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第一幕
05 デイ・ドリーム・ビリーバー.1 ◆
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俺の人生最大の過ちは、二つある。
一つ目は聖女の騎士として任命された事だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
独特な甘い香りの煙が漂う、壁と天井のステンドグラスに閉ざされた、室内庭園。
漂う香りは何処かで嗅いだような匂いだったが、思い出せなかった。
「あなた…ね…新しい…騎士」
帝国の権力の象徴──"聖女"は俺を見るなり、そう言った。
彼女は長い銀の髪を垂らし、光のない真っ青な瞳をこちらに向ける。
彼女の姿形だけならば、帝国でも随一の美人な娘だろう。
俺が彼女を見て、精巧に作られた人形なのでは無いかと一瞬疑う程に。
だが、舌足らずな発音で片言に喋り、生気に欠けたその姿は、"白痴の姫"と噂されるに相応しいものだった。
「聖女様、なんなりとお申し付け下さい」
正面で跪く。
そんな状態でも、彼女は帝国権力の象徴、押しつけられた役割とは言え、俺には逆らう事の出来ない相手だ。
いくらここが、"左遷先"とは言え、与えられた役割は全うする他ない。
「名前」
か細い声で呟くように聞く聖女。
「はっ……私は──」
顔を上げると、目と鼻の先で聖女が俺の目を覗き込んでいた。
「うぉっ」
思わずひっくり返りそうになり、素っ頓狂な声が出てしまった。
「…驚いた?」
間近で見た彼女の瞳は本当に真っ青だった。それこそ、深い海の底のような。
「も、申し訳ございません、ご無礼をお許し下さい」
「あなた…瞳…真っ赤…綺麗、髪…黒…珍しい」
不思議そうに俺の髪を触る聖女。
「は、はぁ……東方の血だそうで」
「硬い…あと…名前」
「オード、と申します」
「おーど…おぼえた…私…まな」
聖女は自分を指差して屈託なく笑った。
まるで子供のような笑顔で。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「存じております、聖女様」
「硬い」
聖女は俺を今にも寝てしまいそうな目で見つめる。
「どういう意味でしょうか?」
「硬い…硬い…分からない?」
「何が硬いのでしょうか?」
「……言、葉?…言葉」
首を傾げる聖女、いや、そこで傾げられても困るんだが……というか硬いと言われてもな。
「そのように申されましても、私の身分では聖女様には、このように申す以外に御座いませんので……」
「おーど、言葉…難しい…簡単…言って…私…好きじゃない…頭…疲れる…」
そう言って額を指で押さえる聖女。
……そもそも何を言ってるのか理解できていなかったのか……?
"赤子の世話をするつもりで行け"と言われたが……こういう事か……どうせ俺以外ここに来る人間もいないから別にいいか。
「……わかった、これでいいか?」
「そう、それ…皆…難しく…言う」
「それだと、俺たちは怒られるんだ」
「誰…怒る?」
「そりゃ、偉い人達に」
「大丈夫…お父様…話す言葉…同じだから」
「皇帝陛下は一番偉いんだから、いいんだよ、怒る偉い人いないだろ?」
「違う…そうじゃないの」
……どう言う事だ?子供ならこれで納得しそうなものだが……
「どうしてそうじゃないんだ?」
「私…許す…偉い人…だから」
微笑む聖女。
「あぁ、そう言う事か」
なるほど、自分が帝国の権力そのものだと言う事は、ある程度理解しているんだな。
陛下が教えたんだろうか……?何か少しだけ違和感を感じるが。
「そう…私…気にしない…でも…はじめて」
「初めて?話し方を変えた騎士はいなかったって事か?」
「おーど…かしこい…言う事…分かるんだ」
「そうか?下町には、言葉が苦手な奴もいるからな。帝国の言葉が分からん奴もいる」
「下町?私…外出れない…知らない…いつもここ…寝てる…することない」
「出れない?聖女は外に出たがらないって聞いてたが」
「それ嘘…私…出たい…海…行きたい」
嘘……?
じゃあ、一体何故そう言われてるんだ……?
