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第3部

21 戦端

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 "聖女"と"偽"の聖女は闇夜に相見える。 

「来いよ!クララァァァ!!決着の時間だァァァ!!」

 帝国の旗を掲げる亡者の大軍、止まる事を知らぬ不死の騎兵達は、アリアが叫ぶ声に呼応するように、猛烈な勢いで進軍する。

「フン、レオンハルトとか言う小僧の姿がない……どうやら小娘供は上手くやっているらしいぞ?……さて……どうする?」

 クララに化けた毛玉と、それを乗せた蒼銀の巨狼は、遥か先から憎悪を向けるその一団を視界に捉えた。

 彼らが率いる獣の軍勢は、装甲板を取り付けた馬車を整然と並べて円陣を敷き、無秩序に獣軍を目掛けて突撃してくる帝国軍とは対照的に、静まり返っている。

「合流するまでは先陣を切る訳にはいかない……違ったか?」

「その通り、我々の役目はここで待ち、軍勢を鼓舞する事だ。多少の援護はするがな──ほれ」

 地が鳴動し、こちら側の陣地を押し上げるように小高い丘が形成されていく。

 突如として変動した地形に帝国の軍馬の足並みが乱れる。

「くく、いくら傷を気にせず戦えると言っても、馬にはそれが理解できまい。聖歌隊!歌を!」

 陣営内に集まった獣や、変異した子供達が讃美歌を歌う。

 それは帝国が掲げる教えに変わる前の、今や異端とされる神を讃える歌。

 その歌が曇天の空の下、戦場に響く。

「ああ、いいぞ!これでこそだ!者共!聞け!我々は"邪神"を誅する神の兵!亡者達を払い、大地を我らの手に取り戻すのだ!」

「おぉぉぉぉ!!」

 獣達の陣営から歓声が上がる。

「……ほんの少し前まで亡者どもに怯えていた連中が随分な変わりようだな、くく」

 クララの顔で悪辣な笑みを浮かべるその姿は、アリアのそれとあまり変わりがなく。

「……その顔でそういう表情をするのは、やめてくれないか?」

「向こうの小娘と元は同じなら、こういう顔をする時もあるだろう」

「そうならない為に俺たちがいる」

「なら、戻るまで辛抱する事だ。さて、突撃するしか能の無い連中に、戦というものを教えてやろうか──構えろ!」

 装甲板のスリットから、"笛"の銃口が伸びる。

「引き付けろ、限界まで待て」

 指示に従う獣軍の兵は、馬車の荷台の中で息を飲む。

 その構成は老若男女問わず、獣となった者達だ、その多くは農民であり、元々騎士でも兵士でも無い彼らにとって、正面から戦うなど考えられない事だった。

 しかし、彼らは訓練を重ね、今や誰もが戦士の目をしていた。

 その視線の先には、態勢を整え再び此方へ迫る帝国の騎士達。

「子供の歌に、笛?演奏会でもしようというのか?馬鹿にしてくれる!」

「我々をそのようなハリボテで止められると──!」

 丘の上に並ぶ馬車をハリボテと称する彼等は、自分達に向けられているものが何なのかすら知らなかった、故に。

「獣どもに死を──!」

 槍を手にいつも通り蹂躙しようとする帝国の騎士隊は、

「──撃て」

 その笛が奏でる音色が意味するものすら、知りはしないのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 音と変わらない速度で放たれる弾丸の雨が、帝国の人馬を撃ち抜き、ある者は肉片を飛び散らせて赤い華を咲かせる。

