日常探偵団

髙橋朔也

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新参者 その肆

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 案の定、彼女は一人教室で本を読んでいた。
「三島さん!」
「......! 新島か。私のことは三島でいい。で、私の秘密は解けたのかな?」
「解けたといえば解けた」
「ほお? なら、話してみろ」
 新島は周りに誰もいないことを確認したうえで、腕を組んだ。「遠藤(えんどう)という男の人と、三島の姓のお母さんが再婚したはずだ。すると、三島は遠藤に変わるはずだが、あなたの場合はそれはできなかった。遠藤紗綾(えんどうさや)になってしまうからだ。つまり、さやえんどう。だから、父親と三島は姓が違うし、豆と父親が嫌いなんだ。
 だが、別に名前がさやえんどうになるからってわざわざ三島の姓を名乗ったのは、お母さんが再婚した当時、あなたはいじめられていた、ということだろ? いじめの真っ最中に遠藤紗綾になったら、いじめるネタにされてしまう。だから、より一層父親を憎んだ。そして、三島の姓を名乗った。
 その後、八坂中学校に転入して来たというわけだ」
 三島は少し黙ったが、口を開いた。
「よくわかったね。その通り。私は前の学校でいじめられていた。それが、私の秘密。だが、君は絶対にいじめの辛さも、親の再婚で屈辱的名前になりかけたことも理解できないはずよ」
 新島は腕組みを崩すと、頭を掻いた。「一応、理解できる」
「なぜだ? 理解出来るはずがない」
「いや、それが理解出来るんだ。俺の死んだ兄貴は心臓に持病を持っていて、いつ死んでもおかしくなかったんだ。生きるためには心臓移植をしなきゃいけない。だけど、そう都合良く適合する心臓を持った脳死のドナーは見つからなかった。そこで、母と再婚した義父は体外受精を行って、兄貴の心臓に適合する心臓を持った人間を生みだした。それが俺だ。俺は兄貴を生かすために創られたクローンなんだ。そして、両親に生きたまま心臓を取られる寸前で兄貴は死んだ。で、俺は生きている。
 こういう人生を歩んできた俺だからわかる。いじめの辛さも理解できるはずだ」
「く、クローン?」三島の顔は蒼白になった。
「クローンの件は口外禁止だ」
 三島は思い直して、右手を新島の方向に突き出した。「私を文芸部に入れてくれるかしら?」
 新島は驚きつつも、三島の手を握った。「部室に、今部員がいる。まずは部室に行こう」
 その後、新島と三島は部室に向かった。
「三島が、今日から文芸部部員になってくれるそうだ」
「よろしくお願いします」
「敬語、になったな?」新島は苦笑して、眉間を掻いた。「えっと、過去の秘密に関しては、本人から聞いた方がいいな」
「私は過去にいじめられていた。そんな時にお母さんが再婚した。その再婚相手の姓が遠藤だった。それで、私はさやえんどうになるところだった。そんな名前になったらいじめのネタになるだけだ。だから、私はお母さんと義父とは違って三島の姓を名乗ったんだ」
 高田と新田は、三島の話しを真剣に聞いていた。
「まさか、そんな過去があるとは。新島もよく、名前のからくりからそこまで推理できたもんだ。俺なんて、まったくわからなかったよ」
「うぅ。酷い話しですね」新田は泣き出していた。新島が生まれてきた真実を聞いた時は涙一滴流していないのが不思議なくらいである。
「これから、三島が文芸部の部員になる。今日の放課後、土方先輩が俺の家に来るから、烏合の衆会議に三島も参加させようか」
「俺は賛成だぜ」
「私も賛成です」
「烏合の衆? 雑魚の集まり? 秩序が存在しない集団?」
「三島、以外と酷いこと言うもんだな......」

 土方は缶コーヒーが五つ入ったビニール袋を持って、新島の家に向かった。すると、扉が開いていた。鍵が掛かっていないようだった。扉を開けて中に入ると、すでに烏合の衆のメンバーはそろっており、ニューフェイスが一人いた。
「あ、土方先輩。新しく文芸部に入った三島。烏合の衆にも今日から参加だ」
「ああ、よろしく。私が烏合の衆の長である土方波。君の一つ年上で、八坂高等学校一年だ」
「よろしくお願いします」
 土方と三島は握手をした。三島は土方にも過去にいじめがあったことを話した。
「ほお? それは、新島が不躾(ぶしつけ)だったな。過去を勝手に調べるとは」
 土方は指を鳴らした。
「いえ、私が調べて見ろ、と言ったので......。気にはしていません」
「そうか? なら、いいか。それより、三島は文芸部の本当の活動目的を知っているのか?」
「新島から聞きました。七不思議を調べる、とか?」
「その通りだ。で、今は七不思議の四番目を調べている最中なんだ。四番目は四月くらいにプールから水が漏れ出す、ということが判明している」
「四月は今月ですね」
「そう。だから、新入部員が欲しかったんだ。まあ、ちょうど缶コーヒーを余分に買ってきたから一人一杯で飲めるな」
 五人で缶コーヒーのプルタブを手前に引くと、乾杯をして飲み始めた。
「じゃあ、会議を始めるぞ。高田は何か新しい情報はつかめたか?」
「それがっすね、まったく新しい情報はないっす」
「そうか。そいつは残念だな」
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