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第二幕

07.秘密の求愛者(※三人称視点)

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◆◇◆◇◆◇◆◇

「私の助言通りにしましたか?」

「ああ、勿論、これで心配はないよ。任せたよ、アリステラ殿」

「確かに受け取りました。必ずやベルミダ様にお届け致します」

「吉報を待っているよ」

 アルサメナに偽名を呼ばれたアイリスは、本を胸に抱えて、小屋を出た。

 外は乾いた熱気を風が運び、変わらず昼の首都を過剰に温めていた。

 日陰を探してその中へ逃げ込むアイリスは、その涼しさに息を吐く。

 日陰にさえ入れば、どれほど暑かろうと涼しくいられるからだ。彼女はこの土地の空気が乾燥している事に感謝した。

 その背後をこそこそと、ルヴィが追跡していることは、アイリスには分かっていたが、王宮の中までは追ってこられないだろうと、気にすることもなかった。

 追跡しているルヴィの方も、あくまでアイリスが、きちんと王宮へ本と暗号を持っていくのか、という確認の為に尾行していたに過ぎなかった。

 ただ、あまりに挙動が不審すぎたので、道行く人からは、あの子は何をしているのだろうかと首を傾げられていたが。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「ベルミダ様のお部屋は……」

 アイリスは迷う事なく、客人用の部屋へと向かう。

 夜半の散歩で出会った女性から、ベルミダは客人用の部屋で滞在していると聞いていた為に、居場所を探るまでもなく把握できていた。

 また、長年庭のように出入りして歩き回っていた王宮の中だ。

 今更、アイリスが迷うはずもなかった。

「ここか……」

 扉を叩く。

「どなたかしら?気にしないから開けてちょうだい」

 中から促され、アイリス自ら扉を開いた。

「失礼、この部屋に滞在されている方にお届け物がございます」

「あら?珍しいわね、私に届け物なんて。いいわ、中までいらっしゃい」

 部屋の中にいた女性は、暗い金髪で、見覚えがあるような顔をしていたが、アイリスには思い出せなかった。

「……こちらです、どうぞ」

 姿形を見て、確かに美人だなぁ、と思ったアイリスはほんの一瞬だけ嫉妬を感じたが、ナローシュへの怒りの方が強かった。

 自分と似たような女性に見えたからだ。

 何故この娘が良くて、自分がダメなのだろうかと、疑問は絶えなかった。

 しかし、ナローシュを悔しがらせる為、作戦の為にそれをぐっと堪えた。

「……叙事詩?これを私に?」

「ええ、きちんと栞も挟んでありますので、特別なものですから良くご覧になってください」

「……どなたから?」

「……私からは申し上げる事が出来ません」

「……へぇ、この間取り立てたばかりの騎士に、匿名の贈り物ね。….…ナローシュ様ではなさそうね、ということは……ああ、なるほどね。まあいいわ。ご苦労様、贈り主にはよろしく伝えておいてくださいますか?私の方から送り返す物があれば、貴方に連絡をすれば良いのでしょう?」

 本を受け取り、一人思案して納得した様子を見たアイリスは、無事に意図が伝わったものと安堵する。

「かしこまりました。ではそのように。私はアリステラと申しますので、ご用があればお呼びください」

 作戦の一歩目が、無事に成功を奏したと感じたアイリスは達成感を胸に、部屋を去って行った。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 アイリスが去って少し経った頃。

 栞に書かれた暗号に気がついた娘は、それを全て読み解き終わっていた。

「……それにしても。アルサメナ様が私宛に暗号を送ってくるなんてね」

 叙事詩に挟まれた暗号を読み解き、愛情に満ちた恋文を見て感極まっていた。

「……ふ、ふ。アルサメナ様が。私に──ベルミダじゃなくて、私に!」

 ベルミダの妹であるアトランタは喜びに震えていた。

 実は、アイリスは二つの致命的な失敗をしている。

 一つは暗号入りの本を受け渡したのは、偶々客人用の部屋に来ていた、ベルミダの妹であるアトランタだったこと。

 これは彼女がベルミダの姿を知らなかった故に起きてしまった不幸だった。

 もう一つは、暗号が他人に解読される恐れの為に、個人の名前を入れないように助言した事だった。

 恋文の中に、もしベルミダの名前が書いてあればアトランタも勘違いする事は無かっただろう。

 そして恋する者たちにとって、非常に面倒な事に。

「ふ、ふふ!これは一大事だわ!アルサメナ様が私の事を思っているのだとナローシュ様に伝えれば、お姉さまはもう逃げられない。二人の関係はお終いね!」

 このアトランタというのは姉のベルミダが愛しているアルサメナへ横恋慕をしていたのだ。

「よし、善は急げよ!早くナローシュ様を探さなきゃ!」

 そうして、ナローシュを探しに、アトランタは本を置いたまま駆け出していった。
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