「……は?」

 騎士達は何が起きたのか、理解する事すら出来なかった。

 未だ嘗て聞いたことの無い"銃声"というものに、馬は狂乱し、撃ち抜かれた兵士たちは地へ転がる。

「な、なんだ何が起きた!?」

「怯むな!進みなさい!《その者の傷を──》」

 アリアでさえ、事態の把握と兵士の回復で精一杯だった。

 蜘蛛の罠に続き、二度も蹂躙を阻まれる事など想像も出来なかったのだ。

 そして混乱する帝国軍をよそに。

「──弓を、弩を放て」

 淡々と次の指令が獣の軍勢に下される。

 連発ができない"笛"の装填時間を補う弓矢の弾幕。

「逃げ──」

 混乱し、背を向けた騎士に矢が突き刺さり、倒れ臥す。

 統率の取れた動きで、同時に放たれたそれは、帝国軍の回避行動を酷く難しいものとさせた──。

「クソ……何だあれは……私の騎士達が、なぜ、こうも簡単に──」

 次々と倒れていく騎士を後方から再生させながら、獣軍を睨むアリア。

 アリアが全く理解できなかったその原因は、彼女自身の魔術が"優れていてしまった"事にある。

 不死の軍隊というのは、魔術による回復によって損耗を考えずに延々と無理な戦闘を続行できる事が利点であった。

 それ故、騎士達は死の不安や恐怖といったモノを知らずに戦うことができた。

 しかし、今やそれが覆された。

 帝国の騎士達はここで初めて、恐怖というものを知った。

 得体の知れない音が鳴れば、反応すら叶わず、仲間が吹き飛び、馬は死んでいく。

「う、うぁぁぁぁ!!」

 その光景に我を忘れ、恐れ慄いたのだ。

「崩れたぞ、切り込め。──歩兵、前進」

 なす術なく瓦解していく帝国軍へさらに追撃として、馬車から続く獣軍の歩兵、彼らが手に持つのは槍や剣では無く、単なる農具の類。

 唐棹なり、鍬なり、何の変哲も無い道具だ。

 帝国を包囲できるような兵力を用意するのに、いくら周辺国の騎士を集めたところで足りるはずもない、当然農民が戦列に並ぶ事になる。

 そんな、本来騎士にとって敵にもならない存在が、無骨な凶器を持って襲い来る。

 無論ある程度、命を落とす事になるのは間違い無い、だが、それでも農民達は突撃を辞めない。

 不死では無い筈の彼らは怯える事なく、笑って進軍してくる。

 そして戦場に響き渡る子供達の歌声は止むことはない。

「何だ!何なんだこれは!何故笑っている、何故全員が同時に──」

 全ての疑問を口にするまでもなく、騎士達は農具で叩き潰された。

 帝国の騎士達は、まるで一つの生き物のように動く獣軍の行動にすら驚きを隠せなかった。

「くく、最近の若い者は行進もできないのだな」

 帝国軍の惨状を嘲笑う毛玉。

「我々にとって戦の常識でも、本来、訓練無くしてはあり得ないだろう。確かにお粗末だが……まるで赤子の手を捻るようで後味が悪い」

 対して、戦場を眺める獣は面白くなさそうに呟く。

 事実、この時代に於いて統率の取れた軍事行動というものは、"失われた技術"だった。

 死なない事で無理な突撃を仕掛け続けられる帝国の騎士はそれによって常に士気が高いが故に、それが必要なく、

 また帝国軍ではなくとも、殆どが貴族身分の騎兵と、その私兵による突撃と激突を戦の主軸としていたこの時代において、それを指揮するのは事前の大まかな指示でしかない、故に戦闘教義という言葉は廃れていた。

 しかし、戦というものは、"どれほど高い士気を保っていられるか"が大きな比重を占めていた、怖気付いた兵の多くは逃げ出し、それが戦の勝敗の多くを決したからだ。

 それを避ける為のモノが統率であり、太古より戦に必要とされた戦闘教義でもあった。

 この時代に働く原理もまた、当然変わらないものだったが故に。

「なんだ、コレは!一体我々は何と戦って──」

 ──帝国は戦というものを"再発見"させられる事になったのだ。

「これが人間同士の戦というものだ、蹂躙しか知らぬのはそれこそ──獣というものだろう?」

 少女に化けた獣の王は嗤う。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「多少死んだところで!《かんだ、えすとらた、あまんとす、いあ、ぐれつ》さあ私の騎士達よ──再び立て!」

 アリアは戦場に倒れ臥す兵士達を蘇らせようとする。

 しかし。

「……何故、何故立ち上がらない?早く立ち上がりなさい!」

 誰一人として戦場に蘇る者は居なかった。

「……生き埋めにすれば回復させようが蘇生させようが変わりあるまい。後は進軍のついでに混凝土を流し込んで固めておけば、それで終い。ああ、舗装して道路にしてやるのもいいな、連中も新しい国の礎になれて本望だろう」

 その遥か先で毛玉は嗤う、嗤い続ける。  

「埋められちゃあ、何にもできねぇよなぁ!こんな簡単だったなんてな!ははは!」

「全くだな!土を掘り返すのなんざ、俺らにとっちゃ苦でも何でもない!」

 逃げる騎士を叩き潰す獣の農民達、彼らは笑顔で農具を振るい、その体毛を赤く染めた。

「やめろ、くるな、くるなぁぁぁぁ!!」

 情けない悲鳴を上げる騎士達は次々と埋められていく。

「……退却だ……退却するっ!まだ動ける者は私に続きなさい!」

 アリアは号令を発し、まだ辛うじて命令を聞く余裕のある者達だけを連れ、敗走していった。

「"たかが魔術程度"に、"人間"の歴史は負けはせんよ、小娘。──さて、騎兵達よ出番だ」

 最後の指示で、獣達の騎兵が逃げきれていない生き残り達を掃討し、歩兵が次々に埋葬していく。

 もはや、戦で蹂躙される対象は獣から人へと変わっていた。

「……毛玉、これは……」

「全く清々しいな、"化け物"を殺しにくる連中を、"人間の技術で"屈服させるのは」

「まるで人の技術には思えんがな」

「女神が居なければ、"笛"も百年程度の誤差で生まれただろう、そう変わった事でもない……ああそうか、混凝土は早すぎたか?……まあ、我が居なければすぐに失伝するだろう」

「……お前は何を知っている?」

「知っているのではなく、最初から"記されている"のだ……さあ、進軍するぞ者共、鉄血の鼓笛を轟かせ、人間を名乗る亡者の為に、帝国の葬送曲を奏でてやろうではないか……!」

 クララの顔をした何かは、十字が描かれた旗を掲げ、曇天に獣達の歓声と聖歌が響く。
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