、なぜか今は強引。


そのまま、案内されたボートに乗り込んだ。


不規則な水面の波に揺られながら、一条くんの漕ぐボートは少しずつ岸から離れていく。


わたしたちがさっきまでいたところはとても遠くに感じて、まるで2人だけの世界へ迷い込むかのよう。


「強引に花宮さんを付き合わせたみたいになったけど、機材トラブルでさらに30分休憩を伸ばすんだって」

「そうなの?それを伝えにわざわざ…?」

「…まあ。それと、気になることがあって……」

「気になること…?」


わたしが尋ねると、一条くんはボートを漕ぐのをやめた。

いつの間にか、ボートは大きな池の中央付近にまできていた。


聞こえるのは、水面がボートに当たる水音と、優しく髪を撫でる風の音だけ。


静まり返ったボートの上で、一条くんがまっすぐにわたしを見つめた。


「花宮さん。あいつから…聞いた」

「あいつって……。…怜也のこと?」

「…そう。ラストシーンで、あいつとキスするって…」


一条くんから『キス』という言葉が出てきて、胸に針が刺さったようにチクッと痛んだ。


「でも、お似合いだからいいんじゃねぇの?やっぱり花宮さんに似合うのは、ああいう男なんだと思う」


待って…一条くん。

…なにか勘違いしてる?


わたしは怜也のことなんて、なんとも思ってないのに…。


「一条くんは、イヤじゃないの…?」

「…え?」

「わたしが…たとえお芝居とはいえ、他の男の人とキスするの……」


気持ちのないキス。

だけど、演技中は役に気持ちを乗せてキスをする。


どのようなものであれ、わたしが怜也にファーストキスを奪われることに変わりはない。

それに対しての一条くんからの返事はない。


気まずさで水面に目を移すと、今にも泣き出しそうなわたしの顔が映っていた。


このまま…このボートに乗って、どこか遠くへ逃げ出せたらいいのに…。


そう思っていた、――そのとき!


ボートが大きく揺れたかと思ったら、わたしは一瞬にして強い力に引き寄せられた。


固いものが顔に当たって驚いて見ると、それは一条くんの胸板だった。


さっきまで向かい合わせで座っていたのに、わたしはいつの間にか、一条くんの腕の中に抱きしめられていた。


「…イヤじゃないわけないだろっ。お前が、他の男にキスされるなんて…!」


わたしを強く抱きしめながら、耳元で一条くんの悔しそうな声が漏れる。


「俺、…ちっせぇ男だよ。ただの芝居だってわかってるのに、こんなにムキになって…。でも、花宮さんがあいつにキスされるところ想像すると……冷静じゃいられなくなるっ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

トウシューズにはキャラメルひとつぶ

白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。 小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。 あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。 隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。 莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。 バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。   (also @ なろう)

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

処理中です...