快楽の牢獄

真鉄

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快楽の牢獄

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  薄暗い森の中を二人の男が歩いている。一人はいかめしい革鎧に大きめの剣を佩いた、燃えるような赤毛の巨漢であり、もう一人は眼鏡に白くゆったりとしたローブを身に着け、大きく膨らんだ鞄と小型の弓矢を肩から掛けた神経質そうな細身の男だ。眼鏡の男は地図を広げ、黒髪を揺らして辺りを見回した。

「話ではこの辺りだと聞いたが……テオドア、何か感じるか?」
「いや……少なくともでかい生き物の気配はしねえな」

  剣士・テオドアは顎髭を指先で弄りながら五感を研ぎ澄ます。風が遥か高い頭上の木々を揺らすざわめきや鳥の囀り、小動物の息遣いの他には何の気配もなく、森は静まり返っていた。

「しばらく様子を見るしかねえなあ、先生?」
「うん……」

  眼鏡を押し上げ、周囲をよく観察する。先生と呼ばれた男、スヴェンは何か違和感を覚えたが、何がどうかと明確にすることはできなかった。そもそもスヴェンは薬学に従事する者であり、生物学者ではない。それなのに「謎の生物を探せ!」というあやふやな情報だけが頼りの妙な依頼任せられてしまった。

  スヴェンとテオドアは同じギルドに属する、俗に言う「冒険者」である。未開の大地に赴き、地図を作り、新たな資材や薬草などを見つけることを生業とするのだから、「開拓者」と本来ならば称したいところではあるが、怪物じみて獰猛な獣や悪夢的な形状の人喰い植物などと渡り合う腕っ節の強い――それこそテオドアのような者たちを見ていると、「冒険者」でも婉曲な呼称なのだなとスヴェンは思う。

  そうした荒くれ者、またはスヴェンのように未知の物に対する知的好奇心に突き動かされた学者たちがめいめいに寄り集まったグループがギルドであり、政府や個人の依頼を解決した報酬や資材などを売り払った対価をもらうのが常であった。

  そして、今回のこの「謎の生物を探せ!」というふわっとした依頼――資材回収のために入り込んでいた作業員がここ一ヶ月で何人かが行方不明となったことから、ギルドマスターと懇意の資材商から頼まれた依頼だった。この地点は既に解析済みで安全であると保証されている。本来ならば、特に人間に害のある獣や植物もいないはずなのだ。

  だが、無事に帰還した作業員の数人は、長い蛇のような生き物が木を登って行くのを見た、と口々に訴えた。しかし、これまでに人間を丸呑みにできるような巨大な蛇状の生物はこの地点では目撃されてはいない。ならば探せ、というわけである。今回はいわば斥候のようなもので、取り敢えずは正体を明らかにせよ、とのことだった。生け捕りにするか、討伐するかは正体を見極めてからにすると言うが、要は彼らにとって使えるものとなりうるかどうかによるということなのだろう。商魂たくましいことである。

  取り敢えずは様子見ということで、ギルドで最も生物学的な知識のあるスヴェンと、獣じみた五感の働くテオドアがその護衛役としてこの地に送り込まれることとなった。スヴェンとしてはもっと人員が欲しいところではあったが、他にも日々こなさなければならない依頼は山積みだ。様子見にそこまで人手は割けないのも理解できた。

  果たして、謎の生物の正体とは何なのか。取り敢えず、痺れ薬を染み込ませた生肉の塊を餌として数カ所に設置してみることにした。鬱蒼と生い茂る森の中、二人は注意深く周囲を見回しながら歩き回っているが、今の所、特に変わった様子は見受けられなかった。生体しか捕食しないタイプなのかもしれない。それに、仮に餌に食いついたとしても、仕込んだ神経毒が効くとも限らない。そもそも、あくまでも薬学が専門であり、植物はともかく動物に関してはそんなに詳しいわけでもないのだ。スヴェンは見通しもつかない探し物に溜め息をついた。

「先生、もうお疲れかい」

  小馬鹿にしたように前を歩いていたテオドアが言った。そもそも以前から彼の「先生」という呼び方が気に食わない。何となく馬鹿にされているような気がしてならないのだ。見知らぬ草花を見つければ夢中になって動かなくなる薬草馬鹿とでも思っているのだろう、この野人は。何度か白けたような目で見られたことを思い出し、スヴェンの眉間に皺が寄った。

「いや、大丈夫だ」
「そうかい。……そういや作業してた奴が言ってたが、右向いて左見たら隣にいた奴がいなくなってたんだってよ。手でも繋いどいてやろうか」
「……妙な気遣いはいらん」

  冷たい声音で返すと、テオドアは片眉を吊り上げて鼻で笑った。嫌な奴だ。きっと向こうも冗談の分からん奴だと思っているのでお互い様というやつなのだろうが。

「……何か、甘い匂いがしねえかい、先生」

  しばらく無言で歩を進めた後、何かに気づいたのか、テオドアが犬のように鼻を鳴らして周囲の匂いを嗅ぎ始めた。スヴェンも真似して嗅いでみたが、濃厚な緑と土の匂い以外には特に感じるものもない。

「……いや、別に。どんな匂いだ?」
「んー……、女子供が食う菓子みたいな匂い、かね」
「菓子……?」

  スンスンと鼻を鳴らしながら、テオドアは茂みを掻き分けて先へ先へと進んでいく。しかし、スヴェンはまたしても違和感を覚えてその場に立ち止まった。そして、周囲を見渡しようやく原因に気づいた。木立に絡まった蔓の量が異常に多いのだ。

