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第5章崩れゆく世界
59 小さな騎士王
しおりを挟む「君、奴隷なの? やめた方がいいよ」
ダンジョン攻略部隊に応募した俺に向かって放たれた自衛官の心無い言葉。
いつもの俺だったら、物怖(ものお)じして引き下がったかもしれない。でも今は違う。
ダンジョンの化け物も、王である鮫島だって倒したんだ。心の余裕はあるさ。
「俺、普通の奴隷じゃないですから」
まるで王のように威厳のある表情。
俺の自信に満ちた言葉に対して、自衛官は疑念の眼差しを向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「そうか。そんなにダンジョンに入りたいのか」
「……」
受付の前に立つ俺と自衛官。
俺の発言は予想外だったのだろう、自衛官は苦い顔を見せた後ゆっくりと口を開けた。
少しダルそうに頭を掻(か)きながら。
「本当は奴隷が来たら、追い返せって言われてたんだけどな」
「けどな?……」
どうやら奴隷はお呼びでなかったようである。
まぁ無理もないか。通常の奴隷なら無駄死にする確率の方が高い。
しかし、自衛官は真っ直ぐな瞳を見て心が変わったようだ。
ニッコリとした顔をして俺の申し出を受け入れてくれた。
実はいい奴なのかもしれない。
「いいよ。今回は特別だ。貴重な王も今回のダンジョン攻略部隊に応募しているんだ。彼女に感謝しろよ」
「え?」
「君と魔導師は、その王とチームを組んでもらう」
自衛官の言葉に俺は動揺してしまった。
王で女性といったら。彼女しかいないじゃないか。
幼馴染の氷華が、俺と火憐に加わってダンジョンに突入するのか。
「ちょっと蓮。どうしたのよ」
後ろから火憐が声をかけてきた。
正直、火憐と氷華を会わせたくはない。ダンジョンで出会った時にケンカしてるし。
(今回のダンジョンも疲れそうだな)
俺が深いため息をつくと火憐がまた声をかけてきた。
「お~い。聞こえてますか~?」
「聞こえてるよ。俺たちは王と同じ班になってダンジョンに潜るんだと」
「ほんと!? やったじゃない。これで選考に通る事間違いなしよ」
火憐は恐らく氷華であるという可能性に気づいていないようだ。
いや、まだ氷華と決まったわけではないが。
この地区に存在する王など彼女以外にいないのではないか。
奴隷と同じく、王は特殊な【職業】。
自衛官もさっき言ってたけど王は、貴重な存在なんだよな。
奴隷も貴重な部類には入るだろうけど。
俺がそんな風に考えて首を傾けていると、自衛官の方から声をかけてきた。
「ほら。君と魔導師の班は第1班で、商人は第2班だ。グラウンドに石灰で『1』『2』と書いてあるはずだから自分達で探してくれ」
「分かりました」
俺は自衛官に一礼をすると俺は振り向いて、グリーシャさんの元に近づいた。
でもなんでだろうな。火憐はグリーシャさんと距離を置いている。それに俺に向かって殺気を放っている。
俺は苦笑いをしながら彼女に話しかけた。
班のことを伝えなきゃならないからな。
「グリーシャさん」
「……」
彼女は心配そうにこちらを見つめている。キチンと受付処理できたのか心配しているのだろう。
手を合わせてこちらに顔を近づかせている。
「ジャパニーズ。どうデシタカ?」
「安心して下さい。受付ちゃんと出来ましたよ」
「Oh! ありがとデース!」
【ムニュ】
「ちょ、ちょっとグリーシャさん!」
グリーシャさんは相当喜んでるみたいだ。
喜びのあまり俺に抱きついてきた。柔らかい感覚が伝わってくる。
全く。外国人は体で感情を表現するって、どこかで聞いたけど本当みたいだな。
それにしても。
か……火憐のとは全然違う……大きい。
「ありがとデース!」
「はは。それはどうも」
急な出来事に鼻血が出そうになってしまったよ。
慌てて片手で鼻をつまんで残った手でグリーシャさんの肩を掴んで引き離した。危なかったよ。
「蓮君? 何してるの?」
瞬間移動のように火憐が真後ろにいたんだ。
これ以上グリーシャさんにハグされていたら、後ろから松葉杖で殺されていたかもしれない。
「な、何もしてないよ!」
「へぇ~。そっか」
後ろは怖くて振り向かないけど殺気はわかる。きっと冷たい目で見つめているはずだ。巨大な殺気。
その圧倒的な存在感にグリーシャさんも気づいたようである。
「あなたはガールフレンドデスカ?」
「へ?」
グリーシャさんの言葉で火憐の殺気が止まった。
ナイスだグリーシャさん、これ以上殺気を当てられていたら泣き出しそうだったんだ。
「い、いや。ちちちち違うし」
「ハハハ。変わった人デスネ」
火憐は赤くなった顔を背けて口を膨らませた。
もうあのドス黒いオーラを感じる事もない。俺がホッとしていると
急に引き離されたグリーシャさんは、驚いた様子で俺に話しかけてきたよ。
鼻を手でつまんでいる俺に向かってね。
「私においマスカ?」
「違いますよ、これは鼻水を止めるためにやってるだけですから」
「そ……そうデスカ」
「あっ! 言い忘れてましたけど俺達、違う班になりましたけどよろしくお願いします」
「ありがとデース! そういえばジャパニーズの名前はなんて言うんデスカ?」
「俺の名前ですか? 市谷 蓮です」
グリーシャさんは俺の名前を聴き終えると今度は火憐の方を見た。
彼女の名前も知りたいのだろう。
無言の訴えに火憐も気づいたようだ。口を膨らませたまま答える。
「私は火憐よ。ふんっ!」
火憐の名前も聞くとグリーシャさんは満足したような表情でお辞儀をしてくれた。
そこまでしたくなくていいのに。
「市谷に火憐! よろしくデース!」
「ははは……あっ、俺達は1班。グリーシャさんは2班で、その場所に移動しなきゃならないみたいです。付いてきて下さい。案内しますよ」
「ハーイ! かしこまりマシタ!!」
俺達が歩き始めるとグリーシャさんはスキップしながら後を付いてくる。
本当に元気な人なんだなって事が伝わってくるよ。
ただ俺もよそ見しているわけにはいかない。
1と書かれている位置に行かなければならないからな。恐らく、そこに王がいるんだろうけど。
普通ならその1と書かれている地面を探すために下を向くだろう。
しかし俺は違う。
俺は下を見ずにただ辺りを眺めているんだ。氷華が待っているとしたらすぐに見つける事が出来るからな。
氷華は、全身鎧に身を包んで来ているはずだから。
ダンジョンで装備していたあの鎧を。
案の定、しばらく歩くと全身鎧姿の小さな騎士を見つけたよ。
もちろん、俺だけじゃない。
火憐もグリーシャさんも気づいたようだ。
「市谷。あれはコスプレデスカ?」
「あはははは。そう見えますよね、でも違うんです。俺達もダンジョンで、あの装備品を探すんですよ」
「Oh! 私も着たいデスネ!」
グリーシャさんの視線の先には、大剣を地面に刺し、前方をジッと見つめる全身鎧姿の騎士が写っていた。
「蓮、まさか私達と一緒の班の王って」
「多分、火憐の想像通りだと思うよ」
火憐は気づいたようで少し顔を歪ませた。
やはり、ダンジョンの時に身長をからかわれた事を根に持っているらしい。
俺達三人の視線。
その熱い視線に気づいたのだろう。小さな騎士はこちらを振り返りこう言ったんだ。
「蓮じゃん! あんたも参加するのね!」
と。
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