「海?なんでだ?」
「お母様…海…行ったから」
「──っ」
その一言に、俺は返す言葉を失ってしまった。
帝国民にとっては有名な話だった。
彼女の母親である前王妃は、随分と前に失踪している。
それも、ある日突然発狂して。
前王妃も聖女であったが、ある時から意味不明な言葉を言うようになり、元から精神薄弱なのではないかと疑われてはいた。
彼女が居なくなる前、しきりに繰り返し口にしていた言葉が、
「海に行かなければ」
という言葉だったという。
主に母親の事件と風聞で、今の聖女は白痴の娘であるから"白痴の姫"と馬鹿にされていたのだ。
……世話係や皇族以外は誰一人として見たことが無いにも関わらず。
「私…海…会う…お母様」
「聖女様、もう王妃様が居なくなって随分経つんだ。分かるだろう?」
十年も前の話だ、無事なら何かしら情報があるはず、それが無いと言うことは。
「おーど…分かってる…私…子供じゃない…でも見てない…まだわからない」
虚な目をしていたが、確かな意志を感じる言葉だった。
その言葉を聞いて、ようやく俺の中の違和感がどういうものなのか、理解できた。
──聖女様は白痴でも精神薄弱でもないのだと。
一つ目は聖女の騎士として任命された事だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
独特な甘い香りの煙が漂う、壁と天井のステンドグラスに閉ざされた、室内庭園。
漂う香りは何処かで嗅いだような匂いだったが、思い出せなかった。
「あなた…ね…新しい…騎士」
帝国の権力の象徴──"聖女"は俺を見るなり、そう言った。
彼女は長い銀の髪を垂らし、光のない真っ青な瞳をこちらに向ける。
彼女の姿形だけならば、帝国でも随一の美人な娘だろう。
俺が彼女を見て、精巧に作られた人形なのでは無いかと一瞬疑う程に。
だが、舌足らずな発音で片言に喋り、生気に欠けたその姿は、"白痴の姫"と噂されるに相応しいものだった。
「聖女様、なんなりとお申し付け下さい」
正面で跪く。
そんな状態でも、彼女は帝国権力の象徴、押しつけられた役割とは言え、俺には逆らう事の出来ない相手だ。
いくらここが、"左遷先"とは言え、与えられた役割は全うする他ない。
「名前」
か細い声で呟くように聞く聖女。
「はっ……私は──」
顔を上げると、目と鼻の先で聖女が俺の目を覗き込んでいた。
「うぉっ」
思わずひっくり返りそうになり、素っ頓狂な声が出てしまった。
「…驚いた?」
間近で見た彼女の瞳は本当に真っ青だった。それこそ、深い海の底のような。
「も、申し訳ございません、ご無礼をお許し下さい」
「あなた…瞳…真っ赤…綺麗、髪…黒…珍しい」
不思議そうに俺の髪を触る聖女。
「は、はぁ……東方の血だそうで」
「硬い…あと…名前」
「オード、と申します」
「おーど…おぼえた…私…まな」
聖女は自分を指差して屈託なく笑った。
まるで子供のような笑顔で。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「存じております、聖女様」
「硬い」
聖女は俺を今にも寝てしまいそうな目で見つめる。
「どういう意味でしょうか?」
「硬い…硬い…分からない?」
「何が硬いのでしょうか?」
「……言、葉?…言葉」
首を傾げる聖女、いや、そこで傾げられても困るんだが……というか硬いと言われてもな。
「そのように申されましても、私の身分では聖女様には、このように申す以外に御座いませんので……」
「おーど、言葉…難しい…簡単…言って…私…好きじゃない…頭…疲れる…」
そう言って額を指で押さえる聖女。
……そもそも何を言ってるのか理解できていなかったのか……?
"赤子の世話をするつもりで行け"と言われたが……こういう事か……どうせ俺以外ここに来る人間もいないから別にいいか。
「……わかった、これでいいか?」
「そう、それ…皆…難しく…言う」
「それだと、俺たちは怒られるんだ」
「誰…怒る?」
「そりゃ、偉い人達に」
「大丈夫…お父様…話す言葉…同じだから」
「皇帝陛下は一番偉いんだから、いいんだよ、怒る偉い人いないだろ?」
「違う…そうじゃないの」
……どう言う事だ?子供ならこれで納得しそうなものだが……
「どうしてそうじゃないんだ?」
「私…許す…偉い人…だから」
微笑む聖女。
「あぁ、そう言う事か」
なるほど、自分が帝国の権力そのものだと言う事は、ある程度理解しているんだな。
陛下が教えたんだろうか……?何か少しだけ違和感を感じるが。
「そう…私…気にしない…でも…はじめて」
「初めて?話し方を変えた騎士はいなかったって事か?」
「おーど…かしこい…言う事…分かるんだ」
「そうか?下町には、言葉が苦手な奴もいるからな。帝国の言葉が分からん奴もいる」
「下町?私…外出れない…知らない…いつもここ…寝てる…することない」
「出れない?聖女は外に出たがらないって聞いてたが」
「それ嘘…私…出たい…海…行きたい」
嘘……?
じゃあ、一体何故そう言われてるんだ……?
「海?なんでだ?」
「お母様…海…行ったから」
「──っ」
その一言に、俺は返す言葉を失ってしまった。
帝国民にとっては有名な話だった。
彼女の母親である前王妃は、随分と前に失踪している。
それも、ある日突然発狂して。
前王妃も聖女であったが、ある時から意味不明な言葉を言うようになり、元から精神薄弱なのではないかと疑われてはいた。
彼女が居なくなる前、しきりに繰り返し口にしていた言葉が、
「海に行かなければ」
という言葉だったという。
主に母親の事件と風聞で、今の聖女は白痴の娘であるから"白痴の姫"と馬鹿にされていたのだ。
……世話係や皇族以外は誰一人として見たことが無いにも関わらず。
「私…海…会う…お母様」
「聖女様、もう王妃様が居なくなって随分経つんだ。分かるだろう?」
十年も前の話だ、無事なら何かしら情報があるはず、それが無いと言うことは。
「おーど…分かってる…私…子供じゃない…でも見てない…まだわからない」
虚な目をしていたが、確かな意志を感じる言葉だった。
その言葉を聞いて、ようやく俺の中の違和感がどういうものなのか、理解できた。
──聖女様は白痴でも精神薄弱でもないのだと。
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