  一本の木に近づくと、黒い幹に濃い灰色の細い蔦が網目のように巻き付いているのが分かった。この辺りに生息する蔓状の茎を持つ植物といえば、ヒゲゼンマイ、アサツユブドウ……、しかし、いずれにせよこんな色ではないし、葉が全くついていないのもおかしい。

  新種だろうか。スヴェンは弓を地面に置き、鞄から小型のナイフを取り出すと蔓の一本に押し当てた。その時、驚くべきことが起こった。ナイフが触れるや否や、幹一面を覆い尽くしていた蔓が一瞬にして樹上に回収されたのだ。それと同時に、スヴェンは吐き気を覚えるほどの強烈な浮遊感を覚えた。

「……っ!?」

  叫ぼうと咄嗟に開いた口に、猿轡のように何かが幾重にも巻きついた。顔や腹、腕や脚に何かが巻きつき、あっという間に音もなく中空へと持ち上げられていた。身体中を拘束する黒い――蔓。樹上高くまで軽々とスヴェンを持ち上げた蔓が戻る先は、木の枝の間に繭のように蔓を巻きつけた灰緑と焦茶が斑らになった汚らしい色味の巨大な袋状の植物だった。

――メイテイカズラ!

  酩酊と頭につけられたそれは、蔓に触れた鼠などの小動物を反射的に巻き取り、酩酊させて抵抗を奪う液体を湛えた袋の中に回収し、袋の底部から生えた触手で獲物に巻き付いて養分を吸い取って糧とする食虫植物の一種だ。この辺りが生息地であることに間違いはない。だが、この巨大さ、力の強さは尋常ではない。通常のものとは色味も異なる。人間一人ぐらいなら余裕で格納できるほどのこの大きさは突然変異か、それとも亜種か。いや、そんなことを分析している場合ではない。既にスヴェンの足先は袋の中に差し込まれていた。

  巻き付いていた蔓が外れた瞬間、咄嗟に縁に手を伸ばし、握り締めたままのナイフを壁面に突き立てたが、襟のように丸みを帯びた縁は掴めず、ぬるぬると濡れた斜面は容赦なくスヴェンを底に突き落とした。ぼちゃ、と厚みのある水音とともに、香子蘭の実ような甘ったるい匂いのする粘液が全身に降りかかる。

「っ……!」

  テオドアが言っていた菓子のような匂いというのはこのことだったか。メイテイカズラが分泌する粘液は、菓子の香りづけに使用される香子蘭の実の匂いによく似ているのだ。作業員が見たという蛇のようなものというのはメイテイカズラの外側から垂れ下がった――スヴェンを巻き上げたあの蔓のことだったのだろう。恐らく、獣のような五感のテオドアが反応しなかったのも植物だったからだ。謎は解明された。だが――。

  頭上を見上げたが、蓋の役割を果たす葉は既に閉じ、薄い蓋と側面から多少日光が透けているとはいえ、周囲は薄暗い。目を細めて注意深く観察したが、忌々しいことに袋は全体的に少し傾いており、内部には足がかりになりそうな凹凸は全くなかった。

  ならば切り裂くしかない。濁った粘液プールに膝をつく。足元はぶよぶよとしていて覚束ないが、立つよりは姿勢が安定するだろう。白濁した粘液をとめどなく滲ませ続ける壁面にナイフを突き立てた。しかし、弾力性に富んだ半透明のゼラチン質に取り巻かれた肉壁には、スヴェンの力では傷一つ入れられない。弱々しいながらも外の光を通しているのだから壁面は薄いはずだと見当をつけたのだが、ただぶよぶよと弾むだけで徒労に終わった。

「くそっ……!」

  甘ったるい匂いに頭がくらくらする。この酩酊成分は人間にも効果があり、メイテイカズラの粘液は、一部では媚薬としても流通している。とは言っても小動物を動けなくする程度のものでしかないので効果は微々たるものでしかない。しかし、この人間すらも取り込める変種の場合はどうなのだろう……。

  冗談じゃないぞ、と怖気を震いつつもスヴェンは研究者のさがを抑えることができない。耐水性の鞄の中から小瓶を取り出すと、底に溜まった粘液を瓶いっぱいに汲み取った。揮発性の高い液体だが、密閉しておけばしばらくは保つ。これを解析すれば、もっと詳しいことが分かるだろう。

  瓶を大事に鞄にしまうと、覚束ない手で鞄に引っかけていた矢筒を探る。中空に放り出された時にばら撒いたのだろうか、随分と本数が減っていた。一本取り出すと両手で掴み、柔らかな水底についたままの膝の間に鏃を押し当てた。腕力では無理かもしれないが、全体重をかければ何とか――。

「……っ!?」

  その時、袋の底がぬるりと震えた。濁った水底から互いに絡み合った細い触手が無数に湧き出し、スヴェンの手足に巻き付いたのだ。手から離れた矢は虚しく水底に沈んでいった。四つん這いの姿勢のまま、手と足は水底に絡まりあった無数の触手によって完全に縫い止められてしまった。細いが弾力に富み、少し引っ張ったぐらいではびくともしない。逆に、下手に力を込めると食い込んだ皮膚が切れてしまいそうだ。このままもしもこの粘液に浸かり続けて皮膚がふやければ、そういうことも起こりうるだろう。そうやって、柔らかくしておいて、この触手で養分を吸い取るのだ――。

「――い! 先生! どこだ!」

  血の気の引いたスヴェンの耳に、野太い声が聞こえた。ようやくテオドアがスヴェンの不在に気づいたようだ。だが、その声は随分と遠い。地上を探しているのだろうか。彼は果たして樹上に気付くだろうか。助けてくれ! と恥も外聞もなく叫ぼうと口を開いたその時、絡み合った触手が口中に飛び込んだ。
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